高校生活二日目、秋水はD組の教室へと足を踏み入れた。
少し早めの登校だったとは思うが、友人作りに励もうと談笑の輪を作っている生徒たちがいた。関わるつもりはないので机に刻まれている番号を頼りに自分の席を見つけ、座る。
少し時間が経つと予鈴が鳴り、机に設置されている端末のウィンドウからIDカードをセットするよう促すメッセージが表示されたため、それに従いセットする。どうやらこれからオンラインガイダンスが行われ、履修科目の登録などを行うことになるそうだ。
本鈴が鳴るとカウンセラーを名乗る学校の職員が教室に現れた。この学校にカウンセラーが用意されている理由など色々なことを語ってくれているが、あいにく興味がなかった秋水は右から左へと聞き流していた。
話を終えたカウンセラーが教室から出ていくのを視界の端で見送り、履修科目の登録に取り掛かる。
秋水が選んだのは主に研究色の強いものだった。自分の性質を考えても実技より理論の方がありがたい。
この後は、上級生が講習を受けているのを見学したりする時間になる。最初に工房から寄ろうと思っていた秋水は誰かとつるむことなく一人で向かった。
ある程度の見学を済ませた秋水は食堂で昼食を摂ろうとしていた。が、食堂の大半の席は埋まっており、秋水のような一人で来た生徒からすれば肩身が狭い状況となっていた。
というのも、この時期は新入生の勝手知らずという事情もあって、かなり広い方にあたる第一高校の食堂は例年通り混み合っていたのだ。
料理が盛り付けられたトレーを片手に秋水はどうしたものかと頭を悩ませていた。
悩んでいると、食事を楽しんでいる生徒たちが視界に入った。四人掛けのテーブルだが長椅子であり、余裕を持って作られていることもあり、自分が入っても邪魔にならないであろうと思った秋水は、そのテーブルに近づいた。
「ごめんね。周りを見ても席が埋まっていて場所を確保できないんだよ。すぐに退散するんで、相席しても構わないかな?」
秋水が声をかけたテーブルは二科生で構成されていた。男女共に二人ずつと、バランスのいい構成だ。声をかけられたこと自体は問題なかったのだが、秋水が一科生ということもあり、返答は遅かった。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう」
眼鏡をかけた気弱そうな女子生徒が許可を出してくれたので、それに甘えて席に着く。
ようやくトレーを置けた秋水は食べ始める前に四人の方へと視線を向けた。
「助かったよ。一人だから食堂では場所を確保しずらかったんだ。ウチは矢幡秋水って言うの」
「ウチ?」
秋水の話し方からは想像もできないような一人称が飛び出し、明るい髪の色をしたもう一人の女子生徒が首を傾げた。
「なんかそれ、変じゃね……?」
「まあ、そうね。でも、仕方のないことだから気にしないでよ。ウチっていうのは癖になってるんだ」
体格のいい男子生徒からの突っ込みに、秋水は苦笑いを浮かべて返した。
「だから、あまり気にしないでくれると、ウチは助かるなぁ」
一科生でありながら、二科の生徒を嫌っているといった印象は感じなかった。
「改めてありがとね。一人だったもんだから、こうも席が埋まってると肩身が狭くて……」
「一人だなんて珍しいな。知り合いとかいねぇの?」
「恥ずかしい限りだけど居ないんだよねえ、これが」
言葉に嘘偽りはない。
知り合いはいたとしても全員年上であり、年齢が近いわけでもない。
不幸中の幸いなのが、ここにいる一年生は全員入学したてということだ。一科、二科関係なく友人関係を築くことは容易な状況だ。
ここの差別的な風潮を考えれば、一科と二科の間に友人関係が新たに生まれるのは難しいかもしれないが。
「恥ずかしいことじゃないと思います。友人と一緒に入学できた人の方が少ないでしょうし……」
「そうだな。俺たちも入学してから知り合った。気にするほどのことじゃないだろう」
「そうそう」
フォローの声が入る。
一科生だからと遠慮するような話し方ではないことに好感を覚えつつ、秋水はあることに気づいた。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。ウチは矢幡秋水。一応、一科生だけど……その辺は気にしない主義だから、よろしく」
そうして、秋水が自己紹介をしたところで、相手の方からも自己紹介をしてもらえた。
体格のいい男子生徒は、西城レオンハルト。
外見は純日本風だが、父がハーフ、母がクォーターということもあり、名前は洋風。秋水からすれば珍しい人間だ。
明るい髪色をした女子生徒は千葉エリカ。
『千葉』という名字に少し思い当たる節があるが、本人が名前までしか明かさないあたり、自分の名字に思うところがあるのだろう。自分の勘違いという可能性もあるため、詮索は避けた。
眼鏡をかけた女子生徒は柴田美月。このご時世に眼鏡とは珍しいものだ。今や眼鏡はファッションや個人の趣味で身に着けるものというイメージが強い。
もしそうでないとしたら──
(少し、厄介かもしれないね)
思い浮かぶ可能性は、霊視放射光過敏症。
これが本当なら、少し気を付けなければならない。
彼女の眼が、自分にとって見られたくないものを、もしくは彼女が見たくないものを映し出すかもしれない。
「司波達也だ。よろしく、矢幡」
最後に自己紹介してきた男子生徒──司波達也は、外見からでは三人よりも強烈なイメージはない。
しかし、彼の中に潜む並々ならぬ気配を秋水は感じ取っていた。
「うん、よろしく。
ところでひとつ、司波さんの名前を聞いて思ったんだけど」
「何だ?」
「新入生総代の司波深雪さんとは、どんな関係なの?」
新入生総代の司波深雪の存在は、あの入学式で全員認知しただろう。同じ姓を名乗る達也が彼女とどういう関係なのか、気になってしまうのは仕方ないかもしれない。
「深雪は妹だよ」
達也はあっさりと答えを出した。
優等生の妹と、劣等生の兄。それがこの高校での評価だろう。
秋水からしたら、その評価は正しいのかどうか疑いたくなるものだが。
「へえ、そうなんだ」
さらに詳しく聞いてみると双子ではないらしい。
達也が四月生まれで、深雪は三月生まれ。
その話を聞いて興味深いと感じた秋水は、そのまま達也たちと談笑していた。
しばらくすると、食堂の出入り口から一つの集団が入ってきた。数人とは片づけられない人数で構成されており、その中心には司波深雪の姿もあった。同じクラスメイトであろう生徒たちからの言葉を愛想笑いなどをして受け流しつつ、食堂内を見回していた。
彼女が探していたのは、達也だったようで彼を見つけるなり、達也が座っているテーブルに近寄る。
「お兄様──」
「司波さん」
達也たちの輪に入ろうとした深雪を、彼女にくっついてきた一科生が引き留める。
「こちらのテーブルは既に席が埋まっているみたいですから、邪魔しちゃ悪いですし僕たちと昼食を戴きませんか?」
「すみません。私はお兄様と昼食を戴こうと思っていましたし、まだ座れる場所もあるので大丈夫です」
深雪は達也と一緒にいたいそうだ。仲のいい友人もそうだが、信頼できる家族と共にご飯を食べるというのも必要だろう。
だが、どちらかというと、深雪を引き留めている連中は友人というより、深雪にお近づきになりたいという邪な考えを持った者ばかりみたいだ。
引くつもりのない深雪に苛立ちを覚えてきたのか、それをできる限り表に出さないようにしつつ深雪を別席へと誘う口実が子供染みたものへと変わっていく。
二科生は相席するのに相応しくないだとか、一科と二科のけじめはつけるべきだとまで言い出し始めた。
挙句の果てには既に昼食を食べ終えていたレオに、席を外すよう迫ってきたのだ。
流石のレオも抵抗を始め、深雪もレオも思い通りにならないことに苛立ちを隠せなくなってきた一科の連中の一人がレオに掴みかかろうとするが──
「その辺にしたらどう?」
掴みかかろうとした腕が横から出てきた秋水の手によって捻り上げられたことにより、男子生徒は軽い悲鳴を上げた。
「思い上がりも甚だしい。キミたちはウチたちの飯を不味くするつもりなの? 果てには司波さんに迷惑までかけて」
秋水の腕を引き剝がそうと空いていたもう片方の手で腕を掴むが、一向に剥がれる気配はない。
「それとも、もっと痛い目見ないと自覚できない? 風紀委員でも呼び出してみる? 十中八九、ウチたちが勝つけど」
秋水の言う通り、ここで風紀委員が介入してきても達也たちには何の非もないだろう。秋水が採った行動もレオを守ろうとした結果、彼が起こした行動とも言える。
捻り上げた腕を放すと、秋水は深雪の側へと寄った。
「司波さん、ウチが使った席でよければ貸すよ。お兄さんと一緒に食べたいんでしょ? ウチはちょうど食べ終えたところだから遠慮せず使ってくれていいよ」
深雪をエスコートして席に座らせ、自分の分のトレーを持つ。
これでもう深雪と一緒に昼食を摂ることができないと実感ができた一科生たちはやり場のない怒りを秋水にぶつけようとする。しかし、ここは食堂。一科やら二科を口うるさく言う上級生たちも彼らの蛮行は流石に目に余るようだ。この場が完全に秋水に味方していると気づくと秋水に怒りをぶつけようと行動する馬鹿な生徒は出てこなかった。
「っ……覚えてろよ」
代わりに負け犬の遠吠えのような捨てセリフを吐いた。
「ウチを覚えてる暇があるなら、幼稚な頭でどうしたら司波さんのお眼鏡に適うか必死になって考えたらどう? これ以上は司波さんたちの邪魔になるから去った方がいいよ?」
秋水の挑発に体をピクッと跳ねさせるが、何も言い返さずに深雪に付きまとっていた一科の連中は食堂から出ていく。
「はあ、ごめんね? ウチがいたら良くない空気が流れそうだからこの辺りでお暇させてもらうよ」
ばつが悪そうな顔をした秋水は、達也たちにそう告げると何事もなかったように去っていく。
「あ、おい、矢幡!」
「レオ、止めておけ」
秋水を引き留めようとするレオを、達也は静止させる。
納得のいかない顔をしたレオは達也の方へと振り返った。
「どう考えたって矢幡は悪くねえだろ?」
「だが、風紀委員を呼び出す一歩手前まで来ていたんだぞ。レオは抵抗しただけだが、彼らに噛みついたのは矢幡の方だ。彼自身が言っていた通り、良くない空気になりかねない」
「だから矢幡はあのまま退散したのね。他に噛みついてくる奴が来る前に」
エリカの言葉に、達也は頷く。
ここにいる五人が秋水は一切悪いことはしていないと断言ができる。だが、食事の雰囲気がいいものにはならない。それを分かっていた秋水は自ら離れることを選んだのだ。
深雪はその行動が自分を思って起こしたものだと感じていた。彼が行動していなければ、兄に白羽の矢が立っていたかもしれない。
深雪は兄との食事ができるよう計らってくれた彼に心の中で感謝していた。
アイス・ピラーズ・ブレイク、一条将輝戦。原作で特に記載がないため、優勝、準優勝のどちらをとっても問題ないと解釈。ので、一条将輝に勝つか負けるか、悩んでいるのでアンケートで決めることに。
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主人公らしく勝つ
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僅差で負ける
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大敗する