新人戦三日目。
達也と深雪がアイス・ピラーズ・ブレイクの控室に赴いたところ、その前に二人の第三高校の生徒が立っていた。
姿を一瞥しただけで、それが誰なのか、達也は分かった。
向こうも同時に気づいたのか、こちらへとまっすぐに向かってきた。
「第三高校一年、一条将輝だ」
「同じく第三高校一年の、吉祥寺真紅郎です」
二人の瞳から見えるのは、むき出しの闘志。
「第一高校一年、司波達也だ。それで『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が試合前に何の用だ」
上辺だけの礼儀を取り繕う方が、かえって失礼だろうと達也は思った。
「ほう……俺のことだけではなく、ジョージのことまで知っているとは話が早いな」
「しばたつや……聞いたことがない名です。ですが、もう忘れることはありません。恐らく、この九校戦始まって以来の天才技術者。試合前に失礼かと思いましたが、僕たちは君の顔を見に来ました」
「弱冠十三歳にして
お互いに敵を見据える。
どうやら、もう少し相手をしなければならないようだ。
「深雪、先に準備しておいで」
「分かりました」
深雪は達也に一礼した後、一瞥することもなく、存在していないかのように、一条たちの隣を抜けて控室に入る。
一瞬、一条は深雪の姿を目で追ったが、すぐにその目を達也へと戻す。
「……『プリンス』、そっちもそろそろ試合じゃないのか?」
呆れを隠すつもりもなく、たっぷりと声音に乗せて放ったからか、一条は返答に詰まった。
「……僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。
君はどうなんですか?」
新人戦男子スピード・シューティング優勝者の吉祥寺と、新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの優勝候補筆頭である一条が、各校がエース級を投入してくるモノリス・コードに出場するのは予想の範囲内だ。
吉祥寺の問いに、懇切丁寧に教えてやる必要はない。
「そっちは担当しない」
「そうですか……残念です。いずれ、君の選手と戦ってみたいですね。無論、勝つのは僕たちですが」
喧嘩を売っているのか――と思ったが、この二人は目的は、そもそも喧嘩を売りに来ていたのだと思い直した。
「時間を取らせたな。次の機会を楽しみにしている」
達也が吉祥寺に言葉を返す前に、一条はそう告げて、吉祥寺と共に達也の横を通り過ぎる。
最後まで偉そうな奴だと思ったが、振り返ることをせず、深雪が待つ控室に向かった。
「結局、彼らは何をしに来ていたのですか?」
開口一番、深雪は達也に訊ねた。
「偵察じゃないか? 意味はないだろうが」
偵察をするとしたら自分ではなく、もっと相応しい相手がいるはずだが。いや、十師族ではないからと高を括っているのだろう。それだけの理由で見下せるほど、
試合前だ。これ以上、思案するのは止めよう。余計なことに気を取られるのはマイナスでしかない。達也はこの話を終わりにしたかったが、深雪は意味ありげな笑いを漏らした。
「宣戦布告、だと思いますよ、お兄様」
「……だとしたら、俺以上の適任がいるはずだが」
妹が何が言いたいのか、分からなくはなかった。喧嘩を売られていると感じていた。
そもそも喧嘩を売るのであれば、選手で、優勝候補の一人を目されている秋水に売るべきだろう。選手でもない自分を、対等の敵手であると――ライバル視する必要はないはずだ。
本気でそう思っている兄を見て、妹は深くため息をついた。
「……お兄様、ご自分の過小評価はこの場合、戦況の誤認に繋がります。どれだけご自分が注目され、意識されているのか、どれだけ他校がお兄様に――お兄様の技術と戦術に対抗心を燃やしているのか、もう少し客観的に認識なさるべきだと思いますが」
深雪が秋水のことを口に出さないのは、彼と兄とでは役割が違い過ぎるのだ。選手である矢幡秋水と、エンジニアである司波達也。秋水が警戒の対象入っていないとは思っていない。だが、それよりも達也が担当している選手が使用しているCADに目を引かれ、その技術を警戒しているのだ。達也が担当した選手は魔法式の構築が速く、それでいて淀みがない。その原因がCADであることは他校も分かっているはずだ。
その結果、選手一人よりも、多くの選手に影響を及ぼすエンジニアを警戒する事態が引き起っているのだと――それは達也がやってのけていることだと実感してもらいたかったのだ。
しかし、達也は妹からの遠慮のない諫言に目を白黒させるしかなかった。
♢ ♢ ♢
午前の競技が終わって、第一高校の天幕は完全なお祭り状態になっていた。
新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク三回戦三試合、三勝。
バトル・ボードでもほのかが決勝に進んでいる。
一方、男子はというと、秋水を除いた全員が敗退。本来であれば、女子にそれほど見劣りしない戦績を収められるはずのメンバーで揃えた。しかし、気合いが空回りし、些細なミスを連発して敗北。さらに焦りを募らせるという悪循環に陥っていた。
秋水一人では、男子たちを奮起させることは叶わなかった。本人はそんなつもりは毛頭ないため関係ないところだが、優勝を狙う幹部たちはこの役目を秋水だけで解決するものではないと、男子の不振は感情の面が影響しているのではないかと考え始めていた。
「矢幡、お前はこれをどう思う」
克人に呼び出され、天幕の奥で問われる。
その内容は言わずもがな、男子の成績の不振だ。
「やる気の空回りだろうね」
女子の輝かしい戦績に続くように、と意気込んでいた彼らに振って落ちてきたのは『勝てない』という現実だ。
「原因はエンジニア以外にもある、か」
克人の呟きは達也を意識したものだろう。ずば抜けた技術によって、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝は第一高校の選手で独占している。
選手の技術だけでは埋まらないものがあるのは克人たちは強く感じていた。
だが、一年男子の成績の不振はエンジニアの違いでどうこうできるものではない。
「これはもうどうしようもないと思うよ。今年の九校戦はどう転んでも新人戦男子の成績は振るわないでしょ」
バッサリと切り捨てる。
フォローをしたところでどうにかなるものじゃない。一度嵌まった悪循環から抜け出すには大きなきっかけがないと難しい。
「ウチが一条さんに勝てば多少はマシになると思うけど……」
「……厳しいか」
「そこまでは期待できないでしょ。それこそ重荷になりかねない」
過度な期待は重荷になる。
決勝で一条に勝ったとしても、それが彼らを鼓舞できるかと聞かれれば怪しいところだ。
「もういい? 控え室に行きたいんだけど」
「ああ。時間を取らせたな」
いたずらに時間を消費する暇はない。決勝に備えて準備をしなければならない。
「矢幡」
天幕から出ようとしたところで声を掛けられ、足を止める。
「勝てるか?」
彼がこんな質問をするとは思わなかった。当然のことだが、ただの魔法師が十師族に勝てるとは思えない。
秋水が『ただの魔法師』という枠組みに入るのであれば。
「――勝つよ」
相手が十師族だろうと関係ない。勝つと決めたからには勝つ。
いくつもある手札をひとつ見せるだけだ。それだけでモノリス・コードに支障が出ることはない。
振り向くこともせずに言葉だけを返した秋水は天幕を出ていった。