【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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40R 『自分』を信じて

 時は巡り、春の開花しきったころ。ヒノマルはパドックに出て準備運動をしていた。

 中山2500m日経賞。天皇賞・春の前哨戦にヒノマルは参加する。セイウンスカイやその他強豪もいて油断ならない。

 

「ヒノマル君も、狙ってるんだよね」

「もちろんだ。それにお前と違って確実に出走できるか不安でな」

「ふーん。まあお互いに頑張ろうね」

「今日は追いつく」

 

 互いの健闘を祈りあいレースへと出走する。

 今回の作戦に関しては必ずしも先行有利とはいかないので殿からのレースにならなければ、という旨になっている。走りだす瞬間に決めろと木場から言われた。

 そこらへんは決めてほしいというのがヒノマルの本音ではあったがこうなっては仕方ない。潔く諦めてじぶんで考えるしかないのだ。

 と、どうこう考えているうちにゲートインの時間である。枠は内側、ならばそれを活かさない手はないということで先行策に出た。

 

 結果は二着。まさかの逃げのスカイが上がり最速でありヒノマルはそれに追いつけず着差も大きく開いた形で日経賞は幕を閉じた。

 

「末脚勝負に勝てない!」

 

 現在、控室にて着替えを済ませたヒノマルがその悔しさを叫んだ。無理もない、全てが末脚というわけではないがそれが強い方か強くない方かでいえばそれは前者がレースで有利なのは間違いない。

 それに天皇賞にはスペシャルウィークや前年度覇者のメジロブライトも出てくる。両者ともに末脚が優れたウマ娘。このままだと天皇賞は敗色濃厚。だがそこにタキオンの一言が入る。

 

「ならば君がレースのペースを作ればいいじゃないか」

「ん?」

「君はまるで先行というものを理解してない。先行ウマ娘はペースメイカーだ。特に……二番手三番手辺りはね」

 

 ようするに、もっと早く前についてそこから自分の好きなレース展開を作れということだ。

 ヒノマルの、先行での、得意な展開はやはりハイペースで疲れたところを押し切ることが一番適してると言える。しかし以前にも話した通り決して先行が向いているとも言えない性格。

 

「つまり、器用貧乏か」

「そうなるねぇ。後方前方、どちらからのレースができるとはいえ決定力がない」

「……トレーナー、タキオンさん。俺はどっちを取ればいい?」

 

 木場にとってその質問はあまりうれしいものではない。責任を負うことに難色を示しているのではない。きっとヒノマルは素直に従う、だから自分の間違った発言でこれ以上ない栄誉を見逃させてしまう。それが嫌なのだ。

 そんな調子で彼は唸っていたがタキオン口を開く。

 

「自分で決めたまえよ。君ぃ、私たちが、君が不利になるような発言をしても従うだろ」

 

 悩んでること、全部言ってのけた。ヒノマルはそれを否定しようとするができてない。そこにタキオンはさらに言葉を重ねるがその寸前、一瞬彼女の瞳が木場の方向に向けられた。

 そうだ、今ここでヒノマルにしっかり向き合わなければトレーナー失格だ。木場はサングラスを外すとヒノマルと目線を合わせた。

 

「もちろん作戦は考えるがどっちをとるかは自分で決めろ」

「なんで!」

「俺たちを頼ってくれるのはすげぇ嬉しいけどよ、最後はお前自身しかわからない。最後の最後は自分を信じろ。今回の天皇賞、それが課題だ」

 

 自分を信じる。それは彼にとって最も難しいことに感じた。過去を踏まえても自己肯定感が高いわけもない。同時にこう考えた、人を信じる事のほうが遥かに簡単だ。

 純朴が過ぎる。しかしそのヒノマルの弱点は無論長所にもなりえる。

 

◆◆◆

 

「どう……行くべきか。どの作戦とるにしても内枠のほうがいい。だからこそ悩む」

 

 寮の中でヒノマルはうんうん唸る。どうしても自分で決めることが難しい。別に考えることを放棄しているとかではなく、迷うことが嫌なのだ。迷えばそれだけ作戦に合わせたトレーニングができない。今回ばかりは誰にも相談できない。

 唯一、それができる相手は別にいるのだが。

 

「お前はどう思うか」

「僕に聞いていいのかい?」

 

 魂の隣人、センジンヒノマル。彼に聞いてみるが逆に質問返しにされる。

 

「流石に、誰にも打ち明けないのは、問題かなって」

「他人にも出力しなよ……」

「そうだよなぁ」

「とにかく僕は君になにも言わない」

 

 正論に加えて相手にもされない。いよいよ困った、そんな時だ。ふと電話が来た。

 

「もしもし! アタシデース!」

「っ、エルか!?」

 

 まさかのフランスに旅立った友の声。こんな時に電話してくるのはさすがに予想外で、どうやらエルも狙ってかけてきた。

 

「ビックリしましたか? エル、サプライズ成功デス!」

「う、うん。いきなりどうしたんだ?」

「特に用はないデスがこの時間ならびっくりするかと思いまして!」

 

 日本の空はもう真っ暗で月も雲で見えないが、フランスの方はまだ明るいのだろう。それなら納得いった。

 エルの話の内容が本当ならここで電話を切りにかかるだろう。しかし、ヒノマルはそれでは味気ない、なによりもっと話したくなった。特に天皇賞のことを。

 相談してもいいのか、一瞬その考えがあったが別にやましいことがあるわけじゃない。構わないと話題を振った。

 

「もしもし……」

「どうかしました、ヒノマル?」

「天皇賞のことでな、ちょっと。トレーナーに自分を信じろって言われたんだ。でもできそうにない……俺は誰を信じればいいんだ」

 

 ただ会話しに来ただけのエルになにを聞いているんだ、ヒノマルはそんな自己嫌悪に陥った。だが電話の向こうから聞こえる声は、やはり明るかった

 

「なーに言ってるんデス? なにも変える必要はありません。トレーナーさんやみんな、そしてアタシ。あなたを応援している誰かを信じればいいんです。」

 

 雲が晴れて、月明かりがヒノマルの目に刺さる。はっきりと周りのものが見えるようになった。

 他人に依存しやすい。それがヒノマルの弱さ。でもその指針は自分に向ける事だってできるはず。エルはそのヒントを与えた。誰をどう信じればいいか、その答えは得た。

 

「そっか。ありがとう、エル。勝ちにいこう!」

「ハイ!」

 

 今なら掴める。ヒノマルは春の頂へと立ち上がる。

 

◆◆◆

 

『天皇賞・春』。日本のGⅠレースで最長を誇るレースであり、その栄光はあまりにも眩しい。ヒノマルは久々に勝負服を身にまとう。自らの誇りを纏っている、その高揚はいつになっても抑えがたいものだ。

 パドックに上がるとタスキを締める。気合が入ると戦う相手がよく見えるものだ。

 

「よう、スカイにスぺ」

「おやおや。これはこれはヒノマル君じゃないですか、リベンジ宣言かな?」

「ヒノマル君! 私、菊花賞のときは先着されたけど負けないよ!」

「あー、そうだな……でも今の俺は、最高にハイってやつだ」

 

 バチバチと火花が飛び散る。ともに黄金世代、お互いに譲り合うつもりは一切ない。

 そしてその時はやってきた。ゲートイン完了。春の盾をめぐる戦いの火蓋は切って落とされた。

 

『天皇賞・春、幕開けです! さあまず先頭につくのは6番、セイウンスカイここで上がって二番手……そこに続いてセンジンヒノマルは3番手というかなり前目のレースを展開します』

 

 ヒノマルはゲートの最内枠という、かなり有利な枠に入った。そしてそれを最大限、自分に有利な場を設ける先行策で行く。当然マークも入るが前についたということはそれだけブロックに合いにくいということ。かなりうまくことが運んでいる。

 だが、これでも不安だ。なぜなら後ろには自分より優れた脚を有する者がいるのだ。いくらでも最後の直線で有利不利を無視してくる。

 

「だから、つつく」

 

 一周目の直線に入るころ、ヒノマルが先頭に入れ替わろうというスカイに対してギアを上げる。しかし絶妙に対抗できる速度しか上げない。じわじわと先頭の上昇するスピードに先団は速度を上げ始める。しかしそれに周りは気づかない。

 

「よし」

 

 そして迎える向こう正面、若干苦しくなるスカイにヒノマルは好機を見た。

 

禁じ手(タブー)を重ねる!」

 

 三コーナーの坂から加速ここで先頭を奪取する。それにより周りの反応は様々だ。落胆する者、驚愕する者。そして高笑いする者──。

 

「いっけぇ! ヒノマル!」

「おうとも!」

 

 この作戦を考えたのはヒノマル自身だった。自信のある武器であるスタミナ、そしてそれを使い加速できる馬場。博打も良いところな作戦。しかし、チームのみんなはこのために共に歩んでくれた。信じられる誰かが信じる自分を信じる。少なくとも今のヒノマルは自信にあふれていた。

 どくんと、心臓が跳ねる音が聞こえた。ただはっきりと聞こえた。やがて視界は真っ赤に、されど黄金にも見える輝きを解き放つ。

 

「俺は負けない! 決めたんだ、勝った先の!」

「僕はあの日のままじゃいられない!」

「「栄光の景色を見たい!」」

 

 魂はその領域へ導く。刻む蹄跡は全てを焦がす勢いに。

 

『先頭のセンジンヒノマル粘る! 後方からスペシャルウィーク、メジロブライト来るが、ゴールイン!! センジンヒノマル、初のGⅠ勝利です!』

 

「ううるぅあああああ!!!」

 

 両手を大きく上げて膝をついて雄たけびを上げる。

 顔は汗だくで息も絶え絶えである。視界は最悪ではっきり言って気分は悪かった。

 しかし、それでも見えるものは清々しかった。

 

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