トランプを一枚捲る。現れたのはスペードのキング。ヒノマルは冷や汗をかきながらさらにもう一枚を捲った。そこに写っていたのは、
「残念だァがハズレのようだな」
「またか……」
引いたのはハートのエース。サンデーはそのカードを見ると目を細めた。そしてそのままスペードのキングのカードを裏返すと今度は別のカードを引いた。描かれた絵はクラブのキングだ。
そしてハートのエースを捲ると立て続けに隣のカードを捲った。
「また当てっちまったなァ」
これ見よがしにサンデーはダイヤのエースを示してきた。ヒノマルは苦い顔をしながらも床のカードたちを見つめる。
現在サンデーの提案で神経衰弱をやっているのだが彼女ばかり成功していてヒノマルはこれでは面白くない。別のが良い。と思っている始末だ。
彼の手持ちはゼロ、それに対してサンデーが十ニ枚ほど得ている。
「すいません、つまらなくないですか」
頬杖をつきながらヒノマルはため息を吐く。
「ハッ! そりャァ二人だからな。こういうのは多人数でェ意味がある」
サンデーは再びカードを2枚捲ったが今度はハズレ。ヒノマルの番が回ってきた。彼は残りのカードを吟味した。いやらしいことにサンデーはヒノマルが捲ったカードを全て取っているため、すでに裏がわかっているのは先ほどの二枚──ハートの七とクラブのエース。
冷や汗がつー、と頬に流れる。これを逃せばもうカードを得ることはできない、そんな気がしてきた。勝利の女神は誰に口付けをするのか、試される気分だ。「これでどうだ」と捲られたカードは──
ハートのエースだった。
「ほう、やるじャねェか」
二切れの紙がとても重い感触だった。普通ならなんてことも無いことだ。別に逆転できたわけでもない。だがヒノマルにとってサンデーから一本取れたことが嬉しくて堪らないのだ。クラシックロードでの苦渋を思えば、何と心地いいのだろう。
「さァ、もう一枚選びな」
サンデーは不敵な笑みを消さない。彼女はむしろ火がついたように身を乗り出した。
──この気迫は一体?
ヒノマルの指が震え、正常な判断を失った。そして、全く関係のないカードを捲った。
「しまった!」
「ククク」
だが勝利の女神の口付けはヒノマルにあった。現れた数字は七、つまり露出済みのカードと同じ数字だ。
「なにッ」
「俺の勝ちです」
サンデーの笑みは直ちにヒノマルへと移った。それもすぐ戻ってしまうのだが。
「……悪い、最後は俺の勝ちだァな」
「嘘だろ──」
その後ヒノマルはカードを何枚も外し、そのままサンデーが差し返した。そもそも差し返したと言ってもヒノマルは一度も枚数でリードはしていないし連続で取れたカードの枚数も彼女に負けている。つまり、完敗ということだ。
だが今のヒノマルは結構粘着質だ。このままではいられないと再び勝負を仕掛けた。そして三十分後。
「テメェ悲しくならねェのかァ?」
哀れ。幽霊に憐憫の目を向けられるとは。
ヒノマルはその後五回挑んだが悉く敗北。一回は上手くいった時もあったが虚しく敗北。もうプライドを立てることもなくボロボロになったのだ。
「なんでですか。なんでそんなに強いんですか」
ヒノマルは床にうつ伏せになった。それを強調するようにマンボが頭に乗ってきた。爪が痛かったがそれも気にならないほどにサンデーの強さにやられてしまった。
「んなの、決まってんだろォ。迷わねェからだ」
「迷わない?」
「テメェはカードを取るときちょっとだけ迷う。だが俺は違う! 迷うのは手を伸ばす前だけ。決めたら俺ァ止まらねェだけさ」
ヒノマルはさっきまでの光景を思い出す。確かに取る前にコンマ数秒、止まっていた気もする。だがその刹那が自信を表すのだ。しかし、
「関係ないんじゃないですか、それ」
「ああそうだ、運の有無だぜ。つまり俺が良すぎた訳だァァ」
挑発行為とも取れる語尾の伸ばし。思わず手が出たがその拳は届かなかった。正確には捉えられなかった、が正しいだろう。
「本当に幽霊なんですね」
「そうだ。つーかこの喋り方疲れたな。普通でいいか?」
「キャラ作ってたのかよ!」
サンデーは不気味な雰囲気を演じるのが疲れたようで語尾を伸ばすような喋り方をやめた。なぜそんな喋り方をしていたのかというと「ああ? 幽霊なんだから雰囲気出そうぜ」とのことらしい。
このあまりに人間臭い幽霊にヒノマルは親近感が湧いてきた。ちょうど利害も一致しているのだ。このまま付き合うのも悪くないとババ抜きを始めた。
「サンデーさんはどの競馬場が得意ですか?」
「あー日本は知らん。俺はアメリカンなんだ」
「えっ、そうなんですか。じゃあGⅠ取ってたりします?」
「取ってるぞ。ケンタッキーダービーとかな」
「……強いですね」
「テメェもそうだろ。周りがアレなだけだ」
「そんなことないですよ。でも確かにみんな強いです」
「テメェな、強いヤツは自覚しなきゃならねェんだよ。下手な謙遜は嫌味だ。覚えときな」
「肝に銘じます」
「んでよ。パッパ、パッパ進んだおかげでもう2枚だ。ジョーカーは俺が持ってる。さあ選びな」
ここで当たりを選べば勝ち。外れたらチキンレース、いやすぐに決まるだろう。それに目の前の幽霊が遥かに強い者だと知ると余計に肩をすくめる。とはいえ引かなければならない。
どっちだ。相手はブラフもなにもしていない。故に完全な運試し、勝率も五分五分。ならばそれを少しでも引き寄せる──。
「サンデーさん。どっちがジョーカーですか?」
「アァ? んなの決まってるだろ。お得意様だぜ」
「つまり?」
「馬場適性」
初めはわからなかったが理解した。つまりサンデーは馬場がどっち回りかという問題だ。右か左か、結局ヒントにはならない。
そもそもヒノマルの得意な方なのか、それともサンデーか。またサンデーの得意な馬場がわからない以上どうすることもできない。一応断っておくと左右の選択はヒノマル目線だ。
「ハハ、分かんねェだろ。普通のブラフよりよっぽど効いてらぁ」
サンデーはアメリカンのように豪快な笑いを飛ばした。
そして数分、無駄な思考が脳を熱した。このままでは余計に時間を食らうまま。ヒノマルは意を決して──
「待てよ。俺は迷わんとは言ったが当てずっぽうほど萎えるもんはねェぜ」
「はぁ?」
「レースはそんな時間はない。だが今は違う。もっと冷静になれ」
冷や水をかけられた気分だった。今なら先ほどの十倍は考えられる筈だ。
ヒノマルは今までの会話を思い出した。そもそもサンデーが無意味なことを言う性格なのか、いや違う。故にヒノマルの知れる範囲で得意なものが分かるはずなのだ。
「そうか! サンデーさんは一つのレースしか言ってない!」
サンデーが言及したレースはケンタッキーダービーのみ。具体的な内容は理解してないがダービーというくらいだ。左回りに違いないとヒノマルは考えた。そして二分の一になった。事態は結局は変わらない。だが確実にヒントがあるのだ。少なくとも会話を思い出せれば。
そして腕が飛び出た。
「どうして分かった?」
「アナタ、俺の得意な馬場知らないでしょ」
「正解だ」
初めて勝てた。勝てないと思った相手に勝てた。それがなによりも嬉しかった。ほんの一回だけに過ぎない勝利は今までのレースよりもヒノマルを酔わせた。
「ハハハ、良い食いつきっぷりだったじゃねェか。レースでも頑張れよ!」
「はい!」
「アァ、それとな」
サンデーは弱ったような、心配そうな声で言った
「心の声が甘く聞こえたら注意だぞ」
意味深に言葉を残したサンデーはトランプ以外のものを取りに行くとどこかへ行ってしまった。今ここにいるのはマンボとヒノマルのただ二人。しばらく暇だなと寝転がった時だった。
マンボは急に窓の外へと飛び出したのだった。流石にヒノマルも危機感と共に焦って追いかけたがどうも初速はタカが早い。窓から飛び出るとみるみるうちに空へと高く飛んだ。せめて場所だけでもと目で追うと彼はとある地点に降り立った。そこにいたのはパーチの面々だった。
それらが映った視界は──水っぽく歪んだ。訳もわからず声を上げた。そして頬が濡れているのがわかった。
「俺、そうか。泣いてるのか」
ヒノマルは今までなぜ怒りや不満、やるせなさに満ちていたのかが涙と共にわかった。
「あぁ、怖かったんだ。みんなあっちにいるのが」
怖かったのだ。一人だけでいることが恐ろしかったのだ。
走ることができずに、トレーニングができずに、共に楽しむことができずに、一人でいることが堪らなく心に傷をつけるのだ。痛くて仕方なくて怖い。ヒノマルの心は一色に染まった。
時刻は既に昼を過ぎ、ウマ娘も施設に戻ってくるだろう。だがこの部屋にはただ一人だけが片隅に座っているだけだった。