【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

39 / 46
今まで、応援ありがとうございました!
読者の皆様にはもう更新されないんじゃないかって不安にさせてきたと思います。完結が目標と言ってましたが、正直モチベーションを保てなかったり、創作の難しさが想像以上にキツいなどが未完に至る理由です。

最後にこの作品を愛してくれる皆様、もし続きが投稿されるようなことがあったらまた会いましょう!


38R 夢へと『菊花賞』/『セイウンスカイ』、その二

 

 そして夏合宿は終わった。長かったような短いような、でも確実に感触のあるものだった。心残りや後悔はたくさんあるけど、その分成長できたはずだ。

 俺はこの道に来たことが何より嬉しい。この場に立てたことが嬉しい。そして、全力で爪痕の残せる。何よりも心昂る。

 

 走って、走って、最後まで走り切る。

 さあ、地に足つけよう。いざ昇らん。

 

◆◆◆

 

「早く走り過ぎだ、止まれ!」

「え、でももう少しだけ……」

「ダメだ、ダメだ!」

 

 木場はヒノマルの駆け足を止める。怪我はある程度治ったとはいえ、完治とまではいかない。再発されると困る者しかいないのに、どうしてもこう元気なのか。ウマ娘の性なんだろうなと遠い目で見つめた。

 

「いいか。最後の最後に泣くか笑うか決めるんだ。それにまあ、今回は前哨戦抜きで行く。セントライト記念辺り使おうと思ったんだけどなぁ」

 

 怪我が思いのほか早く治っていたとしてもまだまだ脚部不安はある。そんな中でレースに出すわけもなく、胸にしこりを残しながら菊花賞に出ることになる。

 

「しっかり叩いてやりたかったし、何より勝利数足りてるかって話でもあるしな」

「もう、その心配は仕方ないだろう。出れなければそれまでだった、そうだろう?」

「おまえ、ちょっとドライになったな」

 

 かれこれ十月になった。余裕も少なくなり、怪我も完治したヒノマルは再びハードなトレーニングへと戻ることができた。レベルを5段階に分けるなら三ぐらいだろうか。適度に負荷をかけて筋肉を育てる。

 そして何よりも彼が今伸ばすべきポイントはキレ。京都のターフは持久力はもちろんだがキレが必須の能力となっている。元からの持久力と強い心肺機関を持つ彼はより最高速度を上げるように鍛えていた。

 

「おっ、悪くないタイムだ。やっぱ夏合宿で先に持久力伸ばしてて良かったぜ」

「うん、今の感覚は掴めた。それに止められるだろうがアレをやる」

 

 途端に木場の顔は青くなった。

 

「えぇ……嫌だよあんな変なことするの。それに今負担をかけ過ぎるわけには──」

「トレーナー。俺はこの世に名前を残したい。生きてきたことをみんなに知っていてほしい。だから寧ろ本望だ」

 

 そう言われると引き下がるしかない。だが木場としてはその作戦はやめてほしかった。勝利を目指すにしても体を労るにしてもやめてほしいと思うしかなかった。

 

「わかったけどよ、絶対に終わらせんなよ」

「ふふ、約束する」

 

 ヒノマルはターフに戻り呼吸を整える。青い匂いが和ませるような、露に濡れてより鮮明に感じる。靴紐をしっかり結び今という時間を噛み締める。この緊張が少し好きなのだ。

 ピンと張り詰めた弦のように、集中する。そして木場からスタートとの合図を受けるとそのスピードを上げて行く。風が頬を撫で切り、その感覚を掴み取る。だんだんと五感が鋭くなり地面の濡れ、ラチのその先、地面蹴り上げる音、どれもかしこもわかった。

 そして上り坂を走り、コーナーに入って下り坂。そのスピードは最骨頂に至る──ことはなかった。失速をするとそのままゆっくりホームストレッチまで歩いた。

 

「ヒノマル。やめろとけ、それでいい」

「悪い、ちょっと我慢が効きそうになかった」

「ほんと不安になるようなことやめてくれよ」

 

 やろうとしていたことは第3コーナーからの加速。いわゆるタブーだ。

 バインダーをパタパタあおり汗を乾かしながら木場はサングラスを掛け直す。預かった教え子をこれ以上壊すわけにはいかない。その使命が彼にあるのだ。当然冷や汗の一つや二つぐらい出る。

 

「ヒノマル、それ以外なら、バ鹿げたことを許容してやるが……流石に負担が大きすぎる」

「なるほど。あんたはやっぱり最高のトレーナーだ。そうするよ」

 

 一方ヒノマルも汗を書くがそれはさっぱりとした、そう青春味と言いたくなるようなそれだった。

 

◆◆◆

 

 数日後、ヒノマルは土手を歩いていた。何もトレーニングをサボっているわけではなく木場直々に「休めバ鹿」とのお叱りを受けて歩いている。

 とはいえ、いつも急に休もうと思っても充実した日が過ごせるわけでもなく退屈でしかない。ならばと思い、軽い運動がてら散歩をしているのだ。そしてこうして日だまりの中を歩いているわけだが、やはり面白みがない。

 割と土手の方には自主トレで来ることがあるので見たことある景色を見たところで、というものだ。何かないか尻尾を煩わしそうに振ると何かが擦れた。振り返ると何もない。だが下を見ると? 青空色の髪の毛が見えた。

 

「わっ!」

「うおぉ……てなんだスカイか」

「にゃはは、びっくりした?」

「うん、結構」

 

 またサボりでもやっているのだろうとヒノマルは思い、彼女の格好を一瞥したがどうもそうではない。釣具は見当たらないし、私服でもないし、何より言葉にする必要のない『闘志』が瞳に宿っている。

 

「ごめん」

 

 第一声は謝罪だった。

 

「え、何が?」

「いや正直サボってるんだろうなとか浅はかなこと考えてた。でも違う、しっかりと燃えている瞳だ」

「ふふ、なんか見透かされた気分だなぁ。まあでもそうかな。ダービーはスペちゃんに取られちゃったし、結構悔しかった。だから今度は──ううん、今度『も』私の番。皐月賞に加えて菊花賞も頂いちゃうよ」

 

 するとヒノマルは我慢できなくなり、膝が崩れて笑い出した。

 

「ちょっと、なに!?」

「ごめんごめん! 決して馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ新鮮だったからさ、そんな真剣なおまえが」

「……それなら、まあいいけど」

 

 怒りの気は失せたのかスカイは口笛を吹き始めた。ヒノマルは黙ってしばらく見ていたが思い出したように声を上げる。

 

「こんなところで止まってていいのか? 走ってた途中だろ?」

「うん、そうだよ。でも見覚えある青鹿毛を見たらねぇ、イタズラしたくなっちゃっただけだよ」

「……つまりそれはいい獲物がいたからトレーニングをサボったって言ってるのか?」

「──なんのことかな?」

 

 若干キリッとした口調で言うが意味はない。

 

「やっぱりスカイはスカイだった。サボり魔なんだな」

「なに、サボって悪い!?」

「俺は少なくともとても悪いと思うけどな」

「ケチッ!」

「えぇ……」

 

 『呆れた』。ヒノマルの脳にそれが生まれた。なぜか当然のことを言えば非難された。困惑しないわけもなく、口をむっ、と閉じた。

 しかし、同時にスカイの言い分もわかるような気がした。靴とジャージを見れば誰でもわかる。その汚れ具合と綻びを。土が付き茶色に染まり、擦り切れた靴底は最低限の役割しかしていない。そこまでの努力を鑑みればサボりたくなるのも仕方ない。

 

「ほどほどにな。多少休息は必要だもんな」

「うん、そういうこと。ヒノマル君もどう? 一緒にサボる?」

「悪いが共犯者にはならない」

「ちぇ、つまらないの。まあヒノマル君らしいけど」

 

 褒め言葉として受け取っていいのか、悪いのか。対応に困りながら彼は頭を掻いた。髪の毛のごわごわした引っかかりが少しだけ痛い。

 だがそれを振り切るように、思いっきり髪の毛をといだ。

 

「そろそろ練習に戻れよ。俺が掻っ攫って行っても知らないぞ」

「はいはぁい。セイちゃん大人しく戻りまーす」

「……負けるなよ、絶対に!」

 

 思わず口に出していた。

 

「俺も勝ちたいけど、やっぱり全力でぶつかり合ってから勝ちたい。だから、勝つ気でいてほしい」

 

 ヒノマルは変なことを言ったような気分になった。敵を鼓舞して何になる。でも、言いたくてたまらなくなった。

 頬を青い風が切り裂いた。

 

◆◆◆

 

 十月の下旬、気温も涼しくなりまさしく快適と言った具合だ。必ず約束した勝利を掴むためにヒノマルは大きく息を吸い、そして吐いた。体の中身が入れ替わるような感触。全てが切り替わるような、そんな気分だった。

 二人の親に報いるため、己の存在を肯定するため、爪跡を残してやるため、存在をいざ残そう。勝負服の襷を縛った。

 

「みんな、いってきます」

 

 そして観客としてヒノマルを見つめるチーム・パーチは全員、住んだような目をしていた。ある意味ここがヒノマルの分岐点だと暗に理解していたからだ。

 

「おまえら、ヒノマルの勇姿を焼きつけろ」

「もちろんだとも。ヒノマル君はできる限りの最高のコンディションに仕上げた。あとは怪我がどこまで尾を引くか」

「タキオン、私は彼を信じてみたい。きっと思い出にしっかり残るレースをしてくれると」

 

 その中でエルはただ一人沈黙を作っていた。

 

「……さっきからエルは黙ってるが、どうかしたか?」

「いえ、たださっきヒノマルにあってきました。いつも通りだけど何かが違うような、見ている先がここじゃないような、そんな雰囲気でした」

「なるほどねぇ」

 

 木場はゲートを見据えた。ヒノマルはもう中に収まっていて様子も見えない。やはり最後まで見ておくべきだっただろうか。一抹の不安が少しだけ心に染み渡る。でも不思議と感じ取れるものがある。それは、ヒノマルが一味違うということだ。

 ゲートが開く。そしてヒノマルは、あえて大きく前へと飛び出した。バ群をかき分け、後ろに固まる集団より前、それもスペよりも前目についた。位置は完全に追い込みや差しよりも手前。つまり先行あたりという位置だ。

 

「ほお、なるほどな。あいつなりに考えてんのかな?」

「どういうことだい? いきなり先行なんて訓練は……」

「いやしてねぇ。少なくともあんなペースではな。だが悪くはない。そもそも追い込み──後方からの脚質は足への負担が一気にかかる。たが敢えて先行で負担をレース全体へと分散させる、そういうことだろ」

「ヒノマルにとってそこまでの賭けをする意味はあるのデスか?」

「うんまあ、そうなんだけどなぁ。確かに負担はソフトにしろと言ったが……マジでやるとは」

 

 実際にそうである。何食わぬ顔で彼は走っているが、いつもより視線が多い。確実に増えてるそれは単なる圧として降りかかり殺しにくる。だが彼はそうなりながらも、むしろ口角を上げた。

 なぜならそれはある種の承認欲求。ヒノマルの誰かに見てもらいたい、一緒にいたいという感覚が潰れることを防ぐ。視線による他人の明白な存在感こそが彼を支える。

 それだけではない。彼は確実にギラついた目で見ていた。先頭を切り裂く青空の景色を。

 

 怖いと思った。彼への感情として初めてのものだった。男であるがそれ以外は他のウマ娘とあまり変わりない、ただちょっと珍しい、それだけだった。だがスカイにとって今は違う。己を焼き尽くさんとする気配が見えていないにも関わらず主張を繰り返してきた。

 先頭をを大きく走り続ける。そして早足にいく。少しだけ加速しよう。それで気にしないでいこう。そうは思っといても、無視しきれないでいる。嫌な存在としてスカイは彼を感じ続けていた。だが、彼女は、今回は少々違う。乗り越えるという絶対的な意志がある。それはやがて大きな力へと変わっていく。

 

 ──最初に気がついたのは第三コーナーだった。

 ──確実にスカイを追い詰めるために俺は先に走って、三コーナーでの仕掛けをやめておいた。

 

 まるでダレる気配はなかった。

 

 ──いや、なんというか予感はしていた。

 

 むしろ加速している。決して掛かりではない。

 

 ──きっと、超えてくるだろう。

 ──その通りだった。

 

『セイウンスカイ先頭! さあリードはあるがその差は数馬身。さあ追いつくことはできるのか!!』

 

「いや、ちょっとずるいだろ」

 

 思わず弱音をでた。それくらい軽かった。でも確実にヒノマルの心を蝕んでゆく。決して無視できないほどの現実が迫ってきたのだ。

 

「待てよ、スカイ。待ってろよ」

 

 ずるずると出てきた。もう吐きたくないのにそうすることしかできない。苦虫を潰したように食いしばった。

 だが少しだけ、スカイの顔が見えたような気がした。それはヒノマルの表情を写したように、苦しそうだった。

 スカイは予定していたペースを見出された。想像以上のスピードを出してしまった。ヒノマルの知らず知らずの主張がそれを許したのだ。

 

 ──そうか、まだ行けるんだ。

 

 脳内に直接聞こえた。響くように聞こえる。ヒノマルは思わず当たりをキョロキョロとしてしまう。でも見つからないことはわかっている。なぜならそれの座標は変わりなく、いつでも()()なのだから。彼はそれに気がつくと思わず叫ぶように、念じた。

 

 ──手を貸してくれ! 勝ちたい!

 

 目の前の景色が崩壊した。いやもっと単純だ、()()()()()。それこそ正しい。ヒノマルの視界にどんどん赤が混ざっていく。混ざるたびに景色は停止していく。やがてそれは雲の動きも、風の揺らぎも、セイウンスカイすらも。

 

「至ったのか、おまえ……」

「トレーナー君、まさか彼も」

「ああ領域(ゾーン)だ。でもまだ未完のだが」

 

 ウマ娘の選ばれた存在には領域と呼ばれるものに触れることがある。それは限界を超えた力を引き出し、次のステージへと登らせる。ヒノマルはその一角を引きずり出したのだ。

 彼は燃える体温を迸らせ、ただ真っ直ぐに加速する。真っ直ぐに真っ直ぐに。前のウマ娘を避けるのは簡単だった。なぜなら止まっているのだから。一人、二人。簡単に抜き去った。後ろからは誰も来ない。

 あとは前のスカイだけ。縋るような思いで掴み取るように、そして触れる──瞬間までは与えてくれなかった。

 

「おっ先〜!」

 

 世界が侵略された。赤の景色には美しく淡い、それでいて奥は深くブルー。急な視界の変化についていけずに思わず減速する。

 同じく、セイウンスカイもこの瞬間至ったのだ。青い空の広がる領域(ゾーン)へと。

 

『セイウンスカイ、ゴールイン! センジンヒノマルは一馬身、いえそれよりも積めましたが惜しくも敗れてしまいました……!』

 

 遅れて駆け込んだヒノマルからは汗の蒸気が噴いていた。それのせいか疲労のせいか、視界がぐわんと歪む。そしてがくりと倒れそうになった瞬間、腕が伸ばされた。

 

「おっとと。ヒノマル君大丈夫?」

「ああ、すまない。勝者をこんな風にしてしまうなんて、情けないな」

 

 ヒノマルはなんとか直立すると客席の方を見つめ、やがて歩き始めた。目の前にはチームのメンバーがいた。大きな深呼吸を三度すると額の汗を拭い問うた。

 

「今日の俺を、みんなに焼き付けることはできたか?」

 

 木場サングラスを外しはっきりと言った。

 

「んなもん、これが答えだ」

 

『うおおおおお!!!!』

 

 溢れんばかりの大歓声だった。もちろんそれはスカイを讃えるものでもあるが、同時に彼女へ迫った、ヒノマルへの賞賛でもあった。

 

「こんだけの人間を熱狂させたんだ。菊花賞を逃げ切ったセイウンスカイに、追い迫るクソほど速え末脚を見せたセンジンヒノマル。盛り上がれねぇわけがねぇ!」

 

 やっと辿り着いた。見たかった景色だ。

 ヒノマルは今に至ったのだ。夢を見つめ、初めて外に出たいと思い、原点のレースのように人の心を震わせた。まさしく感無量。

 だがこの瞬間、彼はさらなる夢へと触れた。

 

「トレーナー──」

「……どうした」

「勝ったら、もっといい景色と思うんだろうな」

 

 そして一つの夢は終わりを迎えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告