・前回も登場した、図書館管理人のオリキャラがいます。過去編です。
――空条承太郎だって、何の偏見もなく接してくる同い年()の男子生徒と出会ったら、何がなんでも友人になりたいと思うはず。
空条承太郎と出会った時。高校1年生だった俺は、まだ前世の記憶を思い出していなかった。
その日は旧図書館の管理人、三谷さんから頼まれて、校舎内の新しい図書館から古くなった本を回収するために、目的地に向かっていた。
新図書館に到着すると、既に話は通っていたらしく、すぐに司書から本を預かる。……予想外だったのは、その本の数がかなり多かった事だ。
しかし、だからといって往復するのは面倒だったため、多少無理をしてでも一気に持って行こうと、当時の俺は考えた。
全ての本を積み上げ、それを持ち上げると、大体俺の口元までの高さになった。これなら多分いけるだろう。……そう、油断してしまった。
事件が起きたのは、新図書館から出て廊下を歩いていた時だ。
本を落とさないように慎重に歩いていた俺だったが、そちらに集中し過ぎて、騒ぎが近づいて来ている事に気づかなかった。
「――っ!?」
「うおっ!?」
下の階に下りようと、階段の前に差し掛かった時。下から駆け上がって来た誰かと、衝突してしまったのだ。
当然、積み上げた本はバラバラと床に落ち、俺も尻餅をつく。
「……悪い。大丈夫か?」
あれっ?この声、何か聞き覚えがあるぞ?
そう思って顔を上げると、見上げる程に身長が高い男がいた。学帽を被っている、黒髪緑目の美丈夫――
(く、空条承太郎……!?)
驚いた俺が最初に考えた事は、彼のファンクラブの人間に半殺しにされる心配――ではなく。
「……誰かに追われてるの?」
「あ、あぁ……喧しい女共にな」
「分かった。こっち」
「は?」
「いいから、隠れて!俺が良いって言うまで出てくるなよ!」
追われている彼をどうやって助けるのか、だった。……何故?そこんとこだが、俺にもよく分からん。
いや、本当に何でだろうな?前世を知らなかった頃の自分の行動が、よく分からない。
まぁこの行動のおかげで、俺は今でも承太郎の友人をやってるわけだが。
近くの空き教室に彼を匿い、扉を閉めて元の場所に戻る。すると、すぐにバタバタと複数の女子生徒が階段を駆け上がって来た。
「うわ、どうしたの?君達」
「ちょっと、あんた!ジョジョを見なかった?」
「えっと、どのジョジョかな?……あっ。空条君なら、俺にぶつかった後に向こうに走って行ったけど、」
「向こうね!」
「行きましょう!」
そして、彼女達はお礼も言わずに立ち去って行った。足音が遠ざかるのを確認してから、空き教室の扉を開ける。
「もう大丈夫だよ。あとは、来た道を引き返せば逃げられると思う」
俺は彼にそう声を掛けて、廊下に散らばった本の回収を始める。……と、そんな俺の側にしゃがみ込み、それを手伝う美丈夫が――って、何故まだここにいる?
「待って。手伝わなくていいよ。早く逃げた方がいい」
「いや。……いつもの調子なら、あいつらはそろそろ諦める。問題ねえよ」
それだけ、追われる事に慣れてるって事か?モテる男は苦労するなぁ。
「……助けてくれた礼に、手伝おう。何処に運ぶんだ?」
「いやいや。助けたのは俺が勝手にやった事だし、他人に運ばせるのは悪いから」
そう言って彼の手から本を取ろうとしたら、さっと避けられてしまった。そして、俺が運んでいた本のほとんどが、彼の手に積み上げられている事に気づく。
「あっ、いつの間に!?」
「おら、行くぜ。何処に行けばいい?」
「待って待って、そっちじゃないから!」
仕方なく先導し、校舎の外に出た。さすがにおかしいと思ったのだろう。彼は訝しげに問い掛けてきた。
「……一体どこまで行くんだ?」
「あぁ、えっと……今から行く場所の事、誰にも言わないでね。あの場所が大人数にバレたら、管理人の三谷さんに怒られる」
「管理人?」
「旧図書館。……この学校が作られた当時からある、昔の図書館だよ」
「ほう……」
三谷さんと知り合いになった俺は、特別に旧図書館の利用を許可されていた。今のところ旧図書館の事を知っているのは、在校生の中では俺しかいないらしい。
うるさい奴や、本を大切にしない奴には教えるな、と言われていたが……彼なら大丈夫だろうと判断して、そのまま連れて行く事にした。
旧図書館の前で、その扉を叩く。……しかめっ面の中年男性が出て来た。彼が、三谷さんだ。
「ようやく戻って来たか。……誰だ?その不良は」
「……俺は不良じゃねえ」
「そうですよ、三谷さん。彼はここまで本を運ぶのを手伝ってくれた、優しい人なんです。不良じゃありません」
……何故か、背後から強い視線を感じていたが、気にせず三谷さんに事情を説明する。
「……つまり、往復を嫌って横着した、お前さんが悪いんじゃないか」
「うっ!ま、まぁその通りですけど、そもそも回収する本がこんなに多いとは聞いて無かったし……」
「それは……そうだな。俺も知らなかったからお前さんに任せたが……向こうの司書の伝達ミスだな。後で言っておく」
「あ、はい。ありがとうございます」
そうそう。たまにこうやって素直になるんだよなー、このおっさん。
「……で、これは何処に置けばいいんだ?」
「あぁ、ごめん!三谷さん。彼を中に入れても?」
「…………この場所の事を誰にも言わない事。本を雑に扱わない事。これを守れ。でないと即刻追い出す」
「分かった」
「ありがとう、三谷さん」
「ふん……」
中に入り、積み上げられた本を入り口のカウンターの側に置いてもらう。それを三谷さんと手分けして、カウンターの先の別室に運び、再び戻って来ると、彼は興味深そうに本棚を眺めていた。
「……なぁ。ここの本を借りたい場合は、どうすればいい?」
「残念ながら現在、ここの本は全て貸出禁止だそうだよ」
「……図書館なのにか?」
「以前は貸出もやってたらしいけど――」
「貴重な本を借りると見せ掛けて、それを盗み出して売り払った馬鹿な生徒がいたんだよ。そんな本を人目につく場所に置いた俺も悪かったが……以来、貸出は二度とやらないと決めたんだ」
「――という事情があってね」
「……なるほど」
三谷さんの説明に頷いた彼は、少し名残惜しそうに本棚を見つめている。
「……気になるなら、時間がある時にここに来て、読みたい本を読めばいいんじゃないかな?俺は週1回ぐらいのペースでそうしてるよ」
「おい、眼鏡坊主!」
眼鏡坊主というのは、三谷さんがつけた俺のあだ名だ。基本的に素直じゃないこのおっさんは、俺の名前を滅多に呼ばない。
「三谷さん。彼はあなたの言い付けをしっかり守ってましたし、本に興味を持ってるし、静かな人ですよ。あとは誰にも言わない事さえ守ってくれたら、資格は充分だと思いますが……」
「…………」
「どうしても納得いかないなら、俺の時みたいにテストしてみたらどうです?」
「テスト?」
「あぁ。俺が三谷さんにここに通いたいって頼み込んだ時は、読書家ならよく知っているであろう作品のタイトルや、作者名を当てる問題を、3つ出題されたんだ。それに全問正解したら、許可をもらえたよ」
本当に基本的な問題だったから、答えるのに苦労はしなかった。大体が中学で習った内容だったし。
「試しに、やってみてもいいんじゃないかな?」
「……まぁ、それで許可がもらえるっていうなら、やるが」
「だってさ、三谷さん」
「……勝手に決めやがって……しょうがねぇな」
むすっとした顔の三谷さんが、彼に向き直り、さっそく問題を出題した。
「……山椒魚の作者は誰だ?」
「井伏鱒二」
おっ、即答。どうやら、基本的な知識は頭に入っているようだ。
「……中島敦の著書の中で、虎になってしまった男が登場する作品のタイトルは?」
「山月記」
順調、順調。次で最後だ。……すると、三谷さんが意地の悪い顔をした。
「お前さんがついさっき持って来た本の中で、1番上に積み上げていた本のタイトル名と作者名を答えろ」
「む……」
最後の最後で、彼が口をつぐんだ。その問題はさすがに意地悪過ぎる。
俺が抗議しようとした時、彼は口を開く。
「――太宰治の、走れメロス……だったはずだぜ」
「…………ちっ。正解だ」
なんと、正解してしまった。記憶力すげぇ!!
「やったね、空条君!おめでとう!というわけで、いいよね?三谷さん」
「…………仕方なく、ここの使用を許可してやる。……ただし、ここの存在は他言無用!本は大事に扱え!それから飲食と喫煙禁止だ!いいな!?」
「分かってる……ルールは守るさ」
「その言葉を忘れるなよ、不良坊主!」
「不良じゃねえ。そのレッテルを貼られているだけだ。……俺には空条承太郎という名前がある」
「……空条、承太郎?」
と、三谷さんが首を傾げる
「……そうだ。誰かに似てるなと思ったら、お前さんジョナサン・ジョースターの親戚か」
「あ?……あの人を知ってるのか?」
「卒業するまでは、ここの利用者だったからな」
「へぇ……」
それまで無表情だった彼は、ここで初めて大きく表情を変えた。それ程驚いたのだ。もちろん、俺も驚いた。
この時。記憶を取り戻していたら、内心で大興奮してたかもしれない。年がもっと近かったらニアミスしてたかも、なんて考えて。
「……まぁ、奴の親戚なら教養があってもおかしくないか……じゃあ、学帽坊主だ」
「…………不良って呼ばなきゃ何でもいい、と言ったつもりはねえが……いや、もうそれでいい」
呆れたように頭を振る彼の様子に、思わず笑ってしまう。すると、彼がこちらに顔を向けた。
「……それで、てめえの名前は?」
「え?あぁ……園原志人だけど」
「じゃあ、園原。ここに置いてある本の中で、何かお勧めは無いか?次に来た時に読みたい」
「おっ、それなら良い物があるよ!こっち!」
……その日はお勧めの本を紹介したり、互いが好んで読む本のジャンルについて話したりした後、その場で別れた。
何度も会うわけじゃないし、ファンクラブにバレて無いからこの程度は大丈夫だろうと、安心していたのだが……何故かその日以来、旧図書館で何度も遭遇する事になった。
さらには、俺の何が気に入ったのか、会う度に向こうから話し掛けてくる。これはまずいなと思って、彼にファンクラブの過激派の存在と、そのせいで俺の身が危ない事を伝えた。
どうやら、彼もその危険性をよく理解していたらしく、俺の言葉に納得してくれたが……
しかし、だからといって貴重な読書仲間を失いたく無い。話し掛けるのは旧図書館にいる時だけにするし、学内では他人のふりをするから、それ以外では連絡先を交換して、電話やメッセージアプリを使って話さないか?
……そう言われた俺も、彼と同じ気持ちだったので、喜んで連絡先を交換した。
もしもこの時点で記憶を取り戻していたら、俺はこう思っていたはずだ。――流されてるぞ!と。
何故そこで上手く断らなかった!?もうその時点で知り合い以上に昇格してしまった事に何故気づかなかった!?友人扱いされ始めたのもその直後だった気がする!!
いや、待てよ?俺が流されただけの話か?それとも――承太郎が確信犯だった……?
(いやいやいやいや……まさか、な?)