【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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32R 深まる『隠し事』たち

 

 一人部屋の中、二人の男が

 ヒノマルは木場と面に向かいながら、互いに皺を寄せ合っていた。もはや顔を見なくてもなにを思っているかは予測可能。言葉も必要ない。

 

「ヒノマル、休め」

 

 木場が入念に脚を触った後に発した言葉は弱気なものだった。つまり言いたいことは一つ、怪我だ。

 グラスやタキオンの前例があるためヒノマルの目はすぐに乾いた。

 目の前の脚が壊れているかも知れない、嘘だ、信じられない。

 その感情がとめどなく溢れた今、なにも現状を見逃すわけにはいかない。そのために目は閉じられない。

 その様子を見かねた木場はため息を漏らすと安心することを促した。

 

「大丈夫だ、おそらくおまえの成長期、つまり本格化の時期がやってきて身体がその変化に対応しきれていないだけだ。加えて疲労が溜まりまくった。軽い不幸ってだけで心配はいらねぇ。菊までには間に合う」

「それじゃあ今すぐ──」

「それは承認しかねる。あくまで間に合うのは安静にした場合だ。とりあえず、なにもしないでくれ」

 

 詳しいことはまだわからないないため大きく言えないがとても重大な怪我というわけではない。しかし、万が一がある。そのためしっかりドクターストップをかけてもらわなければならない。

 

「とにかく俺だけじゃ怪我の程度は分からん。早いうちに医者に見てもらって調整する。飯は持ってきてやるから待ってろ」

「お、おい! 俺はどうなるんだ! 本当に菊花賞──」

「いいから黙って従え! ……従え」

 

 

◆◆◆

 

 

「色々調べた結果、足首の筋肉が軽く炎症を起こしているようだ。知らないうちに身体の方が大きく発達しバランスが取りにくくなっていたことが原因、とどめは転倒だろうねぇ」

「そうか、ありがとなタキオン。それで全治は」

「まあ安静にすれば八月までには治るよ。

 しかし驚いた。身長に関しては去年より7センチメートルも伸びている。私は入学から身長の変化が乏しいのにこうも成長するとは……」

「ヒノマルは男だ。成長期がほかのウマ娘より遅くてもおかしいことはない」

「明日からどうするんだ?」

「どうって決まってる、安静だ。もうおまえみたいな二の舞は嫌いだ」

「……何度でも言うが私はあまり悔いてないし恨んでもない」

「それでも俺は、俺が許せない」

「ふぅン、モルモット君の扱いは難しいねぇ」

 

 

◆◆◆

 

 

 翌日、ヒノマルは脚にテーピングを巻きながら部屋から出た。足首が固定されて動きにくいが嫌な顔をしてはならない。

 迷惑をかけたのは自分だ、馬鹿なことをした報いだ。

 ネガティブ思考になりながら食堂に向かった。

 

 ちょうど繁盛期になのか食堂にはほとんど席が埋まっている。一人で食事を取ろうにも相席をするほか無さそうだ。

 それを許してくれそうな心優しい人を探して10分間、知り合いが誰もいない。

 仕方なくそのまま待ち続けようと決心しかけたけたその時だった。

 

「おーいヒノマル君、僕のところ、使うかい?」

 

 マンハッタンカフェのトレーナー、北川東だ。

 

「席が無さそうで暇だろ。ほら空いてるからどうぞ」

 

 いかにも無害そうな笑顔を見せながら隣に座ることを催促した。

 特に接点がない人の隣に座るとこは憚られたが仕方ない。彼と向かい合う形で座ることになった。だが、なぜかその隣にカフェがやってきた。彼女はヒノマルを、珍妙な生物を初めて見たかのような目でまじまじと観察していた。

 

「あの、東トレーナー。どうしてカフェさんは俺のこと」

「ふふ、だって君は男の子だからね。珍しくて興味しんしんじゃないかな。不快なようならば止めておくけど」

「いえ、大丈夫です」

「ならよかった」

 

 とはいえここまで見られると恥ずかしい。そろそろやめてほしいと思い出したところでカフェは正面を向いた。

 終わったと一息つくと今度は東の方が見つめてきた。

 もしかして熱烈なファンなのか、くだらない妄想をしていると東の方から話をふってきた。

 

「ヒノマル君って、まだ木場さんとかにも何か隠してることあるよね」

「えっ、そんなことないですよ」

「いやいやぁ嘘はいけないよ。それに隠すには結構バレバレなんだよね」

 

 なぜか東は出会って二度目のヒノマルに対して真実を言い当てていた。あまりの謎に対してタキオンとはまた別の方向性の恐怖を隠すことができなかった。

 するとそれを汲み取ったようにカフェがにじり寄り、「……トレーナーさんには、正直になった方が身のためです」と一言だけ告げ、食事に戻った。

 

「これで正直に話す気になった?」

「もはや脅しじゃないですか」

「まあ隠し事があるかないかだけ。それ以上は詮索しない」

「……ありますよ、一つや二つぐらい。でもまだ話さない」

「嘘はないね、うんうん。それじゃ僕はこれで」

「はあ」

「あ、あと心の声にはしっかりとしてね」

 

 東は意味深なセリフを残すと食器を返しにいった。

 ヒノマルはよくわからないもやもやを心に残しながら朝食をいただくことになった。

 

 

◆◆◆

 

 

 たくさんのウマ娘がトレーニングで声を上げる中、ヒノマルはベンチで焼きそばを食べている。

 怪我のため絶対安静を言い渡され暇を持ち余しているところ、なぜか焼きそば販売をするゴルシに目をつけられ渡された。

 味は特に変でもない。まさに屋台で売ってそうな焼きそばの一言に尽きる。

 

「ゴルシさんって本当に何者なんだろう」

 

 永久に答えのない疑問を漏らしながら残りの麺を啜る。普段ならばご馳走様と一言入れるのだが今は不機嫌だ。そのままゴミ箱にパックと割り箸を捨てると辺りを見回す。

 海は広大で夏の爽やかさを際立たせる。山は壮大で夏のはつらつさを表す。双方、優劣がつかず共に美しい。

──対して自分はどうだ。身体の状態も把握できず、ほんの軽い事故にも関わらずこの様

──全く、腹立たしいものだ

 夏の暑さに負けぬよう己を奮い立たせるウマ娘の姿はどうもヒノマルにとって今は毒だ。

 嫉妬、羨望、そんな感情が蝕んでゆく。

 それで顔を歪ませていたのだろうか、休憩に入っていたエレジーが無言で迫ってきた。

 

「どうしたんですか」

「私も君と同じ顔をした頃もあったものだ」

 

 急に地声で話してきた。

 聴き慣れてないせいで最初全く知らない誰かかと思ったが間違いなくエレジーから出されたものだ。

 

「ええ!? 喋れたんですか!」

「ん、いつ私が喋れないと言った。私は『喋れない』のではなく『喋らない』のだ」

 

 エレジーはそのまま筆談ではなく会話を続けながら隣に腰掛けた。ただし被り物は外さないまま。

 

「ヒノマル、周りが羨ましいか」

「ええ、まあ」

「だろうな。ではなぜそう思う?」

「……走れないから?」

「私に聞くな」

 

 エレジーは尋問を続けるように覗いてくる。

 被り物が本体ではないかと思うくらいに黒い瞳が訴えかける。

 

「あの同じってどういうことですか。先輩も何か」

「私の場合は奪われたからだ」

「『奪われた』? 何をですか」

「……君もあるだろう。それを考えるんだ」

「えぇ」

 

 エレジーは大事なところをはぐらかすような答えを言う。

 これは試験だ、おまえがやれ。言ってもない言葉が聞こえるようになるほどの声のトーンだ。

 このままでは時間の浪費だと理解したヒノマルは質問を変えた。

 

「じゃあこれには答えてください。なんで会話の選択をしたんですか。紙がないからですか、それとも単に面倒だからですか」

「そうだな。ヒノマル、これは同情、いや共感というのが正しい。今の君の境遇はあの日の私にそっくりだ。吐き気を催すほどに」

 

 エレジーの過去を知る人物は少ない。それにも関わらず悪態をつかれても困るというのがヒノマルの意見だ。

 しかし、エレジーも不調に陥ったというのならどうやって戻ってこれたのかを聞きたい。彼女の過去を知りたい。好奇心に歯止めが効かなくなってきた。

 

「……なら教えてください、先輩。今の俺があなたにとってどれだけ愚かに映るかを教えてください」

 

 しかし、エレジーからは返答はこない。返ってきたのは首を横に振る動作だけだ。

 ヒノマルは無意味だと分かるとそのまま無言で海を見つめていた。もはや気まずさもなく焼きそばを頬張っていた。

 それから十分ほど経過しただろうか、エレジーはおもむろに立ち上がり言葉を残した。

 

「もし君が乗り越えられたのなら、私の全てを曝け出そう。その時が来ることを楽しみにしている」

 

 全て──それは過去も素顔も、ということだ。エレジーの表情はなにも見えないが声の調子から本当に楽しみにしていることがわかる。

 彼女は砂浜を駆けながらトレーニングに戻った。

 

 

◆◆◆

 

 

「──ノマル、ヒノマル……センジンヒノマル!」

「っは」

「四回ぐらい呼んだのによく反応しなかったな。ったく、ボーっとしすぎだろ」

「すまない」

 

 ところ変わって室内、レース展開の予想などは脚を使わない賢さトレーニングのためヒノマルも参加する。しかし彼は放心していた。そのため後半の方はほとんど聴いてなかったのだ。

 

「まあ今日はこれで終わりだ。明日は一日中、身体鍛えるから楽しみになー」

 

 木場はそれだけ言うとすたこらさっさと行ってしまった。

 どうしよう、ヒノマルの脳内にその言葉が出た。なぜなら彼は一度も授業に遅刻、早退、居眠りなど怠惰に働くことはなかった。

 そのため、トレーナーの話であれど聴き逃してしまったことに非常に顔を赤くした。

 

「どうしたんだい? 君が明後日の方向を向くなんて」

「タキオンさん……」

 

 彼は正直、誰にも顔を見られたくなかった。

 笑われることが嫌なのではない。そうなったあと、自分が余計に真っ赤になるのが嫌だからだ。

 

「ふふ、とても赤いねぇ。君の勝負服のように」

「うう、あまり揶揄わないでください」

「いやすまない」

 

 タキオンは謝罪を述べるとヒノマルの前に立った。いくらヒノマルが動こうと合わせてとうせんぼをして進めない。

 

「さっきからなんですか」

「話をしたいだけさ。さあ座りたまえ」

「はあ」

 

 ヒノマルが腰掛けたその時、腹の虫がうるさく鳴った。早く食堂に行きたかったがタキオンは許してくれない。

 再びはあ、とため息を漏らしながら彼はタキオンを見つめた。

 

「辛いかい?」

「はい」

「気持ちはわかるよ。私だって脚を壊した身だ。君の事はよくわかる」

 

 タキオンは静かにうなづく。

 昔を懐かしむようにタキオンは天井を見上げた。

 

「周りがとても羨ましくて思わず躍起になってしまう。そうならないようにトレーナー君は安静にしろと命令した、それには不満かな」

「……正直、不満ですよ。でもこれは俺の自分勝手です。何も言わないで欲しい」

「それはすまなかった」

 

 タキオンはクスクスと笑いを上げる。全く真剣なのか揶揄っているのかわからない態度にヒノマルは若干神経を尖らせた。

 

「用がないならもう行っていいですよね」

「待て。君、本当に安静にしなよ。でなければわた──」

「うるさいッ」

 

 ヒノマルは机を叩きつけた。

 すぐに正気を取り戻したが爆発した手前、相手の顔を見れない。

 

「すみません、ちょっと一人にさせてください」

 

 ヒノマルは断りだけ入れると急ぎ足で食堂に向かった。

 しばらくして後ろから足音が聞こえた。しかしそれは遠のくばかりで決して近づくことはなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「はは、ヒマちゃんは早いな。俺もう追いつけないや」

──父さん、母さん! ねぇ、待ってよ!

「すまないヒノマル、俺ももう少しおまえに寄っていたかったけどもう行かないと」

──いやだよ。俺もそっちに行くから

「だめだ! こっちに来るな!」

──なんで? 俺が男だから?

「……ヒノマル、おまえだけはこっちに来るな。絶対に来るな」

──そんな、置いてかないで!

──俺、一人はいやだよ!

──父さんも母さんも、一人にしないでよ!

「ごめんなぁヒノマル。俺も一緒にいたいよ。でもこれだけは覚えていてくれ」

 

 俺たちはおまえを愛してる

 

──なんだよそれ! それよりも一人にしないで……一人は、いやだよ

 

 軽快な足音が近づく。

 

──俺、どうすればいいんだよ

 

 足音はしばらくすると止まった。

 

「一緒に走ろうか」

──俺、ウマ娘だよ

「大丈夫、俺もそれくらい速いよ」

──置いてかない?

「それだけはないよ。約束する」

──じゃあ、行こ!

 

 ヒノマルは誰かと走りだした。

 そしてその翌日だった、木場の怒号が飛び出たのは。

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