こんなに時間がかかったくせにクオリティは我ながら低いと思います
読み飛ばしても大丈夫な回となっているので、ごめんなさい。
次回、夏合宿スタート
「負けたか、やっぱりそういうことだよね」
「何が、そういうことなんだァ」
「これはこれは、あなたでしたか」
「質問に答えなァァ」
「はー、何も簡単なことですよ。彼が負けることは最初から決まっていた。それだけですよ」
「んだとぉ、テメェ。ふざけたこというんじゃねェ……」
「何もふざけてないですよ。それよりふざけてると思うのはあなたの方です。なんですかあの成績は、お子さんも大層活躍したそうで」
「──! やはりテメェはッ」
「そうそう、彼は必ず俺のことを忘れてしまうんです。だから警戒することはないですよ」
「なるほどなァ。だがテメェはいつか消えてもらうことになるぜ。こんな異常事態はありえねェんでなあ」
「……そういえばおめでとうございます。皐月賞から随分と成長しましたね」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は逃げるように話題を変えた。
◆◆◆
時はかなり遡る。5月に入り皆ダービーに向けて鎬を削りあった初夏のことだ。
チームスピカの部屋の中からは二人の男女の声が聞こえた。
「なに、併走だと?」
「はい! 無理はわかってますけどお願いです!」
スペは内心焦っていた。
皐月賞で敗北を許してしまい夢は少し遠のいた。しかし挽回するチャンスはある。今度こそ夢の舞台『ダービー』で日本一になるべく彼女のトレーナー、沖野に併走を頼み込んでいたのだが……
「ってもスペ、一緒に走ってくれるやつはいるのか?」
「う、それはですね……」
彼女は何も考えてなかった。
ダービーももはや一ヶ月以内。この時期になると皆、手の内を晒したくない。彼女と走ってくれそうなウマ娘は少ないだろう。
「で、でも! 一度みんなに訊いてみます!」
しかしその結果はあまり良くなかった。
「併走か〜。ごめんね私はパス」
「……ごめんなさい、私も今回は」
「私、怪我してますよ?」
目に見えた結果だ。同じレースを目指すスカイとキングにとどまらず、怪我をしているグラスまでに頼み込んでしまった。
当然了解の返事などなくとぼとぼ歩いていた。
しかし諦めるにはまだ早い。
スペにはエルという最後の希望が残っていた。彼女はつい数日前NHKマイルカップに勝利して近いうちにレースに出ることはない。強さもこのうえなく間違いなくいい選択だ。
そう考えて彼女のパーチの部屋に入った。
「エルちゃん! 私と──」
「あーいや、すまない、エルはいないんだ」
残念ながらその先にいたのはジャージに着替える途中のヒノマルだった。
下半身は済ませてあったが彼の上半身は丸見えであり見事に鍛えられた胸筋と腹筋がチラリと見えた。
「すすす、すみません! ごめんなさい!」
「え、いや、俺の方こそすまない! 扉の目の前で着替えていて……」
ほんの一瞬とはいえ年頃の女子に健康的な筋肉は些か毒にすぎる。
ヒノマルは急いでインナーを着用し肌色成分を抑えた。
「お詫びと言ったらあれだが併走、付き合うぞ」
「ほんとですか!!」
◆◆◆
「とりあえず直線長めの左周り一周を何セットか走ろうか。それにしても……焦ってるな」
「えへへ……あの、どうしてヒノマルくんは走ってくれるんですか」
ことごとく失敗に終わった併走の申し込み。その理由はスペだってわかることで今こうやって走りたいなど思わなければ彼女も了解とは言わないだろう。そんな中ヒノマルはトレーナーの判断も待たずにすぐにコースへ出た。
彼女はそれがたまらなく気になった。
「ふふ、簡単なことだ」
ヒノマルは靴紐を結び直した。
「おまえ自身の仕上がりを見たいからだ」
「えっ?」
「つまり、走ったら俺の状態はスペに知られてしまうがそれはお互い様だ。だから受けてたつぞ、スペ」
それは木場に相談しても同じ答えが返ってくることだ。
タイムの計測者がいなければどこがゴールかを知らせる役もいない。走る意味は薄いかもしれないがとにかく全力で走ることにした。互いに直線を前に構えていた。
「それじゃ恒例のコイントスだな」
トレセンでは野良レースなどではコイントスがスタートの合図となる。
コインが落ちた瞬間、二人は一気にスタートした。
スペが前であまり差がなくレースは進んだ。だがなぜかヒノマルがいつもよりペースが遅かった。
スペは怪我でないかと心配したが彼の顔をうかがうかぎりそうではない。不安を多少拭いレースは直線に持ち越された。
今回のコースは実際の東京レース場の直線より短く高低差も少ない。つまり、本番よりもたたき合いが緩いことになる。
スペは後ろを気にする様子もなくいつも道理のスパートをかけた。しかしヒノマルも負けてはいられない。最後の末脚の勝負に勝てるようにスピードも伸ばしてきたのだ。
二人は一向に譲らず前に出続けた。
再びスタートした位置に戻ったときに先についていたのはスペだった。やはり真っ向からの末脚だと彼女に軍配が上がる。
「はー、負けた負けた。やっぱり強いな、付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます! ヒノマルくんがいなかった、できませんでしたから……」
スペは気まずそうに指を合わせた。ヒノマルはいいよ、と一言いうとその場に座り込んだ。
彼が編入してから約二年が過ぎた。最初から活躍は難しい世代だと自覚していた。だがそこにスペがやってきた。
彼女は同じ途中からやってきた者として彼はシンパシーを感じていたが今はそんなことがなくなった。むしろ、堅牢な壁として、比較対象にするにもおこがましとまで思っている。
そんなスペをじっと見つめていた。それに気づいたのか彼女はおもむろに口を開けた。
「そういえば、ヒノマルくんはどうして走るんですか?」
「ん、前に話したことはなかったか……」
「はい、ですので是非!」
スペがグッと顔を引き寄せた。
「わかった、だからそんなに近づくなっ。ちょっと恥ずかしいだろ」
ヒノマルは赤くなった顔を隠した。
それはまさしく男子中学生のような初心な反応だった。
「まあ、おまえと一緒かもしれない。両親に恥じない『息子』になる。そのために俺は強くなくてはならない。スペも分かるだろう、立派な親には恩返しをしたくなるものだ。
俺はこの外の世界で生きた証を残す。そうして恩返しついでに、この身体の意味を見つけたいんだ」
この夢は、目標は何一つ変わってなかった。そうしてまた一つ、もう一つと心に楔を打つ。やり遂げるための絶対的な意志としてヒノマルは燃やし続けるのだ。
「やっぱり似てますね、私たち」
「ああ、そうだな」
二人の間にゆるい初夏の風が通って行った。
◆◆◆
ところ変わって数日後、昼休みに黄金世代の面々はカフェテリアに集まっていた。
「しかし意外だねー。ヒノマルくんがおしゃれに気をつかうなんて、前はもっと髪ボサボサだったよ」
「ほんと、一流の身嗜みができてなかったわね」
「おまえら、言い過ぎだぞ」
エルとショッピングモールに行ってから(27R参照)翌日、朝からネタを擦り続けられていた。とはいえ、本当に最低限もできていなかった本人が一番悪い。こうやって少しでもヒノマルを変えたエルは大手柄だ。
「まあそれはそうとダービーも近いね」
「ええ、このキングが取るには相応しい頂だわ!」
「おや〜すごい自信ですなぁ。まあダービーといえばアレだよね」
アレというのは皐月賞の時のような言い回しのことである。
今度のダービーは『もっとも幸運なウマ娘が勝つ』である。そこでスカイがけしかけた
「ねえ、運試ししようよ。ジャジャーン! セイちゃんさっき辺りつき棒アイス買ってきたんだよね」
「それイカサマじゃないわよね」
「嫌だなぁキング。私がそこまでするようなウマ娘に見えるの?」
「……いいえ、私が悪かったわ。さあ、すぐ選ぶわよ、溶けたらもったいないじゃない」
キングは真っ先に一番手前、スペは左のもの。余った二択をスカイが引こうとするとヒノマルは右側をすかさずとった。
選んだことを確認すると我先にとかじり出した。その結果──
「なんでキングに当たらないのよ!」
「ハズレひいちゃった」
「……何も書いてない」
「やった、当たりだ」
──スカイが当てることになった。
他のみんなは軽くジト目になりながらも残ったアイスを食べた。だが、不幸かな。あまりの勢いだったため腹を冷やし、頭まで痛くなってきた。
「そうなると思ったので温かいお茶をお待ちしました」
だがグラスが前もって対策をしてくれたので全員湯呑みを彼女に差し出した。
顔を青く染めながらもなんとか胃腸に暖を届けることができた。ようやくすぼめた顔をもとに戻すとキングの「あっ」という声が漏れた。
「茶柱が立っているわ」
「ほんとですね〜。茶柱は吉兆の証とも言うのでよかったですね」
見事に立派な一本がキングの湯呑みにそびえ立っていた。
これで運の良かったことが起きたのは二人。残ったスペの方は若干焦りを見せたがヒノマルの方はそんなことはなかった。
「あわわ、どうしようヒノマルくん!?」
「俺に訊かれても困る。まあ別に運を見せるのはここじゃないから安心すればいい」
ヒノマルはご馳走様というとすぐに教室に戻って一人でノートをめくっていた。
◆◆◆
ヒノマルはもう一度併走するためにコースへとやってきたが誘った本人がいない。このままでは時間がもったいないのでしばらく準備運動をした。
ある程度身体が温まった頃、彼女はやってきた。
「すみませーん! 遅れちゃいましたー!」
「ん、大丈夫だ。結構時間はあけておいた」
ヒノマルはスペの運動が終わるまで柔軟をしていた。しっかりと身体を伸ばすことで怪我のリスクをしっかり減らす。幸福とは常々行う行為によって起こすものだ。これが彼の考えだった。
スペも運動を終え、いざスタートとという時、彼女は思い出したように叫び出した。
「そうだ、ヒノマルくん! 一つきいていいですか?」
「え、うん」
「ヒノマルくんの今までに起こった一番の良いことってなんですか?」
「なんだろう……生まれてこのかた、良かったことなんてここに来れたことぐらい、かな?」
「……それだけですか?」
「ああ、そうだと、思う」
ヒノマルにとってもはや記憶があるのは直近の二年。これまでの記憶は淡白なものなのでだいぶ薄れてきた。
とはいえかなり濃密なものだ。そもそもGⅠ級のウマ娘に薄味の人生など用意されていない。そんな彼が今までの一番の良かったことがトレセンへの編入となんとも味気ないものである。
さらに言うなら、この解答には大した感情は込められていない。咄嗟の思いつきだけに過ぎない。
「いや、すまない。数年前まで俺は運がいいとか悪いとか、理解もしていなかったんだ。だから──今でもあまり良くわかってない。おまえが来る前まで自分のことを恨んだりとかで感情が一方向で向いていたからあまり俺にはわからない」
「………」
気まずい沈黙に二人は包まれた。
さっきまで快活だった少女がここまで黙り込むとは思わずヒノマルはオロオロしだした。
「ほんとうにすまない、今の話は──」
「じゃあ私が決めます!」
「え?」
「ヒノマルの運が良かったことは『男の子で産まれたこと』です! だって考えてくださいよ!ウマ娘ってだけで珍しいのに男の子ですよ! すごい少ないのでとても運がいいじゃないですか!?」
「……俺はオスの三毛猫か?」
「い、いえ! そんなつもりはないです!」
そんなふうに言われるのは初めてだった。
ヒノマル軽口を叩いたが、今までの考えをもう一度見つめることになりそうな鶴の一声だった。
「ぷふっ、スペは最高だな」
「ちょっと、笑うことないじゃないですかー!」
「ごめんごめん。いやちょっと嬉しかっただけだから」
思わず最後がウマ娘にも拾えないくらい小さな声になった。スペは「ふえ?」っと間抜けな声をあげて上目遣いでヒノマルを見つめていた。
思わず彼の頬が赤くなっている。
それを紛らわすためスタートの合図なしにターフ駆け出した。
「スペ、もう走るぞ!」
「え、ええええ!?? ちょっと待ってくださいよー!」
そして、東京11Rへと話は続いたのだ。