スピード・シューティングの全試合を終えた後、昼の休憩が入る。
達也のずば抜けた技術力によってスピード・シューティング女子の一位から三位を独占することができた。天幕では浮ついた雰囲気に満たされているところだろう。
だが気を付けなければいけないのは、選手の実力では第三高校も負けてはいない。達也が担当しない競技では苦戦するのは免れないだろう。
とはいえ、気にする必要はない。自分が出場する競技に全力を注げばいいだけだ。
「とりあえず、午後は光井さんの試合を観戦しようか」
一人で昼食を取った秋水は、会場に向かって先に席を取っていた。
その後に席を探しに来た達也たちを呼んで一緒に観戦することにした。
バトル・ボードの平均的な競技時間は十五分。しかし、ボードの上げ下ろしや水路の点検、魔法によって損傷した箇所があればその修復など、レースの準備にはその倍以上の時間が掛かる。そのため、バトル・ボードの競技スケジュールは一時間に一レースで組まれている。
最終レースの開始は午後三時半。選手は既にスタート位置に移動している。
スタート位置で待機しているほのかの様子を見る。肩が強張っている様子もなく、変に緊張しているということもない。いい感じに集中できている。不測の事態が無ければ、負けるということは無さそうだ。
手首と足首まで覆うウェットスーツは選手の体に圧迫気味に張り付いており、それによって発育段階にある少女たちの体をより扇情的に見せている。
「それにしても、濃い色のゴーグルをつけているんだね」
ほのかだけが濃い色のゴーグルをつけている。どうやら達也が持ち込んだものらしい。随分西に傾いてきた真夏の日差しは、向き合うと邪魔になる程度には眩しい。しかし、水飛沫がグラス面に付着することで視界が遮られるのを嫌う選手は多い。
恐らくは作戦の一部なのだろうと思う。
「それも気になるんですが……光井さんは何故、光学系の起動式をあんなにたくさん準備しているのでしょう?」
ほのかのエンジニアを担当している二年生、中条あずさが疑問の声を上げた。
エンジニアが起動式の種類まで口を出すのは稀なことだ。エンジニアは選手の希望通りに起動式をCADにインストールする。
だが、ほのかが得意とする光波振動系の幻影魔法はバトル・ボードの性質上、出番がないのではないか、とあずさは思っているのだ。
「バトル・ボードのルールでは、他の選手に魔法で干渉することは禁じられています。しかし、水面に干渉した結果、他の選手の妨害となることは禁止されていません」
達也の言葉に、何を企んでいるのか気づいた秋水は苦笑した。
「なるほど……」
「矢幡は分かったみたいだな」
「キミ、人が悪いって言われたりするでしょ」
「人聞きが悪いな」
人の悪い笑顔をしているというのにどの口が言ってるんだ、と突っ込みたかったがもうすぐレースが始まるのもあって止めておくことにした。
予選第六レースのスタートが切られる。
その直後、フラッシュでも焚いたように、水面が眩く発光した。
発光に加え、波が荒れているせいでバランスを崩し、加速を止めたり、中には落水してしまう選手もいたが、一人だけ綺麗にスタートダッシュを決めることができた選手がいた。
「よし」
してやったり、と達也は声を上げる。
フラッシュの影響を受けずに先頭に躍り出たのはほのかだ。
訳も分からずサングラスを渡されていた深雪たち三人は、達也に言われるがまま付けていたおかげで平気だった。
四本しか持ってきていなかったので秋水の分は無かったのだが、フラッシュの影響を受けないように視界を手で覆っていたので問題はない。
「……これがお兄様の作戦ですか?」
「確かに、ルールは違反していないけど……」
流石の深雪と雫も呆れ声を出していた。
フェアプレーの精神に反していると言われればそれまでだが、大会委員は達也の作戦を容認したようだ。著しくアンフェアなプレーがあった場合に示されるイエローフラッグ、ルール違反選手の失格を示すレッドフラッグも振られてはいない。
「……水面に光学系魔法を仕掛けるなんて、思ってもみませんでした」
「策士だねぇ……でも、目くらましなんて、昨年や一昨年の九校戦で使っている選手はいなかったね」
「水面を沸騰させたり、全面的に凍結させたりするのは流石に危険だと思いますが、目くらまし程度のものが今まで使われてこなかったことの方が、俺は不思議だと思いますがね」
素直に称賛するあずさ。
昨年と一昨年の九校戦の試合の映像を引っ張り出して見たことのある秋水は、達也の作戦が使われていなかったことを思い出していた。
水面に対して魔法を使用し、妨害することは禁じられていないからこその作戦だ。初歩的なものとはいえ、何の心構えもなしに目を潰されては、すぐに視力が回復するものではない。
コースが蛇行している以上、視界が塞がれた状態で全速力で走ることはできない。そのため、他の選手がようやく本来のスピードを出せる頃には、先頭を走るほのかとの間に、決定的な差がついていた。
最初の奇策で得たリードを守り切り、ほのかはそのままトップでゴールした。
気になるのはこの奇策が一回限りだということだが、達也がそこも考えないはずがないだろう。
新人戦一日目の競技を全て終えた後、幹部三年生はミーティングルームに集まっていた。話題はやはり、日中の試合を結果だろう。
チームメイトの活躍を見て「今度は自分が」と意気込むことは味方の士気を上げる簡単な方法だ。そのため、勝利は士気を高める一番の特効薬とされている。
しかし、時として『やる気』は『気負い』となり、『気負い』は『空回り』に直結しやすい。ここにいる幹部たちは気づけていないのかもしれないが、一年男子は一部を除いて、エンジニアに達也がいることを良く思っていない。
森崎は自らの気持ちに区切りを付けられたのもあって、スピード・シューティングでは僅差で敗北してしまったものの、優勝した第三高校の選手の得点との差はほとんど無かった。
「森崎くんが準優勝したけど……」
「あとの二人は予選落ち……か」
男子の戦績が思ったよりも振るわないことに、ため息をついていた。
正直、一日目から女子と結果に大差が開くとは思っていなかった。
その原因はやはり、あの生徒以外に他ならないのではないのかと、ここにいる全員がそう思っていた。
「三高は一位と四位ですから、女子で稼いだ貯金がまだ効いています。あまり悲観し過ぎるのもどうかと」
「……そうだな。市原の言う通り、悲観するのは良くない。元々、女子の成績が出来過ぎだったんだ。今日のところはリードを奪えただけでもよしとするしかない」
「しかし、男子の不振は『早撃ち』だけではない。『波乗り』でも女子は予選通過が二人に対し、男子は一人だけだ」
鈴音の冷静な分析によって重苦しい空気を立て直そうとしたが、そう簡単に戻せるものでもない。
「このままズルズルと不振が続くようであれば、今年は良くとも来年以降に差し障りがあるかもしれん」
特に魔法科高校のリーダーを自認し、常勝を自らに課している幹部たちからすれば「今年さえよければ」と甘えた考えをすることはできなかった。
「男子の方は梃入れが必要かもしれんな」
「しかし十文字、梃入れをするにしても今更何ができる」
確かに今更だ。
達也のおかげで技術スタッフにも力を入れるべきだということも分かったが、第一高校の特性上、魔工技師志望という生徒が少ない。
それに新人戦は既に始まってしまった。今からでは選手もスタッフも入れ替えることはできない。
「男子で頼りになるのは矢幡だと思うが……」
「優勝できるとは言い難いだろう。何せ彼が出場する競技には一条も出る」
「……確かにな。モノリスはともかく、ピラーズ・ブレイクは準優勝が限界か」
非情かもしれないが、秋水では十師族の一人である一条には勝てない。チーム戦であるモノリス・コードは違うが、個人技能や才能が物を言うアイス・ピラーズ・ブレイクではどうしても一条に軍配が上がる。
「…………………………」
「真由美? どうかしたのか?」
「……いえ、何でもないわ」
目を伏せて黙って考え込んでいる真由美に、何か違うものを感じた摩利が声をかけるもはぐらかされてしまった。