俺にはだった一つのこだわりがある。
それはどれほど冷めても美味しくいただける弁当を作ることだ。朝の五時十五分に起床した俺は朝食と昼用の弁当を作る。ここで気をつけなければならないのが使い回しをしないこと。別に食うのが俺だけならば使う。食費の軽減は重要だ。しかし、先程言ったこだわりがある。
朝はあたたかなもので胃腸を活性化させる。こいつの残りをパックに入れると次は弁当を作る。朝の献立は確かに美味しい。しかし、あたたかいからこそ本領を発揮する。弁当はそうではなく、冷たくてもいつ食べても美味しい献立でなければいけない。
おっと、時計を見れば出社時刻だ。白衣を纏い、荷物を確かめ、いつもと変わらない朝を進んでゆく。
俺は仕事に行くならばリュックを使う。行動の邪魔にならずものを多く詰め込めるからだ。中身は別に普通だ。弁当とパソコンと渡された怪しげな薬。最後のやつはトレセンについてから服用する。もし、身体が変形でもしたら家への往復が面倒だ。
さあ正門をくぐった。蓋を開けて飲もうとすると、
「木場さん、また飲んでるですか」
音もなく気配もなく。こいつは急に現れる。タキオンの同期のマンハッタンカフェのトレーナー、
「東、多少強引に押されてな」
「強引でも普通は飲みませんよ。それに貴方は嘘をついている」
東はよく嘘を見抜く。いつもこの謎の第六感には驚かされる。
「小言言われるのが嫌でつまらない嘘つくのやめたほうがいいですよ」
「ぜひそうさせてもらう」
こいつは本当に苦手だ。しかし嫌いにはなれない。
担当によく似た不思議なやつだ。倫理観は一般的なのに第六感だけが特異だ。嘘を見抜くだけではない。東の本来ある力はもう一つのほうである。
「木場さん、センジンヒノマルには気をつけた方がいい。カフェも観たらしいが彼は何かがそばにいる」
それは幽霊とか魂とかそんなのを見る力だ。自分にとって悪いものを取り除く力はなくとも見るだけなら担当の力を越している。現にこいつはカフェの『お友だち』の姿を確認できるらしい。
「おまえのスピリチュアルな話には慣れている。ありがとな」
思い当たる節がなかったわけではない。ときどきヒノマルから聞かされる夢の話が関係ありそうだ。心配ごとはいつになっても減ることはない。
◆◆◆
夢というのは曖昧だ。夢を見ている時は完全にそこが現実であり感触も記憶も確かだ。しかし目覚めてしまえば一瞬でそれは無くなってしまう。だが、そんな夢は稀に既視感という形で現実を犯している。
「あの時のレースは走ったはずなんてないはずだ」
俺は既視感に囚われていた。別に大した問題ではない。しかしあの時のホープフルSはどこかで諦めがついて──いや、この結果になるなと『納得』が来てしまった。勝利への渇望とか、夢への執着とか、そんなものがなかったわけではない。でも最後の直線で納得してしまった。
その違和感は今でもはっきりしている。その一瞬だけは脳に焼き付いてしまった。そのせいで日常に集中できない。それに寝る時も最近は深い眠りにつきにくくなっている。睡眠の最中に誰かの語りが聞こえるような、俺の独白が聞こえるようなノイズが走る。走ってほしいのはこの脚だけだというのに全く嫌らしいものだ。
「今度、タキオンさんから睡眠薬をもらうのもいいかもしれない」
割と危ないタキオンさんの手も借りたくなるほど疲れている。本当にどうしようもなく休み時間は廊下を回っていた。
疲れていたのか俺は前にいるトレーナーに気付けなくぶつかった。
「あ、すみません」
「いや、大丈夫だよセンジンヒノマル。君のことは応援しているよ」
なんとも優しい男性トレーナーはそのままゆっくりと歩いていった。しかし独特な空気を持っていた。どこかで会ったことのあるものだ。圧自体はなくとも重みがある。そんなウマ娘と一人あっている気がした。
今日はカフェテリアが閉まっているため適当にコンビニで食材を揃えてパーチの部屋で食事をとっていた。しかしやはりいつものぬくもりがない。今度はトレーナーに弁当作りを教えてもらおう。そんな決意をすると本人が現れた。今日は青色に光っている。
「それじゃ、渡したからな」
「ありがとう。箱は洗って返すよ」
タキオンさんはいつもトレーナーから弁当をもらっている。彼の腕はこのトレセンの中で一番と名高く見た目にそぐわない。中身は白米、レタス、だし巻き、にんじんの肉巻きだった。栄養管理がしっかりしていて食材の置き方もいい。いつもはモルモットになっているのにどこでこの技術をつけたのかを知りたい。
そんな弁当を横目にしているとトレーナーが俺を呼んだ。
「ヒノマル、食い終わっても残ってくれ」
おそらくレースについてだろう。急ぐ用事もなくそのまま俺は留まった。
少し待つとトレーナーはいきなり塩を振りかけてきた。
「──っか、何をするんだ!」
「……」
「なんとか言ったらどうなんだ!」
トレーナーの意図が全くわからない。俺は食材ではないし、汗をかいているわけでもない。
「……いや、一応やってみただけだ」
サングラス越しでもトレーナーの感情は読み取れる。『本気』だ、ふざけてない。
「俺の後輩から言われてな、ちょっと調べたくなった」
◆◆◆
木場は今朝の話の内容を伝えた。ヒノマルは驚いた様子だったが思い当たる節があった。
「確かに、それはあり得るかもしれない。もしかしたら、それが、俺がこの
いつも忘れてしまう誰かとの夢。彼といるときは何かしらの交流をしているはず。そんな確信めいたことがあった。
「そうだ、トレーナー」
木場は目を合わせた。ヒノマルはあのことを言わなければならない。そう──
「……それも大切だが、今は中山の走り方を教えてほしい」
直近のレースに向けてだ。
「ああ、それもそうだ。いいか、中山は──」
ヒノマルは何故既視感と納得したことについて話さなかったのか。それは他の夢の記憶と同じく忘却の海に沈んでしまったからだ。思い出すには少々手こずることは間違いない。
ターフについたヒノマルは回っていた。例えではなく、本当に半径1mの円の端に立って回っていた。
「なんで中山の攻略のためにに俺が振り回されている」
謎の回転する円盤に乗せられてぐるぐる回っている。その回転は約時速50kmを超えて、走っているウマ娘と同等のスピードと同じだった。どうしてこんなことが関係あるのだろうか、意図は読めなかったがそれでも回り続けた。
しばらくすると解放された。少なくとも十周以上は回されて吐き気も湧いている。流石に恨みの一つや二つを言いたくなるがまだ抑える。今は耐えなければならない。じっと堪えることが最善なのだ。
「今、おまえに体験してもらったのはえげつない遠心力だ。中山のコーナーは小回りが聞かなければならない。こいつに慣れたとき、おまえは皐月賞だけじゃない、最終目標だってめじゃない」
言っていることは理にかなっていた。しかし未だに最終目標が『有マ』なのかがわかっていたない。ヒノマルは夢のことも、トレーニングも、理解が追いつかないまま練習を始めた。
キングほしい!
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