【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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42R 『決起』のサマーレコード

 気温も高くなり、走るものたちに汗は無縁とは行かなかった。だが、いまヒノマルから吹き出るそれは暑さによるものではなかった。

「ヒュッ」と絞められたかのような呼吸音。ヒノマルは天皇賞以降先行での走りでレースを運んでいた。トレーニングの成果もあって付け焼き刃からかなり改善した。

しかし、この殺気にも似た気迫を見えないところから当てられるのは初めてだった。

 

『グラスワンダー先頭! 後ろからはスペシャルウィークとセンジンヒノマル!』

 

 グラスワンダーの圧倒的な力によって、彼は敗北に終わった。

 

「……簡単に行くわけない。そんなことわかってるッ!」

 

 敗北がもたらしたのは純粋に楽しめなかったという事実だけではない。ヒノマルにはもう一つやりたいことがあったが、それを絶たれてしまった。

 

◆◆◆

 

「けど、減速もせずよくやったとおもうぜ? グラスワンダー強すぎだし」

「それに、もう悩んでも仕方ない。着いたよ」

「ん」

 

 揺れるバスの中でヒノマルは未だに宝塚記念のことを思い返していた。正直なところ、彼は後方から来るグラスワンダーが途轍もなく怖かった。思わず委縮して本気の本気『領域』も出せずに、シンプルに能力差のあるスペにも負けた。

 悔しい、というよりも情けない。そんな感情があった。

 

「楽しむどころか、久々に怖かった。グラスはつよいな」

「そりゃジュニア期には最強を示したやつだ、怪我にもめげずに不死鳥なんて呼ばれてら」

 

 木場はあくまでも励ますつもりでグラスの強さを語る。ヒノマルはこれを聞かされて折れるようなタマじゃないと知っているからだ。

 それに応えるようにヒノマルもうなずく。楽しむためにはもっと揺るぎない自信をつける。だからこそさらに鍛える。この夏でいったい自分はどれだけ強くなれるのだろうか。ヒノマルはそれが楽しみだった。

 夏合宿の醍醐味はトレセンでは味わえない環境下でのトレーニング。まずヒノマルたちは山にこもり、虫取りをしていた。

 

「おい待てェ。なんでこんな山にきて虫なんかを」

「ヒノマル君、君は経験したことがないかもしれないが……虫取りというのは意外とレースに通ずるところもあるのだよ」

「そんなわけあるか!!?」

 

 虫取りは二班に分かれて行われている。ヒノマルはタキオンとコンビを組み木のうろや落ち葉の下をあさっている。蒸し暑さと見つからない虫に彼はイライラを募らせる。何を鍛えるためにこんなところに来ているのだ。目的が見えないでいて不快感はある。はっきり言って時間の無駄だと思っている。

 だが何かの狙いがあるのは分かっている。それを見つけることだけをモチベーションにしていたが……。

 

「俺はいったい何を?」

「悟りだねぇ」

 

 もう限界だった。一方、タキオンはやれやれと首を振る。そして持っていたメモ帳をヒノマルの方に投げた。いきなりのことだったのでヒノマルの手から滑り落ちてしまう。そして衝撃で中身が見える。そこには虫の生態が書いてあった。

 

「虫取り、そしてレースにも言えることだが、まず相手を知らなければ太刀打ちできない」

 

 タキオンは木の根元の、腐葉土に指をさす。

 

「そして観察も大事だ。この木は樹液を出す木なのか、近くにドングリなどはないか」

 

 そして木の幹、周辺の土に落ちているものを観察する。

 

「そして辛抱強くいること。こういうものは地道に作業だよ」

 

 どうやらここにはいなかった。しかし、何か所も探すと一匹。立派な角を持つ雄を見つけることができた。

 

「さあやってみたまえ。君もやってみたくなるだろう?」

 

 すぐにヒノマルは土をいじり始めた。そして相手を観察、地道に探すことを続けた。

 

「ふぅン。吸収が早いのはいいことだねぇ」

 

 日が暮れるころには六匹以上の虫を捕まえた。

 センジンヒノマルの根性と賢さが上がった!

 

◆◆◆

 

 次のメニューは登山である。タフな環境では、どこを走るにしても必要な、パワーと根性を鍛えるのに最適解である。荒れた馬場を走る上で必ず必要になってくる。また山の上での、若干薄い空気は血管の拡張につながる。スタミナを鍛えるのにももってこいである。

 ただしトレーニングで人の管理が行き届いている山であっても、山とは危険と隣り合わせである。それも素人が山に登るのだ、一人で行くのは流石に危機感がないということで、ヒノマルはエレジーと共に山を登っている。

 

「顔の、外さないんですか?」

「……ん」

 

 しばらく無言で上っていたが会話をしたくなった。そこで一番気になっていたエレジーの被り物について尋ねることにした。

 

「そうだな。暑い。気付かなかった」

「えぇ……」

 

 冗談だろう。そう思ってもなかなか動かない彼女の表情筋。相当本気で外すのを忘れていたのだ。案外天然だとエレジーの新しい一面をみつけたヒノマルである。

 しかしながら微笑ましい光景はここまでである。山を登ると次第にヒノマルはバテてきた。急勾配に不安定な地面、薄い酸素といくらステイヤーなヒノマルにも限度がある。一方エレジーは、無論同じくらい疲れているだろうが、疲労の色をなかなか見せない。彼女にはまだやれる、そんな気迫があった。

 

「やっぱり歩き方とかの差、ですか?」

「そうだ。走るときも坂を上るや下るで走り方を変える。それと同じ」

 

 ふふんとエレジーは鼻を鳴らす。彼女は体力や膂力こそ一般のウマ娘に劣る。だがヒノマルにはない確かな経験がある。ゆえに今回の相棒に選ばれたのだ。

 

「君はきっと、無意識にそういうことができる。だが真の強者はどちらも行う。すべて無意識にはことをなさない。意識すればより形になるはずだ」

 

 ようするに無意識にフォームを変えるだけにも限界はある。「意識的にも」を常に頭に入れておくことでより切り替えなどがうまくいく。

 それを念頭に置くと、確かにヒノマルの足運びはぎこちないながらもしっかりと疲労感が減ってきた。ふたりは同じく常に考えながら山を登った。

 センジンヒノマルのスタミナとパワーが上がった!

賢さが上がった!

 

◆◆◆

 

「んで、どうよ夏合宿は」

「疲れたが、充実したものだ」

 

 木場とヒノマルは今、滝に打たれている。早朝に木場が滝行の準備をしているのをヒノマルが偶然発見したことから二人で打たれている。

 

「なんでトレーナーが滝行していたんだ?」

「んー? 俺もなんかしたくなった」

 

 もっと言えばひたむきに努力を重ねている教え子に感化されたのだ。彼は基本、教える事しかできない。ウマ娘のように走ることなどできない。だからもっと彼女たちのためになれるようにせめて雑念でも払おうかとここに来た。

 

「お前こそなんでついてきた?」

「……見直したくなった。俺自身を」

 

 夏の日差しは雲に隠れ早朝の静かさと滝の冷たさが身を緊張させる。身体は固まり、より心の輪郭が明確になる。ヒノマルは今までの軌跡をもう一度駆け抜ける。

 

 ──初めは変な出会いで、誘拐されて。でも出会ったみんなは俺を受け入れてくれて、強くなるために一緒に本気になってくれた。クラシックで競い合った仲間には感謝している。ここまで競い合えたから強さを知れた。

──もう一人の俺にはだいぶ迷惑もされたが……まあ今となってはいい思い出だ。それにもう一度、やってみたい。

 

 ヒノマルは滝壺から出ると木場と面に向かった。この事実を教えるべきかは悩んだ。だが彼は確信している。チームのみんながいればこの事実にも立ち向かえる。

 

「俺はある事情で未来を知っている」

「……は?」

「そして俺は秋に四つのレースに出る、らしい」

 

 そしていずれも負ける。その運命はセンジンヒノマルと共に見たのだ。だがなにも絶望に値することではない。

 ヒノマルはむしろ笑ってみせた。課せられた運命を今度こそは変えてみせる。そんなことができたら、もっとレースが好きになる、楽しめる。

 

「いずれも敗北だった。でも必ず運命を変える」

 

 力強い宣言に対して木場はあっけにとられていた。突然未来を知っていると言えば秋に出走するレースで全て敗北すると言う。その事実は単純に聞き捨てならない。だが木場にも今の一瞬で理解できたことがあった。

 

「とにかくお前は、走るのが……いや、勝つのが好きなんだな」

 

 よくここまでレースに貪欲になったものだ。木場は感心と誇らしさで胸がいっぱいになった。そしてニッと笑う。これほどうれしいことは無い。

 

「わかった。んじゃさっさと朝飯食って練習始めるぞ!」

「もちろんだ」

 

 センジンヒノマルの調子は「絶好調」をキープしている!

 

◆◆◆

 

 そして季節は秋に変わり肌が寒さにさらされ始める頃合いである。ヒノマルは未来でも走ることが決まっており、なおかつ得意な京都のレースということで京都大賞典を目標に定めていた。トレーニングも終わり風呂上がりの髪を拭きながらテレビの前に食らいつく。

 

『気になるのかい?』

「もちろんだ。日本の悲願に加えて、おんなじチームだから」

 

 ヒノマルの目の前にあるテレビの中継先はフランス、ロンシャンレース場。今日はエルコンドルパサー出走の凱旋門賞である。既に発走は終わり1000メートルを通過済みである。寮中からあらゆるウマ娘が展開がどうなるかを確かめにテレビに群がる。その中に一人、ヒノマルに迫る影が。

 

「いよいよですね……」

「グラスか」

 

 二人は神妙な面持ちでテレビに向かう。どう転ぼうと数十秒後には全てが決まる、その刹那にどれほどの思いがあるかをよく知っているからだ。そして誰かが固唾を飲み込んだ瞬間に勝負は動いた。

 エルコンドルパサーは逃げの作戦に出ていた。タフな洋芝ではいつもの末脚勝負では日本のように走ることが出来ないと思ってのことだ。しかし、末脚がないとは誰も言ってない。

 

「はああぁぁぁぁあああ!!!」

 

 エルコンドルパサーはまだ余力を残していた。末脚をくりだし後ろに着けていたウマ娘たちを引き離す。それは概ね達成した、ただ一人を除いては。

 エルの後ろから迫るのはモンジュー。海外の実力者の中でもひときわ目立つ能力を持つ彼女は引き離されるどころか接近、そして残り100メートル付近でエルを交わした。

 懸命に追いすがるエルだったが……差し返すことはなく二着に敗れた。

 

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