【完結】ウマ漢 〜燦々レーシング〜   作:プレブレム

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44R 『それでも』俺は

 派手に、無様に敗北した。とはいえ、予想通りだった。

 まずヒノマルは左回りが苦手である。ダービーの時も大敗に帰したのもそのためだ。

 そして距離が短い。領域に入ったときは別として末脚も若干キレがなく、スロースターターな彼にとっては天皇賞・秋は辛い戦いであった。

 だから、そもそも今回の七着も悪い結果とは言えない。

 それでもヒノマルを追い詰めるには十分な数字だった。先日、天皇賞で日本最強になるなどのたまってしまったかれには。

 

「もっと体を安定させろ! そんなんだから遅いんだぞ!」

「わかってるッ!!」

 

 今日は雨の日だった。バ場も重くかなりぬかるんでいる。それでも懸命に脚を回す。そうでなければ勝つなど夢のまた夢なのだ。

 ヒノマルにとって誰かのために走ることは普通であった。

 トレセン学園にきた当初も生みの親のため。菊花賞も育ての親のため。

 今はエルのために。自分のために走り出したのはクラシック期の末だった。

 確かに彼はわがままに走る感覚も好きになった。だが誰かのために走る方が性に合っているのだ。目標がはっきりしているほうが目の前に突き進めるのだ。

 

 トレーニングから上がって、洗濯機に泥でぐちゃぐちゃなジャージを放り込む。スイッチを入れると冷蔵庫から水を取って口に含む。

 今回のジャパンカップ、どうしても勝たねばならない。エルに宣言した時は知らなかったが、今年の凱旋門賞ウマ娘のモンジューがジャパンカップに出走することが決定した。

 間違いなく彼が最強を示すのに絶好の機会である。

 無論日本と海外では条件の異なることぐらい、ヒノマルは理解している。

だがエルコンドルパサーを下した相手をこの手で差すことができれば。

 自分が一歩でも最強になれば、再びエルが羽ばたくようになれば。

 

「最後に俺を超えろ、エル。俺は最強が見たい」

 

 もう二度とは、あんなに自分に失望したエルを見たくはないのだ。

 

◆◆◆

 

 薄い雲がまばらに巻かれた空は太陽が隠れていて涼しい印象だった。

 木場はチーム部屋にエル以外のメンバーを集めた。

 

「作戦会議だ。マイルとはいえ東京経験豊富なエレジーはどう思う?」

「今回は前走より距離400伸びる。それに東京の直線は長い。後方からでも悪くない」

 

 今年のJPWを完走したエレジーはレースの特徴から後方でもいいと判断した。

 しかしそれは出走する本人から却下された。

 

「やっぱりやめとくべきだ。スペも出走するらしいが……おそらくはダービーと似たようにくるなら後方からだ。末脚勝負なら俺は負ける」

 

 それならば余裕をもって先方から押し切ったほうが勝算は上がる。

 

「まあそうなるだろ。ところで、ヒノマル。無論勝ちに行くが、個人的に誰が勝つと思う」

「それはもちろん、スペシャルウィークだ」

 

 その結果は未来を見たこととは関係ない。ある意味願いでもあった。

 自分を打ち負かすなら友達や見知った中の者がいい。

 それに同期の強さは同世代で同じレースを走った彼がわかっている。

 

「んじゃ、ジャパンカップ……勝ちにいくぞ!」

 

◆◆◆

 

 秋晴れという言葉が似合っていた。海外の強豪たちを屈服させることができるのか。かつての日本のウマ娘に与えられたのはその疑問だった。確かに昔は海外のウマ娘のほうが強かった

 だが今や日本のウマ娘はこのレースで三着までを独占するまでもある。

 勝てる。日本のも強い。

 ヒノマルとスペは地下バ道でターフを見つめていた。

 

「懐かしい。ここで俺はお前にこっぴどく負けた」

「でも、あのときよりもヒノマル君は強くなってますよ」

「ありがとう」

 

 もう一度、あの時と同じ条件。これはリベンジでもあるのか。ヒノマルはそれに気づきニヤリと笑う。

 

「俺は今日、エルのために最強になるつもりだ。けどあの時取れなかったダービーの借り。返させてもらう!」

「私も負けるつもりはありません!」

 

 ファンファーレが鳴り響く。

今日こそ勝利を。

 逸る胸に手を当てて深呼吸をする。ここで彼は最強を目指す。

 

 ゲートが開いた。

 今回の枠は残念ながら外の七枠。幸い完全に大外とはいかなかったのでまだ安心できた。無論不利が覆るわけではない。やはりスタートの反応が悪いヒノマルは前につくために外のポジションについてしまう。

 本来ならば、スタミナの心配をするものだが、ここは天皇賞・春の勝者としてのプライドもある。こんなところで沈んでやるつもりなど、ヒノマルには毛頭ない。

 現在スペとモンジューは後方にいる。彼の予想通り差し足で勝負するのが見えた。

 ヒノマルが勝つにはその後脚に捕まらないことである。ヒノマルは心音を加速させながら相手の仕掛けるタイミングをうかがっていた。

 

◆◆◆

 

 スタンド席の最前線、そこにはタキオンとエレジーの2人が四コーナーの先にいた。

 

「ここを通る時点でヒノマル君がどれだけ差をつけているか……見物だねぇ」

「ああ。是非とも彼には勝ってほしい」

「それにしても、羨ましいね。私も……もう一度ぐらい」

 

 タキオンの中の後悔。脚が痛むのはその傷だけが原因ではない。

 エレジーは彼女が誰よりも走ることが好きなのは知っている。だから、他者からそれが失われてはいけないとこのチームで木場の手助けをしていることを知っている。

 そして長らく走っていないことも知っている。同じチームで木場の次に見てきたつもりだ。

 彼女は怪我が再び痛むのを恐れている。軽くなら走れたとしてもまた、あの痛みは壮絶だったはず。エレジーはそう推し量っていた。

 

「今度、走ってみようか」

 

 だがしかしヒノマルの走りはそれを払拭した。

 エレジーは驚きとともに柔和な笑みを浮かべた

 

「ああ。そうしよう。きっとまた、そうしよう」

 

 さて、ここにいない木場であるが、彼は東京レース場の通路であるウマ娘を待っていた。

 もちろんエルコンドルパサーである。既にその通路の曲がり角に彼女は来ていたが仁王立ちで待っている木場に向かうことができなかった。

 

「やっぱり、帰ろう」

「あ? そりゃひどすぎじゃね」

「キャッ!!!?」

 

 踵をかえした瞬間に声をかけられた。

 すぐに振り向くと目を細めた木場がガンを飛ばしてくる。エルは今すぐにでも逃げたかった。だが。さっきに木場の一言が深く突き刺さり射止めていた。

 

「もうスタートした。行くぞ!」

「ま、待ってクダサイ! アタシが行くなんて……」

「ヒノマルの迷惑とか思うなよ。あいつはお前のために走ってる」

 

 木場はエルの手を引きながら小走りでスタンドに向かった。

 

「あいつも、俺と同じだ。また最強を見たいんだとよ」

「でも──ッ」

 

 彼はその眼力でエルの口を閉じた。このまま水掛け論を繰り広げてはならない。

 

「いいか? ヒノマルはお前に今日を見てもらうために走ってんだ。俺はトレーナーとしてあいつの願いを叶える義務がある。そんでもって、エルはヒノマルの努力を否定したいか? とにかく何が何でも見に来てもらう」

 

 スタンドに出ると既に先頭は大欅を超えていた。スペシャルウィークとモンジューは中段に上がっており、既に差しの体勢は決まっていた。

 その前でヒノマルは懸命に走っていた。同じくペースを上げており六〇〇を切るころには既に先頭にまで到達した。

 

「ここから!」

「さらに!」

「俺/僕は加速する!!」

 

 ヒノマルの魂の絶叫がレースの轟音に勝る。領域に達したヒノマルはさらにスピードを上げて坂を登る。

 心臓、肺、脚。彼の走るためのことごとくが悲鳴をキリキリ鳴らす。

「それでも」と、心の底から力を込める。

 今の彼にはゴールしか見えていなかった。

 

 だがその後ろからさらに轟音を上げて迫る二つの輝きをヒノマルは察した、察してしまった。

 

「私が勝つんだぁぁああ!!」

「La victoire est à moi !!」

 

 追いかけてくるはまさに二つの流星。その速度はとどまることを知らずに、ただまっすぐとヒノマルを捕らえようとしてくる。

 さらに逆風がヒノマルに吹き付ける。

 

「いっ!?」

 

 いくら火事場の馬鹿力が出ても、いくら想いを叫んでも前半にロスした分の代償は襲ってくる。彼の視界がどんどんと、狭くなる。聞こえるのはただ迫ってくる、己を追い詰める足音だけである。

 既にセンジンヒノマルは限界であった。

 

「がんばれ!」

「負けるな」

「君はまだ!」

「走れる!」

 

 ふと声が聞こえた。聞き覚えのある応援の声。

 その方向を見ればチームのみんなが見えた。その中にはエルの姿も見えた。

 

「そうか……来てくれたんだな」

 

 今はその事実だけで満足だった。

 ヒノマルは真正面を見た。後ろの足音ももう気にしなかった。

 彼はとにかくゴールすることだけを考えて脚を前に進めた。

 

『スペシャルウィーク一着! 懸命な粘りを見せたセンジンヒノマルは二着!』

 

 いつのまにかゴール板を横切っていた。彼は速度を落として掲示板を見つめる。

 一着にはスペシャルウィークの番号。次に自分の番号であった。

 大量に汗を流した肌に吹く風は冷たくも心地よかった。ヒノマルは汗を拭うと振り返り、観客席の、チームのメンバーがいた方向に「ありがとう」と、口を開いた。

 聞こえてはいないだろう。だがきっと伝わっている。その確信があったのだ。

 

 勝者ではない彼は地下バ道で歩く中、脚に触れる。今日でかなり疲労が溜まってパンパンになっている。しかししっかりと地を踏みしめて揺るがない。

 

「もう一戦、行くしかないな」

 

 彼は日本一にも、世界最強でもない。ゆえに挑戦をやめない、諦めない。

 既に目標は決まっている。

 

「有マ記念、待っていろ」




次回、45Rにてこのお話を最終回とさせてもらいます!
ぜひ最後までお付き合いください!
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