コロコロ言ってることが変わって申し訳ありません。
「ふざけんなよ。俺、安静にしろったよな!」
「……」
「黙ってねぇでなんとか言え!」
木場は顔を真っ赤にさせた。全血液が顔に集まったかのように真っ赤にした。
なぜこうなったかというと時間は少し遡る。
それは午前四時ごろだった。木場は誰にも見つからないうちにタバコを吸おうと外へ出た。朝日が昇りだし、その美しさに茫然としていると一つのウマ娘の影が見つかった。
しかしそれはおかしいことだ。まず今起きているウマ娘はいても外出許可は出ない。加えてトレーニングのためとは言えこんな早くから行うのは、はっきり言って馬鹿げている。
「何やってだか。さっさと戻しといてやるか」
木場は出来るだけ穏便に済ませたいのでそのウマ娘に近づいた。
その時からだろうか、彼の拍動はうるさくなりだした。なぜか嫌な予感が胸を叩き続ける。
──そんなはずはない、あいつはバ鹿じゃない
信じたくてもそれは裏切られる。
うっすらと見える骨格はまさしく男性のそれ。だがウマ娘の耳を有する、影の特徴は明らかになっていった。
そして、疑惑が確信に変わった時、ウマ娘は倒れた。
「……ッ、ヒノマル!」
そして今に至る。
あえて木場は二人だけで話すことした。ヒノマルの名誉のためではない。お互いの信頼のためだ。
「俺は、そんなことしないと思っていた。でもッ、どうやら見当違いだった」
「トレーナー、俺は……」
「ヒノマル、もう外に出んな。従えないなら来るな。頼むから休んでくれ」
ヒノマルからは木場の目は見えない。
サングラスのせいではなく頭を下げているからだ。その理由がはたして失望なのか、懇願なのか、悲哀なのか、ヒノマルには理解できなかった。
◆◆◆
パーチの練習は変わりなく行われていた。しかしエルはどことなく不安を感じていた。
いつもならヒノマルが見える位置からこちらを見ているというのに、今日はどこにも見当たらない。彼の性質をよく知る彼女だからこそ不安なのだ。
「トレーナーさん、ヒノマルはどこデスか? いつまでたっても来ないデス」
「あー、エル。今は気にせずやれ。あいつには別のトレーニングをやらせてる」
エルは釈然としかったが実際そうなる理由がある。彼女はそのままトレーニングはと戻った。そして辺りを見渡すとピーッと口笛を吹いた。
その頃タキオンとエレジーはタイムの計測に測っていた。今年で三度目のJWC、今お馴染みのメンバーでレースができるのも今年で最後かもしれない。
切磋琢磨してきた仲、どれほど苦汁を飲まされていても絆は深まるものだ。特にチョクセンバンチョーなどは同じ国もありよく話す。
そして炎天下の空の下、白い砂浜が美しいこの場所で二人は走る。
「こりゃ珍しい。まさかエレジーから誘いがくるとは」
「私も久々にバンチョーと走りたくなった。悪くないだろう」
二人は睨み合って言葉を交わす。
能力にどれほど差があっても二人はライバル。ならば遠慮は侮辱、全力こそ称賛。
タキオンの合図と共にスタートした
スタートしてから一秒、エレジーは前に出た。そしてコンマ数秒、バンチョーが先に出る。その差は開くことしかなく、エレジーは完全に負けた。
「やるねェエレジー。あんた前より速くなってんじゃねえか」
「ふ、以前は大差負けなどザラだが今は違う。私はおまえとの差を六バ身ほどまで縮めれたんだ」
とはいえまだまだだ、とエレジーは補足した。
しかしよくやったものだ。
バンチョーはつくづくそう感じる。確実に入学当初は気配もしないような奴がいつからかその影を見るようになった。
もしかしたらこいつは勝てるようになるかもしれない、そんな淡い期待が寄せていた。
「じゃあ今度はJWCだ。がんばろーな」
「ああ」
二人は熱い握手を交わし決意を誓った。
◆◆◆
時計を見る、秒針の音を聞く。
完全にやることがない。
ヒノマルは死んだ魚のようにぐったりと動かなくなった。
ケータイでゲームをやろうとしてもいまいち面白さを感じない彼にとっては地獄。ウマ娘として、走らない現状にはもはや悟りの境地にいたるほどの苦痛だ。
「筋トレ……もできないのか」
絶対安静は筋トレすらも禁じられた今、身体は完全に鈍っている。そんな状態では立って歩くことすら億劫だ。
何かやりたい、でも動けない。
心と体が矛盾した今は何もできない。
しばらくゴロゴロして時計を見た。時刻はやっと九時を過ぎたところまだまだお昼には早い。二度寝から起きたのは七時でまだ二時間しか経っていない。
あまりに遅い時間の経過に苛つきを覚えてきた。
そんな時、窓を叩く音が聞こえた。
ヒノマルは身体を起こすと、のそのそとそちらに歩み目を擦った。
そこから見える影がなんとなく怪しい。
おそらく鳥だろうが猛禽類の骨格。
こんなに人に近いところに来るのか、そんな疑問を挙げながらも判断力の落ちた彼は窓を開けた。
「ん、おまえは確か……」
エルの愛鳥、マンボだ。よく彼はコンドルと言われるがサイズ的にはタカがいいところだろう。
そんなマンボは何やら巻かれた紙をしっかりと掴んでいた。
「なんだこれ」
中身を確認すると小さな字で「元気ですか」と一言だけあった。筆跡を見ればエルのだとわかったがいつもと違い文字が小さい。
ヒノマルは紙を取り、すぐさま返事を書いた。
「これをご主人に渡して──おい」
手紙を渡そうとするとマンボは「キーッ」と鳴きながら部屋の中へ飛び移ってきた。
流石に部屋は不味いと帰そうとしたがその気もなくずっと止まっている。むしろヒノマルの腕へと飛び移ってきた。
うわっと驚きの声を上げたが仕方ないので彼の気のすむまで腕に乗せることにした。
「頼むから静かにしてくれよ。見つかると面倒だから」
しかし退屈な時間の中、心強い仲間が増えた。折角ならばと思いヒノマルは思い切って部屋を出た。
施設内は閑散としていてた。途中、人に会わないか冷や冷やしたがそれもまた楽しませるものであり、珍しくヒノマルはスリルを味わった。
手始めに彼らは廊下を出てすぐにあるパーチの部屋に来ていた。真ん中に小さな机とその先にはテレビ。それ以外には特になく広い以外にはヒノマルの部屋とは大差がなかった。
「なるほど三人か。流石にトレーナーも別室か」
部屋はろくに片付けができておらずさっきまでここにいたかのようだ。あまりいじっては来ていたことがバレるのであえて無視を貫いたが、机の上に何冊も積まれたノートがあった。
特に下段のものは使い古されぼろ雑巾のように茶色くなりかけていた。
「誰のだろう? こういうのはタキオンさんだろうな」
ああ見てみたい。もしかしたら怪我をした時のトレーニング、馬場における有利な戦法など有利な情報があるかもしれない。
若干の罪悪感を覚えながらも好奇心は抑えられない。ヒノマルはそのノートの一頁をめくった。
「……これは」
そこに書かれていたのはフランスのロンシャン競バ場、過去の凱旋門賞についてのレースの様子だった。他のノートにはフランス語で埋め尽くされたページ、合宿以前からのトレーニングや自主練習の内容が幾つにもわたって揃っている。
「エルの、だったか」
よく見ると木場やタキオンの筆跡も見あたる。きっと二人だけにずっと相談していたのだろう。そのことがよく伝わる。
この事実を知らないのは誰だろうか、自分だけなのだろうか。くだらない考えが脳を侵し、口の中に苦いものがこみ上げてくる。
「そんなわけない、言いたくない事情ぐらいみんなあるだろう」
ヒノマルは若干の後悔を残しながら部屋を出た。
◆◆◆
人が残りそうな食堂や厨房を避けながらマンボとヒノマルは探索を続けた。
これと言っためぼしいものはなかったが動物とあちこちを周るという非日常がヒノマルの退屈を削り取った。最初は困ったものだがこういうのも悪くない。彼はマンボを見て口角を上げた。
少し時間も経ち一階はもう飽きたと、しばらく歩き階段を上っていた時だった。普通ならトレーニングに行っているはずのカフェの後ろ姿が見えた。
「キィー!」
「こらマンボ、落ち着け」
だが彼は落ち着かない。威嚇の体勢をとりカフェを睨みつけている。ヒノマルは思わずため息を漏らした。
「ん、お……あなたたちは」
カフェこちらに気づいた様子で振り返らずヒノマルの名前を呼ぶ。
「すみませんカフェさん。このタカのことは黙っててくれませんか」
「ええ、構わ、構いません」
そこまでカフェが言うとヒノマルは突如違和感を抱き始めた。
彼女の喋り方は確かに『溜め』が多い。しかし今はためというより詰まる感覚。明らかに特徴が異なる。
そして──ヒノマルの直感。彼からすればカフェの持つ雰囲気はおどろおどろしい恐ろしさ。しかし目の前の彼女からは荒々しい恐ろしさが放たれている。
「あなた、カフェさんですか?」
思わず口から漏れた。
しまった、失言だ。
いくら相手が怪しくても無礼が過ぎる。すぐに謝ろうとしたが、喉から言葉が出なくなった。それはカフェがしないような笑みを浮かべたからだ。
「ククク、テメェらなかなかやるなァ、ええッ。流石と言ったァところか」
「──ッ、あんたは一体誰だ」
「アアァ、そうだな。俺の名前かァ、今は……サンデーとでも言っとこォかなあ」
カフェ、改めサンデーはヒノマル達に顔を向けた。その姿はカフェと瓜二つだがワインや血液のような赤い瞳が特徴的で加えて歯がギザギザだった。
「なんでここにいるかは聞かない方がいいですか?」
「フフ。身のため、だな」
「わかりました」
ヒノマルは確認してすぐに大人しくSSに従った。そしてすぐさま理解した。逆らえば命すらも──と。
「言っとくが、俺に人を食う趣味はねェよ」
恐怖が伝わったのかサンデーは見透かしたかのようにくすくす笑う。
そしてニタァとした笑みを浮かべ、
「テメェら、俺に付き合え」
どうやらヒノマルには拒否権は無いようだ。