【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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エルコンドルパサー動き出します!
ヒノマルも動き出します!


12R 『怪鳥』の巣立ち

 十一月もやってきた。そして今日はエルのデビューだ。

「東京のダート1600。油断はするな」

「ハイ,トレーナーさん!」

 エルは元気な声で返事をした。この日をもって怪鳥は飛んでゆく。世界最強のウマ娘であると証明するために──

 

◆◆◆

 

 今日はパーチ総出での観戦だった。ヒノマル達は最前列に構えて待っていた。

「今日で全員デビューを終える。ヒノマル,おまえの同期だ。チーム同士の衝突は避けたいがいつかはなるかもしれない。だからしっかり見とけ」

 木場の言葉はいつも以上に強かった。

 エルは六番。先行にしても差しにしても悪くないところだった。それゆえに木場は確信した。今日のエルに負ける要素などない。他のウマ娘には悪いが今日は踏み台になってもらう。

 また,ヒノマルも確信していた。今日の友の走りは一生頭に残ることを。理由などない。ただそう思わせるほどの力を放っているのだ。

『スタートしました』

 ゲートが開く。綺麗なスタートだった。普通なら中断より前の方だろう。しかし、エルのいる場所は違った。

『一番人気エルコンドルパサー,最後方です』

 エルは流れるように後ろに下がった。前との差は二バ身ほどだろうか。実力が不揃いのデビュー戦とはいえ、マイルで先頭に入るには少し苦労するだろう。

「トレーナー,大丈夫なのか?エルの得意な距離とはいえあの位置からでは……」

「エルは勝てる。あいつはここで撃ち落とされるほどヤワじゃねぇ」

 それはおまえもわかってるだろ。そう木場は断言した。今の木場が見ているのは勝敗ではない。着差だった。それはエルが勝つことを前提にしている考えだった。そんな考え方は本来トレーナーとして侮蔑されるものだ。しかし、木場は知っている。あの怪鳥を地に堕ろすには,今は力不足だ。

『最終コーナー曲がった。ここで,エルコンドルパサー上がってきた!すでに二人を抜かしている!!』

 コーナーを曲がって外からの加速。なんて恐ろしいことだ。実況が叫んだ時にはもう一人とまた一人と追い越されていった。

『すでに先頭も捉えた!しかしまだ伸びる!その差は一バ身二バ身と伸びている』

 しかし,そのコンドルはより高く,より速く飛んでゆく。そんな差じゃ満足できないと言わんばかりにゴール板を横切った。

「エル,圧勝デェェェエス!!」

 七バ身差の圧勝。そのコンドルは大きく羽ばたいた。

 控え室に戻ると木場達がいた。

「よくやった。全員をごぼう抜きかつ,あの着差。誰も文句は言わねぇ」

「すごかった」

「ああ,素晴らしいよ」

「んっ」

 絶賛されたエルはほんの少し照れくさくなった。微笑ましい光景だったが木場はまだ緊張を緩めてなかった。

「さぁて,今回の奢りはちょっと待ってくれよ」

 木場は後ろを振り返る。

「次はおまえだ。前回の反省を活かせ。そして勝て」

「任せてくれ」

 ヒノマルは強い瞳で見つめ返した。前回の雪辱を果たすレースをして見せるとその闘志は太陽のように燃えていた。

 

◆◆◆

 

 京都レース場は四大レース場の中で唯一直線に坂がなく,坂自体も一つであるためある程度平坦だ。ヒノマルはなんとかここで勝ちをおさめたい。

「距離は2000。札幌と同じで直線に坂はない。第三コーナーのやつは高低差が激しい下り坂になっている」

 木場は淡々とレース場の特徴を伝えた。その様子は札幌ジュニアSの時と大差はなかったがひとつだけ違った。

「ヒノマル,期待してるぞ」

 それだけいうと白衣を翻し客席へ向かった。

 ヒノマルは少し緊張と不安を持っていた。前回のような失態はおかさないと決めたはずなのにまだどこかで勝てるのかと自己否定している。その様子に悩んでいると扉がたたかれた。

「お邪魔するデース」

 入ってきたのはエルだった。これからレースだし帰そうとも思ったがまだ時間がある。ヒノマルは緊張を和らげるためにも話すことにした。

「改めて、デビューは圧勝だったな」

「ええ!そしてエルは世界最強を示すデース!」

 彼女の声はいつも明るかった。その明さは太陽を浴びているかのように優しくも激しくもあった。ヒノマルは思わず笑みがこぼれた。

「すごいなエルは。絶対できるよ。エルは絶対飛んでいける」

 今日もまた先日のレースが頭をよぎる。あの走りはほんとうにかっこよく力強く,羨ましい──

「だから,負けてられないな」

「エルだって負けられないデスよ!!」

 羨ましいと思うだけではダメだ。それをバネにしてより強くなる。それはかつて学んだこと。

 ヒノマルの緊張はすっかり解けていた。

 

◆◆◆

 

 木場は最前列でゲートを見ていたが後ろからエルが帰ってきた。

「どうだった?」

 エルはしばらく考えたが満面の笑みを浮かべた。

「ばっちりデース!」

 今回はエルと二人で観戦しにきていた。いつも通り木場だけで京都に行こうと思ったがエルがついていくと言ったからだ。理由を聞くと主役は二人だから着いていくとのこと。エルはヒノマルの勝利を信じていた。

『各ウマ娘,今スタートしました』

 ヒノマルは今度は最後尾だった。今回は重賞でもあり,ウマ娘は多く,そして強い。少なくともエルのデビューのような牛蒡抜きは難しいことは明白だ。

「おまえはどうするんだ,ヒノマル」

 木場はあえて作戦を相談しなかった。無論,何もしなかったということではない。ヒノマルが勝つために京都で行われたレースの映像は何個か用意していた。ただし、距離問わず。

 これがどんなことを起こすのか楽しみで仕方なかった。

 

◆◆◆

 

「やはり,俺にはこの距離は短いのかもしれない」

 走りながらぼそりと呟いた。スロースタートでありスタミナが多いヒノマルには2000mはほんの少し短かった。しかし,それは言い訳にならない。勝つために走っているのだ。この距離でも全力を出さなければヒノマルは勝てない。しかし,短い。どうすればいいか,彼には秘策があった。

 

 ヒノマルは木場からもらったレース映像を漁っていた。中には菊花賞や天皇賞もあり距離のズレが大きく参考にならない。

「一体トレーナーはどうするつもりなんだ」

 ぼやきながらもしっかりと観察していると一つのレースが目に入った。その走りは禁止事項。しかし彼女はそれで勝った。彼女はその時に三つの冠を揃えた。

 

 第三コーナー手前よりもさらに手前。ヒノマルはここで仕掛けた。じわじわと上り詰めるように加速しだしすでに五番手まで位置を上げていた。

「なるほど、ミスターシービーか」

 ミスターシービーとはルドルフの一つ前の三冠ウマ娘だ。彼女を語る上で欠かせないのはその菊花賞。『タブーは人が作るものにすぎない』。そのレースを以って彼女は証明した。彼女が破ったタブーとは京都の第三コーナー前での加速してそのまま上って下りる。そんなことをすればすぐにバテてバ群に沈んでしまう。しかし,彼女はやってのけた。そしてヒノマルもそれをしようとしている──

『センジンヒノマル,上がってきた!そして速くももう二番手に並んでいる!』

 ヒノマルの身体はまだ未熟で才能もエルほどあるわけでもない。しかし,その熱意は熱として全身に滾っていた。

 ヒノマルは減速しない。もう加速は出来なくともその最高速度は依然として緩むことはない。後続も加速するがもう遅い。差を詰めても決してゼロになることはなかった。

 

◆◆◆

 

「おまえら,ウマ娘二人に飯を奢る俺の懐を考えたことはあるか?」

「ない」

「ないデス」

 無情な声が耳に刺さる。見事に京都ジュニアSに勝利したヒノマルは近くにあった居酒屋で食事を頂いていた。既にヒノマルも変装はしておらず顔が丸出しだった。そのため野次が多くたかったが店側の気配りにより現在個室にいた。運ばれてきた料理を二人は一瞬で平らげ、また新しい注文。木場は泣いた。

「まあそれはそれとしてよくやった。おまえもそう思うだろ,エル」

「ブエノ!ヒノマルの最後の加速は最大!最速!最強!まあエルはそれを超えますが」

「そうだな。エルはただの最強じゃなくて『世界最強』だ。俺に負けてたらダメだ」

 ヒノマルはエルのあの末脚を今でも思い出せる。後ろから全てを抜き去ったあの脚。同じ感じの戦法でエルは七バ身差だ。

「いや,真似するなよ。それはエルも一緒だ。お互い凄さが違うんだ。まずはそれを活かせ」

 木場はそういうとサングラスを外した。これは木場が本当に真面目な話をする時の合図だ。

「おまえらは同期だ。そのためレースで戦うハメにあるかも知らない。それを頭に入れとけ。ヒノマルはこのままホープフルSにいくぞ。問題は次だ。来年は大事なクラシック期,誰もがその頂を望んでいる。ヒノマルは具体的な目標もまだないからひとまず三冠路線でいく。そしてエルは,得意距離のマイルで勝ちに行く。次の目標はヒノマルは皐月賞。エルはNHKマイルだ」

 その年の栄光の頂点,クラシック三冠。それを成し遂げたウマ娘はもれなく結果を残している。その一つ目の皐月賞。ヒノマルはまさかのGⅠレースに気が引けた。

「何も直行するわけでもねぇ。おまえらにはまだ実績が足りてない。だからこの二つに出走する。それがおまえらの目標だ」

 木場はそういうとサングラスを掛け直し,酒を飲み直した。

 

 

 エルもヒノマルも、激戦の時期は近い。これがのちに『黄金世代』と呼ばれる一角の幕開けだった。




次はホープフル,若しくは日常回をやります。
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