『お母さん、風の歌が聞こえるよ』
幼い子供が、手を繋いでいる母を見上げながら話しかける。
『風の歌?』
『うん、どこまでも自由に飛んでいくんだって。風はすごいね』
唐突に言い出した子供に、母親は一瞬戸惑った顔をするが、すぐに笑って答える。
『……そうね。シオルもきっと――』
「シオルー! みんな待ってるよ―! 早く来ーい!」
下から呼びかける声に、シオルの頭の中の少年と母親の声が遠くなっていく。
「はいはい、今行きますよ、っと」
外していた耳あてを直し、ため息をつきながら屋根から飛び降りると、下から呼びかけてきた少女が近づいてくる。
「みんな遅いって怒ってるよ。また空見てたの?」
「まあそんなところ。それで、皆が待ってるんでしょ?」
「うん。ラルなんて『またあいつは無能のくせに遊んでんのか!』って。また文句言われるよ?」
ラルと呼ばれた人物に妙に似た少女の声真似を聞いて、シオルは嫌そうに顔をしかめる。
「あいつねちねちうるさいから嫌いなんだよね」
「じゃあ早く行こうよ」
「はいはい」
少女に腕を引かれ、シオルは仕方なくついていく。本当は目の前の少女以外のパーティーメンバーに会うのは億劫だ。だが生きていくためには稼がなくてはならない。だからシオルは今日も、好きではない仲間たちとともにダンジョンに潜る。
風の唄はもう、聞こえない。
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「またてめえはのんきに遊んでんのかよ。使えねえなら使えねえなりに訓練でもしとけよクソが」
「ラルトス、仲間にそういう言い方をしないでくれ。料理や荷物運びが主とは言えシオルにも助けられているんだ」
「なんでも良いけどさ、早く稼ぎにいかない? 私今日夜約束あるんだけど」
シオルが仲間の待っている場所につくと、それぞれからうんざりしたような言葉をかけられる。
剣士のラルトスははっきりとシオルの事を嫌っている。そしてそれを隠すこともしない。彼の頭の中では、シオルという使えない仲間が足を引っ張ることでパーティーのレベルが下がっているのだ。
パーティーリーダーのレイはそんなラルトスを表面上はなだめている。あくまで今のシオルはパーティーメンバーだからだ。いくらでも替えがきく程度の戦力でしか無いとはいえ、仲間は仲間なのである。
魔法使いのニーミャはそもそもシオルに興味がない。彼女の頭の中にあるのは金と男、たまに女のことぐらいだ。大して使えない、そして彼女の素性を知っている男になど構っている暇はないのである。
そんな彼らでも、ダンジョンに潜っている間は真剣になる。そうしないと生きていけないからだ。そして真剣になっているから、今彼らはここにいることが出来るのだ。
「リン、いつも助かるよ。シオルを呼んできてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「俺も助かってるぜ。ありがとさん」
「シオルはもう少しちゃんとしてよ」
「はいはい」
リンとシオルの仲は、他のメンバーとの仲よりも少し長い。二人が共に活動しているときに、他の三人に勧誘されてパーティーに参加したのだ。真面目で実力もあるリンは他のメンバーともそこそこ打ち解けているが、不真面目な言動の目につくシオルと他のメンバーの間には溝がある。だからリンが架け橋となっているのだ。
「なあレイ、この使えねえクズさっさと解雇しようぜ。もうちょっとまともなやつがすぐ見つかるだろ」
「ラルトス、その話はもう何回もしているだろ。シオルでも役に立つことはあるし、彼は今は仲間だ。それ以上仲間を悪く言うな」
「ちょっと……」
「二人共、くだらないこと言ってないで稼ぎに行くわよ」
シオルに対する2人の言い様にリンは文句を言おうとするが、ニーミャに遮られてしまう。このパーティーにおけるシオルの立場はそんなものだ。
「よし、行こう。今日は3層で狩りをする。メインはコボルドとロックリザード。スケルトンはなるべく相手をしないようにしよう。みんな良いね?」
「4層には降りねえのか?」
「ポーションと装備が心もとない。まだ少し3層で稼がないと」
「あーあ。一人減りゃあ楽になるんだけどな」
「ラルトス」
「……はいよ」
みんなが集合場所の噴水の前から移動し始める中、リンはシオルの方をちらりと見る。そんなリンに、シオルはいつもどおりのへらへらとした笑いを向ける。それを見たリンは、ため息をついて仲間の後を追った。
******
ダンジョン。この世界には、そう呼ばれるものがいくつも存在する。巨大な神殿だったり、塔だったり、洞窟だったりと様々な形をしたものがあるが、共通点はたった2つ。
1つは、特別な魔力の溜まりによって通常ではありえない植物や鉱石、モンスターが内部に出現するということ。人々は危険なダンジョンを、そうした特別な素材の産出する狩場、農場、採掘場として利用してきた。
そしてもう1つは、人類の知識ではそれ以上のことはわからないということ。長年の経験から法則らしきものを見出すことは出来るが、それが今日にもひっくり返ってしまうかもしれない。それがダンジョンだ。
「これで最後かな」
「あー、かってえ。俺こいつら嫌いだわ」
「だからリンが強化魔法かけてくれてるんでしょ。あんたが耐えてる間に私とリンが片付けるんだから文句言わないで」
「とはいえ、ラルトスが敵を倒せないのはどうにかしないとね」
「あんな硬い相手斬れねえだろ。でかい剣で叩き潰すんなら話は別だけどよ」
「魔力操作はできそうに無いのか?」
「まだコツが全然わかんねえ」
「だからこう、ギュッとためてグアーって感じだってば」
「それでわかったら苦労しねえよポンコツ魔法使い」
戦闘を終えた三人が反省会を始める中、シオルは今倒したばかりのロックリザードの解体に入る。ロックリザードの体のうち高く買い取ってもらえるのは、稀に体内に生成されている魔石という鉱石と、岩のような肌の中でも特に柔らかい喉の下の皮である。
「私も手伝ったほうが良い?」
「お前こういうの苦手だろ? まあ俺に任せとけって」
討伐したモンスターの解体や金になるアイテムの収集。それが戦闘ではほとんど役に立たないシオルのパーティー内での役目だ。ずっとその作業を繰り返しているのでもう作業にも慣れている。
「……昨日よりうまく戦えてたね」
「1人でやれたのが2つかな。お前に比べたらまったく役に立ってないけどな。ま、実質スキル0の割には良くやってると思わね?」
「またそうやって自分を下げる言い方する。だめだよ? 自分を褒めてあげないと」
「ま、何の役にも立たないスキルだってのは確かだからなー。ほい、手伝ってくれるなら魔石をバッグにつめといてくれよ」
「はいはい」
スキルとは。神が無力な人間を見かねて与えたとか、魔力の特殊な発露だとか言われているが、要するに個々人の才能を示すものである。《剣術》というスキルを持つ人間は他の人間よりも剣において優れた才能を示し、《火魔法》のスキルを持つ人間は火属性の魔法に適正を示す。
誰しもが少なくとも1つは持っているもので、リンたちのようにダンジョンに潜っては危険なモンスターとの戦闘を繰り返す《探索者》たちは、戦闘系と呼ばれる戦いで使えるスキルを持っているものだ。それぞれが得意な分野を活かしてパーティーを組み、戦う。
そんな中、シオルの持っているスキルは効果すらわからない、少しも役に立たない外れスキルなのである。それがシオルが仲間から蔑まれる原因で、戦闘において役に立たない理由だ。