ついでにすり抜けできた!
秋が始まり涼しくなる。エルのデビューも京都ジュニアSも近づいてきた。この季節にデビューするウマ娘も多く,数ヶ月後にはジュニア級のGⅠもある。教室の中は些か緊張感が漂わせていた。ヒノマルもそのうちの一人だったが
「へ,転校生が来る?」
間抜けな声が響く。ヒノマルは芦毛のショートヘアのウマ娘,セイウンスカイが聞いた風の噂に驚きを隠せなかった。
「話を聞く限り北海道から来るらしいよ。中央にくるぐらいだからすごいんだろな〜」
トレセン学園には二つの種類がある。地方と中央だ。地方と中央では雲泥の差,月とすっぽんほどの差があり,そこらの有象無象では通用しないのである。もっともさらなる栄光を掴めるのはほんの一握りだけだ。
「そうか,スカイにとってはこういうことは二回目なのか」
他のみんなにとっては二回目だがヒノマルは初めての転校生。内心とてもわくわくしていた。
「まあ,ヒノマルくんはもっとインパクトあったからね。なにせ男の子だったから」
「今度来るのはちゃんとウマ娘だろうな。でも楽しみだ,これからのライバルが増えるのは。スカイもそうだろう」
「にゃはは,どうだろうねえ」
そんな他愛のない会話をしながら午前を過ごした。
◆◆◆
「よし,そのメニュー終えたらエルはダートのマイル。ヒノマルは大外回った時の想定で全力で第四コーナーを,三回曲がれ。そいつをこなしたらおまえら今日は解散だ。それと今週は練習入れてないからぶらぶらしてもいいぞ」
いつものメニューをこなし京都レース場での立ち回りも良くなったヒノマルはつったていた。やはり顔を晒すと騒がれてしまう。完全に暇だなと思っていた。
「それならデータを取りに行ってくれないかな,ヒノマルくん」
「当然のように思考を読まないでください。しかしどうしたんですか。いつもそんなことしないのに」
「トレーナー君が気にしているウマ娘がいるらしい。それはリギル所属のサイレンススズカ。彼女が出走するので見てきて欲しい。当日は別件があってね」
ヒノマルは断る理由もないので受け入れた。
「了解しました。交通費は……」
「渡さなくてもいける距離だ」
タキオンはそういうと木場のもとに向かった。渡さなくても大丈夫ならなお渡せるだろとヒノマルは言いたかったが貯蓄がないわけではない。仕方なく自腹で行くことにした。
「明日開催で近いところは……東京だな」
◆◆◆
「それでは行ってきます。ライブも見るので少し遅くなります」
外出届を出したヒノマルは美浦寮の寮長のヒシアマゾンに一声かけて東京レース場に向かった。去年の年末に買った服を着ようかと思ったが,未だに人の目につくことが苦手なため結局耳と尻尾を隠せる服にした。道中、遠回りして人目に避けすぎたせいか午前のレースは一部見逃すことになってしまった。しかしあくまで目的はメインレース。気にしないことにした。
レース場に着いたヒノマルはそれまでに昼食をとり,観戦したりパドックを見たりして過ごした。
そして時間は過ぎてメインレースに出走するウマ娘たちがやってきた。しばらくそれを眺めていると
「な,な,な,なんですか!?」
という怒号をあげるウマ娘と顔面を蹴られたのに鼻血を出す程度の怪我済んでいる不審者がいた。ウマ娘と不審者はその後しばらく口論となったがウマ娘はどこかへ去っていった。ヒノマルは不審者を白い目で見ていたが彼には見覚えがあった。
「とうとう手を染めましたか,沖野さん」
「おまえは木場のところのヒノマルか」
「そうです。ですが声を抑えてくれませんか」
沖野は木場の同期だった。彼の率いるスピカはこちらのパーチにも負けず劣らず変人の集団である。このトレーナーも木場同様変なところは多いが優秀である。もっとも変人度合いで言えば発光している木場の方が変人だ。
「あなたは通報されたいんですか?」
「そう言われると耳が痛いな」
しかし完全な自業自得だ。同情の余地など一切ない。
「もしかして木場に見にいけって言われたのか?」
「まあ,そうですが。それが何か?」
「いや,なんでもない。それより見に行こうぜ」
──サイレンススズカ,あれはすごいぞ
沖野は不穏なことを呟いた。そしてそれはヒノマルが拾えないほど小さなものだった。
◆◆◆
レース直前,沖野とヒノマルは最前列にいた。撮影用のビデオカメラもしっかり構えてあとはスタートを待つだけだった。
「ああ!さっきの痴漢の人!」
すると横から先ほどのウマ娘がいた。
「いや,俺は違うって」
「まあ口論も大事かもしれませんが,レースがスタートしますよ」
その声で二人は口を閉じた。
スタートの直前は静かだ。この瞬間がずっと続くかのように感じてしまう。しかしそれは集中ゆえ。その感覚に浸っていると元の子もない。
『スタートしました。先頭はサイレンススズカ!これは大逃げか!?』
早速一番人気のスズカが先頭を進む。過去のレースからは想像もつかないものだった。あらゆるものが混乱するなか沖野はたった一人ほくそ笑んでいた。そしていつのまにか1000mを通過していた。そのタイムは57秒台。これではバテてしまう。
『最終コーナー回った!サイレンススズカ,もつのか!』
最後の直線。東京は長くもうそろそろ他のウマ娘も追いつけそうになるだろうと誰もが考えていた。しかし,スズカは『加速』した。あんな大逃げをかましておきながら加速した。
「名付けるなら『逃げて差す』とか」
沖野は飴を舐めながら呟いた。
ヒノマルと隣のウマ娘はその惚れ惚れするような走りに見せられていた。生涯,忘れることはできないだろう。
『サイレンススズカ,ゴールイン!圧勝,圧勝だぁ!』
ヒノマルは確定の文字を見ると取れた映像を軽く見直して満足した。
「これならトレーナーも喜ぶだろう……って沖野さん!?」
沖野は顔を赤くしながら倒れていた。またもや蹴られてしまったのだ。
「まあ,あとはライブぐらいだ。放っておいて大丈夫だろう」
ヒノマルはライブを最後まで見届けると急いでトレセン学園に帰った。
◆◆◆
転校生のスペシャルウィークことスペは困り果てていた。
「すみませーん!スペシャルウィークでーす!すみませーん!」
どうやらライブに夢中になって門限に遅れてしまったそうだ。ヒノマルは外出届を出しているため問題はなかったが今日転校したスペが出せるわけもなく扉を叩いていた。
「どうしたんだ……って君はさっきの」
「えっと,あなたは」
お互い知っているのに名前がわからない状態は不思議だったがヒノマルは今のスペの状態がわかった。
「もしかして門限を破ってしまったのか」
「そうなんですよ!それでどうしようかと、」
「なら俺が説明するよ。寮長とは色々あって連絡ができるから」
ヒノマルはそういうと栗東寮の寮長,フジキセキに連絡を入れた。
「ありがとうございます。でも,なんでウマ娘じゃないのに」
そう言われるとヒノマルは思い出したようにフードを取った。
「ああ,俺はたしかに娘じゃないけどウマ娘だから。ちゃんと学園に所属している」
少ししたらフジキセキが玄関に降りてきた。ヒノマルが軽く説明しようとすると後ろから
「ええぇーー!!」
スペの絶叫が聞こえてきた。
説明を終えたヒノマルは少し急足で美浦寮に戻った。彼は沖野を蹴り飛ばすスペを見て確信した。
「俺を知らないってことはスカイの言っていた転校生だろう。多分,彼女も強いウマ娘に違いない」
明日から切磋琢磨する仲間が増えると思うとヒノマルは明日が楽しみで仕方なかった。
次回はスペのこと書くかエルのデビュー書くか迷っている