謎の円盤練習から数日後、今日は前哨戦の弥生賞が行われる。このレースは本番の皐月賞と条件が全く同じであり参考にするにはもってこいのレースだった。
「ヒノマル、午前は好きにしていいぞ。十五時までには戻ってこい」
そう言われても彼は暇だった。しかし、レース観戦以外のこともやりたかった。少し悩んだ挙句、彼は出走する友達の元へ向かった。
◆◆◆
「おや、ヒノマルくんじゃないですか〜」
「相変わらず自由人だな」
スカイは本当に自由奔放だった。その証拠に彼女はヒノマルが部屋に来るまではぐっすり眠っていたのだ。しかし、彼女とてやる気がないわけではない。勝利を望む執念は誰にも負けていない。彼女はあらゆる策を練り、周りを翻弄する。そんなスカイの青い瞳はメラメラ燃えていた。
「どうなんだ、調子は」
「これといってかわってませんよ〜。わたしなんてみんなと比べて才能ありませんから」
ヒノマルはその発言が信じられなかった。彼女は弱いわけがない。そんな考えが頭を回っていた。
「嘘をつくな。おまえみたいな策士が弱いわけがない」
「それを言ったらヒノマルくんだってそうだよ。わざわざ適正の低い方に行くんだから」
ヒノマルは木場の言ったことを思い出した。彼曰く、スプリングSに出るのはライバルを避けるためだけではない。皐月賞と違う条件で、さらに短い距離というヒノマルの本調子を出させないという相手にこちらの情報を悟らせないための作戦だった。
「まあ、それは俺のトレーナーの案だ。俺からすればスカイの方が断然すごいよ」
「……またまたぁ、買い被りすぎだよ。わたしなんて、」
「そんなものじゃない」
ヒノマルはスカイと目を合わせた。
「俺はトレーナーとか、タキオンさんとか、あらゆる人の助けで作戦とか考えている。でも、おまえは違う。自分でたくさん考えて、そして成功させている。スカイは本当にすごいウマ娘だ」
ヒノマルは純粋に褒めた。
スカイはほんの少しだけ顔を俯かせた。
◆◆◆
次に向かったのはキングの部屋だった。
「入っていいか」
ノックをすると中から気怠そうな返事が返ってきた。
「全くこんなときに──ってあなたは」
二人は椅子に座るとキングはいきなり話してきた。
「あなた、もうこのわたしの名前は覚えたでしょうね」
「ああ、キングヘイローだろう。キングと呼んでも?」
「構わないわ」
互いに名前を確かめるとキングは普通の疑問をぶつけた。
「どうして、わたしのところに来たの」
「同じ世代に走るライバルなんだ。俺はおまえと関わりが少ないから、おまえを知りたくなった」
ヒノマルは彼女とは極端に話したことがなかった。ホープフルS以前は顔も朧げであり、最後に会話をいたのもそのレースの待ち時間だけだった。
ヒノマルはキングを知るためにほんの少し経歴を調べた。そこからわかったのは、彼女の母親は元GⅠウマ娘であり、かなり有名であったこと。それはもちろんキングへの評判に関わる話だ。それはその血統が示し、加えて確かな才能がある。
──ゆえに『一流』。キングはそうでなくてはならない。キングの瞳は、スカイがメラメラというなら、ギラギラと燃えていた。
「あなたも三冠路線で挑むのね」
「ああ、そして俺はより多くの人に認められなくてはならない」
キングは少し沈黙を作った。
「……それはどうしてかしら」
「俺の、父さんと母さんのためだ。二人のために俺は勝たなければならない」
キングは顔を顰めた。まるで反りが合わないやつと出会ったような顔になった。だがそれを全力で隠した。ほんの一瞬だけだったからヒノマルは気づかなかった。
「それで、よければだがおまえも話してくれないか」
「──よ」
声が小さくて聞こえなかった。
「──あなたと同じよ」
ただし、理由は正反対。
奇しくもヒノマルとキングはの目標は『自分の存在を知らしめす』という点では似ていた。しかし、その本質、あるいは原点は逆の道をゆく。かたや親に誇るため、かたや親を見返すため。
ヒノマルはそれが少し意外だった。
◆◆◆
そろそろ時間が来ていた。これが終わったらヒノマルはスタンドに戻ることにした。
「入るぞ」
「はぁーい」
その元気な声はスペのだった。
「そういえば、スペの夢は──」
「はい、お母ちゃんと約束した日本一のウマ娘です!」
スペとヒノマルの夢の理由はキングと違いほとんど同じと言える。しかし、そのにある純粋さは彼女の方が一枚
「質問だが、スペは三冠のうちどのレースを一番とりたいんだ」
クラシックの三冠レースにはそれぞれ称号というかジンクスがある。今回の皐月賞は『最もはやいウマ娘』が勝つ。他の二つにも同じようなものがあり、どれを取るにしてもそれは名誉となる。
「わたしは、世代の王者を決める『ダービー』をとりたいです」
『日本ダービー』、正式に東京優駿。クラシックのなかでも誉れ高いレースだ。
「ダービーは狙うものも多い。それにあのレースは積み重なった歴史が多い。頑張れよ」
ヒノマルは激励をいうと帰ろうとした。しかし、思い出したように疑問を投げた。
「そういえば、スペ。おまえにとっての日本一とはなんだ」
何を持って人は日本一というのか。ダービーをとった、三冠をとった、グランプリレースをとった、それとも最強となった。その形は人それぞれにあり永久の問いである。
スペも初めて沖野と会ったとき同じことを聞かれ、答えられなかった。その答えは今でもわからないし自信もない。だが、夢のカタチとしてスペはそれをわかっていた。
「わたしにとって日本一は『立派になってその姿を見せられるようになる』ことです。えへへ、その、順番が逆かもしれないですけど」
スペはキラキラしていた。燃えているのではない。『輝いて』いるのだ。
彼女の抱く水晶のように純粋な想いはその身体をどこまでも運んでゆく。決して止まることはないだろう。そしてそれはときに暴力ともなり得る恐ろしさを孕んだ想いだった。
そんな輝きにヒノマルは微笑んだ。
◆◆◆
どれだけ想いが強くとも、才能があろうとも、結果というのは残酷だ。女神とは一人だけに微笑むものだ。
『スペシャルウィークだ! スペシャルウィークだ! 勝ったぞスペシャルウィーク!』
今回の弥生賞はスペが勝利を掴み取った。しかし、これが本番ではない。ここで負けたものはより激しく、敗北を薪に想いを燃やす。勝利はやってこない。
みんなも、グラスも、エルもたった一つの未来のために立ち上がるのだ。さあ次は己の番だ。ヒノマルは学園に戻った。
数日後、ヒノマルは頭を殴られたような衝撃を味わった。しかし、それをより深く味わったのは彼ではない。まだかまだかと待ち侘びていた
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