茜色に染め上げられた空の下、疾走する大型オフローダーが、閉鎖された工場の門扉を突き破った。
「レオ、ご苦労さん」
「……何の、チョロいぜ」
「疲れてる疲れてる」
いきなり、時速百キロ超えで悪路を走行する大型車全体を、衝突のタイミングで硬化するというハイレベルな魔法を要求されたレオは、達也によるタイミングの指示があったとはいえ、かなりの集中力を要していたようで、へばってしまうのは仕方ないと言える。
「司波、お前が考えた作戦だ。お前が指示を出せ」
克人の言葉に、達也は尻込みすることもなく頷いた。
「レオはここで退路の確保。エリカはレオをサポートしつつ、逃げようとする奴を始末しろ」
「……捕まえなくていいの?」
「余計なリスクを負う必要はない。下手に手心を加えるより、確実に始末しろ。
会頭と桐原先輩は裏口から回ってください」
「分かった」
「おうよ。逃げ出すネズミは残らず切り捨てていくぜ」
秋水たちが克人が用意した車に向かった時には、桐原武明が車に乗り込んでいた。
達也が口を挿むことはなく、そのまま同行することになったが、ブランシュの拠点に乗り込むことを知っていたのか、刃引きの刀を持ち込んでいる。
意気揚々と駆けていく桐原の背中に、悠然と克人が続いていく。裏口の心配をする必要はないだろう。
「ウチは?」
「俺と深雪と共に正面から踏み込む」
「じゃ、ほとんど無いと思うけど、背中は任せてもらおうかな」
「達也、矢幡、気をつけろよ」
「深雪、無茶しちゃダメよ」
居残りの指示を受けた二人が不平を言うような真似はしない。
まるでショッピングに来た客のような足取りで、達也と深雪が薄暗い工場の中へと進み、秋水はその三歩後ろを維持してついていく。
工場に入ってからの遭遇は意外にも早かった。
相手はホール状のフロアに逃げも隠れもせずに整列して、こちらを待っていた。
「ようこそ、はじめまして! 司波達也くん。そして隣にいるのは、妹の深雪くんかな? 後ろにいるのは我が同志たちを殺した矢幡秋水くん」
「お前がブランシュのリーダーか?」
大袈裟な仕草で手を広げ、歓迎してくる男に対して、達也は冷ややかな質問を投げる。
目の前の男がリーダーだとしたら意外と若いものだ。
「おお、これは失敬。仰る通り、僕がブランシュ日本支部リーダー、司一だ」
随分と芝居がかった喋りをする。耳に届く悪意の雑音がうざったいが、自分が出る幕ではないことを理解している秋水は、達也と深雪との距離を保つ。
男の自己紹介にただ頷いた達也は、懐から銀色の銃――CADを抜いていた。
「おや、それはCADだね。銃の一つでも用意しているかと思ったが」
達也の手に握られているそれがCADだと見抜いた司一は、CADを見てもなお、退くことはなかった。これで怖気づくようなら問答無用で殺していたところだが。
「一応、投降の勧告をする。銃を置いて両手を頭の後ろに組め」
「君は魔法が苦手なウィードじゃなかったかい? おっと、これは差別用語だったね。でも君のその自信の源は何かな? 魔法が絶対的な力だと思っていたら、それは大きな間違いだよ」
司一が右手を上げると、整列していたブランシュの構成員たちが銃を構えた。数だけ見れば三人でどうにかなる相手ではないだろう。第一高校に襲撃してきた時にアンティナイトを持ち込んでいることを考えると、視界に映る敵の何人かはアンティナイトを装備していると考えていい。
司一が求めているのは、達也が使用するアンティナイトを必要としないキャスト・ジャミング。
そのために司甲や壬生紗耶香を使って達也に接触、そして襲撃。それによって彼が使う魔法が紛れもなく妨害魔法だという確証を得た。
司甲を使って第一高校の生徒を引き込み、第一高校へ大規模な襲撃を行ったのにはそれなりに多くの時間とコストを使っている。それを台無しにした達也と秋水に対する恨みこそあれど、それよりも価値のある達也のキャスト・ジャミング――否、達也自身を奴は欲した。
「だったらどうする」
「そうだね……では、こうしよう。
司波達也、我が同志になるがいい!」
伊達眼鏡を高く放り上げると、前髪をかき上げ、両目を達也と合わせると、妖しく光を放った。
力が抜けたようにCADを持つ達也の手が下がった。
「ハハハハ! 君はもう我々の仲間だ!」
会話の中に潜んでいた狂気を隠すのを止めた。達也を手中に収めたと確信した高笑いが、フロアに響く。
「手始めに、君の妹をその手で始末してもらおう! 最愛の兄の手にかけられるのは妹さんも本望だろう!」
そうして、多くの者を従えてきたのだろう。
そうやって、多くの者を自身の都合の良い駒に変えてきたのだろう。
――ああ、醜い。
「……殺していいぞ。ただし、リーダーは殺すな」
無機質に小さく呟かれた達也の言葉。
それはしっかりと、秋水の耳に届いていた。
刀を握りしめた秋水が、ゆっくりと司一たちに向かって歩を進める。
「……何をしている? 司波達也!」
「くだらん。お前の芝居に付き合うのも飽きた」
自分の物としたはずなのに、達也は平然とした様子で言葉を返した。
あり得ない光景を前に、凍り付いた。
「お前が使ったのは、意識干渉型系統外魔法、
壬生先輩の記憶も、これで上書きしたというわけか」
紗耶香の記憶の食い違いは明らかに不自然な部分が多かった。
聞き間違いだと判明した時に、大きな動揺はあったとしても、時間と共に冷静になっていくはずの彼女の姿は違った。
「……下種ども」
深雪の端正な口から出された怒気は、熱となって凍り付いた奴らを溶かす。
「……貴様、何故……」
「二人称は君じゃなかった? 化けの皮が剥がれてるよ」
工場に入ってから一度も口を開かなかった秋水が、冷徹な視線を向けながら歩く。
達也から司一以外の人間の殺害をしていい、という命令が出た以上、秋水はその通りに動く殺戮兵器と化す。
「う、撃て、撃てぇ!」
もはや自らの尊厳を取り繕うことすらできなくなった司一は、後ろに下がりながら射殺を命じる。
だが――
「ぎゃああああああ!!!」
次の瞬間に響いた悲鳴に、男たちは固まる。
秋水の前にいた男の肘から先が切り落とされていたのだ。
そこから噴き出た血は秋水の制服を汚す。
「ここはウチに任せて」
「ああ、分かった」
「お願いします」
奥の通路に向けて、二人は歩き出す。
このフロアに敵はいないと言わんばかりに歩く二人に、襲い掛かろうとする者はいなかった。
何故なら、男たちが持つ銃器は、全て切断されて使い物にならないからだ。
達也と深雪がフロアからいなくなると秋水は、口元を歪めながら言った。
「運が悪いね。キミたち」
本物の狂気が、男たちの目の前に現れた。
狂気の笑い声が木霊する。
「アハハハハ! キミたちはウチの渇きを潤してくれるのかな?」
刀を振るい、男たちを惨殺する。一人は四肢を切り裂き、もう一人は首を切り落とす。フロアに響く悲鳴は、秋水の耳にはもう、歓声にしか聞こえなくなっていた。
そうして、五分もすれば辺りは血の海になっていた。
無残にも死んでいる男たちの血で体全体が汚れている秋水は、自らの意識が狂気の沼から這いずり出てきたのを実感する。
ようやく落ち着いた秋水は、刀を鞘に納め、フロアの壁に寄りかかる。
「……やっぱり、壊れちゃったな」
もう戻ることはできないと、人間としての欠落を再確認させられる。
秋水が落ち着いている間に、達也たちは司一を捕らえ、ブランシュは壊滅した。
アイス・ピラーズ・ブレイク、一条将輝戦。原作で特に記載がないため、優勝、準優勝のどちらをとっても問題ないと解釈。ので、一条将輝に勝つか負けるか、悩んでいるのでアンケートで決めることに。
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主人公らしく勝つ
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僅差で負ける
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大敗する