今年は当てることができませんでしたありがとうございます。
今回、一人称の形式で進めていきたいと思います。これはわたしがどう書くのかが向いているかを知るための、いわば実験です。
処女作のため至らぬ点はあると思います。というかそうでなくてもあると思います。
どうか見守ってくれるとありがたいです。
それとこの小説のタイトルはこのままでいいという方が一定数いたのでこのまま続行します。
また活動報告上げたので目を通してくれるとありがたいです。
「やはり、ヒノマルは……左が……」
「キングヘイローが先頭だと!?」
「スペシャルウィークなら⬛︎⬛︎⬛︎さんじゃないか!」
「く、ヒノマル頑張れ!」
──やめろ、やめろ
願ったところで変わるわけもない。
前に進みたくても進まない、情けなさだけが残っていく。走っている間に自分の能力を置いていってしまったように力が入らず沈んで、嵌って、抜け出せない。
「どうした? 一体どうしたんだヒノマル!」
──ああ、ごめんなさいごめんなさい
俺が弱いばかりに栄光はこぼれ落ちていく。
せっかくの機会が無駄になってしまった。ダービーという一度きりの夢はもう帰ってこない。
前にいるスペシャルウィーク、あいつは俺たちを置き去りにした。なんでそこまで走れるんだよ。
これは雲が厚かった日のことであった。
◆◆◆
「……なんで今日に限ってこんな夢を」
なぜか今までと違いくっきり夢を覚えている。確かに今までレースの中で既視感を感じることはあったがまるで違う。あれはそれに留まらないもはや『予知』にも見えるような精巧な映像だった。
だが、だった一つだけおかしいところがあった。俺たちは確実に走っていた。なのに前にいる奴らの姿がぼやけてなんとなく違うような気がしてやまない。
「でも、悩んだって仕方ない。約束したんだ。負けたら駄目だ。勝って勝って自慢の息子になるんだ」
エルと一緒に過ごし、所長と会話できた日の茜色の空の下。
俺たちは父さんと母さんに会いに行った。最初は俺だけのつもりだったのにエルが無理矢理ついて行った。
デビュー以来来ることはなかったが所長がやったのかお墓は比較的綺麗になっていた。とはいえ二人になにもしないわけにはいかないので協力して綺麗にして花を手向けた。
できればヒマワリがよかったが季節外れで適当にあった花をさすほかなかった。
「ありがとう、父さんも母さんも喜んでるはずだ」
「これぐらい大丈夫デス! それと自己紹介、よろしいデスか?」
「……そうだな。そういえばしっかり話さないと駄目だな。いつものアレ頼む」
「お任せください! 世界最強を証明するためにターフへと舞い降りた! その最強ウマ娘、エルコンドルパサー、デェェス!」
お墓の前でやるべきことではなかったかもしれない。でもこのエルを俺は知ってほしい。この元気さには結構いつも助けられている。
彼女は本当に明るい。俺は
トレセンに来てエルが最初に話しかけてくれたから友達ができた。エルと初めてトレーニングしたから競いたくなった。エルが強いから、どうしてでもそうなりたかった。
「父さん、母さん、凄いだろう俺の友達は。本当に世界最強になるんだよ。だから俺も負けたくないんだ。次のダービー、絶対に観ててくれ! 父さんの大好きな、母さんの掴みたかったレースを俺が走るから──」
そんな約束をしたとういうのにこの有様。全身から汗が吹き出し不快感が募る。意志が固まっていても本当にそれすらも揺らぐ汗のベタつきがひどかった。
幸いにも今日の天気は曇りで日光が照りつけることはない。それに馬場が重ければスタミナのある俺が相対的に有利だ。
間違いない、今日は勝てるレースだ。
◆◆◆
「タキオン、懐かしいな」
「ああ、わたしの最後に走ったレース……本当に悔やまれるレースだったよ」
「仕方ねぇよ、アレはおまえだけじゃなくて俺も悪かった。だからそんなミスはもうやらねぇ……!」
「ふふ、いつにもなく燃えてるねぇ」
「当たり前だろ。なあ、ヒノマル!」
「人の部屋の前で騒ぐな」
控え室を出るとみんながいた。相変わらず騒がしくて頭が痛くなるような連中だが安心感を与えてくれる。悪夢がなんだ、不安なんて彼らの前では意味を持たない。
それにその程度のことで俺が惑わされていいわけがない。絶対に勝たなければならない勝負とはまさにここである。この先にない栄光と恩返しのために勝たなければならないのだ。
「まあ、別にそんなに硬くなることはねぇ。絶対に勝てるなんて保証はしないが絶対に負けるなんてのもない。気楽にいけ」
悪いがトレーナーの言うようにはできないだろう。俺はいま心すら燃えている状態だ。不完全燃焼だけは絶対に嫌だ
「──俺は、みんなに感謝してる」
「どうした急に」
「まずタキオンさん。あなたの実験には流石に驚きの毎日でしたが正直感謝してます」
「これは嬉しいねぇ。今度トレーナー君と一緒にどうだい?」
「それは結構です。次にエレジー先輩、特にコーナーの周り方はいつも参考にしてます」
「んっ」
「……まあ、いいか。それじゃあ次はエル。同期としておまえと戦えることに感謝している。その羽ばたきは俺をより高みへと上げてくれる」
「えへへ、ありがとうございます」
「最後にトレーナー、あんたには最初本当に恐怖した。なにしろ誘拐なんて初めての経験だからな」
「いや、それはすまない」
「いいんだ。むしろ俺はあそこであんたと出会うことができたんだ。あんたのおかげで俺は今走ることができる。チームのみんなと出会えたんだ。『ありがとう』」
そうだ、俺にはみんなに返しきれない恩がある。この恩に俺が返せるのはダービーの冠だけだ。必ず掴んでみせる。それが俺の使命だ。
◆◆◆
東京の空は灰色で染まっていた。俺の嫌な予感をこれでもかと示すほどに灰色だった。だが真っ黒じゃないんだ。希望はいくらでもある。
距離の不安はないが府中、それどころか左回りすら未経験。間に東京でのレースを挟みたかったがローテ的に入れられない間隔。あらゆる要素が俺のココロを掻き乱す。
汗も吹き出し心臓の音がうるさくて仕方ない。それをかき消すように俺は準備運動を始めた。
「いや〜、ついに始まるね」
すでに運動を終えたのかスカイが割と大きな声を上げる。
「ええ、ダービーという舞台はこのキングにふさわしいわ!」
「うん! わたしも日本一の夢を叶えるために負けてられない!」
それにキングとスペが答える。こんなところでも日常会話ができるぐらいには精神が落ち着いている。やはり、強者はココロが強い。
「で、あなたはどうなの。ヒノマルさん?」
「え、俺もなのか、キング」
まさか指定を食らうとは予想外だった。他の二人も寄ってきた。それにしても俺の話を聞きたいなんて物好きなものだ。
「そうだな、俺は空の父さんと母さん、それとみんなのために勝つよ。そうしないと顔向けできないから」
誰にも譲らない。譲ってはならない。
誰しもがその想いを胸に走りだす。
◆◆◆
ゲートの前に立つと思わず身体が震えだす。
──もう二度とない栄光は俺にある。
そう信じてその瞬間を待つ。
一秒、それよりも短い時間か、はたまたとんでもなく長い時間が目の前を通り過ぎる。ファンファーレすらも届かない意識へとココロを落とす。
『夢への道を掴むのは誰か、日本ダービースターしました!』
ゲートが開いた。思わず身体がぶつかりそうになるが構わない。それほどまでに俺のスタートは速かった。
刹那のやりとりの中で俺はすぐに、いつもより前の方の、中団の後ろに着く。クラシックレースはよほどのことがない限り十八人だて、必ず長くなるか固まるかだ。いつも通りでは流石に博打が過ぎる。
そしてすぐにコーナーに入る……
「あれ、まさか……」
しまった、なんてことだ!
「コーナーをしっかり曲がりたいのに思いっきり外に出てしまった!」
ここで慣れていないゆえのミス。
というより、左に曲がるのがやりにくい──思わず舌打ちをしてしまった。
コーナーとは『倒れて支えて』の繰り返しでありストライドを広く保つ。尚且つ身体の軸は保ってなければならない。
だが、左周りになると歩調が狂いだす。最初のそれが連鎖的に影響を及ぼして結果外を緩く走る結果になってしまった。
今朝の夢と同じ光景を見ていることになる。その時は誰かが近くで分析をしていた。それと同じようなことになっている。
ずる──
何かがずり落ちる音。
驚きを隠せなかったがこれは単なる偶然の一致に過ぎない。そもそもこうなることはある程度予想ができている。
それよりもこれは間違いない、俺は完全に左回り苦手のウマ娘だ。
結果的にいつもと変わらない位置に着いてしまった。ならばせめて掲示板にはのってやる。視線を軽く移せば前が見えた。
先頭はまさかのキング。あいつは差しがいいのに掛かり状態にも見える逃げで完全に判断ミスだ。それに対してスカイは落ち着きをもって二番手の位置についている。あとはポツポツいて目の前の中団だ。
今回のレースはいわゆるスローペースだ。おそらく1000m通過に約一分ほどの時間がかかっている。つまり周りは疲れていない。
俺のような走りをするものはハイペースで前が疲れていればいるほど末脚が生きるものだ。それに今の体力から逆算すればおそらく俺は力を残してゴールを駆けることになり……
ばり──
何かが剥がれ落ちる音。
……その事実がなんとなく苛立たせた。
そんな状態でなぜだろう、いま囲まれているはずのスペが目について離れない。あいつだって末脚が出し切れるのかわかりもしないのに何故だろう。
スペは抜け出すタイミングを見計らってすぐにでも外に出るつもりだ。
でもそれは中団にいる他のウマ娘も同じはず。本当にどうして気になるのだろうか。やはり仲がいいからなのか。この前の会話があったからだろうか。それとも──
「あの夢のせいだろうか」
今見ている並びのそれは既視感に溢れるものだった。詳細までははっきりしていないがかなり状況が一致している。妙な胸騒ぎがする。
それよりも今はレースだ。後ろは特に問題にしなくてもいいはずだ。よほどのことがない限りすれすれに近づかれるなんてことはありえない。大丈夫、勝てるんだ。
びり──
何かが引き裂かれる音。
そろそろ先頭は第三コーナーに入る頃合いだろう。大外回ってでも前に行かなければならない。ココロがどれだけ疲れていても、不安は募ってやまなくてもここまで来れば関係ない。身体も熱くなった。メンタルが不安定でも今ならフィジカルだけでなんとかなる。それに──
「勝たないと俺に意味はない。たとえこのレースの結果が、夢と同じ……結果で、も……」
そういえば
──どうして俺は今から本気を出さなければいけないんだ。結果が決まっているのにどうして走っているんだ。
どくん──
俺の鼓動の音。
その瞬間、俺の身体は冷えきった。
◆◆◆
今思えば出すべきではなかったかもしれない。初の『東京、左回り、2400』。距離適性的には別に勝ち筋はあるし直線も長いから末脚も生きる。それでも悪条件がつきまとう。いっそ出さない方が救いになったかもしれない。でもそんなことをあいつは受け入れるだろうか。
でもヒノマルは違う。この舞台に嬉しいとか勝ちたいとかそんな感情が入ってない。アレはレースに対して意欲じゃなくて『使命感』を持っているやつの眼差しだ。どれだけ善戦したとしても勝たなきゃ勝手に腐りやがる、結構迷惑な思考だ。
ダービーで、勝たなければ沈んでいくだろう。そもそも出なければ心を失くすだろう。
つまりどれをとってもあいつのためにはならない。どれをとっても同じだ。
だから俺はもっともマシな地獄を選んだ。そこには『夢』という一本の糸が吊るされているからだ。そこに縋り付けばなんとかなるんだ。ただヒノマル自身がなんともなければ──
「どうですか、ヒノマルの様子は」
「ん、これは福井さんじゃねぇか」
そんな思考を遮るように福井さんが現れた。彼とこうやって顔を合わせるのはじつにデビューの少し前以来だろうか。
「『身体』はいい状態ですよ。不安も多いですが勝てないわけじゃないです」
「うむ、今の言い方から精神の方は芳しくないと受けても?」
「かまいません。今のヒノマルは正直言ってボロボロです」
これを育ての親の前で言うのもどうかと思ったが仕方ない。これが現実だ。あんな精神状態じゃいつか限界がくる。
それがこのレース中かもしれないこともあり得る。
「……私は、ヒノマルは結構思い込みが激しいタイプだと思ってます」
「そいつはまたどうして」
「ヒノマルは知ってのとうり産まれたことを後悔してました。自分のせいで両親を失ったとか、私に迷惑をかけたとか。そんなことはないんですよ。少なくとも私の場合はそんなことはない。だけどヒノマルはずっと後ろめたいモノを背負い込んでいるんです」
「確かに、そうですね。前にヒノマルが俺たちにも迷惑かけてるとか言ってたんですけど寧ろかけてるのはこっちだっていうのに、全くバ鹿なやつですよ」
そう、だから俺はしっかりと向き合わなくてはならない。
ダービー終わったらとりあえず飯を食わせてやろう。心の中のしこりもとれるくらい美味いものを作ってやろう。
「ところで、ヒノマルの背筋を見たことがありますか」
ちょっと真面目に考えてる中の意図の読めない発言。何をどうすれば背筋への会話になるのだろうか。
レース前にそれはあまり重要さを考えられない。ヒノマルの背筋が素晴らしく彫りが深いなんて話にでもするつもりなのか。
「失礼、では彼があなたたちの前で着替えたことはありますか。例えば部屋には木場さんしかいないのに一人で着替えるなんて」
「あー、ありましたよ。でも男子中学生ならありえないこともないですよ」
福井さんはうーむ、とだけ言うと何も言わなくなった。何か深い問いであったとは思えないし、答えて何かあるとも──、
「もし、その質問に意味があるならそれは父親についてですか」
俺がまだ知らないこととしてヒノマルの父親についてだ。母親は死因を知っているが父親については一切わからない。もしこれに意味があるならそれしか考えられなかった。
「……鋭い人だ。実際ヒノマルの父親に関係してます。ですがそれは彼自身から聞いてほしい。彼の父親、リュージの死因で思い込みが激しくなったかもしれないのです」
「……一つだけ明らかにしたい。そのリュージさんって人は───?」
「──、───ですよ。ただその事実だけが彼を苦しめています。私はそれに気づけなかった」
想像以上にあのバ鹿は思い込みが激しい。これじゃ確かにメンタルが不安定になってもおかしくなかった。
「かぁ〜、負けんなよ。自分に」
なんでこの台詞をもっと早く言わなかったか。俺はトレーナーに向いてないのかもしれない。
頭を抱えているとゲートが開いた。
ああ、やっぱ天敵だ。左回りを練習してないわけじゃなかったが本番では絶望的だ。
レース展開はヒノマルの不利なものになっていっている。もう最後の直線にかけるしかないない。
だがそれじゃ遅かった。スペシャルウィークが動き出した。一目見たらわかる。
あれは絶対に勝てる動きだ。
「それより、ヒノマルはどこ行きやがった……まさか!?」
最後尾だった。走り方が狂いだしいつものような重みがない。
そもそも仕掛けが遅いのも不慣れだからで済ませていたが違うかもしれない。あいつの中の何かが折れた──!
「く、頑張れヒノマル!」
◆◆◆
一旦いかれた調子を戻すのはとてつもなく辛かった。
このまま全力を出そうにも力が入り切らない。地面を押す力もそこからの抗力に耐える力も出せずにずぶすぶと沈んでいくしかなかった。
いやだ。いやだ。いやだ。
そう願ったところで今更順位が変わるわけもなかった。
いま一度、先頭の方を見ればスペが割って出てきた。馬群を裂いてゆくように、前へと進み、やがてスカイに追いついた。
スカイも懸命に逃げるが意味はなかった。並ばずにその光る末脚は星の輝きのごとく、流星の流れのごとく、俺たちを置き去りにした。
『スペシャルウィーク、並ばない! 隣などいない、圧巻の走り! その差を広げたままゴールインッ!』
みんながゴール板を横切るときにはまだ走り続けたまま。伸びない脚で俺はのろのろと走っていた。
決定的な敗因がなかったわけでもないがそれでもこの結果は俺を地面へと叩き落とした。
周りからは歓声が流れ込んでくる。でもそれ以上に聞こえてくるのは俺以外の十六人の啜り泣く声、泣き叫ぶ声。色々な泣き声が
ぼろ──
何かが意味なく壊れる音。
父さん、母さん、ごめんなさい。
みんな、ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
許せないのは俺自身だ。
それは君もなんだろう。
わかるよ。
結果のわかったものなんて本当に糞食らえってやつだ。
だから受け入れられるようになればいくらか楽じゃないのかな。