【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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最近週一投稿気味になってすみません。
もうすぐテストがあるので投稿はお休みします。
申し訳ありません。


28R 太陽と『二人』

「ヒノマル、ダービーでの自信は?」

「はっきり言ってない」

「そうか、まあ俺としては勝ってくれたら嬉しいんだけどな」

「はは、すまないな。でも約束する。俺は必ず菊の舞台で一番になる──!」

「……そいつはいいこと聞いた。楽しみだぜ」

 

 

◆◆◆

 

 

 DV、単語だけは知っていたがその実態を知らなかった。それにそういうことは家族内でのことで俺が関わるべきではないのかも知れない。

 俺は力になれるのだろうか。果たして本当にヒマちゃんを助けることができるのだろうか。

 いや関係ない。ここで俺がやらなければ誰がやってくれるんだ。弁護士か警察か、それとも彼女の親族か、誰かが彼女を絶対救いだせる保証なんてどこにもない。ともかく支えてやらなければならない。

 

「詳しく教えてくれる?」

「……わかってると思います、私が弱いウマ娘なんてこと。だって一度も見たことなかったでしょ。それが証拠。私がそうだからいつもお母さんは怒ってる。どうして勝てない、どうして負けるって。

 そんなのわかるわけないよ! だって私だって頑張っているけど……みんな一緒だから!」

 

 勝つものの後ろには必ず彼女のような娘がいる。もちろん仕方ないことだし誰だって努力しているから文句を言うにも憚れることになる。

 俺だって推しが負けたら悔しい。彼女の気持ちはわかる。でも理由がない限り仕方ないことだ。

 

「ごめんなさい、取り乱した。そうやってお母さんは不満を溜め続けた。いつまでも朗報が来なくて、遂にお父さんに暴力を働いた。リュウジさんなら分かるでしょ、ウマ娘に殴られたりすることがどれだけ痛いか」

 

 思わず胃の腑が震えた。さっきの力を体感したからこそわかってしまう恐怖。彼女の父親はあの痛みを、少なくとも彼女が俺の家に来る様になる前から食らっていることになる。

 それが伝わったのか彼女は一瞬俯いた。

 

「だからそれを知った時は悲しいよりも怒りが湧いた。悪いのは私なのにどうしてお父さんなの? 直接私に会えないから? ふざけないでよ! それで何も悪くない人に当たるなんて最低すぎる!」

 

 至極真っ当な話だ。もちろんヒマちゃんに暴力が降りかかっていいわけじゃない。罪なき者がただ理不尽に晒されるのが許せなかった。

 でもある意味仕方ないことかもしれない。彼女の母親だってウマ娘ならば理不尽に屈する機会はあったに違いない。そこにどれほどの絶望や恐怖があったなんてヒトである俺には分かりっこない。

 

「家に帰った私は全力でお母さんを止めようとした。でも無理だった! あれはもう狂ってる。何もできないよ、あんなの……」

 

 途端に彼女は膝を抱え込んだ。母親の顔を思い出し逃避したくなった筈だ。

 俺には狂ったやつなんて知らない。あえて言うならユーイチぐらいだが純粋な狂気とかではなかった。多分ユーイチの比にはならないぐらいの『おかしさ』があったに違いない。

 

「何もできないならせめてお父さんの盾にはなれる。そうやって庇いつづけたら今度は脚を執拗に蹴ってきた。『こんな脚だから』『無能な脚だから』っていつも一言を添えてきた。

 トレーニングにも身が入らなくなって、食べ物も喉を通らなくなって、次第に疲れてきた。寮に帰るのも疲れた。家にいるのも疲れた。何するにも疲れた。」

 

 彼女は顔を上げると路地裏を見つめた。この道から入れる路地裏に彼女はいた。誰もが気づかずすり抜ける中で俺だけが引っかかった思い出。

 あまり綺麗じゃなかったけど、むしろ汚いぐらいだけど、美しかったかもしれない。

 矛盾を抱えながら思い出は彩られていた。

 

「そんな中でリュウジさんに逢えたの。初めは変なヒトって感じだったのに、あの日のポタージュが美味しかった。たったそれだけ」

 

 得意料理のポタージュ。唯一のそれはとっくにヒマちゃんのココロを溶かしていた。俺がどうたらこうたらしなくても、とっくに終わっていた。

 

「なーんだ、そんな簡単なことでよかったのかよ」

「どうしたの、リュウジさん」

「いや、別になんか自分が急に恥ずかしくなっただけ。なんにもないよ」

 

 そうだよ、けっこう意識なんて必要なかったかもしれない。簡単なことだ。彼女を助けることなんて。

 

「俺には、今は直接何かできることはない。君には関係あっても側から見れば部外者だ。でもなんとかできるまで君を助けることはできる。

 いつでもおいでよ。ポタージュ用意しとくから」

 

 出来る限りの微笑みをした。

 不細工でもいい。せめての安らぎを彼女に与えたかった。

 

 

 でもそれは所詮理想でしかなかった。

 無理もない。彼女は学生だし今の今まで耐えてきたんだ。僕に言われてすぐに外部への助けを出せるわけがなかった。

 俺は、どこまで浅はかだったんだ。

 彼女は一週間後再び僕の部屋にやってきた。栄養も足りてずに痩せこけ、加えて脚が赤く腫れていた。

 

「ヒマちゃん! どうしたんだよ! しっかりして!」

「リュウジさん……」

 

 急いで病院に連れて行った。ウマ娘の脚への怪我は洒落にならない。ユーイチに相談する手もあったが素人の俺がどうにか出来るレベルではなさそうだ。

 熱も帯びて喘ぎが止まらなかったので仕方なく病院に連れて行った。

 

「間違いなく、骨折をしてます」

「それは、本当何ですか──」

「ええ、それも少し複雑なようでしてヒビもかなり広くなっています。おそらく完治は難しいかと」

 

 重力が何倍にも増えた気分だった。

 流石にこれほどの事態を学園に通達しないわけにもいかない。でも彼女は望んでない。俺の社会的地位は危ういがそれはどうでもいい。

 葛藤の渦の中、深く潜っていると後ろから声が出て聞こえた。

 

「リュウジさん、ありがとう」

「ヒマちゃん……」

 

 脚にはギプスが巻かれ杖を車椅子に座っていた。流石にあの健康状態では片足で動くのもこんなに見受けられる。

 しっかりと栄養を取ったのか顔色は元に戻ったがそれでも疲れは目に見えていた。

 

「ねえ、大丈夫? 学園には──」

「すでに退学通知は出たの。もう私はあそこにはいられなくなっちゃった」

 

 なんてことだ。もうそこまで行ってしまったのか。

 意味のない後悔と自責がのしかかってくる中彼女は毅然とした態度をとっていた。もはや恐るものはない、そんな様子で俺を見つめていた。

 

「リハビリを待たずに逃げようと思う。じゃないと私もお父さんも危ない。だからもう、」

 

 ここでやっと彼女との関係が終わることがわかった。ああ、なんだ喜ばしいことじゃないか。

 俺の家に来なくてもいいなんて、よかったことじゃないか。俺の社会的地位も守れて、父親は暴力から逃れて、何より彼女は自由になれるのに、

 

 何を──凹んでいるんだ?

 

「リュウジさん?」

 

 二度目の俺の名前を呼ぶ声。

 若干の幼さを感じながらもそこには芯がある。そのあべこべさが魅力だった。

 なんだ本当に単純な理由(こと)じゃないか。

 惹かれていたのは彼女だけじゃない。俺自身もだったんだ。

 なんだかもう馬鹿馬鹿しい。俺はまさかロリコンだったかもしれないなんて。なんだか余計にみんなに顔向けできない気分だ。

 でも迷いは捨てやすくなったかもしれない。だって目の前には惚れた女の子がいるんだ。笑顔を出させるようにしたくなって当然じゃないか。

 

「ヒマちゃん、なら俺の地元に行こう。どこに逃げるとか決めてなかったら、一緒に暮らそう!」

「……ふえ?」

 

 理解が及んでなかったらしい。

 でも関係ない。だって一度ココロに決めたことはもう迷わない!

 

 それから彼女の父親と初めて顔を合わせた。

 彼は俺のことは当然知らないので事情を説明するのに手間取ってしまった。とはいえ協力者できたのは嬉しいのだろう。すぐに手をむすび準備を整えた。

 翌朝、両親には事情を説明して戻ってくることを伝えた。初めは二人ともこの世のものとは思えないほどの絶叫をしたが受け入れてもらえるらしい。

 準備に滞りはなかったあとは決行だけだ。大きめワゴン車を借りて彼女たちの家の近くまで行った。

 母親がいない時間帯はかなり短く急いで荷物を積めなくてはならない。母親が眠る深夜での決行も考えたが流石に慎重さが桁違いになる。

 結局時間を縫った方が安全だった。

 

 運ばれる荷物は割と少なかった。逆に言えばそれほど自由ではなかったことだろう。父親の荷物は数着の衣類にパソコンと寝具、そしてくたびれた鞄。二人の思い出とかそういう類のものではなさそうなものだった。

 ヒマちゃんの荷物も同じくらい簡素だった。だがそこにはトレセン関係のものは一つも見当たらなかった。

 

「いいの、それだけで?」

「うん、もうあっても仕方ないから」

 

 未練たらたらと言った具合だったが本当に断ち切るつもりなんだろう。ここは黙って尊重するべきだ。

 全ての荷物を入れ終え父親はすでに搭乗済み。あとはヒマちゃんを乗せるだけだった。

 しかし、そこで聞いてはいけない声が聞こえた。背中が冷たいなんて経験を初めて味わった。

 

「ねえ、人の娘抱えて何してんのよ」

「嘘……」

「マジか──」

 

 母親だ。見た目は大して怪しいとか乱れたとかそんな様子はない。だが逆にその狂気を感じ取らせるオーラを持っていた。

 底知れぬ恐怖とはこういうことなのかとわかってしまう『なにか』がある。覚悟を決めたはずの脚は動かなくなっていた。

 

「話聞いてんのか、アァ!」

「ちょ、落ち着いてください!」

 

 俺の抵抗は無駄だった。やはりウマ娘の力に勝てるはずもない。一発もらうと蹴られそうになったがぎりぎりで避けれた。

 

 ──でもヒマちゃんが危ない!

 

「なあ、おまえねぇ。何してんだ」

「何って、何よ」

「おまえトレセン辞めたらしいな、ふざけるなよ! おまえがわたしが掴めなかった栄光を掴むんじゃなかったのか!?」

 

 やめろ、その言葉が言いたかった。でも胃の中で逆流しているだけ。

 

「わ、私はあなたの代わりじゃない!」

「うるさい! ガキが舐めた口きいてんじゃないわよ!」

 

 やめろ──喉の奥で引っかかって出てこない。

 

 黙って見ている間に事態はひどくなっていった。

 ヒマちゃんは耳を摘まれ引っ張られ、髪の毛を掴んではどこかに押しつけようとする。

 やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ

 思うだけで、もはや存在だけする景色に俺はなっていた。

 

 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!

 

 そんな時にヒマちゃんの悲鳴が聞こえた。痛そうだった。涙も流していた。辛そうだった。やめてって言っていた。

 

「もう、──やめろ!」

 やっと吐き出せた。

 

 母親はビクッと怯んだ。ウマ娘の前での大声は本当に危険だからやりたくなかったけど仕方ない。

 今動いているのは俺だけ。父親は依然車の中にいる。

 当たり前だ、目の前のアレに怯まない方が不思議だ。俺だって今まで聴いたことないほどの音で鼓動が聞こえる。

 でも、俺だけが助けられるのだから。

 

 母親の手を引き剥がしてヒマちゃんの手を掴んだ。

 ほっと一息つく間もなくまた罵詈雑言が飛んできた。でももう恐怖はなかった。ヒマちゃんの手をしっかりと掴めているからだろうか。

 今ならはっきり言葉が出る。

 

「もう、諦めてください。ヒマちゃん、いやヒマワリダッシュさんはあなたじゃないし彼女の道がある。何より彼女(ヒマワリダッシュ)の『走る道』を壊したのはあなただ!」

「いきなり、なに言いだ──」

「俺は、絶対に守りきってみせる!」

 

 もう言い残すことはない。構ってる暇もない。急いで車の方へ走った。

 どうやら父親が運転してくれるためヒマちゃんによりそうことができた。

 途中罵声やら、追いかけてくる気配があったが意味はない。これで逃避行は完遂した。

 

 

 

 深夜も近く今夜は車の中で一晩過ごすことになった。

 季節は冬なのにどこか暖かい空気を感じていた。

 毛布がふわふわだからだろうか、それとも隣にヒマちゃんがいるからだろうか。

 

「ねえ、やっと逃げれたね」

「うん」

「ねえ」

「なに」

「贅沢言っていい?」

「いいよ」

「抱きしめて、あの時みたいに」

「うん、いいよ」

 

 お願いとはあまりに切実で、贅沢と呼ぶには小さすぎるものだった。

 ──もっと言ってもいいんだよ。

 言ってやりたかったけど、その小ささに僕は軽く頬を濡らした。

 

 このお願いをもっと大きくしよう。そうしよう。

 

 

◆◆◆

 

 

「──そして、二人は結婚して仲良く私の地元で暮らすことになった。これがヒノマルの父、新田隆二と母、ヒマワリダッシュの出逢いだ」

 所長、もとい福井悠一はかなりの時間をかけて詳細を話した。これを話したからといってエルのヒノマルへの見方が劇的に変わるわけではない。彼が産まれる前の話に意味はない。

 だとしても彼らがいたからヒノマルはこの世に生を享受した。悠一は残り話を続けようとした。

 

「さて、おまちかねの──いやまた後にしよう」

「なんでですか」

「ヒノマルが帰ってきてしまったようだ」

 

 ようやく木場との会話も終わりヒノマルは席に着いた。重苦しくなっていた空気に疑問は持ったが特に言及せずにもうお暇することを言った。

 

「それじゃあ所長、今日はありがとうございました」

「どうした? 私は『父さん』ではなかったのか」

「いや、そのぉ、それはぁ……」

 

 今更恥ずかしくなって彼は頬を紅潮させた。

 けっこう勢いだけで父さんと呼び、実の父ではない相手に面に向かってそう言うにはそこまでメンタルが強くなかった。痛いところをつかれたなとは思いつつもこんな反応が彼は嬉しかった。

 

「ではヒノマル、ダービーを楽しみにしている。エルコンドルパサー君も今年のジャパンCで」

「お任せくださいデース!」

「うん、勝ってみせますよ」

「それでは、残りを楽しむと良い。私は邪魔かろう」

 

 二人は悠一と別れ、彼の言うとうりに残りの休日を楽しんだ。

 クレーンゲームに音ゲー、喫茶店や服選び。門限なんて知るものか、やるならば徹底的だ。そんな心の叫びを上げながらその日に尽くした。褒められない行為とか、羽目の外し過ぎとかそんなものどうでも良くなるぐらいに楽しんだ。

 

 その日の東京の空はもやが少なくいつもより星が明るく見えた。何かを導くように一段と光がうるさかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 日にちを跨ぎ太陽が昇り出し、すでに本番当日になった。

 絶対に負けない、負けてはいけない。

 そんな使命感で身体を燃やしながらヒノマルは府中のターフを踏み締めた。

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