二日目の試合も終わり、夕食を取った秋水は部屋に戻っていた。
部屋に置いていった通信端末が震える。
何も考えずに端末を手に取り、通話を開始する。
『驚いたぞ。まさかお前が九校戦の舞台に上がるとはな』
すぐに女性の声が耳に届く。
通話相手を確認せずに始めたせいで、久しぶりに聞いたその声に驚いたが、平静を保って口を開く。
「まあ、選手に選ばれたからね」
『面倒事を嫌うお前が選手になるとは思わなかったんだがな』
「キミには言われたくないなぁ、巫女さん」
苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
通話の相手は北九州にある八幡宮の宮司・狐塚神楽という女性だ。齢四十のはずだが、二十歳ぐらいと見間違えるほどの美貌の持ち主で、最強の古式魔法師と名高い人物だ。「巫女さん」と呼んでいる理由だが、彼女が名字で呼ばれるのを嫌っているからであり、名前で呼ぶか「巫女さん」と呼ぶか、選択を迫られた結果「巫女さん」と呼ぶことにした。
選手に選ばれたという旨は伝えていないのだが、どこでそれを知ったのだろうか。
『九校戦は毎年必ず見ているからな』
「なるほどね」
これなら合点が行く。アイス・ピラーズ・ブレイクに出場したのを見て連絡を寄越してきたのだろう。
『ところで、墓参りにはいつ訪れるのだ?』
「うーん、九校戦が終わってからになるかな」
『そうか、では待っているぞ』
故あって、彼女にはある人の墓を管理してもらっている。それができたのは彼女が秋水のことを気に入ってくれているからであり、秋水もそれに甘えさせてもらっている。
『話は変わるが、お前の耳に入れておいた方がいいことがある』
「何?」
『今年の九校戦――どうやら「
富士にいるわけでもない神楽がどのようにしてその情報を知り得たのか、それを問い詰めることはしない。独自の情報網を持つ彼女の手にかかれば、この程度の情報を集めることなど容易いだろう。
嫌な予感が的中して、秋水はため息をつきたくなった。
「絡んでいる理由は?」
『そこまでの情報を掴みたいと思うほどの収集癖は私にはないのでな。それに、これ以上の情報を与えなくてもお前なら分かるはずだが』
それを言われると何も言えない。無頭竜が絡んでいる九校戦の会場にいる以上、現地で何が起きているのか秋水なら分かるはずだと、遠回しに言われているのだ。
「……三高を優勝させたいんだろうね。何故そうしたいのかは分からないけど」
『既に国防軍が動いているから観客に被害は及ばんだろう』
神楽の言う通りだろう。観客に被害は出ていないが、選手には既に被害が出ている。本戦バトル・ボードで起きた事故に見せかけた妨害工作がいい例だ。
だが、観客に被害が出ないと約束されたわけじゃない。最悪の場合、選手を殺す、もしくは観客を虐殺でもすれば九校戦を中止させることができる。そこまでするかどうかは分からないところだが。
『ピラーズ・ブレイクは優勝する気か? 優勝を狙うとするなら、一条の息子の魔法力に劣るお前は奥の手を使う必要がある。面倒事を嫌うお前ならば、十師族に勝つなど避けたいところのはずだが』
「さあ?」
『はぁ……好きにしろ。だが、面倒事に追われて、その対処を怠るな』
曖昧な返答をしたつもりだったが、意図を読んだ神楽は呆れてため息をついた。
秋水との通話を終了した神楽は端末を服のポケットにしまう。
障子を開けて縁側に出ると、鋭い目つきになって冷たい声音で言う。
「いつまで監視しているつもりだ、小僧」
「一応、僕は君より年上なんだけどねぇ」
監視していたことを指摘された八雲だが、飄々とした態度は崩さずに姿を現した。
「私からすれば小僧だ。情報の収集癖は相変わらずだな、九重」
「僕は『忍び』だからね。君と違って必要な情報はできる限り集めるのさ」
この男は平然と他人を監視する、と過去の経験から分かっていたことだ。八雲は自分よりも多くの情報を持っている。無論、八雲が持つ情報のほとんどは収集が可能ではあるが、興味がないためそこまでのことはしない。
「秋水くんに式神を教えたのは君だろう?」
「私のお気に入りなのでな。贔屓するのは人として当然だろう」
八雲は古式魔法を伝える者としての義務を果たしているが、神楽はそれを放棄している節がある。その証拠として彼女が扱う古式魔法「式神」の術式は特徴的でありながら、それを扱う者は神楽一人しか存在しなかったのだ。
それがもう一人現れたとなれば、八雲は情報を集めなければならなかった。
「宮司になってもなお、君は自由奔放だね」
「好きに言うがいい」
神楽は今、東京にある別荘に来ている。宮司としての仕事を放棄していると捉えられるかもしれないが、彼女の性格や経歴を知る八雲はそれをどうにかしようとは思っていない。
そもそもお互いに宗派が違う。下手に口出しすれば面倒事が起きるのは避けられない。
「君が宮司になると知った時は驚いたよ。何が君を変えたんだい? 巫女になることを嫌った君が」
情報を集めるのが当然である『忍び』でさえも分からないことがある。それは人の感情だ。
何がきっかけで神楽は宮司になることを望んだのか。巫女になることさえ嫌った彼女が、どうして家を継ぐことにしたのか。それだけが、八雲はどうしても分からなかった。
「お前にそれを教える義務は私には無い。知りたければ自分で調べてみろ、忍び」
「そうしても分からなかったから聞いてるんだけどねぇ……」
興味のない対象に冷たい態度を取るのは変わらないな、と改めて思う。
「何故そこまで知りたがる?」
「それは言えないんだよねぇ」
「ふん……上の差し金か」
上の人間としては自分を抑止力の一つとして使いたいのだろう。だが、宗教で力のある人間は政治には関われない。政教分離の原則は法律で定められている。神楽が宮司となったことで、表立って彼女の力を当てにすることができない。
「よく伝えておけ、九重。私は上の思惑に付き合うつもりはないし、愛弟子に手を出さないと約束した上で、諸外国が侵略してくるのであれば力を貸してやるとな」
そう言うと、神楽は部屋に戻って障子を閉める。
一人になった八雲は苦笑を浮かべると、姿を消して別荘から立ち去った。