ランボー / 怒りのメスガキわからせ 作:エロスはせがわ
ちょっとした番外編です♥
「サリー、どこへ行く?」
アメリカ陸軍基地のヘリポートにて、どこかヨタヨタと不自然な歩き方をする“サミュエル・トラウトマン”が、ヘリの駆動音が鳴り響く中、それに負けないように声を張る。
今こちらに背を向けている
「……分かっておいででしょうお爺様? 彼を迎えに参ります」
彼女が少しだけ歩みの速度を緩めた。
自身はトラウトマンの半分も無いような背丈だが、現在腰を痛めて療養中である祖父の為なのだろう。並んで歩けるようにとの気遣いだった。
けれど、彼女は足を止める事もなく、祖父の方を見ようともしない。
キッと真一文字に口を閉じているその横顔は、これから自分はヘリに乗り込むのだという、確固たる意思を感じさせる。
「聞いたぞ、オックスフォードへの進学が決まったそうだな?*1
本当にお前は優秀な子だ。天才という他あるまい」
「……」
「だが、何故そのお前が、こんな事に首を突っ込む?
確かにやっかいな案件だが、私が行けば、それで事足りるんだ。
お前を代わりにやるような物ではない」
大変です大佐! サリーお嬢さんが!
そう部下から連絡を受け取った途端、トラウトマンは慌てて病室を抜け出し、この場に駆けつけた。
今まさにヘリに乗り込もうとしている孫娘を、すんでの所で呼び止めたのだった。
幼き頃からトラウトマンに付いて周り、この基地を遊び場にして育った彼女だ。
きっと基地に入ってきた通信を耳にし、即座に行動を起こそうとしたのだろう。
現在
「別に、療養中でおられるお爺様の代わり、というワケではございません。
これの解決には、わたくしこそが適任だと判断したまでです」
そもそも他の者では、きっとあの町に入る事すらも、叶わぬでしょう。
アメリカ広しと言えど、今おじさまをお救い出来るのは、このサリーだけ――――
そう告げながら、彼女が初めて祖父の方を見る。真っすぐな強い瞳で。
沢山の勲章(っぽいアップリケ)が縫い付けられた、黒いロングコート。
斜め横に被る、特殊部隊グリーン・ベレーを象徴するような帽子。
いったいそれは、どうやって拵えたのだろう? まさに軍人といった恰好ではあるが、すべて目を疑うようなミニマムサイズだ。
今この服を着ているのは、まだ10にも満たないような年の、まごう事なき幼女であるのだから。
まるで鴉の濡れ羽のように艶やかな、ショートカットの髪。
その子供らしからぬ鋭い眼光は、片方だけ伸ばされた前髪によって、眼帯をしているみたいに覆い隠されている。
だが、その頬は桃を思わせるような色をしており、とても柔らかそうなほっぺた。
それがちんまい彼女の背丈と共に、幼児特有の愛らしさを醸し出している。
厳格なトラウトマンでさえも溺愛してしまうほどに、天使めいた容姿を持つ少女だ。
ゆえに、たとえそんな怖そうな目つきをしてみても、どうやったってカワイイだけなのである。
声だってもう、何かの妖精かってほどにプリチーだし。
彼女の名はサリー・トラウトマン――――
大佐の孫娘であり、この若さにしてオックスフォードへの進学を決める程の天才少女。
「お前には未来がある。
それこそ、なりたい物になれるだけの才を持った、特別な娘だ」
「お前の“時”は、他の者達とは重みが違う。比較にならない程に価値があるのだ。
お前はお前自身のために、全ての時間を使いなさい。
このような些事に、手を煩わせるべきではない」
それは、親心から来た物だったのだろう。
現に今、トラウトマンは優しい顔で彼女に語り掛けているから。
しかし……。
「
彼女の雰囲気が一変する。
場の空気が凍り付き、突然重力が何倍にもなったような重苦しさが、トラウトマンを襲う。
「ええ、そうですね。
勉学に励み、物を学び、アメリカ初の女性大統領となるのも、よぅ御座いましょう。
こんな、定期的に戦争をしなければ成り立たないような、ふざけた
誰かが正さねばならぬと、常々思っておりますゆえ」
「国のために命を懸けて戦った兵士達への、冷遇。
傲慢で、能天気で、何も分かろうとしない
その全てを叩き壊すのも、また“贖わせる”のも、大変よぅ御座いましょう」
「それが、サリーの役目やもしれません。
改革、破壊。
その為にこそ、わたくしは生を受けたのだと、確信致しておりますわ――――」
ヘリによって巻き起こる暴風が、彼女のロングコートをはためかせ、前髪をなびかせる。
それによって、これまで隠れていたオッドアイの左目が、真っすぐにトラウトマンを射貫く。
狼や鮫がするような、冷たい捕食者の眼。
深淵の闇を思わせる、暗くて底の見えない瞳。
幾多の戦場を見てきたトラウトマンをしても、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような心地。
いくつも飛び級を重ねているとはいえ、いま目の前にいる少女が、本来はまだランドセルを背負っている年頃だという事実など、すでに忘却の彼方。
「なれど、今わたくしが成すべきは、ランボー様の救出をおいて他にありません。
それ以外の全てがざこ……いえ
もう嫌ですわお爺様ったら♪ どうかお間違えの無きよう――――」
確かに、よく懐いてはいた。
あの男と会う度、キャッキャと嬉しそうにしていたのを憶えている。
この子が言葉を話すようになり、そして物心がつく頃には、まるで口癖のように「わたしおっきくなったら、ランボーさまとけっこんするー♥」と口走っていた事も知っている。
前におねだりをされ、譲ってやったランボーの写真を、今も大事にしているらしき事もだ。
しかし、それはどこの子供でも言うような、無邪気さから来る物だと思っていた。
大人への憧れや、幼い恋心がそうさせているのだと、これまで思い込んでいたのだ。
そもそもの話……この子がランボーと直接会った事など、
なのに、いま目にしている物は……いったい何だ?
信じられない事に、歴戦の軍人たるトラウトマンの額に、たらりと一筋の汗が伝う。
「……確かに、兵士達は辛い目に合った。
あれは間違った戦争だったと、多くの者が判断することだろう。
だがサリー、国を憎んではいかん。このアメリカという国を」
内心の動揺と、えも知れぬ恐怖を懸命に抑えつつ、それでも彼は肉親の役目として、目の前の少女に語り掛ける。静かに彼女を諭す。
「憎む? ――――命を捧げますわ」
けれど、返って来たのは迷いのない言葉。
国の為、皆を守る為に戦う兵士。その志をしっかりと受け継いだ、軍人の子供としての想いだった。
「ではサリー、何が望みだ?
お前は何の為に、その比類なき才を使うのだ……?」
そう口に出してはみたものの、トラウトマンの脳裏には、ハッキリとその答えが浮かんでいる。
自身が息子同然に育て上げた、あの屈強で不器用な生き方しか出来ない、愛すべき兵士の顔と共に。
「きっと……“彼女達”と同じ事です」
けれど、彼女はここではない遠くを見るようにして、少しの間だけ空を見上げた。
じっと何かに思いを馳せた後、やがて万感の想いを込めて、トラウトマンに向き直ったのだ。
「大人がひとりも居ない町で、自分達の力だけで、懸命に生きている。
そんな彼女達が願った、たったひとつの事……」
「私達がちんぽを愛するように、
「それが望みです――――」
幼い少女が、ヘリに乗り込んでいく。
やがて地上を離れ、だんだんと遠ざかっていくそれを見つめながら、「俺の孫は何を言っているんだ?」とトラウトマンは思った。