それではどうぞ
変わらず暗い景色は続いている。
恐怖は不思議と感じない。代わりに疲労を感じる。
どこまでいくのだろうかとどこかふわふわとした思いを巡らせながらヒノマルは、誘拐されている。
「さあ,ついたよ」
タキオンの声が聞こえるとヒノマルは現状を把握した。脚は特に何もされていないが上半身はがっちり縛られ身動きが取れない。
「どこですか、ここは」
「ここはアタシたちのチームのトレーナー室デス」
頭上からエルの声が聞こえる。彼女も誘拐に一枚噛んでいるのだろう。それに目の前にあと一人。段ボールで作られた謎の生物の被り物をした少女。三人でヒノマルを誘拐したのだ。
「ここは地獄か?」
「現実だよ。おや,トレーナー君。帰ってきたかい」
エルやタキオンさんのトレーナー。彼は結論から言えば主犯だ。
一目見ただけでも怪しいと叫べる身なり。そして──
「おまえがセンジンヒノマルか。昔にニュースで話題になったがまさかほんとにいるとは」
「いや、眩しい!?」
なぜか発光している。もはや彼の方がヒノマルではないかとも思える。
はるかに自分よりも異常な存在にヒノマルは困惑した。それでもなんとか言葉を紡いで疑問にした。
「誰なんだあんた一体,」
「ん、そうだな。はじめまして,俺は
ここまで全て棒読みだ。
全く誠意など見当たらない謝罪を受け取ったが今はそんなことどうでもよかった。なぜ自分を誘拐したのかを知りたかった。単純に身代金かそれを超えた人身売買,もしくはタキオンから研究者気質が感じ取れた。人体実験の線もある。
それが伝わったのか木場は語り出した。
「言いたいことはわかるぜ。俺たちがおまえをさらったのはヒノマル,おまえが男だからじゃない。いやもちろんそれもあるが、単純に中央に編入するやつがどんなのか品定めしたくなったからだ。」
ヒノマルはてっきり予想したことをされると考えていた。しかし目の前のトレーナーはヒノマルが男だからではなく、単純に実力が気になっただけだった。しかし実力と言ってもヒノマルはまだまだ未熟でろくに他人と走ったことのない青いものだが。
ともかくその事実には驚きを隠せなかった。しかしそれだけなら誘拐の必要性などないのでは、と考えたがそれは引っ込めた。
「まあ,今見てはっきりした。発展途上だな。まだまだ治せる部分は多そうだし伸び代に期待ってところか。」
そう言って木場はヒノマルの拘束を解いた。
「それとよ、一つ聞かせてほしい。おまえはどうして生きていることを示したいんだ」
彼は普段はたくさんのことに興味をもち、よく笑顔だった。
しかし、今はその瞳におちゃらけた雰囲気など一切ない。この質問には生半可な「答え」では逃げられない。
「それと,ルドルフんとこで話した理由はなしな。俺が聞きたいのはもっと本質的なこととか言い方変えれば原点だ。ちなみになんで知ってるのかは盗み聴きしたからだ」
ヒノマルの本質,原点。
一体どこからそんな考えが生まれたのだろう。固まったのはつい最近でもきっかけ自体は割と昔のはず。
「まあ難しい質問だよな。誰だって自分のやりたいことを理解するのは難しい」
そう言って木場は煙草を一本取り出した。
「そうだな,例えばそこのタキオンならウマ娘の限界を知るためにとか,エルなら世界最強だ。要するになにが『したい』か,なにに『なりたい』を教えてくれ」
──生きたい。それを示したい。
あくまでしたいことはわかっている。今はその理由を聞かれている。
両親に誇れるようになるため,つまらない人生で過ごしたくないため,
違う,そうじゃない。
──産まれて初めて,ここらか出てみたいって思ったのは
その記憶がヒノマルに巡る。
◆◆◆
「センジンヒノマル,今日は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎があるらしいぞ。」
「そうですか所長」
レースなんて興味はない。そんなことをするよりもできればさっさと死んでもいいと思っていた。特に生きる理由もなく,むしろ死ぬべき理由があった。
「まあ,君も見てみなさい。このレースにはいつも夢が詰まっている。わたしがウマ娘の研究をしたくなったのもこれがきっかけだ」
曰く,そのレースはとても大きいらしい。場合によっては十万人以上が駆け寄り、ドラマを見る,希望を見る。そして『夢』を見る。
それは出走する方も同じで,俺とは正反対だった。
「さあ,そろそろメインレースだ。」
そして彼女達は走った。
どんな風になろうと関係ない。今この瞬間に全てをかけて,突き進んでいる。それは残酷でもあり,儚くともあり,美しかった。
そして誰かがゴール板を横切った。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎勝ち取ったぁぁ!』
勝った彼女の表情はどれだけ歳を取っても思い出せるだろう。
彼女の顔は『幸せ』に溢れ,綻んでいた。
俺はあんな顔をしたことがないだろう。少なくとも記憶にある限りは
「センジンヒノマル,君にはやはり関心がなかったかな。しかし,テレビに移る彼女はいい笑顔だ。君もそう思わないか」
「そうだね所長」
あそこは希望と夢の泉だ。
もしかすると,俺も『ウマ娘』ならば行けるかな
行けるやつは絶対嬉しいだろうな
なんてそれは……
◆◆◆
「……『羨ましい』」
木場は静かに煙草の火を消した。
「あの時だ。いつかは忘れたあの日,まだ小さかった頃だと思う。俺が画面越しにみた,誰かが大観衆の中でただ一人歓声を浴びたレース。あの時の彼女は誰からも称賛されて幸せそうで,何より『愛されていた』。俺は愛されたことなんてなかったのに,そうしてもらった記憶なんてないのに,それに,どこかで」
──嫉妬した。
ここまで感情を吐露したのは初めてだった。でも悪い気分はしない。むしろ清々しいまである。
「なるほど。いいな、それ!ちと重たくなったけどよ。
なあ,ヒノマル。出会いは最悪だがこのチームに入らないか」
まさかの勧誘。ヒノマルはどうしようかと思った。誘拐された件もそうだが、まだトレーナーがウマ娘をスカウトするための選抜レースすら出ていない。つまり木場はヒノマルの走りを見たことがない。勧誘には些か不十分ではないだろう。
そのことを伝えると
「問題ない。お前は鍛えたら化けるやつだと確信している。それにな,俺たちのチームのモットーは
『自分らしく,楽しんで走る』だ。勝利を目指さないわけじゃないぞ。この世にはとんでもなく強いやつがいる。けど弱いのもいる。そいつらひっくるめて楽しくやってほしいんだ。走るやつは楽しんでくれるのが一番なんだ」
木場は格好に合わない無邪気な笑顔を見せる。
「ヒノマル,俺はおまえの性別など関係ない。今おまえが言ってくれたことに素晴らしいと感じている。やってやろうぜ」
ほんとうにこのチームでいいのだろうか。
疑問は尽きない。だが彼は確信する。
このチームなら何かできる気がする。このチームなら俺の人生に輝きを放つと。
ならば決断した瞳に曇りなどない。そこにあるのは輝く日の丸,彼自身。
「わかった,トレーナー。俺をこのチーム──パーチに入れてくれ!」
センジンヒノマルの夜明けは近づいてくる。
ちなみに私,ルドルフもシリウスも当てれましたありがとうございました。
育成ガチャ?なにそれ美味しいの?