ドアチャイムが鳴る。ギギ・アンダルシアが自身の元を離れてからまだ時間はあまりたっていないが、勝利の女神に去られてしまってはキルケーの名が泣く。
ドアを開けると客人の第一声は...
「レーン・エイム中尉、参上しました!」
「昇格したみたいだな、おめでとう。」
「ありがたきお言葉!」
「そう硬くなるな、それに、客人は中尉殿だ。さ、あがってくれ。」
レーンはケネスに案内されてリビングに腰掛ける。机上にはハサウェイの遺影があった。レーンの目線が遺影に向かっていたことに気が付いたケネス。
「みっともない指揮官だよな、敵、それもテロリストに未練を持つなんざさ。」
「未練といえば自分も人のことをいえませんがね。実力で勝てなかったのですから。」
2人はしばらくハサウェイの遺影をはさんで紅茶を片手に談笑した。最初はキンバレーの悪口で盛り上がったが、一段落するとレーンの表情は硬くなった。
「それで、いきなりおしかけてきたからには何かあったということだろうな?」
「連邦軍内部に不穏な動きがあります。」
「不穏な動き?軍を降りた俺にも関係があるというのか?」
「気を付けた方がいいということです。」
「そうか、こりゃまいったな。」
この会話から1週間後、ケネスは何者かに拉致され、意識が戻ることはなかった。あの日まで。
星暦2145年、ギアーデ帝国が滅亡し、連邦制が本格的に確立した年に領内で1つの冷凍カプセルが発見された。カプセルには「A.E N.T.W Project」と記載されていた。その文字の下にはさらに細かく、こう書かれていた。
Anaheim Electronics New Type Watchmen Project U.C 107
ケネスはそのカプセルの中でコールドスリープ状態になっていたところを発見された。よりにもよって暫定大統領のエルンスト本人によって。
エルンストが話すところによれば、カプセルに触れたとたんに自動解凍を始めたという。その2日後にケネスはろくでなしの新時代の中で目覚めの悪い朝を迎えた。エルンストの妙に穏やかな視線を浴びながら。
「なにも拉致するのに瀕死にすることはないんじゃ...あ...」
「歴史書で時々言及されだけの時代の遺物を掘り当てたかと思えばまさかの生き証人なんて、さすがに目を疑いましたよ。初めまして、エルンスト・ツィマーマンと申します。」
信じたくはなかったがエルンストが色々と資料提供してくれたことで、確かに違う時代で目覚めたこと、そして見事にアナハイムのモルモットになったことを思い知った。そして人類をすりつぶしているレギオンの存在には頭痛薬がいくつあっても足りない。
が、同時にエルンストという男から妙な懐かしさを感じた。自身がかつて銃弾を放ったマフティー・ナビーユ・エリン、いや、ハサウェイ・ノアのようなにおいを感じる。そしてこの男は見事に体制をひっくり返して見せた。
(初対面がハウンゼンじゃなかったのが幸いだな...)
「はぁ、生きるって辛いですね...」
「生きることが許されなかった者からすればそれは贅沢な悩みですよ。」
「はぁ、返す言葉もありませんね..」
それにしてもエルンストは本当にお節介な男である。国家元首の仕事が山積みな中でケネスがこのろくでもない新時代に適合するための「ライフプラン」まで計画していたのである。それもケネスが目覚めるまでの間に。
とはいえ、結局妙案を出したのはケネスの方だった。ケネス本人もまさか「生涯学習」という言葉を使うことになるとは思わなかっただろう。無論、さっさと解決してプライバシーを確保してまた隠居生活を続けたいという思惑もあったのだが。
かくして、ケネスは帝国大学から再編成された国立連邦大学にエルンストの財布で入学。レギオンに対抗するための手段を検討する一環としての「古代兵器」の研究もこの過程で任されたのだった。おかげさまで給料まで手に入る。
「0083のガンダム開発計画ねぇ、なんで『ありもしなかった』ものがきれいに残ってるのかねぇ...」
不正に保存された機密資料のおかげでケネスの「研究」が捗っている側面もあるが、この新時代の戦争を見る限り、彼の「研究」がとても役に立つとは思えなかった。
「しっかし、あんなうじゃうじゃいる蜘蛛みたいな戦車をモビルスーツで各個撃破するのはいくらなんでも無理がありすぎるな...ハイパーメガバズーカランチャーは...被害が上回るからダメか...」
とはいいつつ、隠居生活が一通りできていることに対して満足はしていた。費用はエルンストがなんとかしてくれるし、時々大学の食堂に忍び込んでいるところを捕まえて昼食することもあった。やはり話し相手がいるのといないのとでは訳が違う。
「2度にわたる文明崩壊と軍事に関する研究」
星暦2147年、ケネスはこの題目で論文を提出し、古代兵器学者として正式にエルンスト政権のアドバイザーの一翼となった。
図らずもアナハイムの新人類監視計画が2度の文明崩壊を越えて動き出した瞬間だった。
共和国86区からの亡命者がやってきたのはそれから1年後のことであった。ケネスは直に会うことはなかったし、ましてやエルンストが養っているフレデリカにも直に会ったことはない。
しかし悲しいかな、特定の技能に優れていたり、異能持ちの新人類が珍しくなくなったこの新時代においてもケネスには何もいい方向に変わったとは思えなかった。
特に「共和国」は命令であった以上仕方がなく守っていた連邦の無能な閣僚を思い出させるようで、吐き気すら感じた。
「全く、マフティーの名の下に粛清されても知らないぞ?」
独り言を言いながら、今度は「G計画」の資料を暇つぶしに読み漁る。まさかこの新時代で最初に出会うモビルスーツがこの類だと、誰が思っただろうか。
次回:若き共和国士官