みなさん、おはようございます。阪口桂利奈です。
ただいまの時刻は朝の5時50分です、自分がいま向いている北の方角の先には太平洋が、じゃなく…
寒い〜〜〜!寒い〜〜〜!寒い〜〜〜!
口からあの歌が飛び出してきそうな寒さです。そして目の先にある海原は太平洋じゃなくて日本海です。
そう、今私がいるのは、
な゛お゛え゛つ゛え゛き゛な゛ん゛て゛す゛〜〜。
これから大洗に帰りますが、あまり持ち合わせがないため新幹線を使うわけにはいかないんです。じゃあどうするの?と言われれば、もうあれしかありませんよね、
そう、「青春18きっぷ」です。
手元には最後1回分を残した18きっぷがありますので、これで帰っていくことにします。
改正係員にきっぷを渡して日付印を押してもらいます。実は直江津駅はえちごトキめき鉄道が管理している駅で、日付印もJR東日本の赤字ではなく、トキ鉄の社紋+青字になっています。こんなスタンプも、趣があって良いと思うんです。
1本目の列車は、6時15分発快速「信越」新潟行きです。
この列車はここ直江津が始発駅で、4番線から出ます。ホームに下りると、上3分の2が白、下3分の1が青、窓下に細く朱色のラインが入った4両の電車が既に止まっています。これが快速信越で、これに新津まで乗っていきます。
信越という名前がつけられていますが、先頭にはヘッドマークと言えるものがありません。側面の行先表示には、「快速 指定席 新潟」の表示がされています。それが4両全て表示されているように、この快速信越は全車指定席で、指定席券が必ず要りますが、普通車なので、青春18きっぷとの併用ができるんです。今回は指定席券売機で530円払って買いましたが、前日でさえ、だいぶ空席がありました。
車内に入ります。両側に2列ずつのリクライニングシートがずらり。ほぼ同じ区間を走る特急「しらゆき」と同じ車両なので、ゆったりと寛げそうです。でも寛ぎ過ぎて新潟まで連れてかれないか心配でもあります。
6時15分、まだ真っ暗な直江津駅を時間通りに出発です。
「快速信越、新潟行きです。停まります駅は、柿崎・柏崎・来迎寺・長岡・見附・東三条・加茂・新津・終点、新潟です。この列車は全車指定席です。ご利用には、乗車券の他に指定席券が必要です。」
私の乗る1号車には、私以外誰もいません。他の号車はわかりませんが、おそらく1〜2人いるかいないかでしょう。この信越出発前に直江津駅到着する電車は皆無で、始発の直江津から乗るためには前日に着いてなければならないこと、東京へ行く場合も、20分前に出るほくほく線の電車で越後湯沢からたにがわに乗り継ぐことで、長岡経由より20分早く東京に着ける上に安くなるので、数える程度なのも無理もないことです。
柏崎を出てからうっすらと夜が明け始めてきました。すると、山岳地帯に来たためか、あたり一面雪景色になりました。それも、来迎寺あたりから人家が増えて雪景色ではなくなりました。
長岡に7時13分に到着、ここでは9分停まるので、朝ごはんを買いに一旦降ります。NewDaysがすぐに見つかったのでパンとコーヒーを買うことができました。自分の座席で食べてても周りに迷惑をかけずに済みそうです。
この快速信越ですが、3月のダイヤ改正で上下ともに廃止されることになりました。コロナの蔓延でテレワークが進み、鉄道を利用しての長距離移動が大きく減ったことが大きいのかもしれません。
ところで、信越の歴史を遡ると、もともとは夜行急行きたぐにだったことを皆さんはご存知でしょうか。
急行きたぐには、国鉄末期から、大阪〜新潟間で運転されていましたが、寝台車だけでなく、グリーン席、自由席も繋いでいて、下りは直江津から始発列車、上りは直江津までの最終列車の一面も持っていました。急行券を買えば定期券との併用もできたので通勤利用も多く、また、長岡で上越新幹線に乗り継いでの東京出張にも重宝されていたのです。
夜行利用の減少で、急行きたぐには2012年に廃止されましたが、直江津〜新潟間は、朝の新潟行きは「おはよう信越」として、夜の直江津行きは「らくらくトレイン信越」として残り、引き続き通勤需要に応えてきました。
去年の3月に、上下ともに「信越」に改称して全車指定席化しましたが、それからわずか1年での廃止は呆気ないという印象です。しかし、柿崎〜長岡間においては、東京へ向かう際には始発であり、最終でもあるのです。そのためか、直江津〜長岡間では信越と同じ時刻で乗車券のみで利用可能な快速列車を運転するそうです。長岡〜新潟は時刻が近い普通列車を利用して、ということなのでしょう。
できれば新潟まで乗り通したかったのですが、そうすると「あがの」に乗れないため、新津で下車します。8時09分に到着し、2時間ほどお世話になった信越を見送りました。一旦駅の外に出てコンビニでお菓子と飲み物を買って駅に戻ります。
2本目は、磐越西線の快速あがのです。やってきたのは新型のGV-E400の3両編成で、2ドアでボックスシートもありますが、むしろロングシートの比率が高いと言えます。今日は立っている方もいたので、私も運転台後ろに立つことにしました。
8時41分新津を出発、新型車らしく鋭い加速です。
しばらくは平坦で人家も多いところを走っていきます。しかし、
この先、咲花・三川・津川・鹿瀬・野沢・荻野・山都・喜多方・塩川と停まりますが、どの駅でも、乗降は数人程度でした。今日は3両で座席はかなり埋まり、立つ乗客も少なからずいましたが、その多くが始発の新潟から会津若松まで利用していると感じました。青春18きっぷ利用者も多かったのではないでしょうか。ただ、地元の方がどれだけ乗っていたのか、私には全然わかりませんでした。平日に利用すれば実態も理解できたのかもしれませんが。
この快速あがのは、朝に新潟から会津若松に向かい、そのまま折り返して新潟に戻る1往復の運転になっていますが、これも3月のダイヤ改正で廃止となり、一部区間で代替えの普通列車を運転するそうです。通し利用は前後の列車で、ということでしょう。ただ、こちらは1時間ほど前倒し又は後倒しで考えないといけなくなるので、旅程が組みづらくなりそうです。
私の乗る快速あがのは喜多方から平野部に入り、再びスピードを上げて、10時46分会津若松に到着です。
会津若松はあたり一面雪一色で、直江津出たときより寒いです。自販機で熱いお茶を買って飲まないと待つのが辛くてたまりません。
会津若松からは快速郡山行きに乗車、今日の3本目です。あがのからも多くの乗客が乗り換えるうえ、今度の郡山行きは2両とさらに短くなるのです。こうなると郡山まで立ちんぼするしかありません。
郡山までの区間も山越えにカーブ多くさらに単線と、スピードが出にくいのですが、それでも約64kmを64分という快速の名に恥じないスピードで走り抜け、昼過ぎに郡山に着きました。ここから東北本線を南下しますが、待ち時間が30分ほどあるので、何か食べれないか探します。が、フードコートが見つかったものの、土曜日だからかかなりの混雑でとても食事できそうもありませんでした。昼食はしばらくお預けですね。
郡山からは4本目となる、12時50分発の新白河行きで、終点で乗り換えて黒磯へ向かいます。そのまま一本で行ってよ〜と言いたいところなんですが、もちろん理由があって、これは後で説明します。出発してすぐ左手に郡山車両センターがみえてきますが、
「あれ?ジパングだ、まだ解体されずに残っていたんだ」
そこにいたのは残りわずかの485系編成のひとつ、4両編成のジパングでした。昨年秋にラストランを行ったのちここに回送されたとは聞いてましたが、失礼ながら流石に解体されてると思っていたのでびっくりしました。
ただ、中間車2両と先頭車2両で分けて留置されていて、今後どうなるのかは予想がつきません。
新白河行きはというと、順調に進んでいき、13時30分に新白河に着きました。黒磯行きまで30分の待ち時間があります。流石にお腹すいたので、おにぎりやパンでも買おうと改札に向かうと、出た先にラーメン屋が!名物の白河らーめんですが、注文するとすぐに出てきたのでとても助かりました。少し急ぎ気味にいただいた結果、14時発の黒磯行きには余裕で間に合いました(笑)
5本目の黒磯行きは常磐線の主力E531系の5両編成で、なんでここに常磐線の車両が?と首を傾げるかもしれません。
それにしても1両あたり数人程度しか乗っていないので、2両でも十分なくらいでは経費が心配です。
この先は県境ということもあって、駅の周り以外は山ばかりで人家がないんです。途中駅からも誰も乗ってきません。皆さんモルカー、じゃなかった、マイカーなのでしょうか。
黒磯行きですが、終点の黒磯に着く直前にモーター音がフッと鳴り止みました。これは交直切換のデッドセクションがあるためで、先ほど話した、郡山から直通で来れない理由がまさにこれなんです。
もともと交直の切り換え場所は黒磯駅の構内にありました。1〜3番線が直流で4、5番線が交流となっていて、普通電車はそれぞれのホームで折り返し、貨物列車や寝台特急は一旦停止または通過しながら交直切換を行ってました。しかし変電所が老朽化してきた上、特殊な設備なために保守も大変なことから、2017年〜2018年年始の工事で黒磯駅構内の架線設備を完全に直流化し、少し北に進んだ箇所にデッドセクションを設けたのです。このため、北側から黒磯へ向かう際には交直両用の電車でなければ入れなくなり、新白河で必ず乗り換えが必要になる不便なことになっているのです。余談ですが、2017年秋からおよそ2年間、黒磯〜新白河間でキハ110系気動車が使われた時期がありました。
6本目、黒磯14時45分発の宇都宮行きに乗ります。やってきたのは205系電車の4両編成で、オレンジと緑の湘南色帯です。もともとは京葉線で走っていた電車で、E233系に置き換えられたあと、2013年から2014年にかけてこちらに転属してきた車両です。
車内はロングシートで腰掛けの交換はされていませんので、どこか懐かしさを感じます。ですが、駅間の長い宇都宮線に転属するにあたり、トイレが1箇所新設されました。また、ドア横の開閉ボタンも京葉線時代にはなかったものです。
出せるフルスピードいっぱいの全力疾走で田園や住宅地の中を突っ走って、15時25分に宇都宮に着きました。ここから小山へ、そして水戸線に乗り換えれば帰れますが、まだ行きたいところがあります。それは日光線で日光へ行くことです。ですが、次の電車は16時18分までまだ50分ほど待ち時間がありますので、マックに立ち寄ることにしました。スマホの電池残量がかなり危うかったので、ポテトとジュースを食べつつ充電できたのは幸いでした。マック様々ですね。
そして駅の日光線ホームに向かうと…
やった!「いろは」だ~!
7本目16時24分発日光行きは「いろは」でした。いろはは205系電車4両1編成を観光客向けに改造した車両で、4つのドアのうち中央の2つを塞ぎ、車内は約半分が2人がけ・4人がけのボックスシートになっています。外観・内装ともに日光をイメージしたイラストがふんだんにあしらわれてます。
16時24分に宇都宮を出発、鹿沼までは住宅地の中を、鹿沼を過ぎると景色がガラリと変わって山あいの中を進んでいきます。上り坂もきつくなってきました。しかし、205系は坂をものともせずスピードを出しながら登っていきます。まるで京葉線時代の快速運転を彷彿とさせる走りっぷりに感嘆せずにはいられません。まだ京葉線に乗ったことはないんですけどね。
きれいな夕焼けもいつしか日が落ちて、17時1分に今市駅に到着です。ここでは6分停まり、宇都宮行き電車と行き違います。しかし宇都宮行きはすぐに来てすぐに出発したのに、どうしてこの日光行きは6分も停まるのでしょうか。終点日光での折り返し時間は4分しかなく、ここで時間をとるくらいなら日光駅での折り返し時間を長くとってほしかったな~なんて考えてしまいます。
特に何か来るわけでもなく17時7分に発車し、7分で終点の日光に到着です。レトロな雰囲気の出る駅名看板といろはを写真に収め、8本目となる、折り返しの17時18分発宇都宮行きで日光をあとにします。
宇都宮から日光まで寄り道をしてきましたが、ここ日光線そして宇都宮線の小金井〜黒磯間は、3月改正で全列車がE131系に置き換えられ、この地区の205系電車は、このいろはを含めて全て引退することになりました。それは2013年の転属から8〜9年の出来事となりましたが、最初の京葉線でのデビューは1990年3月のこと。それから走り続けること30年を超えたわけですから、よく頑張ったと言えるのではないでしょうか。
私はこのあと小山・友部・水戸と乗り換えて大洗に帰りましたが、いろいろ記録に残し、記憶にも残る旅となりました。いつの日か、ふと写真を見ながら、昔こんな列車あったな〜なんて思い出にふける時があるかもですね。