【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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19R 『スプリングステークス』、その二

 東は一人で歩いていた。

 しかし複数人の話し声が聞こえた。

「どうしたんですか」

「いや、例のあれを見てきた」

「貴方に驚く感情があるとは意外です。しかし、彼に宿るものとは一体?」

てめぇら(この世界)じゃ理解出来ない野郎だ。少なくともいきなり襲ってはこねぇだろうよ」

 うやむやな回答にため息をついた。東は見ることしかできない。退治とか成仏はカフェや隣にいるお友だちにしかできない。

「嘘はついてないようですね。わかりました。では、これだけ教えてください。なんの生物ですか、あれは?」

 お友だちはどう答えればいいかわからなかった。ただ、一つだけ言えることは

「遠いようでもっとも近い、だな」

 それだけいうとどこかへ走り去った。

 

◆◆◆

 

 その話はトレセンに留まらず世間一般の方々にも届くことになった。

 ヒノマルは病室の前に立つと数回深呼吸をした。なんというか、こうやって見舞いとして病院に来るのは初めてだったからだ。

「入るぞ、グラス」

 脚に巻かれた包帯。グラスは窓から遠い景色を見ていた。

「まあ、日常生活には問題ないと聞いている。つまらないものだが、ここに置いておく」

 見ての通り、グラスは怪我をした。幸いそこまで重いものではなかったため退院自体はすぐに済む。だがウマ娘の怪我はそれでよかったではない。そういったことが起きると大抵のウマ娘は身体能力ががくんと下降する。ウマ娘にとって怪我とは単純に痛い、不便の問題ではない。必ずどこかで人生に未練というカタチで爪痕を残してするのだ。

「そ、そうだ。グラス、最近お茶作法を勉強してるんだ。だから……その……」

 言葉に中身はなかった。ただ少しでも気を紛らわせようと意味なく取り繕うことしか出来なかった。ヒノマルは観念したようにため息をついた。

「一つだけ、いいですか」

「……俺が答えられたらだが」

 グラスは窓に映る夕日を見ていた。

「彼女は、エルは、どうしてますか」

 それはもっとも聴かれたくなかった質問だった。答えてしまえばグラスはきっと──

「正直にいうと、腑抜けたよ。それでもエルは強いままだよ」

 ──怒るから。

 ぶつんと音が聞こえた。幻聴だろうが関係ない。グラスの血管が切れた音だ。

「グラス。怒ってもいいから聞いてほしい」

 ヒノマルはこうなったら無駄なことは知っている。だからできるだけ刺激をしないように話かけた。あくまで、話かけるまでのことだが。

「俺は、正直ふざけるなって思ってる。それはエルにも、グラスにも。もちろんへんな事を言ってる自覚はある。だけど言わせてほしい、仕方ない事だってわかってる! どうして今なんだよ、本当に、どうして」

 理不尽にもほどがある文句。しかし、それはグラスだって同じだった。

 本当に、どうして今なんだ。神がいるなら殴ってやりたかった。

「ヒノマルくん、もう一つだけお願いします」

 グラスはお願いを口にすると安静にした。

 ヒノマルも決意を固めたように寮に戻った。

 

◆◆◆

 

 パーチ、いや、学園全体が暗かった。当然練習も捗るわけもなくヒノマルはキレがなかった。

「とはいえ、だいぶスピードに乗っている。ワンチャン、スプリングSにも勝てるぞ」

 円盤練習はまだまだ拙いが早いペースでのレースには着実に慣れている。マイルはともかく2000なら、今までより早くスパートをかけるほどにまで成長した。課題は確実に減らしていけてる。ただ、それ以上の問題はいつまで経っても変わらなかった。

 エルは上面は変わってなかった。片言だって使ってる。しかし、彼女の本質というものが変わっている。木場はそれを共同通信杯と時から兆候はあったと見ている。

「どうしょうかね」

 エルの不調の原因はわかる。だが、それは木場が取り除こうとしても難しい、というか不可能だった。そんなときだった。

「ふざけるなッ」

 ヒノマルの普段使わないような言葉使いに驚いた。彼とてエルの態度に腹を立てている。特定の誰かをライバルと立てるのは構わない。それは指針となり、確かな道を見せてくれる。しかし本当にそいつしか見ていないのであれば話は違う。エルはグラスに固執するあまり、今回の件で腑抜けたやつになってしまった。それでもなお強いのが余計に苛立たせた。

「トレーナー──ッ!!」

「ハイッ!」

 いつもより強い声調に木場は敬語になってしまった。

「ナンデショウカ」

「エルを借りる。悪いがあいつを連れて少し、焼きを入れてくる。トレーナーだって同じだろう」

 ──俺に任せろ。

 それだけいうとヒノマルはえるの方に向かった。

「ああ、トレーナー。さっきの話を端的に纏めると『サボる』だ」

 サボり気味でも手にしたのか、そんなツッコミを引っ込めて木場は、一服することにした。いつもの甘いものではなく、ちょっと煙たいものを。

 

◆◆◆

 

「ちょっとついてこい」

 ヒノマルはそれだけ言うと強引に腕を引っ張った。最初、エルは抵抗したがするだけ無駄だったのか直ぐにやめた。ヒノマルは少しの申し訳なさに心を痛めながらも歩き続けた。

 しばらく着いた先には一本の切り株があった。トレセン学園ないでも有名な発散スポットだ。ここではよく悔しさだとか苛立ちとかを叫ぶことが多い。ただし、彼は今回初めての使用だった。大体の悔しいときは一人で泣いたりすることが多かった。

「エル、俺はグラスから『お願い』を受けている。そいつを伝えるべきだが、俺にも言いたいことがある」

 エルはずっと黙っている。いや、苛立っている。だが、本当に苛ついているのは、苛つきたいのはヒノマル(オレ)だ。

「今のおまえははっきり言って見るに堪えない。俺はおまえのその態度を軽蔑する。実力で黙らせてもらって構わない。それでも俺は、腑抜けたエルを許せない」

 八つ当たりでもなんでもいい。本当に許せなかった。もっとも許せなかったのは、

「じゃあ、なんですか。アナタに何がわかるんですか! 彼女は絶対に超えなければならない壁! 勝たなければならないのに、なのに、突然崩れ去った……許さないのはアタシだ!」

「だから、許せないのはその態度だと言ってるだろう!!」

 もっとも許せないのは、グラスのみを見ているその態度──

「おまえの敵は、ライバルは、グラスワンダーしかいないのか! 俺たちはなんなんだ! 同じ土俵でなくとも、同じ高みでなくとも、同じ夢でなくとも、俺たちは敵であり、友であり、ライバルだ! ……少なくとも俺は、そう思ってる」

 そこに、同じものがなくても心がある。繋がっている。睨み合っている。

 ヒノマルがトレセン学園に来て学んだことの一つだ。エルは、グラスに勝つことが目的となっていた。超えるべきものはグラスだと思っていた。

 でも違う。己の夢はなんだ、目的は、超えるものは。それが思い出せたような気がした。

「俺たちはどんなところでも超えるべき相手であり続ける。それが、『超えるべき壁』だ」

 ヒノマルは言いたい事を言えた。その顔に苛立ちは消えていた。

 

◆◆◆

 

「ところで、ヒノマル。グラスからのお願いってなんデスか?」

 ヒノマルはギクッとなりそうなぐらい体を震わせた。今更言うのも恥ずかしくなりうやむやにしたかったのに気づかれてしまった。

「………ああ、それはな、」

 今すぐ逃げたい。でもエルなら追いつけるだろう。言う他ない。

「『It's bad because I was injured, but chicken is perfect for you who are shocked at this level.』と言ってくれと……言われている」

 とてつもなく言いたくなかった。別にただの罵倒とかならもう少し遠慮なく言えただろう。しかし、まさかの英文で言われた。普通なら、みんなわけが分からず日本語の意味を求めるし、グラスだって仕方なく和訳を伝えるだろう。しかし残念ながらヒノマルは物覚えが良かった。特にこう言うリスニングは鍛えられていた。ヒノマルはあえて和訳を考えずにエルに伝えた。

 この文にには意訳して、『チキンがおまえにはあっている』という文が出てくる。普通に訳すと鶏肉だが、こういう意味もあったりする。『ヘタレ』『弱虫』『雑魚』。グラスは怪鳥を鶏と暗に軽侮しただけではない。割とストレートにエルもバカにしたのだ。

 その意図に気づいたエルは、余計に不満を募らせた。

「ぜったいにぶっ潰す、デェェェェエエス!」




『It's bad because I was injured, but chicken is perfect for you who are shocked at this level.』
意訳:怪我をしたわたしも悪いですがこの程度でへこたれるなど、所詮はチキンがお似合いか

あとアンケート、全員が同じ数だけ揃っちゃってるので誰でもいいから答えてほしいです。よくを言えば感想もほしいです。
なんでもいいんで何かください(強欲)。本当にTwitterの方でもなんでもいいんで
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