壊れた器は元には戻らない   作:火神零次

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埒外の力

 新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦。

 秋水は正面にいる一条を見据えながらも、彼の思考は決勝戦のことでも、一条のことでもない。

 自分が「一条に勝つ」という決断をした理由について考えていた。

 

 過去の自分ならどういう反応をするのか。

 酷く驚くだろう。もしかしたら、発狂するかもしれない。

 自分らしくない、というのは秋水自身がよく分かっている。

 その原因が、深雪と雫の一戦であったことも理解している。

 

 あの一戦、とても美しいと感じた。

 己の信念を以て強者に挑むという行為が、目を背けたくなるほど美しいものだとは感じたことがなかった。

 ただ馬鹿正直に挑むだけで、意味なんてひとつもないものだと。

 あの一戦で秋水は見てしまった。人が美しいものに見惚れるように。人の中に、輝かしい宝石があることを。

 だが、それを知るのはあまりにも遅すぎた。血に塗れた手で触れれば、宝石は穢れ、価値を失う。

 

(……巫女さんに伝えたらなんて言うんだろうね)

 

 驚くだろうか。彼女の驚く顔は見たことがないから、ぜひとも見てみたいものだ。

 

 ♢ ♢ ♢

 

「お兄様はどちらが勝つと思われますか?」

 

 深雪は隣に座っている達也に尋ねる。

 秋水の試合は深雪も観戦している。彼の魔法力は、確かに神童と呼ばれるに相応しい実力だと思っている。だが、アイス・ピラーズ・ブレイクではどうしても一条に軍配が上がる。

 一条の魔法『爆裂』はアイス・ピラーズ・ブレイクとあまりにも相性が良い。

 九校戦では殺傷性ランクB以上に指定されている魔法、または同等の殺傷力を持つ魔法の使用は禁じられている。

 『爆裂』は殺傷性Aランクに位置づけられている発散系の魔法だ。本来なら使用はできないのだが、スピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイク、この二つの競技は殺傷力の規制を掛けられていない。

 アイス・ピラーズ・ブレイクと相性がいいのは『爆裂』という魔法が対象内部の液体を瞬時に気化させることにある。氷柱の水分を一瞬で気化させてしまえば、水蒸気爆発が起こる。一瞬で勝負を着けることできる魔法だと言ってもいい。

 魔法力では互角──いや、一条の方が少し上だろう。十師族としての教養に加えて、彼は実戦経験を既に積んでいる。

 

「一条の『爆裂』は確かに強力だ。ピラーズ・ブレイクにおいては敵がいないと言い切れるほどだ」

「ですが……それだけで一条さんが勝つとは言い切れない、と?」

 

 神妙な面持ちで頷く。

 秋水と一条の魔法力だけで二人を比較することはできる。だが、秋水が持つ魔法のような『何か』が分からない。

 だが、それでも分かることはある。

 

「ああ。間違いなく、矢幡には隠し玉がある」

「隠し玉、ですか?」

「しかも、俺たちに見せても問題がないんだろう」

 

 そう。秋水は力を隠している。

 恐らく、自分と同じように周りには見せられないものだろう。

 違いがあるとすれば、彼には本来の力を伏せたままでも切れる手札が多い故に、秘密が誰かに知られることもないということ。

 羨ましい限りだ。立場上、多くの敵を抱えることになりかねない達也からすれば、秋水のように自ら戦場の前線に出たとしても、自分が何者なのか露見する可能性を限りなく抑えることができるからだ。

 

「私たちに見せても平気……ということは」

「……矢幡は敵に回したくないものだな」

 

 その力は一条の『爆裂』を超え得るものだ。

 これから、それを見ることになる。

 この一戦で彼を見極める必要があると、達也は思っていた。

 

 ♢ ♢ ♢

 

 一条は相対している秋水を見やる。

 懇親会で初めて彼を見た時は、背筋に悪寒が走った。

 関わってはならない、と警鐘が鳴っていた。

 彼がアイス・ピラーズ・ブレイクでその強さを見せるたびに、警鐘は激しく鳴り響いた。

 気になって調べてみれば、彼は八幡家の生き残りだという。

 数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)は様々な理由で数字が剥奪されているのだが、非人道的な研究も、何もしていない家がたった一夜にして息子を一人残して滅ぶという結末を辿っている。

 一条は同情することしかできない。友人の両親を救うことができなかった苦い過去を持っているが、自分を残して家族が皆死ぬなどということが起きたら、自分はどうなってしまうのだろうかとも考える。

 

(……分かりきっている。俺は家族の喪失に耐えられないだろう)

 

 目の前にいる彼のようにはなれないだろう。

 考えただけでもゾッとする話だ。

 

(だが、もうすぐ試合だというのにそんなことを考えてる暇はないな)

 

 彼には悪いが、過去に同情はしてもこの大会の勝ちを譲ってやる気は微塵もない。自分には関係のないことだ。

 今年は第三高校(おれたち)が優勝する。

 その覚悟を、一条は胸に抱いていた。

 

 ポールが赤く光る。

 

(……なんだ……!?)

 

 異様な空気が一条を包み込む。

 確認すべき相手はもちろん秋水だ。

 体全体がピリピリと静電気を受けているように錯覚し、脳が目の前にいる少年の警戒度を最大まで引き上げている。

 目の前にいる少年はいたって平然としている。穏やかな表情で笑みまで浮かべているのだ。

 

 灯りが黄色へと変わる。

 思考を切り替える。別に殺し合いを行うわけではないのだ。

 試合開始と同時に相手側の氷柱全てに爆裂を撃ち込めばいい。それだけで試合は決着となる。

 真紅の銃形態CADを強く握り込む。

 今までの試合と変わらない。そう自分に言い聞かせて、一条は落ち着きを取り戻す。

 

 灯りが、試合開始を告げる青色に変わった瞬間、一条は迷うことなく己の得意魔法である爆裂を容赦なく撃ち込んだ。

 

 魔法式は敵陣の氷柱全てに照射され、爆裂は間違いなく発動した──はずだった。

 

(領域干渉!? いや、これは……!?)

 

 爆裂が発動しない。

 一条の顔は驚愕へと変わった。

 魔法力で負けているはずがない。彼の試合を観てきたが、魔法力では自分の方が勝っているはずだ。

 それよりも気になるのは、爆裂を防いだ魔法は、本当に魔法なのかということだ。感覚が研ぎ澄まされているからか、彼が使ってきたのが自分の知る魔法ではないと感じた。

 

(考えるのは後だ! 今は……!)

 

 思考を振り払い、一度防御に専念しようとしたところで、自陣の氷柱に変化が訪れた。

 

(何が……起きてる……?)

 

 目の前で起きている事象に、一条の頭には「理解不能」の四文字が浮かびあがっていた。

 それもそのはず、一条側の氷柱が「燃え上がっている」のだ。

 すると、轟音をあげて氷柱は破裂した。

 氷柱は熱によって溶かされ、中にある気泡が熱によって膨張。耐えきれなくなり、崩壊したのだ。

 対抗魔法は効かなかった。

 

 いや、そもそもあれは──魔法なのか?

 

 一条のように自分の力を正しく理解している魔法師はそう思うだろう。

 あれは魔法師(じぶん)たちがよく知っている魔法なのか、と。

 

 ♢ ♢ ♢

 

「……お兄様、今のは」

「ああ……あいつの隠し玉だろう」

 

 一条は秋水の隠し玉に抗うことも出来ずに敗北した。それだけ、隠し玉が強力であると同時に『異物』であることの証だった。

 

(面白いものなんかじゃないぞ……)

 

 悩みの種でしかないと言ってやりたいが、どうしようもない。

 分かりやすく「魔法ではない」とアピールしているが、ほとんどの魔法師は魔法だと思っているだろう。

 だが、十師族などの実力のある魔法師は勘づくだろう。

 秋水の力を欲して、十師族、国内の犯罪組織──さらには他国の干渉が懸念される。そうなると、国防軍も動くことになるだろう。

 

「まさに埒外の力だな」

 

 達也の眼は秋水の力を正しく認識していた。

 あれはこの世にあっていいものではない。魔法の常識が通用せず、十師族をも超えるその力は紛れもなく『埒外』。

 

(……何があっても、深雪は俺が守る)

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