新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグは第一高校の選手三人が独占。
故に、大会委員会から提案が出されていた。
それは、三人を同率優勝という扱いにしないか、というもの。決勝リーグの結果がどうなろうがポイントが変わることはない――というのは建前で、本音は自分たちが楽をしたいということだ。
真由美は選手三人と、この三人のエンジニアの担当である達也を呼び出して、この提案の話を出した。
一人は三回戦が激闘だったためかコンディションが優れておらず、これ以上の試合は避けた方がいい状態だった。本人も自覚しており、決勝リーグは辞退し、三位という位置に甘んじるつもりだったようだ。
残った二人。
「私は……戦いたい、と思います。
深雪と本気で競える機会なんて、この先何回あるか……正直、分かりません。だから、私はこのチャンスを逃したくないです」
雫は、深雪との決闘を求めた。
「深雪さんはどうしたいですか?」
真由美は視線を深雪へと移す。
雫との決闘に応じるか、否か。
「北山さんが私との試合を望むのであれば、私の方にそれをお断りする理由はありません」
深雪がこれに応じたことにより、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦が執り行われることになった。
♢ ♢ ♢
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグ一回戦を即行で終わらせた秋水は、関係者用の観戦席に向かう。
観戦する試合はもちろん、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦。
他の競技とわざわざ時間をずらして行われるこの試合を見逃すわけにはいかなかった。
席はほぼ満席。だというのに未だに会場に来る人々の足は止まる気配を知らない。それだけこの試合に注目が集まっているのだろう。
「お前も見に来たんだな」
「矢幡くん、こっちこっち」
「真由美の隣が空いているぞ」
関係者用観戦席の最後列の席に座っている達也から声がかかる。
達也を挟むようにして座っている真由美と摩利からも手招きされ、言われるがままに真由美の隣の席に座る。
「調整はもういいのか?」
優勝へと王手をかけた秋水は、この試合が終わればすぐに決勝戦へと出なければならない。今はCADの最終調整のために控え室にいるのがベターなはずだ。
「大丈夫」
一言だけ返した秋水は、ステージに上がった二人を見据える。
客席は水を打ったように静まり、会場を包むのは静寂のみとなった。
深雪は髪を縛っておらず、雫は襷をかけていない。
それは、何者にも縛られず、己の思うがままに戦う意志の表れか。
決勝戦だけを行う経緯は知らない。だが、二人の顔を見れば何となく理由が分かる。
深雪も薄情な人間ではない。雫が自分との決闘を望んでいるのなら、それを拒否するとは考えられない。この決勝戦は雫が深雪との決闘を望んで出来たものだろう。
(司波さんという規格外に挑もうとするその意志……どれほどのものか)
雫が深雪との勝負を望むその気持ち。
秋水には理解できないものだ。何故、自身よりも強大である敵に自ら望んで立ち向かうのか。試合を観ることで、その問いに答えを得られるかもしれない。そう思ったからここにいる。
始まりの予告となるライトが灯る。
その灯りが色を変える。
その瞬間、同時に、魔法が撃ち出された。
熱波が雫の陣地を襲う。
氷柱はしぶとく耐えている。
エリア全域を燃やし尽くさんとする炎は、氷柱の温度改変をさせまいとする『情報強化』によって、抵抗されていた。
地鳴りが深雪の陣地を襲う。
しかしながら、その振動が共振を呼ぶことはなかった。
エリア全域の振動と運動を抑える力が、地表・地下にも影響を与えていたのだ。
お互いの攻撃に対し、対応策を講じ、そのうえで敵に打撃を与えようとするその姿は、とても玄人受けする互角の攻防のように見える。
(さて、ここからどうする? このままだとジリ貧だよ、北山さん)
この状況では、互角とは言い難い。このままでは雫は負ける。
『情報強化』は、魔法による対象物の情報書き換えを阻止するもの。物理的なエネルギーに変換された魔法の影響までは排除できない。
氷柱が直接受ける熱波は防げても、それによって加熱された空気により氷柱が融け出すのは時間の問題だ。
左腕を右の袖口に突っ込んだ雫。引き抜いた手に握られていたのは、拳銃形態の特化型CAD。そして、彼女は銃口を敵陣最前列の氷柱に向けて引き金を引いた。
ここで繰り出された奥の手に秋水は目を見開いた。
(文字通りの全力……か。勝ちに行くつもりなんだね)
複数のCADを同時操作するのは、難度が高い。
特に混信させずに別種の魔法を発動させるとなるとその難度はさらに跳ね上がる。
同種の魔法であれば混信による干渉波は起こらないらしいが。
(二つのCADの同時操作!? 雫、あなたそれを会得したの?)
深雪の心に動揺が走る。
その証拠に、一瞬、彼女の魔法が止まった。魔法の継続処理が中断する。
サイオン信号波の混信を起こすことなく、二つ目のCADで起動処理を完了させた雫は、そこに新たな魔法を放つ。
「『フォノンメーザー』っ?」
真由美が悲鳴のようなものを上げた。
振動系魔法『フォノンメーザー』。超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等魔法。
深雪の陣地、最前列の氷柱から白い蒸気が上がっている。
今までの試合で一度も変化することのなかった深雪の氷柱が、初めてまともにダメージを受けた。
しかし、深雪の動揺はほんの一瞬。雫が新しい魔法を繰り出したのに合わせて、深雪も魔法を切り替えた。
深雪の陣地が瞬く間に白い霧で覆われる。その霧はゆっくりと雫の陣地へと押し寄せていく。
「『ニブルヘイム』だと……?」
呻き声が、摩利の口から漏れた。
広域冷却魔法『ニブルヘイム』。領域内の物質を比熱、
液体窒素すらも凍らせる霧は雫の陣地を通り過ぎ、フィールドの端で消えた。
(ここまでだね、北山さん)
ここから雫が勝てるビジョンは見えない。
『情報強化』の干渉力を上げたところで、それは意味をなさない。
『ニブルヘイム』を解除した深雪は、再び『
轟音を立てて、雫の氷柱が一斉に倒れた。
蒸気爆発によって氷柱は粉々に弾けており、爆発の激しさを物語っている。
一拍遅れて、試合終了が告げられた。
「強者に挑む意味、か……」
小さく呟いた秋水は席を立つ。
「矢幡。次は、お前の番だな」
「そうだね。
いいものを観させてもらったよ。お礼として、決勝戦で面白いものを見せてあげよう」
何かを決意したような顔で告げる秋水を見て、達也は「楽しみにしておく」とだけ言った。