懇親会の二日後、九校戦は問題なく開幕した。
実に喜ばしいことではあるが、別の問題が水面下に現れていたことを秋水は見逃さなかった。
事は昨日の深夜。時計の針が十二時を指そうとしていた頃だった。
何者かの悪意を感じ取った秋水はすぐさま「見張り」を飛ばし、対処しようかと思っていたが、その場に居合わせた幹比古と達也の手によって制圧された。あの時、幹比古が使っていた魔法は古式魔法の一種、精霊魔法。「吉田」という名字を彼が名乗っていたことから、古式魔法の大家「吉田家」の者であるのは分かっていた。それもあり、彼が精霊魔法を使うことには何の疑問も無かった。
幹比古がその場を離れてから、誰かが姿を現し、達也と話しているようだったが、深く知ろうとは思わなかった。
とはいえ、これで一件落着とは考えにくい。宿舎に向かう際に起きた事故は、故意によって引き起こされたものだと分かっていた。気になるのは、予定していた時間より遅れてバスは出発したのにも関わらず、そのことすら織り込み済みであったように、事故に見せかけた攻撃が来たことだ。だが、そのことについてはいくら悩んでも答えが見えてくることは無いだろう。
「矢幡、考え事か?」
遠くを見るような目で会場を見ている秋水に、達也は声をかけた。
初日から今の第一高校が誇る真打の一人とも言える人物の登場だ。だというのに、そのことに興味がないような目をしている生徒がいたら、どうしたのかと声をかけるのも仕方のないことだ。
達也の声に考えていたことを首を振ることで消し、苦笑を浮かべて返す。
「まあ、そんなところかな」
曖昧な返しだったが、突っ込むほどのものではないと判断した達也は、これ以上の追及はしなかった。
スピード・シューティングは真由美が出場する競技だ。真由美以外にエントリーしている生徒はいるのだが、注目はどうしても真由美に向いてしまう。そのため、同時に使われるシューティングレンジが四つあるのだが、真由美の姿を見ようと第一レンジに多くの少年少女たちが押しかけていた。
秋水たちは一般用の観客席、それも少し後ろ側の席に陣取る。後ろ側の方が、全体を俯瞰することができるからだ。
「エルフィン・スナイパー……そう呼称したくなるのは、分からなくはないけどね」
「本人は嫌っているようだから、それを会長の前で口にするのは控えた方がいいだろう」
エルフィン・スナイパーとは真由美のファンが勝手につけた異名だ。由来は彼女の容姿から来ているとのことだ。もっとも、本人はその名を嫌っているようだが。
達也の忠告に言葉は返さないものの、それを本人の前で言おうなどとは思わない。
途中、美月が気になることを漏らしていたが、エリカと深雪が反応している間に、開始の合図が鳴ろうとしていた。
「始まるぞ」
達也の一言で、美月は口を閉ざす。
会場もまた静寂に包まれ、開始の合図を待っていた。
開始のシグナルが光り、合図が鳴った。
軽快な射出音と共に、クレーが空中を翔け抜ける。
スピード・シューティングは、三十メートル先の空中に射出されるクレーを制限時間内にいかに素早く魔法で破壊し、クレーの破壊個数で争う競技だ。クレーの射出数は五分間に百個だが、撃ち出される間隔は不規則であり、同時にクレーが射出されることもある。また、準々決勝からは対戦型となる。紅白のクレーが飛び回る中、相手のクレーを破壊しないよう気を付けながら、自分の色の標的を破壊することになる。
今はまだ予選ということもあって対戦型ではないが、真由美は一つの取りこぼしもなく、一発も外すことなく、全てのクレーを的確に破壊した。
「パーフェクト。流石、というべきだね」
真由美がパーフェクトを逃すとは誰も思っていないだろう。彼女の魔法の精度は一年前より上昇している。情報収集も兼ねて、昨年と一昨年の九校戦を映像で見たことがあるが、その時とは格段に違いが出ていたのはハッキリと分かった。その真価を発揮するのは、対戦型になってからだと思うが。
知覚魔法まで併用しながら彼女は競技に臨んでいたので、ここでパーフェクトが取れないようなら、ある意味で失望していたところだ。
彼女が使用した知覚魔法『マルチスコープ』。物体を多角的に知覚する魔法だ。簡単に言えば、監視カメラのようなもの。彼女は普段からこの魔法を併用している。全校集会の時なんかは、この魔法を使って隅から隅まで見張っていたのだ。
しかし、肉眼のみで空中を飛び交うクレーを認識し、射撃するのは至難の業どころか、ほぼ無理が正しい。そのことについては、同じくスピード・シューティングに出場する雫が即座に反応していた。
クレーを破壊するため使われた魔法は『ドライ・ブリザード』の派生形であり、真由美はこの手の魔法を得意としている。ドライ・ブリザードは効率のいい魔法だ。真由美のスタミナや魔法力などを鑑みれば、と併用しながら、千回ほど発動してもガス欠になったりはしないだろう、との達也の言だ。
「でもよ、この真夏の気温でドライアイスを作るのも、それを亜音速に加速するのも、相当なエネルギーを必要とするはずだぜ?」
「魔法がどれだけ埒外であっても、エネルギー保存法則とは無関係じゃないのさ」
バトル・ボードの会場へ移動するために立ち上がりながら、達也は続ける。
レオは首を傾げたままだ。
「魔法はエネルギー保存法則に縛られず、事象を改変する技術だ。だが、改変される側の対象物までエネルギー保存法則から自由になっているわけじゃない」
状態維持の式が組み込まずに、物体を加速させた場合、その物体は冷却される。
運動維持の式を組み込まずに、運動中の物体を加熱した場合、その物体の運動速度は低下する。
一般に普及されている魔法には、意図しない改変が起こらないように、その要素について現状を維持する式が組み込まれている。そのため、意識する機会は中々ない。
「物理法則というのは結構頑固でな。魔法という
ドライアイスを作ってそれを加速するという魔法は、ドライアイス形成過程で奪い取った分子運動エネルギーを、固体運動エネルギーに変換することで物理法則を欺いている。エントロピーを逆転させるという、自然には絶対に起こり得ない現象だが、ドライアイスを加速させることで、単にドライアイスを作るよりも、熱力学的には辻褄が合っているんだ」
「……何だか上手いこと騙されてる気がするんだけど」
「覚えておいた方がいいぞ、レオ。世界を『上手いこと騙す』のが魔法の技術だ」
「つまり、あたしたち魔法師は、世界を相手取った詐欺師ということね?」
「強力な魔法師ほど、凶悪な詐欺師ということになる」
真面目な説明だったのだが、エリカと雫が茶々を入れてきたことで達也は笑うことしかできなかった。
バトル・ボードは直線、急カーブ、上り坂や滝状の段差も設けられた全長三キロの人工水路を、長さ一六五センチ、幅五一センチの紡錘形のボードに乗って走破する競技だ。ボードに動力はついておらず、選手は魔法を使用してゴールを目指すことになる。
所要時間はスピード・シューティングよりも長く、十五分。
最大速度は時速五十五キロ~六十キロにまで達する。ボード一枚の上に乗っている選手に、風除けは全く無い。追い風で速度を稼げる競技でもないので、向かい風を正面から受け止めなければならないため、選手は体力を相当消耗することになる。
「ほのか、体調管理は大丈夫か?」
「大丈夫です。達也さんにアドバイスしていただいてから体力トレーニングはずっと続けてきましたし、選手に選ばれてからは、いつもより睡眠を長めに取るようにしていますから」
魔法の訓練も必要だが、それ以上に魔法師は体が資本だ。ほのかの体力不足を危惧した達也が、日常会話に織り交ぜる形でアドバイスをしたが、ほのかは真剣に受け取ってくれたようだ。
そのことを深雪が弄り、ほのかが反論のために放った言葉に、達也は思わず噴き出してしまった。
「いいわよ、どうせ私は仲間外れだし。二人と違って、達也さんに試合も見てもらえないし」
「……ミラージ・バットはほのかの調整を担当するんだがな」
「でも、バトル・ボードは担当してもらえませんよね。深雪と雫は二種目とも達也さんが担当するのに」
深雪や雫と違って、一競技しか達也に担当してもらえなかったことに落ち込み始めた。
誤解らしき部分を解こうとした達也の言葉は、どうやら逆効果だったようだ。
「その分、練習にも付き合ったし、作戦も一緒に考えたし、決して仲間外れにしているというわけでは……」
何とかフォローしようとする達也だが、抜け出すことのできない泥沼に嵌まっていくのを感じたのか、ついに口ごもってしまった。
「達也さん、ほのかさんはそういうことを言ってるんじゃないんですよ」
「お兄様……少し鈍感が過ぎませんか?」
「達也くんの意外な弱点発見」
「朴念仁?」
ほのかを除いた女性陣から見事な連携攻撃を貰うことになった達也は絶句するしかなった。
秋水たちに視線を向けるが、今回ばかりは助け舟を出してもらえそうになかった。
レオと幹比古は露骨に目を逸らし、最後の頼みである秋水は肩を竦めて「無理だ」と言いたげに首を横に振った。
結果として、達也はレース開始の合図まで、ひたすら耐えるしかなくなった。
アイス・ピラーズ・ブレイク、一条将輝戦。原作で特に記載がないため、優勝、準優勝のどちらをとっても問題ないと解釈。ので、一条将輝に勝つか負けるか、悩んでいるのでアンケートで決めることに。
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主人公らしく勝つ
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僅差で負ける
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大敗する