メリークリスマス!
音も無く降り続ける雪を頭から払い除けつつ、商店街を往く
栗東寮でのクリスマスパーティーの買い出しを済ませて帰る道のりでの事で、こういった催し物にあまり積極的でない彼女がこの仕事を買って出たのは、同寮であるウイニングチケットから姿をくらませるためである。
せっかく出てきたけどこれなら寒くない分、寮で準備手伝ってた方がマシだったかも。
彼女は心中でそうぼやいた。サンタのコスプレをしたバイトが配るチラシや呼び込みに、首を竦めて目で断るのは何度目だろうか。
イルミネーションが煌めき、スピーカーからは景気の良い鈴の音が響き渡る。ちらつく細雪さえ溶かしてしまいそうな活気溢れる様子は、正しく書き入れ時と言うのに相応しい。
この時期は両親も特に忙しそうにしていたのをよく覚えている。花屋だから仕方ないとはいえ、夜遅くまで働く二人の後ろ姿に寂しさを感じていた。そう懐かしさに浸りながら歩く内に、ある疑問が湧いてきた。
「いつから嫌いじゃなくなったんだっけ」
煩くて、皆浮かれてて、独りぼっちで。昔はこの時期が嫌いだったのに、いつからだっただろうか。
まあ良いか、と思えるようになったのは。
そんな事をぼんやり考えていたからか、近くの店から出てきた相手とぶつかりそうになる。口の中でもごもごと謝罪の言葉を述べて、その場を後にしようとした時。
「いやいやこちらこそ余所見してて……あれ?」
いつものエプロンではなく、ダッフルコートに身を包んだマスターがそこに居た。
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「コロッケ買ったんだけど一つどう? 美味しいよ」
何とはなしに言葉もなく一緒に歩いていたが沈黙に耐えかねたのか、そう言って彼は紙袋から油紙に包まれたコロッケを取り出した。揚げたてである事を示すように白い湯気が立ち昇り、香ばしい匂いが辺りを満たす。
冷え切った空きっ腹の身体が思わずごくりと喉を鳴らすのを聞くと、店主は笑いながら彼女の荷物を半分持った。空いた手にコロッケを握らせて「クリスマスプレゼント」と冗談めかして呟く。
「パーティーか何かの買い出しって所でしょ? どうせ学園近くまで帰り道同じだし」
「……まあ、そうだけど」
クラスメイトと学外で出くわしたような、何とも言えないこそばゆさを感じていた。
「今日はもう店閉めたの?」
「いや、せっかくのクリスマスだからランチは早めに店仕舞い。夜からはバータイムにしようと思ってて、それまでの腹拵えにちょっとね」
紙袋を揺する彼の仕草で、ようやく自分が食べているコロッケが彼の夕飯である事に気付く。もう既にぺろりと平らげてしまったそれと、店主の顔をタイシンが見比べていると可笑しそうに彼は笑った。
「別に一つくらいどうって事ない、それに最近は揚げ物が少しきつくなってきてさ」
戯けたその様子に何処か安心感を覚えながら商店街を抜ける。ただそれだけで、まるで別世界に迷い込んだように辺りが静まり返った。少しだけ心細くて、コートの裾を掴んだ。
「昔はクリスマスって好きじゃなかったんだけど」
何となくぽつりと洩らす。問い掛けですらない、独り言にも似たそれに顔を向ける事もなく店主は問い返す。
「今は好き?」
「ん……好きって訳じゃないけど、別に嫌いでもない。そんな感じ、騒がしいのは苦手だけどイルミネーションとか綺麗だし」
店の近くにエベレストができてからは、クリスマスはいつもそこで過ごしていた。簡素ではあったものの、飾り付けられた店内でチキンやケーキを常連達と食べるようになって少しは寂しさが紛れた。
「じゃ、許せるようになったって訳だね」
「許すって、何を」
ふと彼の方を向くと、難しそうに顎に手を添えて考え込んでいる。それに気付いたのか、タイシンを見て軽く微笑んだ。
「好きじゃなかった物を許せるようになる。それって凄く素敵な事だと僕は思うな」
「そう?」
「そんなもんだよ、案外。何かを嫌いになるより、好きになる方が余程簡単だからさ」
そう言われて気付いた。
どれだけ忙しそうにしていても、クリスマスの朝には枕元にプレゼントが置いてあった。
カウンターに座ってケーキを食べていると、忙しい店番の間隙を縫うようにして迎えに来た。
ああ、アタシは自分で思うよりもずっと。愛されてきたのだ。
独りぼっちのクリスマスを過ごしていたあの頃の寂しさを、今なら許せるような気がした。
それからは毒にも薬にもならない世間話をぽつりぽつりとしながら、ゆっくりと歩く。クリスマスにしては珍しい穏やかな時間に、名残惜しさすら覚え始めながら。
もう少しで学園に着く、という少し手前で店主は足を止める。信号を隔てた先には両手をぶんぶんと振るチケットの姿があった。
「じゃ、この辺りで失礼しようかな。まだまだ寒いけれど身体に気を付けて」
「はいはい、コロッケご馳走様」
信号が青に変わるまでの短い間、辺りを沈黙が満たす。雪が降り積もる音さえ聴き取れるような静寂が、不思議にも心地良くて目を閉じる。
「ああ、そう言えば忘れてた」
その声で目を開くと、青信号が点滅し始めていた。後ろから「メリークリスマス!」と声をかける彼に投げ耳で軽く応えながら、横断歩道を渡る。飛び付いてくるチケットをいなして振り返った時には、もうそこには店主の姿はなかった。
案外悪くない響きだと、彼女は自分でも意外ながらそう思った。これが許せるようになった、という事なのだろうか。
ふと思い立って口ずさむようにその言葉を呟いてみる。
「えっ、タイシン今何か言った?」
「何も言ってないし、っていうかアンタ鼻水出てる。バカっぽい」
「えー!? タイシンが遅いから心配して待ってたのにさー! 酷くない!?」
苛立つ事は星の数ほどあって、歳を重ねる度にそれは増えていくのかもしれない。でもそれ以上に、何かを許せていくのだとしたら。
それは確かに素敵な事かもしれない。
そんな事を考えながら寮へと足を進める。柔らかな月の光を照り返す淡雪に目を細めて。
こんな感じで数ヶ月に一回程度掌編を放り込みたいなと思っているんですが
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いいよ!
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完結してるんだから大人しくしてろ