【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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だいぶ書き方変えようと思ってます。
文字数も極力五千字超えを目標に執筆していきます。
投稿頻度は落ちると思いますがご了承ください。


25R 飛び立つ友との『約束』

「これが天皇賞・春か。見応えあるな」

 

 レースの中でも歴史の重みが深いレース、天皇賞。そのうちの春で行われる方は八大競走の中で最長を誇る。二度の坂越えなどレース展開を悩ませる要素もあり、強いウマ娘が集まる。

 今年はメジロブライトが勝利を飾っていた。スタミナにしか自信がないヒノマルはいつか出れたらいいなと淡い希望を抱いていた。それに伴ってクラシックレースは菊花賞が勝利に現実味があると見ていた。もし、身体が晩成型ならば本領を出せるのは夏を越えた秋。そこ時期になる菊花賞を目標にしていた。

 さて、ヒノマルは学園のカフェテリアでこのレースを観戦していた。静かに観戦していたかったが後ろから聞こえる食事の音がとてつもなくうるさかった。初めは気にしていなかった。だがしかし、いつまでも止まらない。

 次第に眉間に皺を寄せて、耳を絞りだした。もうそろそろぷっつんとなるぐらいに達したとき居ても立っても居られず後方を振り向いた。

 そこにいたのは山ほど積まれた料理を次々に口に頬張るエルだった。

 

「何やってんだ、エル!!?」

「へっ、ヒノマル? どうしたというのデス?」

 

 頭が回ってないのか、目線が数秒間あってなかった。一体どうしたのいうのだろうか。これほどまでに積まれた食事はスペなどの健啖家の目安の量に等しく、ウマ娘の平均ほどしか食べないエルには明らかに食べ過ぎだった。実際にヒノマルがレースを見出した時より、明らかにペースが落ちていた。

 

「何しているのか、わかっているのか? それにもうすぐ十六時なんだぞ。確実に太り気味になるぞ」

「うぅ、ごめんなさい」

「……なにも、完全に怒っているわけではないんだ。いきなり友達が暴飲暴食していたら、心配するだろう。差し支えなかったら話してくれないか」

 

 あえて目線を下げてエルに話した。出来るだけ怖がらせないように冷静に対処しようとした。それでもエルはなにも話さなかった。その姿は彼女より身長が低いヒノマルよりも小さく見えた。怖がっているのか、悲しんでいるのかどうなのかわからない。だが、いつも圧倒的存在感は感じられなかった。

 

「話したくないことは誰にでもあるよな。すまない、深入り──」

「エルは、不満デス」

「え」

「グラスが居なくても全力で走ります。でも、アタシはどこに情熱をぶつければいいんデスか?」

 

 エルは一度吹っ切れたとはいえダメージが大きかった。これではいつもよりキレが出ることはない。

 こんな傷を癒すことなどできなかった。少なくともヒノマルには絶対にできないことだった。

 

◆◆◆

 

 エルはどうしてもやる気が出なかった。今週には本番が来るというのに彼女はパーチのトレーナー室で黄昏ていた。夕陽の光が今は痛いという感覚を引き出して射してくる。

 彼女はトレーニングだって真面目にやる。作戦だってしっかり練った。木場のレース展開の解説だって聞いていた。それでもどこか上の空。獲物を見失ってしまい、どこを飛んでいけばいいのかわからなくなっていた。じってしていて時間だけが過ぎていた。

 やがて、夜も近くなり月明かりが部屋に差し込む。門限も近くなり速く部屋に戻ろうとした。すると、こんこんこんとノックの音が聞こえた。こんな時間に誰だ。忘れ物でもあるのか。そんな疑問の抱えて扉を開けると見覚えのある栗毛の髪が見えた。

 

「調子はどうですか、エル?」

「な、なんでいるんですかアナタが!?」

「……なんでって今日は退院の日なので」

 

 グラスはいつものような穏やかな面持ちではなかった。目の前のエルを噛み殺さんとばかりの覇気を放っている。その恐ろしさにエルは思わず後退りした。

 

「ヒノマルくんから色々聞きました。まだそんな醜態を晒していたようですね。」

 

 反論のしようのない言葉にエルは黙るしかなかった。その態度により一層、グラスの感情は深くなる。沈黙という逃げすらも許さない圧倒的な『存在感』。それはかつての朝日杯のような、いやそれ以上の大きなものだった。

 だがしかし、エルとてこのまま黙っているわけにいかない。

 

「じゃあ、なんですか。そんな怪我したアナタが悪いじゃないですか。それとも、アタシとの勝負が怖いんデスか? むしろ安心してるんじゃないですか、このエルに負けないことに!」

「安い挑発ですね。そのようなことでわたしが何かするとでも?」

「ええ、そうデスよ! むしろ勝負に飢えているのはグラスのほうじゃないデスか。怪我をして、走れなくなってしまって……今なら併走ぐらいなら付き合ってやりますよ。ああ、でも──」

「……エル」

 

 静かな声だった。恐ろしく静かだった。聞こえるのが不思議なくらいに冷ややかで首筋を刺してくるような声だった。お互いこのままヒートアップするかと思われたが最悪の事態は避けられた。

 二人の影を月明かりが照らす。今宵は満月で普段は同じ部屋の二人だったが今日は一段と互いの顔が写っていたように感じた。

 もうここには燻ったものはない。あるのはごうごうと猛りあげる炎を身に宿していた。

 

「今はお互いにとってそれは良くないでしょう。だから、こうしましょう。わたしの復帰レースを必ずあなたに伝えます。だから必ず来てください。それまでに負けることは許しません」

「……アーハッハッハ! おやおや、このアタシを誰だとお思いで? アタシは世界最強エルコンドルパサーだ! そのレースでも負けることは許されないのデェエス!!」

 

 すっかり元気を取り戻したエルは満足げに扉を勢いよく開けた。バンッお大きな音を立てたが気にせず堂々とした態度で寮に戻っていった。

 

「それで、大丈夫ですか? ヒノマルくん」

「うん。でも怖かったよ二人とも」

「いえ、それもですけど扉は……」

「あー、そっちはなんともない」

 

 ヒノマルは扉を開けた時迫ってくる方の壁に張り付いていた。決してバレないように息を殺していたがいきなり開けられたドアが真横すれすれに迫り一時的に腰が抜ける羽目になった。

 怪我人のグラスに起こしてもらうなど情けない格好だがヒノマルは嬉しそうな表情をしていた。

 

「しかし、いきなりあんなことになるなんて思いませんでしたよ」

「それは悪いと思ってる。でもグラスだってやっぱり直接言いたいことあっだろう」

 

 グラスは退院してすぐに学園に戻った。だがしかしどうしても能力が劣っているため無理のないようにリハリビがてら学園を歩き回っているとヒノマルには出会った。

 そこで彼はエルにあってほしいと藁にも縋る思い彼女に全力で頼み込んだ。ばったり会った時は何故か苦虫を噛み潰したような顔でぐちぐち何かを言っていた。しかし、決心したのかいきなり身体を直角に曲げた。

 

「頼む! エルと話してくれ!」

「いきなりどうしたんですか。それにわたしがエルに言いたいことはもうないですし、」

「エルはしっかり走るよ。多分勝てる、いや絶対だ。でも今のままじゃ駄目なんだ! だから頼む、あいつと話してくれ」

 

 今の彼女を動かすのはヒノマルではなく結局グラスだった。グラスとぶつかることでしかエルは発散出来なかった。失った意欲を取り戻すにはそれの根源をぶつけることが手っ取り早かった。

 

「今、俺にはあいつにどうこうできない。あいつの心の大半はおまえが占めている! そもそもチームも違うのにこんなのおかしいとは思ってる。でも、俺じゃ無理なんだ……俺なんかじゃ……」

 

 出る声は段々と小さくなった。ヒノマルはなにもできない現実に涙を流していた。同じチームメイトとして、ライバルとして、自分の初めての友達としてなにもできないことが悔しかった。

 そして羨ましかった。エルの心を動かせるであろうグラスの存在がとてつもなく羨ましく、妬ましいかった。

「ごめん、変なこと言ったな。忘れて」

「『敵に塩を送る』、わたしが感銘を受けた日本の文化の一つです」

 

 ヒノマルの声を遮るようにグラスが語り出した。彼女は日本に行くと分かった時からもっと詳しくなろうと言葉を調べていると見つけたのがこの言葉だった。

 山に囲まれた土地で塩がなくなり苦しんでいる好敵手の元にわざわざ塩を送り届けたというエピソード。あくまで公平に戦おうとする気高い意志にグラスは惚れ込んだ。

 グラスが戦いたいのはあくまで全力で己を喰らわんとする怪鳥。ひとりのアスリートとして、友達として、全力でぶつかり合いたいのだ。

 

「ふふ、復帰レースが楽しみですね」

「俺も、絶対に観に行くよ。二人とも応援する」

「あらあら、ヒノマルくんも気をつけないといけませんよ」

「? どうしてなんだ」

「もしあなたと走る機会があればその時は……ですから♪」

 

 狙われていたのはヒノマルもだった。

 

◆◆◆

 

 日付けは飛んでNHKマイルカップの本番がやってきた。エルは圧倒的一番人気であり実力もはっきり言ってかなり上の方にいる。

 木場は彼女の今の最高の仕上がりに何一つ不安も不満もなかった。しかし何かに苛ついている。その証拠にタバコこそ吸わないもののずっと足をトントンと床に叩いている。そのうち苛立ちが収まったのか少々リズミカルに叩き出した。

 

「すまない、屋台が混んでいた!」

「ん!」

「おせぇーぞおまえら!」

 

 原因はヒノマルとエレジーだった。買い出しに行かせたが並んだところが想像よりも混み合ってなかなか会計まで辿り着けなかった。

 ヒノマルはすまないとは思いながらも別にいいだろうと悪態を心の中で言った。するとなぜか木場はあぁん、など心の声が聞こえてそうな反応をした。なんでばれているんだ。ヒノマルは目を逸らした。

 

「そういえば、本人はどこなんだ」

「ふっふっふ、それはここにいるデスよ!」

 

 仕切りの役目をしていたカーテンの向こうから彼女の声が聞こえた。鼻歌混じりで気分が良いことがわかった。ヒノマルはその様子にすっかり安心した。

 向こうから開けてもいいとの声が出たので木場はそれを豪快に引っ張った。ジャーッ、とレールをすべる音と共にエルの勝負服が現れた。

 黒に近い茶色のニーソックスに白いラインの入ったくすんだ紫のスカート、そして黄色いシャツと全体的にセーラー服に近かった。最後に大きく目に映るのは靴と揃えられた真紅のコートだろうか。それは彼女によく似合っていて、夢への決意で染め上げられている。

 

「綺麗だ……似合ってる」

 

 初めに反応したのはヒノマルだった。感想は至ってありきたりでそこらじゅうに並べられたものだがそこには他意はなく純粋な感想だった。

 彼はそれが口に出ていたことも気づかないほどに見惚れていた。

 

「格好いいじゃねぇか。ライバル全員はっ倒して最強になるって夢の現れか?」

「はい、そのとうりデース! この勝負服はエルが『世界最強』を示すためのもの! これを着た以上もう負けることはないのデェェエエス!!」

 

 昨日の一件もありそのボルテージは最高潮に達していた。溢れてやまないエネルギーを抑えておくには既に限界に達してしまった。まもなく本バ場入場。誰しもが待ち侘びたレースだ。

 

◆◆◆

 

 さて、読者のみなさん。『バタフライエフェクト』という話を知ってるだろうか。ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスにて竜巻を引き起こす、という説に基づいた理論である。

 ちっぽけな蝶の羽ばたきだけで災害となるのに、もし羽ばたいたのが『怪鳥』であればどうなってしまうのだろうか。

 

 結果から言えばエルは勝った。

 望む相手がいなかったとはいえその実力を惜しみなく発揮、落ち着いた先行でレースを進めることができ不安な様子もなくゴール板を横切った。

 怪鳥が引き起こした災害は止まることを知らずにデビューから五戦五勝。負けの二文字を知ることなくGⅠ制覇を成し遂げた。だがこれからも止まることはない。なぜなら目標はここではなく、もっと大きく遠く高いから。

 ところ変わってインタビューの準備を完了した。もうすぐ中継が入るという時にエルは用意されたマイクを片手にとり走っていた時の歓声よりも大きな声で宣言した。

 

「みなさん! エルは世界の強豪が集まる今年の『ジャパンカップ』を勝ってみせることを、ここで宣言するデェェェェエス!!!」

 

「えええぇぇぇぇ!??」

 レース場からは記者にトレーナー、ファン問わずと阿鼻叫喚となった。

 これにはパーチの面々も驚きを隠せなかった。その中でヒノマルだけがなんとか口を動かしていた。みんなは口をあんぐり開けていた。

 

「まさかこんな演出をするなんて、やるじゃな──」

「しらねぇよぉ!!?」

「いや、あんたもかよ!」

 

 それはトレーナーである木場すら知らなかったことだった。

 まさか自分のトレーナーすら驚かしてしまうとは、そんな感心がヒノマルの中に染み込んだ。当の本人のエルは最高の笑顔を浮かべていた。




アカイトリノムスメの引退に動揺を隠せない。
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