幼馴染と平和な学校生活を謳歌したい   作:外崎 赫一

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 よう実1期の再放送が始まりましたね。



2.「タダほど怪しいものはない」

 憂鬱な気持ちで迎えた入学式はあっという間に終了した。誰がどんな挨拶したかも全く覚えていないくらいに意識が離脱していたのだから、時間経過は全く感じられない。その後は昼前に一通り敷地内の説明を受けて、自由解散だ。

 

 今日はもう学校にいる必要はなく、お腹が空いたので昼飯でも買おうかとひよりちゃんと一緒にコンビニに寄っているところだ。

 

「わぁ、品揃えが沢山ありますね」

 

 いつもぽわ〜っとのんびりでマイペースな性格をしている彼女だが、今は新しい生活に期待を膨らませており、ワクワクという表現が似合っている気がする。楽しそうで何よりだ。

 

「それに外と比べて物価は割と安くしてるみたいだね。これなんか、家の近くにあったコンビニのものより50円くらい安いよ」

 

 飲料水のコーナーの値札の数字を見ると、全体的な価格設定が低いのがわかる。中学時代の社会科見学で国会議事堂の中に入ったことがあったが、建物内に設置された自動販売機の飲料水の値段は軒並み100円前後だったと記憶している。ここにある飲料水もそれに近い値段だ。

 

 そろそろ腹の虫が主張を強めてきそうなので、取り敢えず今日の昼飯を商品棚から選んでサッとレジに並ぶ。

 

「お会計、435円になります」

 

 学生証端末を取り出してカードスキャナーの所に持っていくと、ピッと軽快な高い音が鳴った。

 

「ご来店ありがとうございましたー」

 

 会計が終わり、彼女より一足先に外に出る。近くには公園があるのでそこのベンチに座って彼女を待つことにした。店の前で待つのは迷惑になるということで、(あらかじ)めここで待ち合わせることに決めてあるので問題ない。

 

 とはいっても、ひよりちゃんが来るまでは暇になっちゃうし、携帯でもいじって待っていようかな。そう考えてアドレス帳を確認すると、画面に4人の名前と電話番号が並んだ。

 

 伊吹澪

 椎名ひより

 山田アルベルト

 龍園翔

 

 今日話した相手とは全員と連絡先を交換している。4人という数は他の人が持っている連絡先の数と比べて圧倒的に少ない部類ではあると思うが、1日目だから仕方ないと思えば落ち込むことはないだろう。しかし、あの不良の多そうなクラスで上手くやっていけるかが問題となる。特に右のお隣さんが得体の知れぬヤバイ奴なので尚更だ。

 

 そんなヤバイ奴の龍園君がそっと呟いた言葉は今でもひどく鮮明に覚えている。思い出すだけで変な汗が出そうになるし、まるでついさっきまで話していたと感じられるほどに心臓はバクバクと鼓動を早めてしまう。

 

 一旦、あの時のことは忘れよう。今は彼女を待つだけだ。これからのことは後で考えればいい。

 

 取り出す前とは逆に沈んだ気持ちで携帯をポケットに戻すと、後ろからトテトテと可愛らしい足音が聞こえてきた。

 

「澄春くん、お待たせしました。少し買い物が長引いてしまって……ふふふ」

 

「え、なんで笑ってるの?」

 

 後ろを向くと、ひよりちゃんがこちらを見て目元を細めながら笑っていた。微笑ましいものでも見ているかのような暖かい眼差しが僕の疑問を更に加速させる。彼女は携帯を取り出し、僕に向けてパシャリと写真を撮った。ますます訳がわからなくなった僕は首を傾げることしか出来ない。

 

 ひよりちゃんもベンチに腰掛けると、携帯で撮った写真を見せてくる。その写真には振り向いている僕の顔が写っているが、それ以外にあるものが写真の中の僕の頭上に乗っかっていた。

 

「ハハハッ、そういうことかぁ……」

 

 あるものの正体とは、小さな白い羽根を生やしたモンシロチョウだった。

 

 携帯を取り出してカメラを起動し、内側のカメラの映像に切り替える。すると、確かに自分の頭の上にモンシロチョウが鎮座しているのが見えた。カメラの映像を見ながら、逃げられないようにそっと左手を頭上に持っていく。人差し指を薄い灰色の地毛に絡ませ、つむじ辺りでゆっくりと持ち上げた。

 

 静かに左手を下ろせば、指の山頂に白い蝶が羽根を閉じながら一生懸命登っている。それがまるで昔の自分のように思えた僕は、あの時は苦労したなぁと感傷に浸ってしまいそうだった。

 

 人差し指の針山の頂上まで登り切った蝶は何度か羽根をはためかせた後、ひらひらと両羽根を忙しなく動かしながら空に飛び去っていく。それを僕達二人は白い羽根が見えなくなるまで眺めていた。

 

 ほんの数十秒でそれは視界から消えていき、僕は首を下ろす。横を向くと、隣に座る彼女は何も考えていなさそうにまだ空を眺めている。

 

 空に羽ばたいていった蝶を見た時にふと、あの蝶はどこへ向かって飛んでいくのだろうかと考えた。僕に蝶の気持ちは分からない。だからこそ、何故蝶は飛ぶのだろうかと思ってしまう。花の蜜を採りに行くのか、それとも(つがい)を見つけて子孫を残そうとするのか。

 

 蝶は卵から生まれ、生まれた場所であるキャベツなどの葉を食べて育つ。その時はまだ幼虫であるイモムシなわけで、沢山の足を同時に動かしながらや、シャクトリムシのように体を真っすぐ伸ばしてはU字型に曲げるなどして移動を行う。やがてそれは(さなぎ)になり、羽化すれば羽根の生えた成虫へと進化する。

 

 人は生まれた時は四足歩行でハイハイをする。手足を使って動くという意味合いでは人も蝶も同じだろう。しかし、蝶とは違って人は成長すれば二足歩行で立って歩けるようになる。大人になっても羽根は生えてこないし、飛ぶことも出来ない。ましてや、蛹になることも不可能である。

 

 蝶の一生は人と比べればとても短いもので、生きていられるのは1年弱だ。人はその何十倍の時を過ごしてから、死ぬ。

 

 人が自分の力だけで空を飛べるようになれば、蝶の気持ちを理解することが出来るだろうか。……いや、無理だろう。蝶は物事を喋らない。コミュニケーションの取り方も、人とは全く違う。その理由はそもそもの根本的な体の作りが違うからではないかと、僕は個人的に考えている。

 

 中学時代、僕との喧嘩に敗れて地を這いつくばった男が僕に問い掛けたことがある。

 

『世界は平等であるか否か』

 

 問いかけの内容が世界ではなく人であっても、答えるのは容易ではないだろう。この世に生きる人は生きられる時間も、生き方も、何もかもが同じな存在などいない。平等とは、全ての存在が同じ生き方、同じ考え方、同じ容姿……寸分違わず全部が同等でなければ成立しないのではないか。極論を言えば、そんなことが出来るわけがない。

 

 では、平等の定義をメリット・デメリットだけの観点で考えればどうなるのか。蝶の一生は短いが、その代わりに空を飛べる。それと比べて人の一生は長くとも、自力で空は飛べない。だけど、観点の置き方は全員が同じではない。メリット・デメリットの大きさが全く違うと考える人もいる。結局のところ、全ての者が納得できる答えなどなく、存在しないのだ。計算のように答えが決まっているものではないのだから、奥が深い。

 

 一生をかけても出せるはずのない疑問に、僕は考えるのをやめた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 恥ずかしいことに、ぐぅ〜〜と間抜けな音が僕の腹から聞こえてくる。時計を見れば、ベンチに腰掛けてから5分と経っていないが、それが途轍もなく長かったように感じられた。僕の腹からの催促に、いつの間にかこちらを見ていたひよりちゃんは微笑みながらこう言う。

 

「そろそろお昼ご飯、食べましょうか」

 

 文字通り、ぐうの音も出ない正論だった。僕はコクリと無言で頷くしかなく、ビニール袋からプラスチックのケースに詰められた弁当を取り出して膝の上に乗せた。次のぐうの音が出る前に食べたい。

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせて言った後、一緒に付いていた割り箸を割って食べ始める。買ったのはカルビ弁当だ。良い匂いに焼けた肉を一枚つまみ、パクリと口の中に放り込んで噛み締めると、ジューシーな肉の旨味が口の中に浸透していく。現在連載が続いている某大人気漫画では「トレ!!!ビアンッ!!」と叫んで美味しさを表現するキャラクターがいたが、それほどではなくても十分に美味しいと思える味だった。少しだけ肉に含まれているレモン汁の酸味が舌を飽きさせることなく、次々と口に運んでいける。毎日食べると健康に悪いけど、たまにはコンビニ弁当も良いかもしれない。

 

「澄春くん」

 

 ひよりちゃんから声がかかり、プラスチックのトレーが半分くらい見えてきたところで箸を止めた。

 

「どうしたの? ……って、もしかして」

 

 僕の眼前には彼女の箸で挟まれたおかずがあった。即ち、それがどういう意味を持つのか、ひよりちゃんも知らないわけでもないのだろう。

 

「はい。一口、食べますか?」

 

 彼女の目は羞恥と少しだけの嗜虐が混ざっているように見える。手が小刻みにプルプル震えてるし、恥ずかしいという認識はあるのだろう。

 

 かわいい……とか言ってる場合じゃない! 据え膳食わぬは男の恥、女子から差し出されたものを男子たるもの受け取らなければ! 別に性的な意味じゃないから、健全な意味で使ってるからね!?

 

 ……はぁ、落ち着くんだ。よし、周りには僕達以外に人は居ないから大丈夫。恥ずかしいだとか、そういう気持ちは捨てて素直に応じるんだ、僕。

 

「……あ〜んして下さい」

 

「あ、あーん……モグモグ

 

 顔がいつもより熱く感じる。耳元まで真っ赤になってるんじゃないだろうか。おかげで食べたものの味がよくわからないや。しばらく口の中で咀嚼し続けると、ようやく味覚が戻った。

 

「……うん、美味しいよ」

 

「それは良かったです♪」

 

 僕、完全に遊ばれてるなぁ、ひよりちゃんに。彼女はしてやったりという表情を隠し切れていなくて、口元が少しニヤけている。それを見て、僕はちょっとだけ意地悪(仕返し)をしてみたくなった。

 

「じゃあ、今度は僕がひよりちゃんにしてあげる番だね」

 

「えっ?」

 

 僕の放った言葉に、ひよりちゃんはポカ~ンとしている。する側よりもされる側の方が何倍も恥ずかしいということを思い知ってもらおう。

 

 彼女の恥じらう姿を見たいとか、決してそういう不純な理由ではない。ただ単に、やられたからやり返すだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだ。倍返しではなく、目には目を、あ〜んにはあ〜んをという、至極当然の行為である。僕はトレーに残っている肉を箸で一つ掴んで、ひよりちゃんの口元に持っていった。

 

「はい、あ〜ん」

 

 さぁ、僕と同じように存分に恥ずかしがるといいs「パクッ」……あれ? 気付いたらいつの間にか箸の先にあった肉がなくなっていた。

 

「ん〜美味しいですよ♪」

 

 ……あらまぁ。

 

 今度は僕がポカ~ンとする番だった。ちくせう。まぁ、本人はとっても幸せそうな顔だからヨシ(思考放棄)。

 

 守りたいこの笑顔。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 午後1時過ぎ。

 

 昼食を食べ終えた僕達は、ゴミを片付けて寮に向かうことにした。今日から僕達はこの寮が家代わりとなる。

 

 1階フロントの管理人さんから自分の部屋番号が記されたカードキーと、寮でのルールが書かれたマニュアルを受け取って、エレベーターに乗り込む。扉が閉まると静かにエレベーターは上昇し始め、扉の上にある4の数字のランプが点灯すると停止して自動ドアが開いた。ひよりちゃんとはここで一旦お別れだ。

 

「私の部屋は9階の903です。澄春くんのお部屋に行く時は連絡しますので」

 

「わかった、待ってるね」

 

 部屋が4階にある僕は先にエレベーターから降りて、手を振りながら彼女を見送った。

 

 406と書かれた部屋に辿り着くと、カードキーをドアのセキュリティに差し込む。それスライドさせると電子音が鳴ってドアのロックが解除された。

 

 ドアを開け、玄関で靴を脱いで揃える。部屋へと続く短い廊下にはキッチン、洗面所、冷蔵庫、トイレ、シャワールームが確認できた。今日から僕が過ごすことになる部屋だが、渡されたマニュアルには八畳の間取りと書いてある。実際に見てみると、ベッドに勉強机と椅子、パソコン、棚、クローゼットが最初から備え付けられていた。カーペットは敷かれていないみたいだ。後で買いに行くとしようかな。

 

 取り敢えずバッグを机の上に置き、脱いだ制服をハンガーに掛けてクローゼットに仕舞った。ワイシャツ姿になってベッドの上に座り、そのままゆっくりと身を委ねるようにベッドに倒れ込む。ふかふかしたベッドからの弾力の抵抗をしばし楽しんだ後、携帯を耳元に置いて彼女からの連絡を待ちながらそっと目を閉じた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 ピコン!

 

 携帯から着信音が鳴り、意識が覚醒する。画面を見て確認すると、チャットメッセージの通知が1件、ひよりちゃんから送られてきていた。

 

【椎名 ひより】:『一緒に夕飯の食材を買いに行きませんか?』

 

 こちらとしては願ったり叶ったりな申し出。断る理由など見つかりもしない。

 

【氷知 澄春】:『もちろん大丈夫だよ。いつにする?』

 

 すぐさま返信のチャットを飛ばした。

 

【椎名 ひより】:『では、今からそちらに向かいますね』

 

【氷知 澄春】:『わかった。準備して待ってるよ』

 

 後5分もしないうちに玄関のチャイムが鳴るだろう。その前に身支度でもしておくとするかな。ベッドから起き上がった僕は洗面台に向かった。鏡を見たら少し寝癖が出来ていたので、備え付けられていた櫛で整える。やっぱり少し寝るだけでも寝癖って付くものなんだね。

 

 髪をセットし終わり、制服を羽織ると同時に玄関のチャイムが鳴った。丁度良いタイミングだ。靴を履いて応対すると、扉の向こうからヒョッコリと可愛らしい顔が覗いてきた。

 

「タイミングはバッチリ…みたいですね」

 

「ナイスタイミングだったよ。それじゃあ、行こうか」

 

「はいっ」

 

 戸締まりをして、二人で横並びになって寮の廊下を歩く。エレベーターのボタンを押すと、9階のランプが点滅した。どうやら誰かが乗っている最中らしい。

 

 少し待つとエレベーターが4階まで降りてきて自動ドアが開く。中には一人の女子生徒が立っていた。

 

「あっ、椎名さん」

 

 どうやらこのストロベリーブロンドの女子生徒はひよりちゃんの知り合いらしい。ここで話していると置いてかれてしまうので、ひとまずドアが閉まる前にエレベーターの中に乗り込んだ。

 

「もしかして、ひよりちゃんの知り合い?」

 

「ええ。こちらは1年Bクラスの一之瀬帆波さんです。お部屋がお隣同士だったので」

 

「へぇ、そうだったんだ。……あっ、僕は1年Cクラスの氷知澄春です。どうぞよろしく」

 

「氷知君、だね。こちらこそよろしくね」

 

 見た感じ、凄く善い人そうだなぁ。Bクラスはこういう優しそうな人が多いクラスなのかな?気になるところではある。

 

「ところで、氷知君は椎名さんの彼氏さんなのかな?」

 

「……えっ?」

 

 いきなりそれ、聞いちゃいます? 凄く返答に困るような質問だ。一体どう答えれば良いのやらと思えば、隣の幼馴染さんがこちらをジーッと見つめてくる。この危機に、僕は一か八かのアイコンタクトを試みた。

 

(僕達の関係って、彼氏彼女の関係なのかな?)

 

(うーん、どうなのかと言われればそれ以上の関係……ですかね?)

 

(……じゃあそれってどう説明したらいいのさ!? 一之瀬さんきっと困惑すると思うんだけど!?)

 

(……では、私から説明しますね)

 

(え、ちょま)

 

 心の準備が出来てないってば! 僕とひよりちゃんの関係はそれなりに複雑で、今のご時世では稀なものなのだ。

 

 僕の視線での制止を振り切って、彼女は口を開いた。

 

「一言で表すなら……私と澄春くんの関係は『家族』です」

 

「……にゃ? 家族?」

 

 そう、僕とひよりちゃんの関係は、幼馴染であり『家族』という表現が一番近いだろう。

 これには複雑な事情があり、それを口に出すのは憚られる。

 

「そ、それって、どういうことなのかな?」

 

 案の定、一之瀬さんは困惑した表情で聞いてくる。とてもじゃないが、気軽に話せることではないのでこちらからはおいそれと言えない。

 

「ごめんなさい一之瀬さん。それを伝えてしまうのはマズイと思うので……」

 

 彼女は暗そうな顔になりながら一之瀬さんにそう告げる。僕も同じように暗い顔になっているのだろう。口元の筋肉が硬直して少し顔が強張(こわば)っているのがわかる。

 

 忘れもしない5年前の出来事。そこから僕とひよりちゃんの関係は明確に変化していった。だが、それを教えられるほどに一之瀬さんとは親密な関係になっているわけじゃない。

 

「こっちこそ、こんなに暗くなっちゃうようなことを聞いてごめんなさい。……でも、少しはわかるよ、その気持ち。私も、誰にも教えられない秘密はあるから。……だから、そういうのは抜きにして、椎名さん達とは仲良くしていきたい」

 

「それは僕達も同じ気持ちだよ、一之瀬さん。ひよりちゃんのお友達になってあげてもらえないかな?」

 

「勿論だよ! それに、氷知君も私とはもう友達、でしょ?」

 

 明るくニッコリと笑って言う一之瀬さん。それにつられて、僕達も自然と表情が和らいでいく。

 

「そうだね。改めてこれからよろしく、一之瀬さん」

 

 親交の証として、一之瀬さんと握手を交わした。彼女とは友達としてこれから仲良くやっていけそうだ。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 1階に到着したエレベーターから降りて、寮の外に出る。日は落ちかけており、雲一つない綺麗な夕焼けが空には広がっていた。現在の時刻は5時ちょっと過ぎだ。この時間帯に外出している生徒は(まば)らで、こちらに向けられる視線はそこまで多くはない。

 

 では、何故視線を集めているかというと、その答えは僕の左横で談笑しながら歩く二人の女子生徒にあるのだろう。片方は僕の幼馴染であり家族の一人であるひよりちゃん。もう片方の女子生徒は、さっき友達になったばかりの一之瀬さんだ。主観的に見ても客観的に見ても、二人共かなりの美少女である。そんな二人の隣で歩いている僕には、男子からの嫉妬の視線や女子からの好奇の視線が集まるのだ。明日、噂になってないといいなぁ。二人の美少女を侍らせた二股野郎とかいうレッテルを貼られた日には引き籠もれる自信があるよ。

 

 こんなフラグ折れてしまえ、とか思いながら歩く。向かう先は大型スーパーマーケットだ。一之瀬さんとも一緒にいる理由は、彼女も同じように夕飯用の食材を買いに行くところだったからだ。

 

『行く場所が同じなら、せっかくの機会だし一緒に行こうよ!』

 

 そう言われ、現在この状況下にある。断れば良かった、なんて微塵も思っていない。むしろ一之瀬さんの提案には土下座をして感謝の意を述べたいくらいだ。そんなことすれば間違いなくドン引きされると思うので実行はしないが。

 

 ひよりちゃんが幸せそうに一之瀬さんと本の話をしているのを横で眺めながら、今日の夕飯は何にしようかなと考える。肉は昼に食べたので野菜を多めに摂るのが健康に良いだろう。となると、野菜炒めやサラダなんかがセオリーかな。料理は人並みにくらいしか出来ないのでレパートリーが乏しいのが悲しいところだ。その他に出来そうな料理を考えるが、あとはカレーやシチューとかしか思いつかなかった。今後は自炊についてしっかりと検討しなければならないな。

 

 かれこれ数分歩き続け、目的地に着いた。思った以上に建物は横長で、敷地面積がどれほどなのかはわからない。僕が住んでいた街にはこんなにデッカイ建物なんてなかったから尚更驚いた。店内に入ると食品ごとのコーナーが30個くらいあって、生もの類もケースごとに種類が分けられている。ここに来ている生徒は入学初日なのもあってかなり少ないので、混雑はしないだろう。

 

「ほへー」

 

「こら。変な声出さないの、ひよりちゃん(……かわいいけどさ)」

 

 店のスケールの大きさに驚いているからか、放心状態の彼女の頭にポンと触れて正気を戻させる。

 

「あっ……すみません。ボーッとしてしまいました」

 

「にゃはは、椎名さんがそうなるのも無理ないよ。私だってこんなに広いとは思わなくて驚いちゃったもん」

 

 一之瀬さんの発言にひよりちゃんは口を少しだけ開いたまま沈黙していたが、しばらくするとまるで示し合わせたかのように二人は互いの顔を見て、ふふふっ、とお淑やかに笑い合っていた。その光景になんとなく百合の気配を感じたが、この数分で彼女達が親交を深められたのなら僕は嬉しいので問題なし。その後少し相談して、レトルト食品のコーナーから見て回ることにした。

 

「やっぱり種類が多いなぁ……」

 

 商品棚にはカレーやシチューにスープ類、更には惣菜や麻婆豆腐などのレトルト食品の入ったパッケージの箱がビッシリと並べられている。その品数の量に圧倒されていると、横から静かに唸る声が聞こえてきた。

 

「うぅ……っ、中々取れないですね」

 

 その声の主は、背伸びをして高い所にある箱に手を伸ばしているひよりちゃんだった。お目当てのものには後少しで手が届きそうで届かない、もどかしい状況になっている。僕が代わりに取ろうとするが、目が合った一之瀬さんがそれを感じ取ったのか視線で(とが)めてきた。

 

(後少しで取れそうなんだから、椎名さんにやらせてあげなよ)

 

 そう言外に告げられているような気がした僕は上げかけた手を下ろし、様子を見守ることに決める。

 

「……よしっ、取れました」

 

 苦戦すること2、3分。背伸びをしながらぴょんとジャンプして、ようやくお目当ての品物を入手した彼女は、右手に握りこぶしを作って小さくガッツポーズを決めた。

 

「…って、澄春くんは何故拍手しているんですか?」

 

「……あっ」

 

 僕は無意識に小さく拍手をしてしまっていたことに気が付く。いやぁ、よく頑張ったねっていう気持ちが知らず識らずのうちに表に出てしまっていたようだ。

 

 ……てか、一之瀬さんも僕と同じように小さく拍手してるけど、それにはツッコまないの? そう思って彼女の方に目を向けると、途端に下手な口笛を吹き始めた。ひよりちゃんも遅れて振り返るが、一之瀬さんの唐突な口笛に首を傾げるばかりだ。

 

「うん……まぁ、取れて良かったね、ひよりちゃん」

 

「?」

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 それからは惣菜コーナー、乳製品コーナー、精肉・鮮魚コーナーという順に回り、最後に野菜・果物コーナーにやって来た。野菜ならばじゃがいも、人参、キュウリ、キャベツといったベターなものから、アボガドやゴーヤなどの普段あまり食卓に出ないようなものまで幅広い種類が揃えられている。その中で、とある商品棚に目がついた。

 

「無料食品……?」

 

 種類ごとに分けられていない棚のポップには『無料食品 お一人様3個まで』と書かれている。

 

「あっ、ここにもあるんだね、無料商品」

 

「ここにもって……一之瀬さん、他の場所にもこういうのが置いてあったの?」

 

「うん。お昼に寄ったコンビニにも無料商品の置いてある棚があって、こんなのもあるんだねくらいしか思ってなかったけど……」

 

 うーむ、それは気が付かなかった。入学初日で浮かれていて観察力が鈍ってしまっていたようだ。他にもまだまだ見落としている部分は多いかもしれない。

 

「うーん……でも、10万も支給されて無料商品まであるのは、いくら何でも待遇が良すぎるような……」

 

 明らかに怪しいぞ。やっぱり学校側が何か隠しているんじゃないだろうか。毎月10万支給されるのかも定かではないし、これから貰えるポイントが減額される可能性も視野に入れておくべきかな?

 

「これは事件の匂いがしますね……」

 

 冗談抜きで本当に起こりそうなんで、ちょっとだけキメ顔で言うのはやめていただけないでしょうか、ひよりちゃん。そういうの、フラグっていうんだよ。

 

 彼女は謎を解き明かそうと頭を捻っているけど、手掛かりが少なすぎるし無理があるんじゃないだろうか。でも、考えることは悪いことじゃないし、僕も便乗するとしようかな。

 

「何か思い当たることがあるのかい? ホームズ」

 

「……そうなんですよ、ワトソンくん。君もなんとなく気が付いているんじゃないですか? 無料商品の置いてある訳に」

 

 おっ、ノッてくれた。小さくてかわいい美少女探偵の誕生だね。僕のお巫山戯に乗じてか、彼女の瞳に込められた熱気も強くなっている。

 

 ……それにしても、これはカマをかけているな?僕がどのくらい仮説を立てているのか、ひよりちゃんは知りたいご様子とお見受けした。ここは素直に思っていることを話すとして、彼女の意見も共有したいな。

 

「フッフッフッ、勿論、見当は付いているさ。……知りたい?」

 

 訳知り顔で決め台詞っぽく言ってみるとコクリと頷かれた。これまで静かに僕達のお芝居(探偵ごっこ)を見ていた一之瀬さんも同様に頷いている。二人共ノーリアクションで首を縦に振ったのはちょっと寂しかった.

イタイ奴だと思われてないといいんだけど。コホン、と咳をして気を取り直す。

 

「僕が観点を置いたのは、毎月支給されるポイント額に関してだ」

 

「それが無料商品の置いてある理由とはどう関係しているのかな?」

 

「良い質問だよ、一之瀬さん。入学式前のSHR(ショートホームルーム)で、僕達は先生からこの学校についての説明を聞いた。その中に、全員に10万ポイントが支給されたことと、毎月1日にポイントが振り込まれるって説明があったでしょ?」

 

「うん、私達のクラスでも同じ説明を受けたよ」

 

「そっか、それなら補足は大丈夫そうだね。……話を続けるよ。毎月10万ポイントも振り込まれるなら、無料商品を置く必要はないと思うんだ。でもさ、先生は毎月10万が振り込まれるとは一言も言ってなかったんだよね」

 

「あっ、確かに言ってなかったかも!」

 

 説明を思い出してそれに気が付いたのか、一之瀬さんは驚いた顔をしている。

 

「ウチのクラスではそれに気付いた生徒が質問をしたんだけど、結局誤魔化されちゃったんだ。そうなると、ポイントの支給額が毎月10万とは考えにくくならないかな?」

 

「……そこまで言われると、確かに考えにくいね。何か裏があるんじゃないかって疑いたくなるよ」

 

「では、毎月のポイント支給額は変動する可能性が高いとワトソン君は考えているんですか?」

 

 その下り、まだ続いてたの……?

 

「その通りだよ、ホームズ。支給されるポイントが減額される場合を考えれば、無料商品が置かれる理由が何となくわかってくるんだよ。更に説明を追加するけど、先生はポイントの説明の際に、この学校は実力で生徒を測ることや、入学した僕達にはそれだけの価値と可能性があると言っている。この『実力』や『価値』って、何を示していると思う?」

 

 僕の問い掛けに、二人は静まり返った。

 

「まぁ、これに関しては来月の1日に判明すると僕は考えてるよ。……それに、来月も10万が何もせずに貰えるほど、この学校は優しくないとも考えてる」

 

「それは、どうしてですか?」

 

「この学校が政府によって建てられた学校だからだよ。いつまでも甘い蜜ばかり吸って過ごしたところで、優秀な人材の育成が出来るなんて考えられないでしょ? 逆に最初だけ待遇を良くして、油断させたところで何かしらの試練をふっかけてくる可能性の方がよっぽど高いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達生徒の真の『実力』と『価値』を測るためにね

 

 僕の最後の発言に、二人の顔色がガラリと変わる。確信にまで至ることはなくても、危機感と違和感は覚えたはずだ。

 

 ひよりちゃんは言わずもがな、一之瀬さんも思考力は高いとみている。先生の説明を真に受けていれば思いつかなかったことではあるだろうが、そうは思わなかった他者――この場合は僕――からの意見を取り入れることによって、物事の見方はグルリと変わるものだ。説明の節々に不可解なワードが隠されていたことに、きっと彼女達ははっきりと気付けただろう。僕はここで一旦話を区切ることにした。

 

「……長話はこれくらいにして、買う食材を決めようか。お腹が空いてたら頭が回らないよ?」

 

――こういうことは、意外と日常生活の中で自ずと答えが見えてくるものだから。

 

 




 というわけで、一之瀬さん登場回でした。
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