【完結】君に捧げる十二の料理   作:しゅないだー

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#6 ハッピーバースデーとケーク・サレ

 

 誕生日なんかどうでも良かった。

 どちらかと言えばいつも忙しい両親が、この日はアタシのために何とか時間を作ろうとするのを見る度に居心地が悪くて。

 別に祝ってほしくなんかない。だって祝われるような事なんか何もないんだから、まだ何もできてないんだから。

 そんな強迫観念もトレセン学園に来てからは少しだけ……マシになったかもしれない。

 少なくとも「おめでとう」に対して慣れなくても「ありがとう」と返せるようにはなった。

 

 

「タイシンちゃん、お誕生日おめでとうございます〜」

「……ありがと、クリークさん」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら同居人に挨拶を返す。6月10日、そう言えば今日はアタシの誕生日だったっけ。

 はいプレゼント、と渡されたのは少し値の張る尻尾用のトリートメントだった。普段であれば使う事のないそれをしげしげと眺めると、何だか勿体なくて机の一角にそっと飾る。

 その後はいつも通り朝の支度をしながら日課のソシャゲのログインに勤しむ。無機質な祝福も十を超える頃には少々うんざりとしていた。別に誕生日だからって何も変わる訳じゃない。見知った顔にお祝いの言葉をかけられて、たまにプレゼントを渡されて、それだけ。

 

「タイシーン、お誕生日おめでとうー!!」

「おめでとうタイシン、今後もよろしく」

「……あ、ありがと」

 

 意外だったのはハヤヒデとチケット、この二人はまず間違いなく一番にやってきてプレゼントを押し付けてくると思ってた。それが何だか朝からどうもアタシを避けるような、流石に顔を突き合わせたらお祝いくらいは言ってきたけど。

 まあ所詮こんなもんでしょ、授業を終えて小石を蹴り蹴りトレーニングに向かう。アタシ達はライバルで、ただ仲良しこよししてる連中とは違う。

 トレーナーが来る前にいつものウォーミングアップを済ませて待つ。軽く流しながら暑っ苦しいアイツがどんな絡み方をしてくるか考える。時間が心なしかいつもよりずっと早く過ぎたような気がした。

 

「あ、お誕生日おめでとうタイシン! じゃあ今日も始めよっか」

「……」

 

 あっさりとしているトレーナーに仏頂面を返す。別に期待してる訳じゃないし、そもそも祝われたってどうって事ないし。

 ただ思っていたよりも軽い反応にこう……面食らってるだけ。

 

 何故かもやもやとする胸の内を掻き消すように、いつも以上にトレーニングに熱が入った。ノルマを終える頃には橙と藍の混ざった空に、仄かに星が瞬き始めていた。

 水分補給しながらゆっくりと身体の熱を冷ましていると、トレーナーがいそいそと近付いてくる。何だか癪なのでぷいと顔を逸らすと、いきなり肩を掴まれた。

 

「さていい感じの時間になってきたし。タイシン!」

「……何? いちいち大声出さなくても聞こえてるし」

「ご飯行くよ! 大丈夫、多少遅くなるかもって外出許可は取ってあるから!!」

「は?」

 

 拐われるように電車に揺られて数十分。馴染み深い道をトレーナーと歩いている間も、多分アタシの口はずっとぽかんと開いていたと思う。

 

『本日、〇〇時から貸切』と店先の立看板に書かれているのを見て頭を抱える。

 

「……バッカじゃないの!?」

 

 ガラス扉の向こうで、マスターが微笑んで手を振っていた。何故か一緒にチケットとハヤヒデもにこにこと手を振っている。

 ようやく合点がいったアタシは怒る事も、笑う事もできずに何とも言えない表情で店に入っていくしかなかった。隣で『サプライズ大成功!!』と書かれた旗をひらひらさせてピースしているトレーナーの脛を蹴っ飛ばしながら。

 

 ─────────────────────────────────

 

「タイシイイイイン!! 昼間はごめんねえええ、サプライズって言われてたから顔合わせるとバレちゃいそうだったんだよおおお!!!」

「なかなか私達も名演技だっただろう?」

「全然、バレバレだし」

 

 話を聞くにはトレーナーが主体になって今回のサプライズパーティーを計画したらしい。アタシは人が嫌いだろうから貸切にできる場所で、食事の量もそれなりに調節できて、そもそもご飯が美味しくないと嫌。

 そんな条件を満たす店をトレーナーとチケット達が頭を突き合わせて探していると。

 

ここ(エベレスト)で良いんじゃない? って決まったわけ」

 

 トレーナーのドヤ顔がどうにもムカついてデコピンを食らわせていると、突然店の照明が消える。驚いて辺りを見回すと、店内の奥でぽっと灯りが点った。それを持ってマスターがカウンターから出てくる。

 

「ハッピーバースデー。さ、蝋燭吹いて」

 

 大皿に盛られたケーキのような料理には火のついた幾本かの蝋燭が立てられていた。アタシを囲んでうずうずとしている三人の圧に負けて不承不承吹き消す。何だか子供の頃に戻ったみたいだった。

 

「お待たせしました、ケーク・サレです」

「ケーク・サレ……確かフランス料理の一種ですね」

 

 ハヤヒデの言葉に物知りだねえ、とマスターが照明を付けながら感心したように頷く。

 

「正解! 君達は門限もあるし、ご飯もケーキも美味しいけどどっちも食べてたら時間なんてすぐなくなっちゃうからね。ケーク・サレはその良いとこ取りです、ご飯になるケーキ」

「薄力粉に卵やオリーブオイル、ベーキングパウダーを合わせて具と一緒に焼くだけで作れる優れ物でもあるんだよ」

 

 今日の具は玉ねぎにほうれん草とベーコンって所かな、と言いながらマスターが人数分に切り分ける。ふわふわとしたスポンジはフォークを当てると、本当にケーキのように軽い弾力で押し返してくる。

 一口含むとまったりとしたスポンジに塩味の利いたベーコンがよく合う。ほんのりと香るバジルも良いアクセントになっていた。

 

「こう……凄くお酒に合いそうですね……」

「何バカなこと言ってんの」

 

 辛抱たまらんという顔をするトレーナーの脇腹をどつく。頭は悪くないけど酒癖が良くないのが玉に瑕。

 

「おつまみとしても実際人気らしいですから。スーパーで買った安物のチリワインで良ければ一杯いかがですか」

「ぜひ!」

「ぜひじゃない!!」

「今日はもう業務終わってるから! これはプライベートだから!」

 

 アタシがトレーナーをがみがみ叱ってる間に冷蔵庫からもう一本瓶を取り出すと、マスターは手馴れた様子で栓を開けながらアタシ達のグラスに注いだ。

 

「ちょっ……! 何やって……!」

「君達にも気分だけ、はいシャンメリー」

「クリスマスに飲むやつだー!! そうそうタイシン、これプレゼントね!!」

 

 大喜びするチケット達に流されるように、あっという間に時間が過ぎていく。ワインの代わりにシャンメリー、束の間の大人の時間はまあ……悪くはなかったかも。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 結局3人からプレゼントも貰えて、まあ想定通りって所に落ち着いたと思う。トレーナーからはトレーニングの時に使ってと凝ったデザインのヘアピンを、チケットからは新発売のゲームを、ハヤヒデからはトレーニングの理論書を。

 持って帰るのも一苦労だな、とか何だとか考えていると。

 

「ねえタイシン、そろそろ私達帰るけど」

 

 トレーナーがチケットとハヤヒデの肩を抱いて思わせぶりに呟く。ちらちらと目配せしてくるのが鬱陶しい。でもあえて乗ってやる事にした。

 

「……じゃあアタシ、片付けだけ手伝って帰るから。一応世話になったし」

 

 アタシも手伝うー! と手を挙げるチケットをトレーナーとハヤヒデが引き摺りながら店を出ていくのを見ながら「別に良いのに」とマスターがアタシに呟く。

 別に勝手でしょ、そう言いながら皿を洗い始めるアタシに微笑んで彼はキッチンを掃除し始めた。

 

「なんだかこうして二人で片付けしてると昔を思い出すね」

 

 マスターがバレンタイン前に初めてエベレストにやってきた数日後の事。1000円を握り締めて店のドアを開けた時、全く片付いていない店内を見て怒りが込み上げてきたのを覚えている。

 

「全然片付いてなかったの、今考えても本当に有り得ないんだけど」

「あの頃から君をずっと頼りにしてるよ」

 

 二人で埃臭い店を片付けて同じ物を食べる、全然進歩がない自分達に何だかうんざりというか安心というか……変な感じだった。

 

「そういやこれ、僕からのプレゼント。貰っても困るかもしれないけど」

 

 そう言ってマスターが手渡してきたのは少し色のくすんだ一冊の大学ノート。中を開いてみると几帳面な字でページの端々まで何か書き込まれていた。これは……料理のレシピ? いくつかは丁寧に図解までされている。

 

「僕が今まで作ってきたものをまとめたノート、レシピ本みたいなものかな。もし君がもっと忙しくなってうちに来られなくなる日が来たり、あるいは誰かに料理を作りたくなった時。君が寂しくなった時や、君の寂しさを埋める誰かができた時に感謝を伝えられるように」

 

 君は手先が器用だから多分すぐに僕より美味しく作れるよ、そうへらへら笑う顔に何だかムカッとした。

 

「……まあ一応貰っとくけど。多分使わない」

「そんな事言わずに使ってよ、せっかくあげたんだから」

「だってマスターに作ってもらう方が早いでしょ」

 

 そう言うと、本当に意外そうに彼は頬を掻いた。小石を投げ込まれた魚のように泳ぐ視線が、その動揺を物語った。それを誤魔化すように彼は冗談交じりに言葉を返す。

 

「一食1000円は学生にはお高いんじゃないのかな」

「お生憎様、アタシはこれからもっと稼ぐから」

「君みたいな太客がついてれば一生安泰かもね」

 

 こんな道楽のような営業の仕方をしていて、よく生活が成り立つものだと一度聞いてみた事がある。それにマスターはこう答えた。

 昔は結構稼いでた、とだけ。言いたくないのか言う必要がないと思っているのか知らないけど、アタシだってバカじゃない。ネットに転がる彼の経歴は華々しくて、それ以上に寂しい。人生全てを懸けて挑んできた物に、心をへし折られるのはどんな気持ちなんだろう。

 マスターがアタシを見る視線は、時折アタシに向いていない。きっと多分、その視線の先には──。

 

「……マスターはさ。もう撮らないの?」

 

 壁に掛けられた写真を指差す。名前も知らない山の頂上から見た景色。萌える緑が霧に霞む様を切り取ったその一枚は、あんまり写真には詳しくないアタシにも見事なものだって分かる。

 ああもう、気になるとか憐れむとかそんなんじゃなくて。

 ただアタシだけが応援されてるって『貸し』を作る事が気に食わないだけ。

 

「他の物を撮っても仕方ないからね」

 

 僕はあの景色が好きだったんだよ、と。何かを思い出すような、名残惜しむような言葉とは裏腹のその表情を見ると、言いたい一言がどうしても喉に引っかかって出てこなかった。

 

 アタシは嫌いじゃないけど、マスターが撮る写真。

 

「……けほ」

「風邪? 帰る時はちゃんと温かくしないと駄目だよ」

「ちょっとむせただけだし」

 

 マッチ一本火事の元、とか何とか言いながらマスターがどこからか引っ張り出してきた防寒着をアタシに着せる。防虫剤の匂いの奥に、染み付いたコーヒーの香りがした。

 

「次来るとしたら菊花賞前辺り?」

「多分、夏は合宿とかあるから」

「夏バテしないように、ちゃんとご飯食べるんだよ」

「分かってるっての」

 

 またのお越しを、そう言うマスターに耳だけで答えて店を出る。

 暗く濁った空には星も見えなかった。

 菊花賞までにきっとチケットもハヤヒデも今まで以上に仕上げてくる、今度は絶対負けられない。何だか胸の辺りに違和感を感じるのを誤魔化すように、両手いっぱいに余る贈り物を抱いて足早に寮へと急いだ。

 

 

 

 

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