新人戦二日目。
今日は、第一高校が誇る新人戦のエースたちが揃って出場する。
司波深雪と矢幡秋水。
どちらもアイス・ピラーズ・ブレイクに出場し、なおかつもう一つの出場競技はそれぞれの花形競技。第一高校の優勝を阻止せんとする第三高校からすれば、この二人が出る競技を見逃すわけには行かないだろう。
「矢幡さん」
秋水のエンジニアを担当するあずさとCADの調整を始めようと思ったところで、雫から声が掛かった。
「北山さん。もうすぐ試合じゃないの?」
雫が出る第五試合が始まるまであまり時間はない。こんなタイミングに来るということは何かあったのだろうか。
「そうだけど……矢幡さんに言っておきたいことがあって」
「言っておきたいこと?」
「試合、見に来てほしいの」
直接会場に来てほしいということだろうか。わざわざ言いに来なくても、映像で観戦しているつもりなのだが。
「それは……会場に来て見てほしいってこと?」
「うん」
「えっと……映像で観戦するのは、ダメかな?」
「ダメ」
即答は困る。
これからCADの調整だということを考えると、少し気が引ける。あずさに迷惑をかけてしまうのだが、どうしたものか。
自分だけで判断するのはダメだろうと思った秋水は、あずさの方に視線を向けた。
「大丈夫ですよ。矢幡さんのCADの調整にはあまり時間が掛かりませんし、お友達のお願いならそちらを優先して構いませんから」
「分かったよ。お言葉に甘えさせてもらうね」
「ありがとうございます。それじゃ、待ってるから」
あずさの気配りのおかげで観戦しに行ける。
彼女に感謝した雫は、そのまま控室の方に向かっていく。
「じゃあ、ウチは会場の方に行くよ」
「はい」
苦笑を浮かべている秋水は「仕方ないなぁ……」と小さく言葉を漏らした。
秋水に約束を取り付けた雫は少し上機嫌で控室に入る。
「戻ったか。どうだった?」
「取り付けてきた」
いつもは感情に乏しい雫だが、秋水が絡むと少しだけ感情が豊かになっているのを見ていると、彼女が秋水に対して何を思っているのか何となく察することができた。
とはいえ、それが正しいのかは達也には分からない。精神が欠落し、感情を失っていることを自覚し、感情が何たるかは知識としては知っている。
だが達也にそれが芽生えることはない。同じ境遇になったわけでもないから、適切な言葉をかけることもできないし、どうしようもできないのだ。
雫は時に、大胆に動くことがある。それは雫という人間を理解してから分かったことだった。
いつもより気合いが入っている雫の瞳を見て、今回は少しばかり手を込んで調整しようと達也は思った。
「会場で雫の試合を見に来て良かったんですか?」
「ん~?」
選手・スタッフ用の観戦席、隣に座っているほのかが秋水に尋ねる。
彼の試合は昼の休憩が終わってすぐだ。雫の試合を観戦しても時間があるとはいえ、エンジニアとCADの調整を始めているものだが。それこそ、モニター室で観戦するのも一つの手だ。
「試合を観てほしいなんて言われたら、普通断れると思う? 一応、CADの調整は間に合うから、大丈夫」
正直に言えば、映像で観戦するつもりだったのだが、雫から試合を直接観戦してほしいと言われたし、あずさからは観戦に行った方がいいと押し切られ、こうして来たのだ。かといって二人を悪者扱いしたくもなかったので、このような言葉選びになった。
「そうでしたか」
秋水の理由に納得したほのかはそれ以上の詮索を止めた。
「振袖……似合ってるねぇ」
櫓の上に現れた振袖姿の雫を見て、そう言葉を溢した。
アイス・ピラーズ・ブレイクでは選手は純粋に遠隔魔法のみで競い、肉体を使う必要は全く無い。つまり、この競技を行うに際して、選手の服装は一切影響を及ぼさないのだ。
ルール上、服装に対する規制はただ一つ、「公序良俗に反しないこと」であり、本人の気合いが入る服装を選んでも違反にはならない。
結果的に、女子のアイス・ピラーズ・ブレイクではファッション・ショーなんて呼ばれたりする。無論、男子も好きな服装をしていいのだが、やはり華やかさでは女子に見劣りする。
服を用意していない、というか用意するのが面倒だったので、秋水はこのまま制服で競技に出るつもりだ。
「汎用型のCAD……正攻法、ということかな?」
最近では女性魔法師でもコンソールが外向きにするのが主流となっている中で、彼女は普段使いのCADと同じ内向きのものを愛用している。少し珍しい存在だ。
そして、雫が腕に装着しているCADは汎用型。アイス・ピラーズ・ブレイクでは特化型より汎用型を採用する選手は多い。CADを複数操作する技術を得ていない限り、汎用型でなければ攻守の切り替えができない。正攻法を達也は採った、ということだろう。
フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯った。
光の色が黄色に変わり、さらに青へと変わった瞬間、両選手が動きを見せた。
先手を取ったのは雫。自陣にある十二本の氷柱すべてを対象として、魔法式が投射される。
一拍遅れて、相手選手の魔法式が雫の陣内に襲い掛かるも、氷柱は微動だにしなかった。
(流石に雫はきちんと仕上げてきているな)
選手の状態を監視するモニターを見ながら、達也は無言で頷いていた。
自陣の氷柱は未だ十二本。一本も崩されることはなく、敵陣の氷柱を残り四本まで追い詰めている。
達也がもう一人担当している第一試合に出てきた選手は寝不足もあって残り三本の辛勝。寝不足がここまで自分を追い詰めたことを実感した当人は、現在感覚遮断カプセルに入って睡眠を取っている。
雫はそういう不調はなかった。相手選手の魔法を防いだ『情報強化』も、相手の氷柱を崩す『共振破壊』も、練習の時よりもスムーズに行使できている。
雫が使っている『共振破壊』は彼女の母親が得意としていた魔法で、雫と組むことになる前から高校生よりも高いレベルで使いこなしていた。
本来の『共振破壊』は、対象に無段階で振動数を上げていく魔法を直接かけて、固有振動数を一致させ、「振動させる」という事象改変に対する抵抗が最も小さくなった時点で振動数を固定、対象物を振動破壊するという二段階の魔法だ。対象物に直接行使する場合は、エイドスの抵抗によって感覚的に共鳴点を探ることができるが、間接的に行使する場合、対象物の共振状態を別に観測しなければならない。
今回は相手の対抗魔法に避けるために、相手陣内の地面に魔法をかけている。そのため、観測機械に頼ることなく共鳴点を探る必要がある。それを魔法の工程として起動式に組み込んだのが、達也の工夫だった。
自分が慣れ親しんだ魔法に新たな工程が加えられたところで雫が手こずるわけがない。とはいえ、技術的な面で見れば千代田の『地雷原』よりも高度な技術が求められるわけだが。
敵陣の氷柱が一本砕けるのと同時に、自陣の氷柱が一本倒された。
しかしながら、それは最後の悪あがきにすぎない。相手選手は今の攻撃に魔法力の全てを注ぎ込んでいる。完全敗北だけは避けようとしたのだろう。
雫に、変化は見られない。動揺も焦燥もない。見ていて安心できる戦い振りだ。
全力を出した相手に、雫の攻撃を防ぐ余力など残っているはずもなく。
残り三本になっていた敵陣の氷柱は、いとも容易く崩れ去った。