ジュニア級最終話なのに前より短いのほんとごめんなさい。
キングヘイローは一流のウマ娘である。いや、一流でなければならない。彼女の母親はとある伝説のウマ娘。それゆえにキングは『一流』という称号にこだわり,そのプライドを保たなければならないウマ娘だ。
彼女の母親の影響は大きくデビュー前から彼女は有名であった。しかしそれは良いものばかりではなく,誰かは傲慢,誰かは七光り。そんな揶揄すらもキングは飲み干していた。
だがヒノマルは世間を知らない。ヒノマルにとってキングはちょっと騒がしいけど慕われているなぁ、ぐらいの感じだった。
「つまり、君はすごいウマ娘ってことでいいのか?」
「ええそうよ。このキングを讃えなさい!」
はっきり言って知らない相手を讃えることなどできない。ヒノマルはとにかく反応に困ったので逃げるように本馬場に向かった。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
キングは呼び止めたが関係ない。今は、『逃げる』。
◆◆◆
──話は少し遡る。
控え室にいたヒノマルはやっと届いた『勝負服』を開封した。
「早く見せてくれよ、なぁ」
木場は新品のロボットのおもちゃを前にした子供のようにわくわくしていた。
「構わないが、外で待っていてくれ」
木場は男同士だろと思ったがこういったことはセンシティブな話題だ。大人しく外で待機した。
ヒノマルが呼ぶと木場はどんなんだぁ、と叫びながら入ってきた。
そこにあったのは和風な感じの勝負服だった。
上着は手前の左側は朱色で奥の右側が白色となっており襷で縛ってあった。下に履いた袴は灰色のグラデーションがかかっておりそこに桜の木の絵が施されていた。
上に着ているインナーは中指に通らせて上半身全体を覆っていた。大胆にあけられた胸元には太陽と屏風絵になりそうな雲が描かれていた。
「かっこいいじゃないか」
「ああ,これに袖を通せれてよかった」
ヒノマルは純粋に嬉しかった。勝負服を着用できるのはGⅠレースだけ。つまり、一生着ることのないウマ娘もいるわけだ。一部例外もあり得なくはないがそれでも一握り。勝負服とは一回着ただけで一生の誇りとなるのだ。
「それじゃ俺は席に行くからな」
そして今に戻り、ヒノマルはゲートの前にいた。ヒノマルは重賞を二つ経験した。しかし、ジュニア級とはいえGⅠは空気が違う。より多くの闘志,期待,熱気。気を緩めては食われてしまう。だがそれでも己を保たなければ勝つことなどできない。
「やるしかない。お前たちに絶対追いつく……」
悉く見せられた才能。それは彼を奮い立たせ力へと変わってゆく。負けてなどいられない。その気持ちが支配する。
『ゲートイン完了、スタートしました』
ほんの少し出遅れた。しかし誤差の範囲。ヒノマルはすぐにベストポジションについた。
中山の2000はいきなり坂に出る。これがかなり急で高低差は2.2m。ここではあまり力をいれずに登った。ほんの少し差は広がったが問題ない。彼はすぐにでも追いつける。だがそれは嘘になった。
現在第三コーナー手前,いつも通り順位を上げていたが前が少々混み合っていた。
「ヒノマル、ブロックされてるな」
差しや追い込みにはよくある話だがどれほど体力が残っていても前に邪魔がいたから勝てなかった。ヒノマルは今それに近い状態だった。それだけではない。中山レース場はコーナーで小回りがきかないと内側で曲がれない。ヒノマルの過去に経験したコーナーとは大違いだった。
「まずい……仕方ない、大外だ」
ヒノマルは内に入るのをやめてなんとかして大外に回った。無論コーナーは回りやすくなるが距離は伸びるが,彼にはスタミナがある。それ自体は問題ではなかった。
それでも問題は残る。それは中山の代名詞、『さあ中山の直線は短いぞ!』
阪神よりも短い直線、加えて二度目の坂。勝ちにくくなる要因は溢れていた。
「うおおおお!」
歯を食いしばる。条件は他のウマ娘も同じだ。勝ちにくくても勝てないわけはない。
『キングヘイロー速い! しかし先頭には追いつけない! おぉっとセンジンヒノマル、少しスピードが緩んだか!?』
ヒノマルのフォームが悪くなる。バ群に揉まれた時から体力の減りは大きかった。もっと早くから外に出ていれば勝てたかもしれない。もっと早く内に行けば勝てたかもしれない。
無意味な妄想をしながらゴール板を横切ると、二つの背中が前にあった。
◆◆◆
「初のGⅠ,よくやった」
ヒノマルは襷を解いた。確かに悪くはなかった。しかし、勝てない。舐めていたわけではない。中山の特徴を理解していないわけでもない。実力も申し分なかった。だが今回はレース運びと運が良くなかった。割と中団が固まっていてさらに判断も遅れてしまった。
だが、ヒノマルはそれだけじゃないと言い張った。
「……前の二人は強いとか,それ以外にも熱かった。彼女たちは俺とは違う『熱』を持っていた」
ヒノマルはだいぶ一般的な中学生並みの欲などは芽生えたが約十年にわたる施設の生活は今も彼という人生に濃く染み込んでいる。彼は生まれてこのかた『欲』というものをあまり持たなかった。それは走る上では致命的になってしまう。執念がなければ粘れるものもなくなる。ヒノマルはそういう熱いものを持ってなかった。
「そうだな、おまえもちと気が抜けたかもしれねぇ。貪欲にいこう」
木場はそういうと外で一服しにいった。
しばらくするとノックが聞こえた。どうぞというと入ってきたのはエルとグラスだった。
「お疲れ様デス、ヒノマル」
「お疲れ様でした」
今は労いの言葉が少し余計に感じられた。でも、それを無碍にしては行けないとヒノマルは笑顔で返した。
「ありがとう,でも素直に受け取らない。負けないって決めたのに負けた」
ヒノマルは自嘲的に笑うと二人を部屋から追い出した。着替えるから,と一言言ったがあくまで建前に過ぎない。
ヒノマルはインナーも脱ぎ捨て鏡の前に立つ。問題のない健康的な身体だ,その背中にある『もの』を除いて。
ヒノマルはそれを抱え込むようにして,泣いた。惨めな自分を許せなかった。自分勝手な自分を許せなかった。報いれなかった自分を許せなかった。
今日で未熟な俺ともさよならだ。決意を胸にヒノマルは学園に戻った。全てをかけたい,冠の奪い合いは既に始まっている。
ついにきてしまったか。
君もいつかは気づいてしまうかもしれない。そんなときに君はどうする。俺は君のことがほんの少しだけわかったかもしれない。
いつかは君も夢に至る。それまでにある障害は果てしなく大きい。むしろここが正念場だろう。やっぱり君はそうなんだね。俺には良くわかるなよ。俺だってそうだった。君とは話し合ってみたいものだ,お互いまだ名前も知らないから。
──教えてもらったのにもらったのにもったいない。もう一度、俺の名前は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。もう一度君の名前を