パイロットの横たわる医務室で経過観察を行う自称学者だったが、間もなく暫定大統領から呼び出しがかかる。今回は官邸でなく、自宅のあるマンションで。
「冴えない学者に何の用ですか?」
自嘲気味に、吐き捨てるように発言するのは自称学者。
「何をおっしゃる、あんな巨人を前に冷静でいられるなんて並大抵の士官ではできませんよ。」
実際のところエルンストの言う通り、少なくともヴァナルガンドで同席していた操縦手が震えあがっていたのは自称学者の記憶に新しい。
「それで、今回は例の『ガンダム』の件ですか?」
「その前に、パイロットの様子は?」
自称学者は深呼吸をする。つい先ほどまで穏やかな表情だったエルンストの表情は一気に険しくなった。
「長くはもちそうにありません。彼は重度の薬漬け状態にすることで戦闘能力を強化する処置がとられていたものと思われます。脳にも異常があることから、依存性も極めて強かったかと。」
エルンストはため息をついた。
「(『コロラータ』を)人間としてみない共和国ならやりかねんでしょうな」
エルンストの独り言は自称学者にも聞こえていたが、そこは動じずそのまま続ける。
「機体データを見たのですが...機体名はレイダー、OSを見る限りあれは『地球連合軍』に所属する『大西洋連邦』の機体のようです。パイロットはBio-CPUとあった以外は経歴が全て抹消されており、生年月日すらわかりません。」
「『大西洋連邦』...共和国より悪質なにおいがしますね...」
無論、そんな国家は現存しない。もう、なくなってしまったのだ。勝つためなら、計画的に子供を戦闘狂に仕立て上げ、使い捨てにする「大西洋連邦」は。遥か昔に。
「それで、レイダーでしたか。」
「はい。」
「あの機体はどうするつもりですか?」
「制御系統がかなり複雑で、よほどの空間認知能力がないととても扱えません。ただ、エネルギー源がバッテリーなので起動ボタンを入れるだけなら造作ありません。」
「そうですか。さて、そろそろ彼らが帰ってくる頃合いですね。蒼い機体の件はまた軍本部で聞かせてもらいます。」
エルンストのこの発言を後に自称学者はソファから腰をあげる。
自称学者は首相宅を後にする。ドアを閉じて階段へ向かおうとした矢先、1人の少女と目が合った。10歳くらいだ。エルンスト宅にはそれなりの頻度で行っているが、他のメンバーとは顔を合わせたことがない。呼ばれる時は「86」のメンバーは留守になっている。
自称学者の勘は妙に鋭い。それは「勝利の女神」のこともあってのことなのだろう。
「君がフレデリカ嬢か。」
「いきなり『君』とはなんじゃ」
自称学者は降参のポーズをとる。
「そうだな、せめて先に名乗らないとな。レディーを前にこれは失礼した。」
「マフティーはどの道生贄にされるんだろうなぁって」
「その前に俺がマフティーの首をはねてくれる」
「で、私から何が見えた?」
「ケ...ケネス殿...そなたはまさか...?」
「確かにエルンストはマフティーの成功作みたいなものだ。生まれる時代が正しかったのが幸いだったな。」
ケネスはそのまま階段を降りていく。
フレデリカは口にはしなかったが、他に見えていたものがあった。
地球から緑色の光に包まれながら引き離されていく隕石が。
次回:学者生活