未来の
なので、当分の間、無色モードで過ごしているのだが、その反面、彩禍の欠席が続いているせいで、クラスで若干一名、妹もとい
「…………はぁ」
無理もない。身体は完治したとはいえ、彩禍の前でみすみす意識を失うという不始末をした上に、彩禍の手を汚させてしまったことが瑠璃には甚だ遺憾だった。
無色が声をかけても「ああ」「そう」としか反応せず、瑠璃の様子はクラスでもちょっとした問題になっていた。
「玖珂くん、瑠璃ちゃんが元気出そうなことなにか知りませんか?」
そう言って話しかけてきたのは瑠璃の友人、
「……そうだね。子供頃は一緒に寝たりしたら、次の日にはケロっとしたけど。あの様子じゃあ、効果が薄いかな」
「……‥そうですよね。あの様子じゃ。私も声をかけたりしているんですけど……」
彼女も瑠璃の影響を受けてか、いつもよりも表情が暗く元気がない。
さすがに瑠璃のことでこれ以上心配させるのは悪いと思い、無色は「思いつく限りやってみるよ」と答え、緋純が少しホッとするのを見送った。
とはいえ、口では簡単に言えても、なかなかいい案が思いつかない。瑠璃とはもう数年間も会ってもいなかったので、何をしたら元気を出すか、皆目見当がつかない。
どうしようか、悩んでいると黒衣が話かけてきた。
「察するに、騎士不夜城の件ですね」
「……はい」
「でも、そんな悩むことでしょうか。騎士不夜城なら前の埋め合わせで、もう一度誘えばある程度元気を出すかと」
「……そんな簡単な行くもんですか」
「一般人では効果が薄いですが、あの騎士不夜城なら上手くいくかと」
「……そういうならいいですけど。でも、どこがいいかな。遊園地? 映画? 気分転換にはいいと思うけどなんか違うような気がするんだよな」
「ふむ、騎士不夜城なら何だって喜びそうですが、強いて言えば、思い出がある場所に連れていくのがいいかと」
「……思い出か」
無色は考える。瑠璃とまともに過ごしたのは小学生までだ。行ける範囲だって、広くないし、一緒に水族館にいったぐらいしか思いつかない。
「……水族館かな。駅前のところの」
「というと、東駅前水族館ですか」
「うん、そう。黒衣も行く?」
と、言ったものも、楽しかったと覚えているが、それ以外に何かしたというわけではないので、遊びとしてはつまらないかもしれない。
「いいえ、今回は遠慮しておきます。前回騎士不夜城を巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いていますし、兄妹水入らず、楽しむことも大事かと」
「……わかったよ」
次の日の放課後。
無色が一緒に出掛けようと、口にした瞬間、瑠璃はポカンと口を開けて停止した。
「………………」
瑠璃は沈黙する。
「瑠璃」
再度、呼びかけても反応がない。
「………………」
「えぇと、もう一度言うけど、今週の土曜日一緒水族館に行かない。前回は襲撃が合ってうやむやになったから、その埋め合わせで」
「…………………………へっ?」
無色が再度口にすると、やっと瑠璃の目に光が灯る。しかし、ブンブンと横に振り、前回のことを思い出したのか、冷静さを取り戻す。
「瑠璃聞いている?」
「な―なななな言っているのよ。前回だってそういって……」
「駄目かな。前回、急にいなくなったお詫びに」
「んっ……そう…………お詫びに」
無色のお詫びという単語に反応してか、瑠璃がボンッ! と顔を真っ赤にした。
「……お詫びなら、私の要望も聞いてくれるということよね。なら、あんなことやこんなことも、私のやりたい放題よね。でも、状況によってはそれ以上のことも。ダメダメ、そんなこと人前でやるなんて。でもあり、全然いけるいけるいっちゃうかも。はぁはぁはぁはぁぁあぁ」
今の一瞬でどんなことを妄想したのか、わからないが、瑠璃の身体が捩れてはいけない方向に捩れている気がする。
「瑠璃?」
「……い、いいわ! ……これで許すとは思わないでね!」
と、前回と同様にビシッと指を指して叫ぶと、瑠璃は教室を出て行った。
*
次の土曜日。朝十時三〇分。
騎士・不夜城瑠璃は、水族館ということを考慮して、その身に可愛らしい勝負服(ドットレトロスカート×ベージュトップス)で鎧い、出陣した。
待ち合わせ場所の東駅前水族館は、ここから二十分ほどで到着する場所にある。
余裕を持って四十分前に〈庭園〉を出たのはいいが、足取りが思ったよりも重いせいで、結構な時間がかかっている。
とはいえ、足取りが重い理由には見当がつく。先週の事件、魔女様より先に倒れしまった件が、意識していなくても、無意識下で足取りを重くしているのだろう。
件の事件は魔女様本人がどうにかして解決したと、黒衣を経由して聞かされた。だが、その際に負った傷が思ったよりも大きく、魔女様は自宅に安静しているらしい。
瑠璃がお見舞いにいこうと申し出ても、「人様に見せるようなものじゃないよ」と黒衣経由から聞かされ、魔女様が顔出すまで何もできずにいた。
事件が解決して全てが終わったと楽観視するつもりはない。瑠璃は魔女様のために、日々鍛錬してきたが、先週は肉壁にすらならなかった。
相手が第四顕現の魔術師。いや、魔女様だったのは何となくわかった。容姿がわからなかったが、一つ一つの仕草、透き通る声が魔女様であると直感が教えている。
なぜ、魔女様が二人存在し、片方が攻撃してきたのか瑠璃にはわからない。でも、魔女様が解決したというのなら、解決したのだろう。
最終的にどうやって打倒したのか、皆目見当もつかないが、今の魔女様が生きて帰ってきてくれたことに心から安堵した。
あの日から、日々の鍛錬にほとんど時間を割いている。あの不始末をなかったことにするのは不可能だ。
罰を受ける覚悟はある。でも、もう一度チャンスを下さるのなら、そのときは四肢がもげても魔女様を守る、と誓った。
「……ふぅ」
瑠璃は深く空気を吸い、落ち着かせる。
物事が上手くいきすぎて、気持ちが追いつかないが、お兄様までに気を遣わせてしまったことに少し罪悪感を抱いている。
だから、今日は目一杯楽しむつもりだ。
何しろ、お兄様がお詫びしてくださるのだから。
そんなことを考えながら歩くこと三十分。待ち合わせの時間までまだ余裕があり、安堵していると、「瑠璃」と呼ばれ、瑠璃は背後を振り向いた。
無色を見た瞬間、鼓動が高まる。
「―瑠璃」
「……ッ」
が、素直に答えるのは尺に触るので、平静を装って答える。
「ふん。何よ。お詫びされに来たけど文句ある?」
無色は瑠璃の全身を見回したあと、前回とは異なる趣に目を開いた。
「すごく綺麗だ。とても上品だよ」
「…………ッ⁉」
予想を超えるストレートに、瑠璃は数秒意識を失い、身体を震わせた。前回とは違い、ジャブをくらう覚悟で赴いたが、考えが甘かったらしい。
が、残りの気力で、どうにか倒れるのを堪え、スパァンスパァンスパァン! と数回頬を叩いて真顔に戻る。若干というか、かなり痛いが耐える。
「る、瑠璃?」
「……大丈夫。蚊よ。それより黒衣は──」
と、瑠璃は言いかけ、周囲を見回すも黒衣の姿はない。再度、一回りして確認するも、無色以外に知り合いの姿はない。
もしかして、二人きり。
瑠璃が思ったのと同時に、無色が残念そうに口を開いた。
「黒衣も誘ったけど、断られた。兄妹水入らず楽しんできてださいって」
「……ハッ」
瑠璃は気づいた。いや、気づいてしまった。
「……もしかして⁉ もうやるの……? デートするっていったから覚悟していたけど? まさかそこまで進めるつもりなの? もしそうだとしたら、どうしよう⁉ まてまてまて歩いてきたから汗臭いよ。落ち着け、落ち着け、不夜城瑠璃。まだ、そうとは限らない…………でもやるなら準備が……」
その様子を見て、無色は思った。
数年間会わないうちに変わってしまったらしい。なにかしら抱え込んでいるのはわかっていたが、数年前の瑠璃はこんな子ではなかった。
とはいえ、瑠璃はその間に〈庭園〉に来ているので、生活に適用するため、変えざるを得なかったのだろう。その間、兄として何もしてやれなかったが、今日はできる限り瑠璃が楽しむことをしてやろう。
「瑠璃、そろそろ中へ入ろう」
無色は瑠璃の手を取る。休日なので、人混みが多く、はぐれそうになるのを防止するために無意識とった行動であったが、あまりにも自然な流れだったため瑠璃は呆然とした。
「え? あ、う、うん」
瑠璃は曖昧に頷くも、ハッと気づき、無色の手を放す。無色と繋ぐことは嫌ではないが、なぜか無性に恥ずかしいと瑠璃は感じてしまった。
とはいえ、繋ごうとしてくれることは素直に嬉しい。
「あ、ごめん。前回繋いだからつい」
「……別に⁉ 今のは手が痒かっただけで⁉ ……繋ぐんでしょ」
そういうと、瑠璃は離した無色の手を取る。今度は絶対離すまいと思い、強く握る。
「ちょっと強いかなぁ」
無色が注意するも、瑠璃は一切弱めるつもりはなく、ずかずかと水族館の入口に向けて歩き始める。
入口の人混みを通りすぎ、奥へ進む。
懐かしい光景。魚の種類やコーナーなどが変わっているが、雰囲気は変わっていない。〈庭園〉に来てから戦うことを余儀なくされたせいか、なんだか穏やかな日常が懐かしく感じる。まだ幼かった瑠璃が知らなうちに美人さんになっていたり、彩禍さんに一目惚れしたり、挙げればきりがないが、知らなかった頃よりも濃い日常を過ごしている気がした。
「気になったんだけど、なんで水族館?」
「うーん。覚えているか知らないけど、前に一緒に来たことあるんだよ。瑠璃が小学生のころだから覚えていないかもだけど。まぁ、そんなわけで久しぶりに行きたいなぁって思っただけ」
「……えへへ」
無色の言葉に瑠璃は満足げに微笑むと、先に進むよう促した。水族館の思い出を覚えているとは意外であるが、一緒に思い出を共有できて瑠璃は堪らなく嬉しかった。
と、そのままサメやマンボウを眺めて進んでいくと瑠璃が何か可愛いものを見つけたようで声を上げる。
「ペンギン‼」
彼女の視線の先には、可愛らしいペンギン軍団が待ち構えていた。
「ふん⁉ 触りたいなら付き合ってもいいわよ⁉」
「いや何も言っていないけど、……触りたいの?」
瑠璃はぷくうと頬を膨らませると、ペンギンを指差して答える。
「……ペンギンは触るもんじゃないの?」
「……触れるけど、そんなに触りたいと思うもんじゃないかな」
そう言って、無色はふと昔のことを思い出した。昔来たときも、些細なことで意見が割れたような気がする。詳しいことは覚えていないが、瑠璃が泣いたのは覚えている。
今ではそんなこと考えられないが、今やっと、数年間の重みを実感した。
とはいえ、瑠璃がペンギンに触りたいのは確かである。別に断る理由もなし、今回はお詫びを兼ねているので、瑠璃の好きにさせようと思い、無色は意見を合わせる。
「じゃぁ触るか。確か、奥の方でイルカショーあるからそれまでな」
「うん‼」
瑠璃が無色の返事に答えるようにパァツと微笑むも、何か思い出したのか不機嫌になり口を開いた。
「でも、これでお詫びが終わりだと思わないでね」
無色は頬をぽりぽりかきながら、返事をする。
「わかっているよ」
瑠璃と無色は飼育員の指示に従い、ペンギンに触る。肌触りは陸の鳥と違って、モフモフといった感じはなく、つるんとした滑る感じだ。
「この固い羽毛が意外と病みつきなるぅ~」
「そう? まぁ瑠璃が喜ぶならいいけど」
「うん。お兄様が迷子になった私をペンギンでも触って元気だせって言ってくれたからペンギンが好き」
「え?」
「早く魔術師辞めて、ペンギンの飼育員になれって言ったのよ」
と、瑠璃の言葉に無色が困惑するも、ペンギンと触れ合っていたら時間があっという間に過ぎた。
イルカショーまでもう時間がないので、無色は瑠璃を連れて奥の会場に向かう。
「ちょっと、早いって」
「時間がもうないんだって」
瑠璃は口では嫌そうに反応するも、繋いだ手は離さない。
だから、握る強さが強いって言おうとして、昔もこんなこともあったなぁ、と無色がどこか懐かしみを抱くのだった。