女トレーナーのつもりですが男トレーナーでも変換可能だと思います
マルゼンスキーのトレーナーとモブウマ娘が出てきます
さくっと終わります

SS速報VIPに同タイトルで投稿したものをここにも投稿しています

1 / 1
マルゼンスキーのトレーナー

今日のレースの解説にマルゼンスキーが来ていることを担当の子から聞いた。

 

レース場へ向かう電車の中で、スマホを弄っていた彼女がいきなり声を上げて、私をちらりと見たのだ。

 

それで、SNS上で話題になっていることを教えてもらった。

事前に情報はなかったのだが、どうやら飛び入りで解説に参加を表明したとのことで、今日の出走者が阿鼻叫喚の状態らしい。無理もない。あのマルゼンスキーが自分たちの走りを解説するというのだから。

 

私は不思議に思って、言った。

 

「どうして地方のレースに?」

 

担当の子は、私を見て、首を傾げた。

 

「私が知りませんよ。なんか来てるらしいですけど…聞いてないんですか?」

 

「いや…別に」

 

「ふーん…」

 

電車がカーブを走り、車体が揺れて人がよろめく。

私はさりげなく担当の子を守るような形で、彼女に手を添えた。

 

「ごめんね。車、故障しちゃっててさ」

 

「いえ…」

 

彼女は私を見上げて、「たまにはいいんじゃないんですか」とぶっきらぼうに言った。

 

 

 

電車を降り、道を歩きながら、彼女がきいてきた。

 

「マルゼンスキーさんとは、疎遠なんですか?」

 

私は驚いて、苦笑交じりにそれに答える。

 

「疎遠…ってことはないと思うけど」

 

「今でも連絡はとるんですか?」

 

「時々はくれるよ…彼女は律儀だから」

 

「律儀? 元、トレーナーには、律儀じゃないと連絡とらないんですか?」

 

元、というところに、彼女は、若干力を込めて言った。

 

「ウマ娘とトレーナーの関係って、引退したら、そのまま疎遠になるのが普通なんでしょうか?」

 

「そういうわけじゃないと思うけど…いろいろ、事情が」

 

「事情…事情ですか。どんな事情なんでしょうね。事情」

 

「トレーナーさんは、私の知らない過去をもつ人ですから」と、冗談っぽく言って、彼女は歩くペースを少し落とした。

レースまでは、今日は余裕をもって出てきたのでまだまだ時間がある。

会場につくまでにはまだかかるだろう。

 

 

 

 

彼女は私を見つめている。

その眼からは、「私に話したいことがあるのなら、聞いてあげますよ?」という、疑いと、信頼と、甘えを混じらせた考えが、喋らずとも伝わってくる。

私は彼女の頭を撫でて誤魔化そうとしたが、子ども扱いされていると思われたのか、ちょっとふくれさせてしまった。

 

「…大した事情はないよ。本当に」

 

「本当に?」

 

「うん、本当に」

 

「…あのマルゼンスキーを担当したトレーナーが、中央から地方のトレーナーへ転属したのも?」

 

その言葉に苦い思い出が頭をよぎり、それが表情に出てしまったのか、彼女は一瞬瞳を揺らがせたが、こらえて、それを押し留め、いつもの勝気な瞳で、私を見ていた。

よほど私の事情が気になるのだろうか。今までずっと疑問に思っていたのか。隠し事をしているトレーナーのことが気に入らないのかもしれない。

もっともだ。

 

「…マルゼンスキーさんと、何かあったんですか?」

 

「…」

 

少し後ろめたい気持ちになる。

隠すほどのことではない。ただ、自分の未熟が人を傷つけてしまったのが嫌で、あまり思い出したくなかっただけだ。

 

 

 

 

私はちょっと考えてから、口を開いた。

 

「…まあ、彼女とは何かということもないけど。言っておきたいのは、私は地方に転属して、不満でいるわけではない」

 

「それは、わかってます」

 

「ウマ娘たちに思うように走ってもらいたくてトレーナーをしているのは今も昔も変わらない。ここの子たちはみんないい走りをする子ばかりだよ」

 

「…トレーナーさんは、がっつかないですよね。普通のトレーナーなら、もっと結果を出すことに執着するのに」

 

「マルゼンスキーにも言われたことあるよ」

 

私は懐かしくなって、クスリと笑った。

 

「それが琴線に触れたんだってさ」

 

私から少し目線を逸らして、彼女はつぶやく。

 

「仲、良かったんですね」

 

「まあね。こういったらトレーナーとして適切じゃないかもしれないけど、いい友人のようだった」

 

「ふうん。友人」

 

「彼女の走る姿が大好きだった。貴方も現役時代の彼女の走りを見たことがあると思うけど、見ているこっちも楽しくなるような走りでね。彼女の走りを間近で感じるのは…」

 

ふと、隣で歩く彼女の頭に張り付く耳を見つけて、私は笑って彼女を撫でた。

 

「もちろん、貴方の走る姿も大好きだよ」

 

「や、やめてください…もう。子供じゃないんだから…」

 

嫌がるように頭の上の手をどかそうとするも、尻尾がぶんぶんと振れている。

可愛い子だ。まるで妹のように思う。こういったら、きっと彼女は怒るだろうけど。

 

 

 

 

マルゼンスキーはよくお姉さんぶっていた。

私の方が年上のはずなのに、どこか貫禄があって、頼りがいがあり、人を惹きつける力があった。

ずば抜けた才能を持ち、正直、私がいなくても速く走ることはできただろう。

 

マルゼンスキーはこんな私のことをよく信頼し、パートナーとして認めてくれていた。

人に頼られることの方を好む彼女だったが、私には少し甘えて、ときどき無茶なことを言ってくれていた。合宿のときはバスがあるのにわざわざ私物の車の助手席に引っ張られて乗せられたっけ。あれは大変だった…彼女は慌てふためく私を見て、楽しそうに笑っていた。

 

「…楽しかったなぁ」

 

懐かしそうに目を細める私に、さまざまな感情が混じったような表情で、私を見上げる彼女が言った。

 

「喧嘩別れだったんですか?」

 

「まさか。喧嘩なんて、彼女とは一度もしたことなかった」

 

じゃれ合いのようなことはしても、本気で傷つくようになったら、きっと彼女は自分から引き下がるだろう。明るいマイペースな振る舞いをする彼女だったけど、本当は自分以外の人に気を遣いすぎるほどに気を遣ってしまう人だったから。

 

「彼女とは今でも仲の良い友人だと思っているよ。ただ、引退後に、私が新しい子を担当したときにちょっと…」

 

「…嫉妬とか?」

 

「いやいや。マルゼンスキーが嫉妬なんてするわけない。本当に、全然マルゼンスキーは悪くなかったんだけど…私が、なんというか、ちょっと周りから持ち上げられ過ぎてて」

 

「まあ、レジェンドのトレーナーですからね。今地方にいることがおかしいくらいの」

 

「私は、そんなこと関係なかった。楽しそうに走るウマ娘の力になれればいいと思ってた…」

 

「…」

 

今でも、あの頃を思い出すときに、もう少しやりようがあったのにと、後悔をする。

いかに自分がマルゼンスキーに頼りきりだったかを思い知らされた。

 

 

 

 

 

何のことは無い。マルゼンスキーは偉大なウマ娘だった。その偉大なウマ娘が選んだトレーナーは当然偉大で、そのトレーナーが選んだウマ娘も突出したものがあるだろうということだ。

 

私が何の考えなしに担当したいと思ったその子に、周囲からの過大な期待が集まった。

それは私が思っていたよりも、とても大きなものだった。

 

「のびのびといい走りをする子だったんだけど…私は、上手なフォローをしてやることができなかった。彼女の調子はくるってしまって、思うような走りができなくなってしまって、レースを負け続けるようになった…私は、それでも彼女を立ち直らせることができなかった。だって、彼女の不調は私のせいだったから」

 

「…」

 

「…無責任なことだとわかってるけど、どうにか知り合いの信頼のおけるトレーナーに頼み込んで、担当を変わってもらった。どうしていいのかわからなかったから」

 

「…マルゼンスキーさんは、なんて?」

 

「すごく心配してくれて、たくさん謝られた。声が震えていて…何も、悪いことなんてないのにね」

 

「…」

 

彼女はとても優しい。だからこそ、自分の不甲斐ないことに巻き込んでしまって、申し訳なく思う。

 

「一時はトレーナーをやめようかとも思ったけど…周りの人が引き留めてくれて…今は、こうしてここでトレーナーをやらせてもらってる…いろいろな人に、お世話になって…」

 

私は、溜息を吐いて、話をそこでやめた。

担当の子にしていい話ではないと途中で気がついた。

 

 

 

 

彼女は私の話を聞いて黙り込んでしまった。

レース前に自分は何を話しているのだろう。

 

車が音を立てて側を通り、沈黙のまま道を歩いた。

 

彼女が、ぽつりとつぶやいた。

 

「…トレーナーさんからは、マルゼンスキーさんに連絡はしないんですか?」

 

「…え?」

 

「マルゼンスキーさんからの連絡は、律儀だからしてくれてるんだと思ってるんですか?」

 

「…」

 

「…ちゃんとマルゼンスキーさんと話した方がいいです。トレーナーさんの方から、ちゃんと」

 

私は、虚を突かれたように黙っていた。

 

「仲直りしてください」

 

「…仲直りって」

 

「…嫌われたと思い続けるのは辛いですよ」

 

「嫌ってなんかない!」

 

「わかってます。わかってるから、はやく連絡した方がいいです。取り返しのつく内に」

 

「…」

 

「…気を遣ってるだけなら、トレーナーさんみたいに連絡もしてきませんよ」

 

真剣な声色だった。

それでいて、言うのが辛そうな、様子だった。

 

 

 

 

私はいつしか立ち止まっていた。

彼女も立ち止まり、私を振り返って見た。

私はそれを呆然と見ていた。

 

「…絶対に、彼女にあたってるつもりはなかった」

 

「わかってます」

 

「でも、自分が情けなくて、申し訳なくて、私が、駄目なトレーナーだったせいで…私が…」

 

なぜか、次の言葉が、喉でつっかえた。

 

「…マルゼンスキーのトレーナーとして、相応の実力を持ってなかったから」

 

「…」

 

「私のせいで、あの子が…楽しそうに走れなくなった、ことが…本当に…申し訳なくて…」

 

 

 

 

私がそう言うと、しばらく、目の前にいる彼女は黙りこんだ。

そして、ハッキリとした声で言った。

 

「…自分を駄目なトレーナーだなんて、どうかそんなことを言わないでください」

 

私の腕を、そっと撫でる。

彼女は、私の目を、まっすぐに見上げた。

 

「トレーナーさんのことは、私たちがわかってます」

 

彼女は、「先に行ってます」と、私の持っていた荷物を奪い取って、走っていった。

 

「いいですか?ちゃんと、仲直りしてくださいよ!約束取り付けて、今日、話したいこと、話し合ってください!それで、ちゃんと私のレースを見てください!しっかりと!貴方のウマ娘の走りを、目に焼き付けてください!絶対に一着取りますから!いいですね?」

 

走り際にそう残して、あっという間に彼女は走り去っていった。

惚れ惚れするような、私の好きな走りで。

 

「…」

 

それを見送りながら、彼女の言う通りに、ポケットを探った。そこで、最後にマルゼンスキーと話して、声を聞いたのが、とても前だったことに気がついた。

彼女の声を思い出すのは、いつも、あの震えた声だ。

 

…彼女の声をまた聞きたい。

あの頃のように、彼女にまた、明るく名前を呼ばれたい。

私の大好きなマルゼンスキーは、いつも楽しそうに笑っていたから。

 

 

私は、震える手で、スマホを取り出した。

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。