もうしばらくは毎日投稿できそうです。
『パーチ』に加入して数週間,ヒノマルはだいぶチームに馴染めていた。
チームのメンバーとも特になんともなく仲良くやっている。
「ヒノマル君,タイムを計測するよ」
アグネスタキオン。
マッドサイエンティスト気質ですでに教室の何個かを破壊済みである。しかし一定の倫理観はあり、木場と自分以外で人体実験をするときは一応他人に許可を取ろうとする。そして木場はモルモットである。
彼女はすでに一線を退いでいて,今はチームのサブトレーナーのような立場についている。
「ついでに君もだ,エレジー君」
「……んっ」
ハリボテエレジー。その後素顔は一切謎。どこか見覚えのある生物を模した被り物をしており,喋るときも大体「ん」の一言だけだ。
なぜかGⅠ『ジャパンワールドカップ』,通称JWCによく出走している。
「なら,エルも参加いいデスか!タキオンさん!」
エルコンドルパサー。世界最強を自称するヒノマルの同期のウマ娘。マスクを付けていて,なぜかよく片言で喋るっていて,他に比べたらまともな方である。
こんな感じでメンバーがものすごく濃く,ヒノマルの唯一のオトコという特徴すら薄く思える。こんな状態ならばハーレムで喜ぶなんて不可能だろう。
「エル,しっかりこの後休むなら走ってもいいぞ」
そして最後にトレーナーこと木場仙太郎。常にサングラスをかけており,姿は白衣。これだけでも不審者レベルなのに追い討ちをかける特徴がある。彼は時々光っている。それはもう眩しくて仕方がない。
しかし彼はトレーナーとして高い誇りを持っている。このチームのモットーが示すように,ウマ娘たちが一番に楽しめる環境をつくりたいと日々精進している。
そして『夢』を見るドラマチックな感性を持っている。ウマ娘の語る憧れや夢を我がものとしてそれをつかみたがっている。木場は子どものようであった。
しかし,勤務態度は良くない部分も多い。あろうことかトレーニング中にも喫煙するのだ。
「トレーナー,タバコはやめてくれ。匂いは気を遣っているようだが健康に悪い」
木場のタバコの匂いは甘い。やに臭いものではなくバニラのような匂いだった。
「はぁーわかった。」
室外だからいいだろ。そんなことがいいたげな顔をしていたが直ぐに火を止めた。
ヒノマルはそれを確認してタイムの計測に入った。今回の計測は全速力で一ハロン。これを五セット。割と体に堪えるメニューだった。
「これって何秒ぐらいで走ったら大丈夫ですか?」
「そうだね,十三秒よりも速くできればトレーナー君も満足するかな」
返事をするとすぐにスタート位置についた。
十三秒以内,一体どれくらいのスピードで走ればそうなるかわからない。しかし全力でやる。それだけだ。
◆◆◆
全力というのは想像以上に疲れる。そして,文字通り『全ての力』を出すにはそれなりに努力とコツがいる。
「タキオンさん,結果は?」
「うぅん,いまいちキレがないが……目標は突破しているよ」
いまいち調子がでず,そうですかと生返事したヒノマルは二人をみた。エレジーはウマ娘にしては遅すぎるが,ヒトにしては早い速度であった。疑問に感じたがそれはすぐに吹っ飛んだ。
「エル,圧勝デース!」
一つの風が心をつれ去った。
自分の記録をものともしない速度でエルは駆け抜けた。先程,彼女は世界最強を自称していると言ったが,間違いなくその器なのだ。
その後も何回か走り続けたが結果は変わらずヒノマルがそこそこ,エレジーがダメダメ,エルはそれを嘲笑うように圧勝。しかし嘲笑うというにはその姿は明るく輝いている。
それでも,彼女の走りから圧倒的な実力差を見せつけられた気がした。ヒノマルは痛感させられてしまったのだ。自分では彼女は勝てない。疲弊した体はそれを伝えていた。
「ヒノマルくん,どうだい今の気分は」
「悪くはないです。ただ,」
「ただ?」
「俺の同期にあの強い走りをするやつがいると思うと、正直,その,大きい声で言いたくないですが疲れると思います」
多少気まずい雰囲気を出していた。友達に嫉妬するなんてみっともない。そんな風に考えているのだろう。それが察せられたタキオンは高らかに笑いだした。
「アーハッハッハ!きみぃ,そんなに他人を羨ましがるのは嫌いかい!?
まあ,わたしだって友人に嫉妬したことがある。そう嫌がる必要なんてない」
それは意外だった。パーチに入ってすぐに木場からメンバーについて聞いていた。
木場はタキオンは才能が溢れ出るようなやつだと語っていた。しかし,そのタキオンだって嫉妬することはあるのだ。
ヒノマルは今までタキオンに忌避していた。タキオンが危ないウマ娘であるのもそうだが,負けることがなく現役を引退したのだ。その事実で感じてしまったのだ。
あの人は俺みたいなのとは違う。俺が手を伸ばしても届かないところに住む住民であると。
無論、ヒノマルはなぜ彼女が引退したのかを知らないからこんなことが思えるのだが。
「あなたもそうだったんですか……」
「そうだよ。それで,君は嫉妬してどうする?どうなりたい?『動き出さなければ動けない』トレーナー君の好きな言葉だ」
さあ,続きをを始めよう。
タキオンの呼びかけでヒノマルは腰を上げた。
次は自分の番だ。準備に取り掛かったヒノマルは身体を震わせる。どうすれば全力を奮い出せるか,自分には出せない力をどうすればいいか。それがわかった気がする。
今なら全力が出せそうだ、そんな気がした。
そして,疲れていた時の「できる気がする」は案外あてになったりする。ヒノマルはそういうタイプのやつだ。
体が熱くなる。いや,熱くなった。ヒノマルの体温は上昇しみるみるうちに調子が湧いてくる。
「──今なら、いける!」
この時は誰よりも速かった。
そしてそれは数字をもって示される。
「よくやった,ヒノマル!今のはさっきのエルより速かったぞ!」
木場は歓喜の声を上げながら頭をくしゃくしゃに撫でた。いきなりの記録に興奮が止まらない様子だった。
「どうやって速く走ったんだ」
木場の問いかけにヒノマルは口角を上げながら話した。
「文字通り,全部使って走った。脚だけじゃダメだった。だから全部の筋肉を使った」
その答えに木場は心底満足した。二人はやったやったと言いながら賑やかになったが、すぐに終わった。
「おや,さすがエルコンドルパサー君だ。」
タキオンは二人の方を振り向くと大声で叫んだ。
「君たち,先程のタイムはこされてしまったよー!」
「いやー、ヒノマルのタイムを越せてよかったデース!」
無情に聞こえるタイム更新。本来喜ぶべき木場は気まずそうに顔を逸らしたがすぐに元に戻りエルの方へ向かった。
ヒノマルはちょっとだけ悲しくなったが,その顔は木場と話していた時と変わってなかった。
──次こそは負けない
その思いに心を滾らせていた。
マルゼンスキー育成してたら2回未勝利戦走る羽目にはなった時は育成やめようかと思った。