今回はヒノマルの過去についてちょっと触れています。
ついにこの日が来た。ヒノマルたちは学年を一つ上に上げて桜は散り,新緑の若葉が萌える季節となった。
年越しの日,ヒノマルの今年の方式として夏にデビューすることになった。理由としてはチームメンバー以外のウマ娘のいるレースに慣れてほしいこと,そしてヒノマルが顔を出しながら外を出歩けるようにするためだった。自由に外に出歩けないことがいったいどれ程のストレスになるかは計り知れない。それはどこかに閉じこもるとこに慣れているヒノマルも例外ではない。昔とは違い外がどんなところかを知ってしまったのだ。そろそろ自由になりたかった。
「おまえがトレセンに来てどんくらいだ」
「確か,夏ぐらいだ」
「なるほど,それじゃ約一年か……よく,ここまで耐えた」
木場は天井を見上げた。この緊張感は久々だった。デビューする時のこれはGⅠに出る時とはまた違う,未来に対する漠然とした緊張があるのだ
「はっきり言って,我ながら,バカかと言いたくなるような作戦だと思ってる。もし勝てたら,美味いたこ焼きでも食おうぜ」
「ああ,任せろ」
ヒノマルはゆっくりと先へ進んだ。
◆◆◆
『やや曇り気味の空の下,阪神競馬場ではデビュー戦とは思えないほど人が集まってます』
──なんたって男のウマ娘なんて出るらしいよ
──本当かよ!
今日は一段と外野の声が耳障りだった。木場はそれを心配しつつも信じることだけをした。ただ真っ直ぐゲートを見つめていた。
『各ウマ娘,ゲートに入り……スタートいたしました!』
まずまず揃ったスタート。ヒノマルは後方二番手の位置についた。
ジュニア級メイクデビュー,阪神2000m。最後の直線に坂があるのが特徴だ。そして今日のバ場は稍重。特に内側が荒れていた。
──焦るな,俺はもう少しだけ待てばいい
第二コーナーを回って向正面,そろそろ直線に差し掛かってきたというところで
『あぁっと、センジンヒノマル,ここから動き出すか!?』
ここでじわじわと加速する。これは木場が伝えた作戦通りだった。
「ヒノマル,仕掛けどころは向正面に入ったらすぐだ」
「流石に早すぎないか?」
「いいや,むしろおまえが遅いからな」
「なに?」
「いつかのトレーニングのときにエルに一回勝っただろ?あん時のおまえはかなり綺麗だった。そしておまえので過去のデータを照らし合わせてわかったことがある。おまえはスタミナがそこらのウマ娘より多い,しかし!いかんせんスパートに入るまでに時間がかかる。そこでだが,デビューの時は──」
「早めのスパートで体に熱を込めてやる!」
じわじわとした加速が効いているのだろう。周りも少しずつ焦りが見えてきた。そして活路はすぐそこにあったりする
『第三コーナーに差し掛かります!センジンヒノマル,このまま体力が持つのでしょうか』
もつに決まっているだろう。それを示すかのようにヒノマルは笑顔を見せた。
ヒノマルは隙間を見つけ,コーナーの,敢えて荒れた内側についた。彼にはコーナーリングには今ここにいる誰よりも自信があった。
「エレジー先輩。コーナーリングについて教えてください」
「んんん!?」
エレジーは身体能力の低い変異種としてとある宿命を背負ってしまった。それは第三コーナーが曲がれないことであった。だからヒノマルが助言を求めることが不思議でならなかった。
「知ってます。だから聞いているんです。曲がれない先輩だからこそ,コーナーについては何か対策を重ねてきたはずです」
エレジーはその勢いに負けてしこたま教えることにした。
──まず,入り方から大事だ。少し外気味から直線に近くする事で遠心力を緩和し,体はベストな角度で傾ける!
その速度に緩みなどない
──そうすればスピードを保ったまま,むしろ加速しながら内側を回れる!
その速度はついに最高まで高まった。あとは目の前の坂を駆け上るだけだ。あと少しだけ,ほんの少しでも変わらなし脚を。
『センジンヒノマル,ここで内側から踊り出た!脚色は衰えない!』
脚が少し痛くても関係なかった。また一人,もう一人と全てを振り切る感覚に酔えば、前には誰もいなかった。
『センジンヒノマル!バテる様子もなくごぼう抜き!二バ身以上の差をつけてゴールイン!』
仁川の舞台で雄叫びが上がる。今感じ取れるのだ。自分の鼓動が,称賛の声が,そして駆け寄るトレーナーの足音が。
「よくやったなこのヤロー!全く最高じゃねぇかよ,このこのー」
思わず木場は全力のハグを仕掛けた。ヒノマルはそれをどつき返したが顔は綻んでいた。
◆◆◆
現在ヒノマルはライブを終えてトレセンに戻っている途中だった。駅に向かうバスの中で木場は肩を震わせていた。
「しかし,こりゃ笑いもんだな」
「うるさい!俺だって好きできたわけじゃない!」
「まあまあ落ち着けって」
口論の材料になっているのはネット上がった一枚の写真ないし動画。ヒノマルが例の汎用ライブ服で踊っているものだった。幸いにもヒノマルはまだ完全な成長期がまだであり中性的な美形になってはいたのだが,ヒノマル用に作ってくれと頼まれていた服が着ていなかった。
「悪い悪い。いや、ちょっ,待て痛い!」
原因は木場がすっかり注文をするのを忘れていたからだ。とはいえデザインやスリーサイズは申告済なので次のレースまでには間に合う予定だ。どうあがいても木場が黒なので予定した量よりも多くのたこ焼きを奢らされてしまったのだった。
「まあでもこれから大事な予定があるだろ。だからほんとに,落ち着いてください」
「……ああ,わかった」
ヒノマルは返事をするとさっきまでの勢いはどこへやら,すっかりしょぼくれてしまった。
今の空は小雨が降っていた。木場はレースの後で良かったと胸を下ろしていた。
関東某所,ヒノマル達は一つの墓前の前にだった。ヒノマルの顔は見えなかったがフードを深く被り,肩を震わせていた。
「父さん,母さん。俺だけど勝ったよ。こうやって前に立てるくらい大きくなったよ」
言葉をポツリポツリと漏らしていく。木場は傘をひろげた。雨脚がどんどん強くなり、視界は悪くなる。
「聞いてよ,俺に友達ができたんだ。先輩だってできたんだ。みんないい人だよ……
生まれてきたあの日から、迷惑ばっかりかけちゃったよね。母さんは俺を産んで亡くなって父さんは疲させたんだよな。だから,俺のせいだよね,俺がこんなやつだからだよね。みんなにもたくさんの人にも迷惑かけて不便な思いさせて。帰る家も,この傷も、全部俺が……本当に、ごめん。生まれてきて──」
「ッふざけんなよ,それ以上言うな」
木場の怒号があたりに轟く。
「でも,『ありがとう』。」
ひとりの懺悔が雨にかき消される。暗い暗い重たいものだ。今でも自分を引きずる,両親を奪った罪悪感にヒノマルは押し潰される。どれだけ濡れてもそこから立ち上がることはなかった。木場はその様子に先ほどの行為を悔やみ,申し訳なくなった。
「なあ,ヒノマル。今からおまえは俺をぶん殴って構わないからな」
突然木場は頓珍漢なことを言う。だがその声は刃のように鋭かった。
「おまえよぉ,俺にあった時は生きたいとかほざいたのに何自分の道を否定してんだよ。そもそも,おまえが産まれたことでご両親に迷惑しかかけてないとか思ってんのか」
そう言うと木場は懐から一枚の写真を取り出し,ヒノマルに差し出した。受け取った写真にには病室にいる三人の家族が写っていた。
「勝手に過去を詮索して悪かった。こいつはおまえを預かっていた所長から拝借したものだ。そこには何が写っているんだ」
写真には両親らしき人とウマ娘が大粒の涙を流しながらも笑顔だった。そして抱き抱えられている,産声を上げる赤子は男ながらヒトとは形状の違う耳をしていた。
「これを撮った数時間後,母体は意識が急変し容態は最悪。少しもしないうちに他界された」
「もうやめてくれ」
ヒノマルの声は弱々しく,止めるには不十分すぎた。
「確かにおまえは親を殺したかもしれない。」
「やめろって言ってるだろ!」
ヒノマルの拳はヒトの拳より痛かった。でも力が全く入っていなかった。痛くなったのは体じゃなかった。
「でもよ,そこにあるのは迷惑を感じている顔か!?それでもおまえは今まで迷惑かけてばっかりだと言いたいのか,それは俺たちにもか!!」
何かが外れる音がした。ヒノマルは依然肩を震わせていた。でもそれは墓前の前のとは違っていた。
「……な……いだろう」
「なんだって」
「そんなわけないだろう!むしろ,俺が,迷惑かかってるだろ、」
ヒノマルはまたもやフードを被り直した。そして一歩と,また一歩と歩み寄っていく。その度に思いものは外れていた。
ずっと悩んでいた。生きたいと思ってからもずっと奥底に引っ張られていた。幸せになっていいのだろうか、結局みんなに迷惑かけてないかって。でもそんなことはなかった。
ヒノマルは木場の胸に収まった。
「ヒノマル,好きなだけ泣けばいい。夢はまだ始まったばかりだ。夢への道の中で過去を見ればいいし,好きなだけ後悔しろ,否定しろ。だけどな,産まれたことだけは絶対にそうするな。俺たちはおまえがいないと悲しくなる。」
ヒノマルはわんわん泣いた。無様に鼻水を垂れ,涙で目を腫らしても気にしなかった。木場もどれだけ服を汚されてもそのままでヒノマルの方に傘を持ってきた。
「最後にな,ヒノマル。『パーチ』にどんな意味があるか知ってるか。『止まり木』って意味なんだ。おまえは帰る家がないとかあったな。だったら俺たちのところへ帰ってこい。俺のチームはそうやっておまえの帰りを信じてやる」
空気が冷たくても傘の中は中は暖かかった。そうして,ヒノマルは重たいものを『過去』にすることがやっとできたのだった。
よければ感想お願いします。
設定の方では適性の方が判明します。