次回はちゃんとクラシックの話します。
それは少し前のこと、スペシャルウィークが転校して翌日のことだった。
スペはがちがちに緊張していた。彼女の生まれ育った環境にはウマ娘がおらず,加えて見知った顔もない。そのせいか、見事に転倒した。
「……なんだろう、既視感がある」
ヒノマルも初日に思いっきり転けた経験がある。あの時はまだ恥ずかしいとあまり思わなかったが今となっては思い出すだけで赤くなる。
それからヒノマルたちはすぐにスペに駆け寄った。
「大丈夫かい」
「あっ、はい! ありがとうございます……ってあなたは昨日の!」
「ヒノマル,もう知り合いだったんデスか」
ヒノマルはことの詳細を伝えるとエルは納得した様子だった。スペが立ち上がるとみんなは軽い自己紹介を始めた。
「わたしはセイウンスカイだよ〜。よろしくね」
「俺はセンジンヒノマル。男だがよろしく頼む」
みんな当たり障りないものだった。しかし、彼女だけは違う。
「あたしの名は、最速、最高、世界最強! そう、エルコンドルパサーデェェス!」
初対面になんでこんなことできるんだ。そんなつっこみがちらほら湧く。当のスペだって驚いて間抜けな顔をしている。
「エ〜ル〜……」
そんな彼女を見かねたグラスは静かにキレる。この状態では誰も抑えられない。
「ノォォォ!」
悲痛な声が聞こえたがお構いなし。みんなそっとしておいた。
◆◆◆
「俺が、案内役ですか?」
ヒノマルはルドルフに呼び出されるとスペの学園案内を頼まれた。ヒノマルはスペの事情を多少聞いた後待ったをかけた。
「どうして俺なんですか? 彼女はウマ娘に会ったことがないなら普通のウマ娘の方が」
「君がそういうのは承知している。だが同じく途中からここに入った間柄なら問題ないはずだ。それに君ももっと交友関係は増やしたいだろう」
この時のヒノマルは友達が少ない現状に悲しんでいた。そのためこの誘いは悪くなかった。
「わかりました。それでは時間になったら呼んでください」
少し時刻は過ぎて約束の時間になった。ヒノマルは生徒会室に入るとルドルフからスペを預かった。
「それじゃあ行こうか」
かつてタキオンがヒノマルにしたように学園の案内を始めた。もっとも誘拐するなんてことはしない。命令自体受け取ってないし、受け取っても実行はしない。
「改めて自己紹介しよう。俺はセンジンヒノマル。俺も君と同じで途中からここにきたんだ。よろしく頼むよ、スペシャルウィークさん」
いつもより口調が柔らかい。こんなものを見れば木場はゲラゲラ笑うだろ。そんな想像が容易にできたが気にしない。
「はい,よろしくお願いします」
◆◆◆
「ここはプール。足に負担をかけずにトレーニング出来るんだ」
「ここは図書室。出来る限り会話はしてはいけない」
「ここがジム。筋トレに役立つよ」
いくつかの施設を歩きまわった。ヒノマルがやってきた時はあらゆる者が好奇の視線を送っていたが今はだいぶ日常に溶け込んでいる。
俺も馴染んできた、とヒノマルはその事実に嬉しく感じていた。
そろそろスペも緊張が解けてきたのか、ヒノマルにとある疑問をぶつけた。
「あの,どうしてヒノマルさんは男の子なんですか?」
「同じ歳なのに『さん』はいらないよ」
それでもスペはさんと言ってきたのでくん付けで妥協した。それにしても、ヒノマルだってそれは知りたいことだ。なぜ俺だけ男だと思って嘆いた日々は今でも鮮明に思い出せる。だがそうし続けるのも疲れた。
「わからない。俺はこの身体について全然わかってない。でもせめてそう生まれてきた意味を持ちたいんだ,父さんと母さんのためにも」
だがら前を向いていたい。今のヒノマルには生きるだけででは物足りない。もっと先にある意味を求めていた。
「ヒノマルくんも,ご両親のことが好きなんですか?」
スペは確認のための疑問を口にする。
「まあ,好きというより尊敬しているかな」
「だったらわたしと同じです! わたし,お母ちゃんが二人いるんです。産んでくれたお母ちゃんはわたしを産んですぐ亡くなっちゃいましたけど,約束があるんです!」
『日本一』のウマ娘。
スペはその夢を嬉々と話した。ヒノマルにはレースに関する大した夢を持っていなかったからその姿が眩しかった。
みんなそうだ。ここにきて大きな夢のために全力を尽くしている。それなのに彼は何のためにいるのだろう。劣等感にも似た感情が心を敷いてゆく。
「やはりみんなはすごいな。俺にはない、いい夢だ。そこには困難もあると思う。でも,君たちはそれを口にできるほどの『力』がある。誰かはいうだろう,無謀とか,冗談とか。だが俺は君を応援する」
劣等感だけじゃない。純粋な敬意だってある。大きい小さい関係なく夢を語れるやつは強い。かつてそれは木場が似たことを言っていたような気がする。そこには実力の意味での強い弱いは関係なく,心の強さになる。どんなにフィジカルが優れていても心が弱ければ木偶の坊にすぎない。最後まで『立ち上がる』強さこそがヒノマルの敬意の対象だった。
「……そうだな、よし。スペ!」
ヒノマルは少し悩むとスペの名前を略して言った。スペはいきなりで驚いたがヒノマルは話を続けた
「ここはトレセン学園、あらゆる強者たちが集う場所だ。夢破れることなんてよくあることだ。愚問だと思うが、敢えてきこう。おまえは何をしたい」
この質問はルドルフと木場からされた質問。べつにこれが通過儀礼とかではなかったが目の前の相手を見定めるにはちょうどいい。
スペは少し困った顔になったがその瞳に迷いなどなかった。
「わたしは二人のお母ちゃんのためにも全力で『日本一』になります!」
ヒノマルはそれに満足そうな顔した。
「高圧的な態度ですまなかった。いきなりスペと呼んだが大丈夫か」
ヒノマルは一気に素の喋り方に戻った。名前の呼び方もそのギャップは少ないがいきなり過ぎて混乱を招く。
「えぇと、はい。大丈夫です。前もスペと呼ばれていたので」
スペは出来るだけ混乱を隠したかったがほんの少しだけ漏れてしまう。それに察したヒノマルはスペにおもむろに近づいた。
「どうしたんだ、もしかして熱でもあるのか?」
そして互いの額を合わせる。
ここで一つ教えておこう。彼は天然たらしの才能を有している。その技術はまだまだ稚拙ながらも本能だけでこんなことをやってのけたのだ。全くもって恐ろしい。
無論そんなことされたスペはというと口をぱくぱく言わせながら
「お嫁に行けな〜〜い!!」
と叫びながらすっ飛んでいった。
「俺が何をしたというんだ?」
彼は無知,故に己の暴挙が理解できずに立ち尽くしていた。
みなさん,おそらくですが『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』のこと気になっている人もいると思います。一応正体は明かされますがそれはシニア級になってからです。
しかしおそらく⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎はもう少し出番が増えると思います。もしこの語りが苦手ならごめんなさい。早く正体を教えてほしい人もすみません。
感想よろしくお願いします。