鍾離先生と鉄の魔神   作:メラニンEX

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クソ長いです。頑張って月1か2の投稿を目指していきたあ所存。


1話

 

 

───おっ、見えてきたな!

明るいパイモンの声に、旅人は顔を上げた。休憩を挟んだとは言え、ほぼ夜通し歩き続けてきたせいか、早朝の光がやけに目に染みる。それでも、金色と東雲色の入り混じった雲の隙間から漏れる日差しに飾られた、岩の港の美しさには一粒の濁りもなかった。久方ぶりの璃月は、やはり変わりなく。深い色の屋根を持つ家々は、古き良き伝統と誇りに満ちて淡く輝いていた。

 

この港を使った神曰く、富の沈着する港。

その名に相応しく、商業の中心として栄えてきた歴史を象徴するかのように、朝日に照らし出された街並みは黄金色に染まっている。手綱の先で目的地が近いことを、駄獣たちも悟ったのだろうか、気が抜けたようにふわりとあくびをしている。スメールはオルモス港から始まって、何かと予期せぬトラブル続きだった旅の、終着点はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

「1話」

 

 

 

 

関所と橋を抜けて璃月港の街に入ると、やはり祭りの前日らしく何やら準備途中の出店らしきものや、朝も早いと言うのに忙しく走り回る人々がそこかしこに伺えた。平素の璃月港も賑やかな街ではあるが、その喧騒はいっそう磨きがかかっているようだ。

 

その他にも「天下一の切れ味」「灼鉄器店」など様々な文字を書いたのぼり、鮮やかな赤色の飾りをぶら下げている軒先、商品を置くのであろう台をぴかぴかに磨いている若者──こういう光景を見ると、二鐘祭に参加するのは初めての旅人でも、不思議とお腹の底からじんわりとした高揚感が湧き上がってきた。そろそろ非日常的で、特別に楽しい時間がもうすぐ始まる──そんな気分だった。

 

 

 

「気になったんだけど」

パイモンが、ちょっと言いづらそうに口火を切ったのは、駄獣たちと荷物を無事に渡し終わり、料金とおまけのチ虎魚焼きを貰い終わってからのことだった。別れ際に、生意気だった駄獣たちが手を舐めてくれたのは、魚狙いでなく旅路で懐いてくれたからだと信じたい。

もりもりと、自分の顔と同じサイズに怯むことなく齧り付いているパイモンは、珍しいことに、食べ物を手にしているにも関わらず、小さな唇を尖らせている。

 

 

「宿雨のやつ…最後にとんでもないこと言ってたけど、そのお墓参りも大丈夫なのかなあ?荷物を拾ってくれた親切なやつだと思ったらファデュイだし、ファデュイでも話しやすい奴だと思ったら璃月に立ち入り禁止だし!何なんだよ…もうオイラ、あいつが良いやつなのか悪いやつなのか、分かんなくなってきたぞ!」

「確かに‥でもお供え物を買うお金も預かっちゃったし。璃月風に言うなら契約が成立してるわけだから、今更断ることもできないよ。行くしかないんじゃない?」

「それはそうだけど‥しっかし璃月に入国禁止ってあんまり聞かないよなあ?宿雨のやつ、あんなに優しそうに見えて一体どんなことをしちゃったんだろうな」

 

 

はて。旅人もチ虎魚焼きを齧りつつ、首を傾げる。先刻別れ際に爆弾発言をしていった青年は──宿雨は、なんというかすごく──すごく、普通のひとだった。

気さくで、話を聞くのが上手くて、誰かに怒ることが滅多になさそうな。多くも少なくもない善性を兼ね備えた人だと思った。ほんの短い付き合いの中で、彼の何を知ったわけではないけれど、彼と話した多くの人が多分そう思うだろう。

 

各国を巡る旅路の中で、2人はたくさんの善意も悪意も目にしてきた。神を創造しようとしたもの、古の魔神を蘇らそうと企んだもの、恋人を復活させるために多くの人間を水に溶かしたもの。甚大な被害を伴う悪行というものには、大抵の場合人並み外れた執念や、年月や、時には運や才能だって必要になる。その点、宿雨はそういう、重大な罪を犯せるほど並外れた資質を、ひとつも持ち合わせていないように思えたのだ。

 

 

いや、まあもしかしたら。彼は特定の分野でめちゃくちゃ才能のある人で、それを使ってすごい被害を出したのかも知らないけど。何せ、現在の職業以外、旅人は彼について知りうる情報がないのだ。勝手にあれこれ憶測を立ててみても始まるまい。旅人はまたひとくち、魚を齧った。

 

 

「とりあえず、言われてたお茶と果物でも買いにいこうよ。明日からの二鐘祭が始まる前に、お墓参りの依頼も済ませておいた方がすっきりするしね」

「おう!じゃあ、栄発商店までいこうぜ!あそこなら、多分どっちも売ってるよな?それから…お香なんかも要るかもしれないよな、お墓なんだし」

「だね」

 

2人はてくてくと近場の商店まで足を運ぶと、翹英荘の茶葉の1番小さいサイズのものと、夕暮れの実をひとつを購入した。それから、店主にお墓参りにお香が必要か聞いてみたところ、「確かに、墓所に香炉を用意している方もいますね」と返ってきたので、念のためそちらも。

障害なくお供えを手に入れた2人は、さて肝心の墓の場所は、と印の書かれた地図を広げた。

 

「ここかあ…」

「黄金屋のもうちょっと南西、か?確かに璃月港からはちょっと離れてるな。どうする、旅人?今日のうちにまとめて行っちゃうか?」

「そうだね……どうしようか」

 

思案したところで。栄発商店の前に立ってパイモンと話していた旅人は、早朝の清々しい空気の中、忙しそうに祭りの準備に勤しむ人々の中に、見知った顔を見つけた。

 

深い青の髪に鮮やかな碧緑の目という、華やかな容姿をしているのに、不思議と背後の風景に溶け込むように目立っていない。むしろ、ガヤガヤとした喧騒のさなかで、そこだけに夜のしじまが吹き溜まっているような、ひそやかな空気を身に纏っている女性。総務司所属の、夜蘭だった。

 

 

壁にもたれたまま、手に持った賽子を軽く投げてはキャッチするという動作を何度か繰り返していた彼女は、おもむろにそれを止めると、旅人の方を向いてニコッと完璧な笑みを浮かべた。そうじろじろと見つめていたわけでもないのに、相変わらず聡い人である。夜蘭は迷いのない様子でこちらまで歩み寄ってくると、その笑みを深めた。

 

「君たち、久しぶりね。今日は二鐘祭の為に来たのかしら?」

「夜蘭!久しぶりだな!そうだぞ、オイラたちスメールから璃月港まで、二鐘祭の荷物を運んできたところなんだ」

「久しぶり。毎年海灯祭は参加してるけど、二鐘祭は今回が初めてだから楽しみにしてるんだよ」

「あら、そうだったの?海灯祭とは趣がまったく違うけれど、二鐘祭も中々いいものよ。とは言え、各国の職人たちや貨物が一気に集まるから、その査察や手続きで総務司も月海亭も今大忙しなんだけどね」

 

その言葉の割に全く忙しそうには見えない夜蘭に、パイモンが「お前はいいのかよ?」と問うと、「私はいいの。サボってるんだから」と涼やかな返答。額面通りにサボってる…だけではないのだろうが、いまいち真意の読みづらいひとだ。

 

総務司に所属している、と彼女は自称するが実のところ書類上、夜蘭は「存在しない人」である。次の璃月七星の選定に関わった件からの付き合いだが、彼女の主たる業務も、誰を上司としているのかも、所属部署も旅人は知らない。多分これからも知ることはないだろうな、と思っている。

 

ただ一つ、璃月の犯罪者や、見えないところで蠢く謀略などの裏事情を夜蘭以上に把握している人はそういない、ということは2人とも理解していた。

 

多分、旅人と似たようなことをパイモンも考えていたのだろう。ちらっと旅人の方を見てから、食べ終わった串を片手に夜蘭に質問を投げかけた。

 

「なあなあ、夜蘭は璃月のその…えーっと裏事情についてすっごく詳しいだろ?過去に、国外追放とか璃月に入国を禁じられたような奴について、何か知ってるか?」

その言葉に、夜蘭がわずかに眉を顰める。彼女にしては珍しい表情だった。

「国外追放……?もちろん、過去にいないことはないけれど、璃月ではかなり珍しい刑罰ね。どうして?」

「実はオイラたち、かくがくしかじかで…」

 

 

パイモンの語った、スメールからの道中で出会った宿雨というファデュイの青年のこと、彼から頼まれたお墓参りの依頼について一通り聞き終わった夜蘭はなるほどね、と頷いた。

 

「興味深い話だわ。でもごめんなさい、少なくとも私は宿雨という名前に聞き覚えはないの。けれど偽名という可能性もあるし、ファデュイという身分だって彼の自称に過ぎない…公的に国外追放された罪人たちなら記録に残っているし、閲覧も可能なはず。今は火急の仕事もないし───よければ持ってきてあげようか?」

 

パイモンと旅人は顔を見合わせた。

正直なところ、宿雨や彼の罪状についてそこまで詳細に調べる必要性というのは、ほぼないと言っていい。彼が何をして璃月の国境を跨げなくなったのか、気にはなる。なるのだが、夜蘭の手を借りてまで調べたところで活かす機会もないだろうし、去り際の口ぶりからして旅人たちを嵌めようと墓参りの依頼をしてきたようには思えなかった。

 

従って、これ以上踏み込んで彼について探る行為は、それは不必要な好奇心以外の何物でもない。しばし考え込んで、それから旅人は夜蘭に「お願いしてもいいかな」と返した。

 

旅人の好奇心は、理性に勝った。何せ彼は『星と深淵を目指す者』。宝箱の気配の次の次くらいには、好奇心を重んじているので。

 

 

 

ややあって。通された岩上茶室の2階で、出てきた高そうなお茶を啜りつつ2人が待っていると、それほど時間を置くこともなく夜蘭は戻ってきた。手には数枚の書類が握られている。彼女はそのまま、「手短に行くわね」と切り出した。

 

「もともと璃月では、国外追放という刑罰が執行されることはまずないと言っていいわ。国の外に追いやるよりも、牢屋の中に入れる方が罰としてよりよい形だと、璃月では考えられてきたから。現在国外追放に処されている罪人たちも、初めからそういう刑に処されたわけではないの」

「初めから国外追放にされたわけじゃない?どういうことだ?」

パイモンが不思議そうに首を傾げる。

「つまりね。彼らは皆、千岩軍に連行されて刑が確定するよりも先に璃月の外へと逃亡しているのよ。千岩軍を国外で行動させることはできないから、それ以上は追えない。そして彼らに国外追放という処分が下され、各地の関所に手配書が回り、財産が差し押さえられて正式に罪人となる。詳しいことは、この判例を見た方が早いでしょうね」

 

促されて旅人は、テーブルの上に置かれた書類を手に取った。紐で綴じられた束が、合計で3つ。どれもそんなに傷んでいない。犯人の逃亡で捜査が打ち切りになって、以後触られることが無かったからだろうか。

 

「ひとまず過去100年間で国外追放になった者の記録よ。全部で4人。そのうち1人は国外での死亡が確認されているから、候補は3人といったところね。さて……君たちが出会った『宿雨』らしき人物はいるかしら?」

 

 

 

判例その一。

受刑者名、李汪青。年齢、48歳。罪状、殺人および遺体損壊罪。

酒場で飲酒をした後、言い争いから殴り合いに発展し2名の死者と3名の軽傷者を出した。その後、2名が死んだことに気付き遺体を切り分けて放棄し、璃月から逃走。その後の行方は長らく不明だったが、逃走先のフォンテーヌでも同様の事件を起こし現在はメロピデ要塞にて無期の禁固刑に服していることが判明。再犯率の高さから見て、国外追放処分が決定。

 

 

判例その2。

受刑者名、紫微。年齢、37歳。罪状、詐欺罪および公印文書偽造罪。

璃月国内において多数の霊感商法による詐欺行為を行い、また総務司の名を語って文書を発行し虚偽の税を徴収した。千岩軍による捕縛の前に財産を持って逃走し、現在はスネージナヤで潜伏している。詐欺行為の悪質性により国外追放処分が決定。

 

 

判例その3

受刑者名、張清玄。年齢、29歳。罪状、恐喝および殺人罪。

被害者女性への付き纏いを長期的に行っており、女性が告白を断ったあと逆上して彼女の家族を殺害したが、女性は一命を取り留めた。千岩軍によって身柄が確保されたが、女性本人たっての希望により無期懲役より国外追放刑に決定。現在の所在地は不明だが、万が一にも国内へ戻ってこないよう関所での要注意対象。

 

 

ざっと読んだだけでもこんなものである。想像よりは何というか、一般的な罪状を持っているのだな、と旅人は思う。公子タルタリヤが国外追放になってないからと言って、じっさいに国外追放に処されている罪人たちが彼より過激なことをしているわけでもないらしい。しかし。

 

「うーん…オイラたちと会ってるんだから、メロピデ要塞にいる奴ではないだろ?それから2人目の詐欺師は女性の名前だから違うだろ。3人目は…うーん見た目の年齢でいったらありえなくもない…んだけどぉ……」

 

パイモンはうんうん頭を抱え出した。そう。国外追放になっている罪人のうち2人は間違いなく、宿雨とは無関係だ。では3人目は、というと。

 

「女性を長らくつけ回してた、って書いてるから違うんじゃないかな。宿雨、奥さんがいるって言ってたし」

「ああ!!そうだった、そうだったな!!ん?でもそれじゃ、宿雨は国外追放になってるって言ってたのに、記録に残ってないってことになるぞ?おかしくないか?」

 

何やら事態がややこしくなってきたが、資料を持ってきた夜蘭は特に慌てた様子もない。優雅にお茶を飲んでいる姿は、まさしく一幅の絵画のごとき落ち着きっぷりである。

 

「夜蘭〜これ、どういうことなんだよ?」

「そうね。彼は自身の受けた璃月に入国が禁止されている詳細を、話さないかったのでしょう?ここに記載がないのなら…例えば、国外追放があくまで私的な制裁であった可能性があるわ。それか、彼が100年以上前の人間だとかね」

「つまり?」

「ふふ。つまりは、現地に行かないと、これ以上のことは分からないと思うの。私も興味が出てきたし、彼の依頼先である墓所はここからそう遠くないみたい。付き合うわよ」

「えっ!今からかよ!?」

「善は急げよ。悪いことをする時と同じくらいね」

 

 

かくして。旅人とパイモン、ついでに夜蘭は璃月港に着いてからそう時の経たないうちに街を出て、宿雨の依頼先へと向かうのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

目的地は、黄金屋よりも更に西だが青墟浦までは行かず、そこをもう少し南側に下ったところにある山だった。ここまで来るのにも、長らく使われた形跡はないが道も通っており、そう僻地といった風ではない。宿雨に渡された地図には、その場所にある山の中腹に「墓」の文字と、山を登る道だけが書かれている。

ごつごつとした険しい輪郭の山だ。璃月のものにしては若干標高が低いそれを前にして、夜蘭が「ここだったのね」とやや意外そうに呟いた。

 

 

「有名な場所なのか?」

「今はそうでもないわね。でもほら、見えるかしら」

 

夜蘭に示されてはじめて、山の周囲を囲むように、木々の狭間から何やら崩れ落ちた廃墟…の残りかすのようなものがえんえんと連なっているのが分かった。朽ち果て、通り過ぎた年月を証明するように廃墟の上には植物が生い茂っている。ところどころ、にょっきりと細長いものがあるのは煙突の名残りだろうか。午前の澄んだ光を受けてなお、廃墟の群れは寂しげでみすぼらしく、往時の姿をほとんど想像できないほどだった。

 

「この山をぐるっと囲むようにして遺跡が残っているでしょう?ここは昔、鋳錬郡(ちゅうれんぐん)という璃月きっての鍛治職人たちが集まる街だったの」

「層岩巨淵から運ばれた鉱石がここで加工されて、出来上がった鉄製品が国内外へ流通していた。もっとも、550年ほど前に街全体が焼けてしまって、生き残った職人たちも璃月港へ戻ったんだけどね」

「へ〜〜鍛治職人たちが集まる…ってなんだか、二鐘祭の日みたいだなあ」

「ええ、その通りよ。二鐘祭は本来ここで開催されていたのが、街が焼けてしまったのをきっかけに、今のように璃月港で開かれるようになった…と伝わっているの」

「そう言う謂れがあったんだ…」

 

 

火を扱う職人たちの街が、火によって焼かれてしまったとはなんとも皮肉な話である。それも、栄えていた頃の面影をまるで残さないほどの大火とは…さぞかし、酷いものだったのだろう。生き残った職人たちは璃月港に戻った、という夜蘭の言からして、火災で亡くなった職人たちもいたのだろう。

 

 

そして、鋳錬郡の中心に位置するこの山に墓所がある、ということは、墓の主人である宿雨の妻は、ここに縁のあった人物なのかもしれない。あるいは宿雨自身がそうだったのか。

旅人が思案を巡らせていると、前を歩く夜蘭が「君たちが二鐘祭に参加するのは、初めてなのよね?」と尋ねてきた。そうだよ、と頷く。

 

 

「それじゃ、二鐘祭の名前の由来については知ってるかしら。もっとも、明日の朝になったら嫌でも分かるかもしれないけど」

「名前の由来は知らない。確かに海灯祭はなんとなく字面で分かるけど、二つの…鐘?」

「まあ二鐘祭も割と読んで字のごとく、だけどね」

 

 

───遥かな昔。

未だ魔神たちの戦争が終わらぬ頃。人々は皆、木や削った石でできた道具しか持たず、硬いものを加工するのに非常に苦労していた。それを哀れに思った岩王帝君は、火と炉、鉄鉱石を民たちに与え、製鉄技術を授けたと言う。最初に物を切るための剣を、次に物を運ぶための車輪を鉄で作らせ、最後に時刻を知らせるための鐘を作らせた。

 

初めのうち、人々の製鉄技術はまだ低かった。民たちが作った鐘は、岩王帝君が見本として作り上げた鐘とは似ても似つかない音しか出せなかったが、時が経つうちに優れた職人たちが現れ、岩王のものと優劣がつけられぬほど美しい音を奏でる鐘を作れるようになったと言う。岩王帝君は、民の技術が向上したことをたいそう喜び、これを祝したのが後の二鐘祭の始まりとなった───

 

 

 

「その出来事になぞらえて、二鐘祭に出店する職人たちは必ず鐘をひとつ作って提出しないといけないの。そして、集まった鐘のうちで1番美しい音の鳴る『歳鐘(さいしょう)』を選ぶ。二鐘祭の始まり──つまり明日の日の出には去年の歳鐘を鳴らし、祭りの終わる日の暮れに今年の歳鐘を鳴らす。合わせて二度鳴らされる鐘、よって『二鐘祭』よ」

 

璃月港の人々は毎年、二鐘祭の朝には鐘の音で叩き起こされるのが通例なの───とつらつら説明する夜蘭は楽しそうだ。璃月の人々にとっても、思い入れの深い祭りなのだということが、普段感情の読み取りづらい彼女からもわかるほどだった。ところで。

 

「これも諸説あり、だけどね。別の説では岩王帝君から命を受けた仙人が製鉄技術を教えた、とか製鉄技術に秀でた民たちが璃月の外からやって来たのを記念したお祭りとか全然違うものもあるし」

「諸説ありすぎだろ!!伝統あるお祭りなんだから、由来の統一ぐらい頑張ってくれよ!」と、パイモン。

 

対して、夜蘭はしょうがないわ、と涼しげな顔だ。

「言ったでしょう、元々二鐘祭はこの鋳錬郡で行われていたって。大火の時に、祭りの運営をしていた人物も少なからず犠牲になったし、二鐘祭の資料も多くが焼けてしまった。正しい由来も散逸して長いのよ」

「あ、そういうことか……」

 

 

わちゃわちゃと草木生い茂る山道を進んでいく。手入れのされていない、自然のままの山はみっしりと枝同士が触れ合うかのように木が生えているせいで薄暗い。時折淡い木漏れ日が地面に投げかけられていたけれど、それでも視界の悪さを跳ね除けるには至っていなかった。

 

そうこうするうちに、道の分岐点が見えてきた。片方のカーブした方は、おそらく山頂に向かうものだろう。もう片方は随分と短く、途切れた向こうは崖となっているのが分かった。宿雨の地図によれば山の中腹に墓所があるらしいが、まだ上に登るべきか迷ったところで、「あ」と声が出た。

 

 

 

 

(これかあ……)

 

短い方の道のすぐ、脇。瑞々しい清心が一輪、すらりと細い花瓶に活けられて風に揺れていた。その奥に、こじんまりとした墓石が木々の緑に溶け込むようにひっそりと建っている。宿雨は旅人たちに墓の掃除を頼んでいたが、その必要はなさそうだった。誰か墓参りをしてくれる知り合いでもいたのか、石の表面はつるりと磨かれて、落ち葉や苔のひとつもなく美しい。

 

「……これ、だよな?旅人…なんか思ったより小さいけど」

「多分。結局ファデュイがどうこうとか、行ってみたら罠とかの心配は要らなかったね」

「それに、誰かが掃除してくれてたみたいだ。宿雨の奥さん、友だちいたんだな」

 

近づいて見てみると、磨かれてはいるが存外に古そうだ。墓の表面に刻まれた文字は風雨に削られ、角がとれていて読みづらい。少なくとも10年や20年前といった時代のものには見えなかった。宿雨には角が生えていたし、やはり何かしらの人外かそれに近い生き物だったのだろうか。

 

「何書いてるんだ、これ?なに上の露……?」

「…薤上(かいじょう)の露、何ぞ(かわ)き易き。露(かわ)けば明朝、更に復た落つ…ああこれ、『薤露歌(かいろのうた)』ね。人の生死の儚さを嘆いたもので、葬儀なんかで使われる昔の歌よ。こういうふうに墓石に彫るのは珍しいけど…古風な人なのかしら」

「どうだろうなぁ?オイラには、20か30代くらいに見えたけど」

 

その会話を尻目に、旅人はここへくる前に水筒に詰めて来たお茶と、夕暮れの実を取り出した。宿雨から頼まれていたお供え物をさてどこにおこう、と辺りを見渡すと墓石の後ろ側に小さい茶杯と皿が並べてある。女性らしい、白地に小さな花柄の添えられた磁器だ。それにお茶を注ごうとしたところで、夜蘭が「旅人、その茶杯を見せてくれる?」と言い出した。

 

 

手渡すと、彼女はそれをひっくり返してまじまじと見つめ、角度を変えてあちこちを見分するとありがとう、と旅人に返した。

 

「何か分かった?」と、尋ねると彼女は難しそうな顔で顎に手をやった。

「……そうね。杯の後ろ側に、窯元らしき名前が入れられていたのだけれど。これ、少なくとも500年以上前に廃業したところのはずよ。骨董品として今でも高値で取引されるものだけど、明確に日常遣いされていた形跡も残っているし、何より骨董品として取引されるような美品ではない…」

「ん?ということは……これ、お墓の主人が使ってたもの…なのかな。後から誰かが置いたわけじゃなくて?」

「その可能性が高いわね。故人が実際に使っていた食器を備えるのは、珍しくない風習だし」

 

(え?いやでも、そうなると……?)

旅人と同じように、困惑したらしいパイモンが頭を抱えてうんうん唸っている。

「……んん?それだとこのお墓の主、少なくとも500年以上前の人ってことにならないか………?」

「そういうことになるわね。そして、君たちが会ったという宿雨という男性も、当然500歳を超えている計算になる」

 

 

どう見ても30代くらいにしか見えなかった宿雨が、旅人たちの脳内でピースをしている。あいつが……500歳以上……長命種独特の浮世離れした感じもあまりなかったけど……角はあったけど……500歳!?!?

 

 

 

 

 

依頼人の衝撃の実年齢(推定)が発覚した以外には、特に怪しいものも見つからなかったため、3人は収穫なくすごすごと璃月港へと帰る羽目になった。夜蘭という有能な人物がいてこれなので、肩透かしというか何と言うか。元々彼はファデュイだとは言え、こっちに悪意を持っていそうでもなかったので警戒心が空振りしただけとも言えるのだが。

 

 

去り際に詳しいことは謎のままだったわね、と苦笑した夜蘭はともかく、と話を続けた。

「流石に私も500年以上前となると、記録も追いにくくなってしまうわ。一応、国外追放されていると自称する人物がいた、ということは報告しておくけれど……もしかしたらこう言うことは、私より甘雨さんたちの方が詳しいかもね」

「甘雨?……確かに、それもそうだな!」

「ええ。何せ彼女、500年どころではない昔から七星に使える身だもの。二鐘祭の期間中は忙しくしているだろうけど……何か進展があったら、また教えてちょうだい」

 

そう言って夜蘭は今度こそ、すたすたと速足気味に遠ざかっていった。その後ろ姿は、祭りの準備に走り回る人混みに紛れてあっという間に見えなくなる。淀みない足取りをパイモンと見送りながら、午後のオレンジがかったとろりと濃い陽光が旅人の目に沁みる。あと何時間かすれば、日暮れだろう。

 

(そう言えば)

 

宿雨の目の色は、ちょうど夕焼けや朝焼けの空を丸ごと写し取ったような、グラデーションの美しい色だった。青みのあるくすんだ紫から、淡い橙が融け合った玉のごとき目。彼の瞳を見た時、世にそうはいない、それでいてどこかで見たような、と奇妙な感想が浮かんだことを思い出す。その、どこかで見たような、が今になって誰と重なったのか分かった。

 

(……甘雨だ。宿雨の目の色を見た時、誰かと似てるって思ったの……)

 

いやまさかな……顔も全然似てなかったし……と何故か現実逃避を旅人は胸中でし始めたが、そんなことはつゆ知らず「ご飯食べに行こうぜ!」と手を引っ張るパイモンにつられて、今行くよ、と旅人は応じた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

 

ごおおぉぉぉおおぉん……おぉんんん……ぉおん…

 

 

とんでもなく大きな鐘の音で、旅人は文字通り飛び起きた。珍しく塵歌壺ではなく宿屋の寝台で、楽しい夢を見ていたはずが、いきなり鼓膜をぶっ叩かれたような心地である。寝ぼけたまま覚醒しきらない頭が、すわ敵襲かはたまた事件か、と混乱のままキョロキョロと部屋を見渡すと、寝ているところを同じく起こされたパイモンが、ハチドリみたいに飛び回っている。パニックになっているのか、部屋の角という壁にぶつかるゴンゴンという音がやけに耳についた。

 

「うおおおおなんだよこの音!事件か!?ファデュイか!?オセル復活!?っていうか、オイラの黒背スズキの煮込みがなくなってる!?あれ!?」

「………落ち着いて、パイモン…」

 

人間、自分より明らかに慌てている存在を見ると不思議と落ち着くものである。旅人もパイモンの慌てようのおかげか、だんだんと頭が冴えてきて、見慣れないここが宿の部屋であることと、特に外は平穏そうであることをようやく認識した。

 

窓を開けると、ちょうど夜が明けるときだった。春とはいえまだ肌寒い温度の澄み切った空気と、色が変わりゆく最中の光がどっと流れ込んでは部屋をあっという間に染め上げていく。遠い水平線のその向こうから、まばゆい輝きを誇示するかのように太陽が顔を覗かせては、眠たげな人間たちに夜と眠りの終わりを告げ始めていた。

 

 

「……………あ、もう朝か…は〜びっくりした!オイラが今まで体験した中で、いちばん耳に悪い目覚め方だったぞ…」

「すごい音だったね」

 

パニックになってバタバタしていたパイモンも、朝の光でようやく頭が働いてきたらしい。気が抜けたようにすとんと肩の緊張をほどいて、それからあっと何かに気づいたように声を上げる。

 

「てことはもしかして、さっきのが夜蘭が言ってた『歳鐘』か?お祭りの始まりに鳴るのが、確か去年選ばれたものなんだっけ?」

「あ、そっか。完全に叩き起こされた衝撃で、せっかくの鐘をちゃんと聴けなかったね……残念」

「しょーがないだろ。誰だってあんな音量の鐘で起こされて、『なんて良い音色…』なんて聴き入っていられる奴なんかいるもんか!璃月の人たち、毎年これを体験してるのか?すごいな…」

 

 

それでも、夜蘭の言葉に偽りはなかったようだ。宿の階下、向かいの商店、遠くに設置された出店。静かな眠りの淵に沈んでいたはずの璃月港は、歳鐘の一音を境として人々が起き出す気配に満ち始めている。眠そうな挨拶の声、おぼつかない足音、町々の扉が開かれる音、何か液体を注ぐような音、ぼんやりとした鶏の鳴き声。ざわざわと、どこか楽しげに。いまから始まる楽しい時間が、待ちきれないとでも言うように。

 

 

朝だ。そして、年に一度の祭りが始まるときだ。世界は鐘の音ひとつをスイッチにして、非日常へと切り替わり、春の風がびゅう、と窓から吹き込んでは何処かへと去って行く。甘い匂い。全てが艶やかで、咲き乱れてはこぼれ落ちる季節の息遣い。祝祭が始まる気配がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…パイモン」

「………えっへへへ…んへへ…」

「パイモンってば」

「ほえあ!聞いてる、聞いてるぞ旅人!」

 

旅人はじっとりした目で、顔を緩めて浮かれ倒す相方を見つめた。時刻は昼前。二鐘祭の戦果を小さな手に握りしめ、うっとりしているパイモンのお腹もそろそろ空くころ。ところがどっこい、珍しい事にいつもなら目移りしていそうな食べ物の屋台にも目もくれず、パイモンの視線は握りしめた可愛らしいペーパーナイフにのみ注がれていた。

 

 

夜明けに鳴り響いた歳鐘を合図に、いよいよ始まった二鐘祭の盛況具合たるや凄まじいものだった。見渡す限りの出店には光り輝く金属たちが居並び、陽光を反射してきらきらと眩しいほどである。装飾品、武具、マシナリー、調理器具、日用品、楽器、時計、修理専門店や買取りまで…。

 

客層も海灯祭とはやや異なっているようで、地元住民を中心とした大きな祝祭といった雰囲気のあちらに対して、こちらは何やら大量の買い付け注文をする業者らしき人や店頭の商品をためつすがめつ吟味する者も多い。値切っている奴もいれば、それにブチギレている職人もいる。どちらかといえば二鐘祭の方が、より商売色も濃いように思えた。

 

 

『そりゃあそうだ。二鐘祭は鍛治職人たちの祭典であると同時に、絶好の稼ぎ時だからな』

『ここで自分の腕前を売り込んでやろうって奴も多いし、逆に二鐘祭の間だけ店を開けばそれで一年分の稼ぎになるって奴もいる。それくらい重要な祭りなのさ、俺たち鍛治職人にとってはな』

 

 

そう語ったのは、璃月でいつもお世話になっている鍛冶屋の章だった。馴染みの彼はどんな出店を開いているのか見に行けば、何と自分の作品を売るのではなく、鋳型を使った簡単な鋳物体験教室を開いていた。聞けば、「売り上げは確かに大事だが、それよりも鍛治や冶金に興味を持つ人が増えて欲しいから」だそう。見上げたおひとである。

 

『お、おおお、このまま注いで大丈夫か!?』

『大丈夫だ。そのままゆっくり、焦るなよ。入れるのは水じゃなくて、溶かした金属なんだからな』

『分かってるって!脅かすなよぉ!』

 

旅人は辞退したが、目を輝かせたパイモンがやりたがった為、1500モラで鋳物体験に参加することとなった。紆余曲折あり、完成品を章が整え、パイモンが選んだ柄や房飾りをつけたペーパーナイフは中々良い仕上がり。真鍮製のペーパーナイフは、紙はもちろん柔らかい果物程度なら切れると聞いてパイモンの機嫌はうなぎのぼりの天井知らず。ふよふよ、るんるんという音が口今にもから溢れ出してきそうなほどだった。

 

 

「ペーパーナイフ…ふふふ…パイモン特製…!我ながらよくできてるぜ!お前もそう思うだろ?」

「思う思う。もう10回くらい思ってるよ」

「何だよその雑な返事は!オイラ、自分の剣がずーっと欲しかったんだ!これはお前からしたらペーパーナイフだけど、オイラにとってはちょうど良いサイズだし!」

「じゃあパイモンも良い剣を持ったことだし、今度フライム狩りにでも行こうか。頑張ったら…」

「頑張っても無理に決まってるだろ!オイラは応援専門なんだ!」

 

 

ギャアギャアとふざけながら可愛らしい飴細工や串焼きを買い、人混みになかば流されながら2人は並ぶ出店をさあっと眺めて行く。繊細な宝石のついた腕輪、重厚な時計、ふっくらとした光沢のある花瓶、所狭しと置かれた何種類もの包丁、ころんとした輪郭のやかん、かと思えばいかめしい屋根飾り、鈴が数多くくりつけられて涼やかに揺れている店‥。その中でふと、あの細工の彫られた箱はなんだろう、と旅人が足を止める。

 

目を惹かれたそれに近寄ってみると、手のひらより少し大きいサイズの銀の小箱だ。麒麟や雲、鹿など浮き彫りも美しく、品が良い。宝石箱だろうか。まじまじ見ていると、商品棚の向こう側から声が掛かった。

 

「おや。誰かと思えば、旅人にパイモンではないか。海灯祭以来だな」

 

視線を上げると、見知った顔。鮮やかな緑青が混じった髪を束ね、赤縁の眼鏡をかけた年齢不詳の美女。今は「閑雲」を称して璃月港で暮らす三眼五顕仙人がひとり、留雲借風真君その人だった。

よく見ればその隣には彼女の最も新しい弟子・漱玉もいて、台から身を乗り出して手を振っている。

 

「あれっ、閑雲!?何でここにいる……ていうかもしかして、お前が出店やってるのか!?」

「そうとも。妾もせっかく璃月港に越してきたのだから、二鐘祭で店を出してみようと思ってな。申請の書類や何やらは煩わしかったが、やってみると中々悪くない」

「あたしも師匠と一緒にお店番してるんだけど、売れ行きいいんだよ、師匠の作った『風鳴琴』!旅人さんたちも良かったらひとつ買っていかない?」

「営業上手だね、漱玉…」

 

幼いながらにしっかり者の営業トークに負けて、商品を手に取る。細工の施された小箱の蓋を開けると、内側には楽器を携えている動物たちの人形と山水のミニチュア、そして歯車の組み合わさった不思議なパーツが入っている。細かい部分は絵の具で塗られているが、璃月の風景をそのまま切り取ってきたような具合だ。

 

よくよく見ると箱の側面にネジがついていて、それを回すと……なんと、鳥の鳴き声や風がざあざあと吹く音、小川のせせらぎのような音など、さまざまな自然の生み出す響きがどっと、箱の内側から流れ出した。その音たるや、目を閉じるだけで大自然の絶景の前に佇んでいると錯覚するほど、素晴らしいものだった。

 

「すごい、なんだこれ!オルゴールみたいだけど、こんな風に自然の音を集めたやつは、オイラ初めて見たぞ!」

「いい出来だろう。これはお前の言う通り、フォンテーヌから運ばれてきたオルゴールを参考にしたものでな。ふふ、あちらでは複雑な曲や、自然の音を再現したものは無いと聞いて、試しに妾が作ってみたものだ」

「音は絡繰だけで作ってるの?」

「流石に動力の部分は、まあ…多少仙術も入れてある。絡繰のみで水飛沫や風の音を再現すると、音の質が下がるのでな」

 

 

喋る間にも、いくつかの風鳴琴がまた売れていく。漱玉もすっかり慣れた様子でモラを受け取り、包んだ商品とお釣りを客に渡して『毎度ありがとうございます!』とお見送り……どうやら売れ行きがいいというのは誇張表現でも何でもないらしい。あっという間に残り少なくなってきたので、旅人もひとつ買うことにした。

 

中身のミニチュア山水はひとつずつ違っていて、旅人はその内の銀杏の木が植った秋の山が置かれているものを選ぶ。璃月のいちばん美しく鮮やかな季節が閉じ込められ、大河の流れる轟々という音とともに、肌をくすぐる香ばしい秋風すら感じとれそうだった。

 

商品を包んで渡してくれた閑雲は、それにしても、と人混みでごった返す璃月港の通りを眺めながら、感嘆したようにつぶやいた。

 

「奥蔵山にいたころは、二鐘祭は賑やかながら鉄臭い祭りだとばかり思っていたものだが…こうして璃月港に暮らし、実際に参加してみないと分からぬ楽しみもあるものだ。……あれの生きているうちに、やってやれば良かった」

「あれ?誰のことだ?」パイモンが首を捻る。

 

閑雲の耳の奥には、古い友人のやかましい声が今しがたのことのように蘇る。『ね〜留雲も二鐘祭出ようよ!君の絡繰なら売り上げ一位取れるよ?楽しいぞ〜〜二鐘祭!出ないなんて(仙)人生損してるって!ねえ!』と物凄くしつこい、少女の声だ。

 

「うむ、妾の古い友に…この祭りを創設した者がいてな。もう亡くなって長いが、彼女の生前にはしきりと二鐘祭で店を出そうと誘われていたのだ。死後の今になって実現することになるとは、何が起こるか分からんものだな」

「へ〜そんな思い出が…って、ん?」

 

閑雲の言葉に、パイモンがなんかおかしくないか、と気付いたようである。旅人も同感だった。昨日夜蘭に聞いた二鐘祭の謂れは、『岩王帝君が民に授けた製鉄技術が、向上したことを祝した祭り』だったはずだ。諸説はあるらしいが。夜蘭が正しいのならば、開祖は岩王帝君あたりになるはずだが、彼は表向きはどうあれ別に死んでない。聞いた話との矛盾に、旅人も首を傾げた。

 

 

「創設した者…?師匠、二鐘祭って岩王帝君が始めたんじゃないの?彼女、じゃなくて彼、じゃない?」

 

だいたい似たような疑問を抱いたらしい漱玉の言葉に、逆に閑雲は驚いた風に目を丸くした。鮮やかな翠緑の目が、珍しくきょとんとした表情を浮かべている。

 

「……何?岩王帝君?」

「違うのか?オイラたちも同じようなこと聞いたぞ。岩王帝君が民に製鉄技術を授けて、それが向上したことを記念したお祭りだとかなんとか…」

「………いや、違うが。何から何まで違う……そうか、当世ではそういう風に祭りの起源が伝わっているのか…まあ、彼女が死んで1500年も経てば伝承の多くは風化するもの、か…無理もない。特にあれは、信仰の中心地だった鋳錬郡も燃えているし」

 

閑雲の言葉に、旅人もパイモンも、それから漱玉も仰天したが、何せ閑雲は3000年を遥かに超えて生きる歴史の証人。二鐘祭が始まった頃からこの国に居る彼女が言うなら、おそらくそちらの方が正しいのだろう。

二度三度、ぱちぱちと瞬きをした閑雲はこほん、と咳払いをする。

 

 

 

「せっかくの機会だ、二鐘祭の正しい起源について教えてやろう……かと思ったが、どうやら妾より適した方が来たようだ」

その言葉に、誰のことだろうと旅人もパイモンも首を捻ったが、たちまちその疑問は氷解することになった。

 

「───旅人にパイモン。最近見ていなかったが、元気そうで何よりだ。今年の二鐘祭は、楽しめているだろうか」

「子供たちや。久しぶりじゃのう」

 

ずしりとした、それでいて不思議な柔らかさのある声に振り向けば、立っていたのは1人の男性と、老婦人が1人。濃い焦茶の髪に、石珀を写し取ったような眼差し。仕立ての良い装束の裾から磨かれた靴、男性の風にそよぐ髪の一本一本にさえ、悠久の時を経た重みが宿っている。

璃月の老舗葬儀屋『往生堂』の客卿、鍾離。そしてついこの間までは、6000年に渡り璃月の統治者だったひと。テイワットに7柱しかいない魔神であり、璃月では岩王帝君の名で尊ばれていた神。岩神モラクス──だった者が、旅人たちに向かって鷹揚に微笑んだ。横に立つピン婆やも、親しげに笑みを深めている。

 

「鍾離!ピン婆やも久しぶりだな!オイラ、めちゃくちゃ楽しんでるぜ!ペーパーナイフも作ったし、美味しい飴もたくさん食べれた!良い祭りだな、二鐘祭!」

「2人とも久しぶり」

 

 

確かに、璃月の歴史を語らせるにはこれ以上ないほどの語り手だ。6000年の歳月を、ひとつの欠けもなく記憶する鍾離は、璃月の蘊蓄を話したがるところが若干ある……と旅人はこっそり思っている。おそらくは古い知り合いが始めたであろう祭りの起源など、その最たるものだろう。

 

 

予想に違わず、側にあった卓に座って二鐘祭の由来について尋ねてみると、彼は茶器を手にしながら楽しげに頷いた。

 

「ふむ。閑雲殿の言う通り、現代で広く知られた二鐘祭の由来は、事実とは大きく異なっている。時が経ちすぎた上に、かつての開催地である鋳錬郡が焼け落ちたことが主な原因だろうが……まず、そうだな。二鐘祭は俺の友であり…璃月の魔神の1柱であった『鉄の魔神ハルファシア』が始めた。今から2000年以上も前のことだ」

「鉄の魔神、ハルファシア…?」と、パイモン。

 

そうだ、と鍾離は頷いた。その口角はわずかに上がっていて、往時に思いを馳せているであろうその表情はひどく楽しげだ。この国の歴史を語る時、彼はいつも幸福そうだ、と旅人はいつも思う。鐘祭に纏わる思い出も、やはりその例を免れないようだった。

 

 

 

 

───遥かな昔。岩神と塵神の庇護のもと、璃月の民たちが璃月港ではなく帰離集に住まい、竈神がその列に加わるよりも前のこと。

 

ある時に、帰離集に近い場所に土地を持たない遊牧民たちが現れた。彼らは『鉄の民』を名乗り、戦を好まず、魔神同士の戦が始まるごとに土地をさすらって生きる民たちだった。彼らは遊牧のほかに鍛治を生業とする民であり、1人残らず鉄の神の教えを受ける弟子たちだった。

 

一眼一足の、鉄の神。武器と炉の女主人にして、鍛治職人の庇護者。それが鉄の民を率いる魔神、ハルファシアだった。

 

 

彼女は岩神と塵神のもとを訪れて、戦が始まるまでの間土地を借りたい、その間製鉄や冶金で必要なものがあれば優先的に請け合い、望めば岩の民たちにも技術を授けよう、と交渉した。二柱はその申し出を受けて契約を結び、やがて民たちの間にも、神々の間にも交流が芽生え始めた。

 

 

時が経ち、岩神たちと近隣の魔神との間に戦争が始まることを知ると、ハルファシアは当初の契約に従って璃月の土地を離れることにした。しかし、帰離集の土地で平穏を享受していた鉄の民の中にはここを去り難い、と言う者も現れた。また、優れた武器職人たちを多く抱える鉄の民がいれば戦争において有利だと考えた岩王帝君は、契約を満了した上で正式に二つの民族を合併し璃月に留まらないか、と鉄の神に提案した。

 

 

鉄の神ハルファシアは長く悩んだ末に、岩王帝君にこう言った。

『私たちは、土地を持たぬが故に戦を知らぬ民。これからこの地に定住し、土地を守るために戦い、生きていくかどうかは民と話し合わねばならない。』

 

そして、岩王帝君に見事な鐘をひとつ渡した。

 

『3日後の夜明けに、君の心が変わっていなければ、一度。もし、この提案を取り止めるのであれば、二度鐘を鳴らしてくれ』

『そして私たちも同じく、君の提案を受け入れるときには一度。提案を受け入れず、この土地を去るなら二度鳴らそう』

 

 

 

そうして、3日後の夜明けに帰離集の鐘は一度。

鉄の民の鐘も、一度。

璃月の空に美しい鐘の音が合わせて二度響き渡り、鉄の民たちは正式に、岩の民たちと合流した。鉄の神ハルファシアもまた、『灼器錬鉄真君』と璃月風の名前を得て、帰離集を守護する魔神の一柱となった。

 

客分だった自分たちが、帰離集へと移住してきたその日を祝し、鍛治の技術がより親しみやすいものとなるように、ハルファシアは毎年鍛治職人たちや金属にまつわるものを扱う祭りを開き、人々はこの日に鍛治や冶金の技術向上を願って供物と、そして故事にちなんで鐘を捧げるようになった───

 

 

 

 

「これが二鐘祭の始まりだ。ハルファシアも、現代では全く違う形で祭りの由来が語られているのを知れば、さぞ驚くだろうな」

「へ〜〜真相はそんな感じなんだ……ってホントに全然違うじゃないか!!正しい由来を広めてくれよ、そこは」

「ハルファシアは亡くなった、って言ってたけど……それはその、カーンルイアとの戦いで?」

 

旅人のやや突っ込んだ質問に、鍾離は首を横に振った。多くの神が亡くなり、各国の統治体制が激変した500年前の戦争とは関連はないらしい。

 

「……いや。彼女は、病で亡くなった」

「…病?」

あまり聞き馴染みのない原因に聞き返す。魔神の死因に、戦死や呪いや天罰、力を使い果たしたなどは聞き覚えがあるが、病とはこれいかに。神が風邪を引くわけでもあるまいし。

 

「そうじゃ。彼女は元々一眼一足の姿だったが…時が経つにつれて灼器は、残った方の足、腰から上と段々動かせなくなる部分が増えていき、死の間際には寝台から起き上がれなくなる病に罹っていた。呪いでも摩耗でもない、と彼女自身がそう言っていた」 

 

鸚鵡返しに尋ねた旅人の問いに答えたのは、にこにこと話を聞いていたピン婆やだった。彼女は手にした茶杯の中の、榛色の水面を懐かしそうに眺めている。その水鏡に、旧友の姿を探すかのように。

 

「彼女は病の原因に覚えがあるようだったけれど、とうとうそれを教えてくれることもなく…渡した仙薬を飲むこともなく1500年前のある日に高天へと去っていったんじゃ」

「ああ。弱っていたハルファシアだったが、死の1日前に俺たちに別れを告げて…そして最後に己の体を一振りの剣へと変えて、この世を去って行った。職能を司る彼女らしい終わりだった」

 

旅人は、地中の遺跡で目にした塩の魔神のことをふと思い出した。あれは魔神そのもの、というよりは死の余波が当時の姿を留めていると言った方が近いのかもしれないけれど。

塩の魔神は、塩に。

鉄の魔神は、一振りの剣に。

死に方に相応しい、相応しくないがあるのかは分からないけれど、司るものへとその身を転じるのは、神にしか選べない死なのだろうと漠然と思った。鍾離が遠い未来にその生命を終えるその時には、巨大な岩が残るのだろうか。

 

 

 

一通り語り合えて満足したのか、鍾離は賑わう人でごった返す璃月港の街並みを眺めている。人を人で洗うような混雑の最中、商品を吟味している客、値切りをしてキレられている者、鋳型に鉄を流し込む子供、簪を買っている若い恋人たち…。彼らの誰1人としてこの祭りの由来を正しく知らずして、それでも心底楽しそうに、嬉しそうに、璃月の民たちは二鐘祭に参加しているのだ。

 

「……ハルファシアの伝説の多くは岩王帝君と混同され、当世には名前すらあまり伝わっていないが、彼女が民たちに教えた鍛治の技術は今なお受け継がれている。鉄の神への信仰と敬愛は、技術へと姿を変えて残ったのだ─と、俺は二鐘祭が開かれるたびに、そう思う」

「……すごいね。伝承も無しに、何千年も信仰が続いたんだ」

「ああ。ハルファシアは自信家で、己のことを天下一の鍛治師だと言って憚らなかったが、それはけして偽りではなかった」

 

しみじみと懐古するような鍾離に、パイモンが何かを思いついたらしい。その顔になんとなく旅人は内容を察した。パイモンはだいたい、伝説の剣とかなんとかに飛びつく部類の妖精さんである。

 

「なあなあ鍾離、その…ハルファシアが遺した剣って今はどこにあるんだ?もしかして鍾離が預かってたりするのか!?」

パイモンの言葉に、鍾離は目をぱちぱちさせた。彼にしては本当に珍しい、僅かな言い淀みに、何かまずいことでも聞いたか、と旅人が思ったところで、顔を覗かせた閑雲が「今は璃月にはないぞ」と口を挟んできた。どうやら店の方も暇になってきたらしい。

 

 

「今は璃月にない?どういうことだ?」

「灼器が死んだ後、その剣は長く鋳錬郡という街に安置されていたのだ。が、そこが550年前に火災にあった時に…」

「鋳錬郡なら、昨日行ってきたからオイラたちも知ってるぞ。火事の時に一緒に燃えちゃったのか?街があんだけひどい状態だったもんな」

 

食い気味に答えたパイモンに、閑雲は驚いたようにちらっと空飛ぶ妖精を見た。

 

「……燃えたわけではないがな。鉄の神が己の身を材料に作った剣が、まさか火によって燃えるわけがあるまい。しかしお前たち、鋳錬郡の跡地に行ったのか。珍しいな、今どきあそこを訪れる人間はそういないと思っていたが」

「あー……ウンちょっと、色々あって…」

 

閑雲が意外そうに口にした疑問に、パイモンと旅人はどう応えるべきか迷って、ちらっと目線を合わせた。別にやましいことがあるわけでもない。それどころか、ここにいる彼ら彼女らは3000年以上の歳月を見守ってきた当事者たちである。少なくとも500年は生きている(かもしれない)宿雨について、知ってる可能性は高いのだ。

 

(どーする、旅人?こいつらなら宿雨について、何か知ってるかもしれないけど…)

(聞いてみようか?甘雨は二鐘祭の間、忙しすぎて聞けなさそうだし)

 

「な、なあ、実はオイラたちが鋳錬郡の跡地に行ったの、ちょっと訳があってさ。スメールからここまで荷物を運ぶ途中に、宿雨って奴に出会ったんだけど…そいつに…」

 

その瞬間に、空気が凍った。ぴしん、と薄氷に罅が入る音が聞こえそうなほど明確に、何かが切り替わる。

 

 

 

「───待て。宿雨…宿雨だと?」

 

 

パイモンの説明は、つと遮られた。止めた閑雲の、平素凛と涼やかな声が尋常ならざる低さになったことに驚いて、彼女の顔を見ればその白皙は青ざめ、すこんと表情が抜け落ちている。いや、それは彼女だけではない。ピンばあやも……鍾離だけはいつも通りの静かな表情だったが、先ほどまで飲んでいた茶碗を卓に置いて、こちらをじいっと睥睨していた。

人ならざる生き物の、3対の厳しい視線にパイモンが慄いたように一度、ぶるりと震える。

 

 

(何か知ってるかもしれない、とは思ったけど…これは)

 

知ってる、なんて言葉ではどうも足りなさそうだ。旅人の胸中を察したようにピンばあやがそうっと口を開いた。

 

「…子どもたちや。我々にとってそれは、とても…とても、忘れ難い名前じゃ。彼はまさか、璃月にいるのかい?いやそもそも、まだ生きておったのか?何ということじゃ…」

「ピン、落ち着け。……旅人、お前が出会った宿雨という人物は…薄墨色の髪をした青年の姿だったか?」

 

閑雲の問いかけに、旅人はこくりと頷く。

「えっ。あ、そうだったよ。髪の毛を伸ばして、一つに括ってたと思う」

「…小さい角が左の耳上から生えていて、目は薄紫と橙が混じった色か?」

「うん」

 

旅人の答えに、閑雲は肺の底から吐き出すかのような深いため息をついた。その様子に、旅人もパイモンもぎょっとして彼女を見る。ここで卓を囲む3人は皆、3000年もの間璃月を見守り、外敵を退けてきた仙人と、そして魔神だ。この世に起こり得るほとんどの出来事は彼らを脅かすに足りず、驚かせるには余りに矮小だ。

その彼らを、名を出しただけでここまで警戒させ、不愉快そうにさせる宿雨とは、一体何者か──はここまで来ると薄々見当がつくが──何をした人物なのか。

 

 

ざ、と軽い音がした。見れば鍾離が茶杯を脇によけて、卓上で手を組んでいる。それは、彼が茶を飲みながらの片手間に聞く話ではない、という分かりやすい姿勢だった。かつてこの国を治め、統治を人の手に委ねた今でも信仰篤き神が、そう判断したのだ。

 

「──どうやら、俺の知る宿雨と旅人たちが出会った彼は同一人物で間違いなさそうだな。すまないが2人とも、経緯を詳しく聞かせて貰えるだろうか。彼の生存は、俺たちにとっても決して他人事ではない」

 

鍾離の黄金色をした瞳の奥に、底深い輝きがある。これは、怒っているのだろうか。それとも、昔を懐かしんでいるのか。

 

「て、て言うかやっばり、お前らの知り合いだったんだな?あいつ仙人なのか?」

パイモンの問いに、鍾離が頷く。

「そうだ…厳密には半仙だが。宿雨はかつて俺と契約を結んだ内のひとりだった。2000年ほど前を境に、俺の友であるハルファシア──灼器錬鉄真君に師事して教えを乞い、彼女の死後も鋳錬郡で、鍛治職人として長く働いていた」

 

彼が言葉を一度切る。そして、重々しく、宿雨の信じがたい罪禍を口にした。

「───そして、550年前の二鐘祭の日。宿雨は突如として鋳錬郡を焼き払い、街中にカーンルイアの獣を解き放ち、ハルファシアの遺物の剣を盗んでこの国を去った。その結果、鋳錬郡は灰燼と帰し…彼はカーンルイアに逃亡した為、恐らく戦に巻き込まれて死んだかと思っていたが………ふむ。まさか息災だったとは」

 

深い色の前髪の下で、石珀がちかちかと、強く、明るく光っている。これは怒っているのではない、と旅人はその時に思う。昔を懐かしんでいるのでもない。

───これは、多分。殺気に近い何かだ。

 

「…あれの悪運は、未だ尽きていないらしい」

 

ぞわり、と背筋が割れ知らず震えた。




宿雨
・放火・窃盗・内通というやってはいけないこと全てをやって璃月から逃亡した半仙。当然、生きてる全ての仙人から恨みを買っている。国境線を踏んだら爆発四散して死ぬ。かもしれない。

・ハルファシア(灼器錬鉄真君)
璃月の魔神。病という穏当な死因だったのに、死後に弟子が蛮行をやらかした。一眼一足の鍛治神。元はモンゴルっぽい遊牧民たちの神だった。

・鋳錬郡
かつて璃月にあった鍛治の街。一大工業地帯化してたのに、宿雨が燃やした。
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