メジロ家
江戸時代に建設業で財を成した「メジロ組」が由来。江戸の大火により職を失った町人に希望をと街の再建や
明治の文明開化と共に政財界に躍り出る。財閥にはならなかったものの、彼らの持つ資産や各界への影響力を揶揄して「メジロ財閥」と言う者も少なくない。
当主であるメジロアサマが亡き夫から総帥の地位を受け継ぎ現在に至る。
『ウマ娘の為に、ウマ娘と共にあれ』の理念を掲げており、グループ企業では各種チャリティー活動にも力を入れている
R001 美少女に絡むチンピラは様式美
「
夕暮れの商店街。
帰途に着くサラリーマンや学生とすれ違いながら彼女は焦る。
八百屋や肉屋といった商店は活気に溢れており、「今日は新鮮な人参がお得だよー!」と元気な声があちこちから聞こえてくる。
しかし、今の彼女にはそんな言葉は届かない。聞いている余裕がなく雑音としか捉えられていない、というのが正しいだろう。
(この通りは30分前にも見ましたがもしかしたらどなたか拾ってらっしゃるかもしれません。ですが、もしも私がアレを持っていると知られでもしたら私はッ…!!)
落としてしまったモノ。
彼女は通学鞄を何処かに置き忘れてしまっていた。
彼女の隠れた(実は隠せてない)趣味は決してやましいものでないし恥じるものでもない。だが彼女なりのプライドがあるのだろう。
(お婆様になんと言われてしまうか…)
(メジロ家の恥晒しですわッ!)
(もう二度と応援に行けませんわッ!)
(身体の震えが止まりませんわッ!)
(想像するだけでプルプルですわッ!)
ハタから見れば可憐な令嬢のウマ娘が憂いな表情で物思いにふけるという光景だが、それとは裏腹に当の本人にとっては死活問題らしい。
(もう一度今日通った場所を思い出してみるとしましょう。確か私とライアン、ドーベルの三人でお茶会をした後は———)
彼女、メジロマックイーンはこれまでの行動を振り返ることにした。
◆ ◆
13:30
府中市内某所
喫茶店
「いつものように屋敷でお茶を飲むのもいいものですけれども、こうしてお店でお茶会をするのもいいものですわね」
「いつもは自分たちで準備や片付けもしてるからね。別に面倒じゃないけど純粋に淹れて飲むことに集中できるのは嬉しいかも。あとこの店はドーベルが教えてくれたんだ!」
「ちょっとライアン!それは言わないって約束したでしょッ!?」
その後も話は弾み楽しい時間はゆっくり流れる。紅茶もこだわりの茶葉で香りも良い。
学園から少し離れた位置にあるこの喫茶店は同じメジロ家のメジロドーベルの行きつけらしく、店を営む老夫婦も気を遣ってか一番端のテーブル席に案内してくれた。
店内を見渡せば少女漫画やイラストが置いてあり、ドーベルの行きつけの店というのも納得だ。学園から少し離れ、かつ、路地に入ったところということもありトレセンの生徒もほとんど来ない隠れ家的存在だそうだ。
そんな店構えに共感したのかもう一人のメジロ家であるメジロライアンは目を輝かせている。
客も彼女たちの他にはほとんどおらず、カウンターで紅茶を飲むスーツを着た若いサラリーマンらしき男性がいるのみだ。
(お昼休み、にしては時間が遅過ぎますわね。営業や所謂外回りをされている方なのでしょうか…?)
観葉植物を挟む位置にいるため顔までは見えないものの、老夫婦と談笑しており楽しそうな雰囲気が感じ取れた。
どうやら焼きリンゴを頼んだようで香ばしく甘い香りがこちらにも伝わってくる。メニュー表を見れば他にも美味しそうなものが載っている。
林檎の実の花言葉は『誘惑』だ。誘惑はふわふわとテーブル席へと届き、どんな味なのか気になるマックイーン。そんな彼女に気付いたのかライアンが嗜める。
「ダメだよマックイーン。今日はお茶だけって決めたでしょ?」
「うぅ…折角美味しそうなスイーツが食べられると思いましたのに」
「マックイーンは甘い物を食べたらすぐ数字に出るから控えなきゃでしょ?アタシやパーマーは問題無いしライアンも食べた分運動するから関係ないけど」
「はは、ドーベルもそれぐらいにしてあげなって」
「なんだか納得いきませんわっ!」
こうしてお茶会を楽しみ、店を出たのが午後2時過ぎ。その後の足取りを順に追っていく。
……
「確か次はドーベルがクラスのご友人との待ち合わせがあると分かれて、ライアンと雑貨屋に行って…」
——この猫のマグカップ可愛いね。こんどパーマーも呼んでまた来ようよ
——いいですわね。それにブライトやアルダン姉様も是非誘って差し上げましょう。
——そうだね、もうすぐ新学期が始まるし……あっ、トレーナーさんからだ。
ライアンのトレーナーから電話が入ったようだ。
——ゴメン!急に呼び出されちゃって。
——構いませんわ。また今度ゆっくりと周りましょう。
ライアンがトレーナーに呼び出されて一人になったのが15時頃。スポーツ用品店の野球コーナーでお目当ての品を購入。限定のユタカの背番号ユニフォームが手に入りマックイーンは有頂天となる。
ここまでは順風満帆。
彼女が応援する応援するユタカのユニフォームを買えたこともあり、浮かれてスキップしながらあちこち巡ったり…。
それを普段からちょっかいを掛けてくる学友のゴールドシップに見つかった。写真を撮られて追いかけっこに発展して林を抜け制服姿で神社の石段を駆け上がって、そのまま境内で『ドキッ⭐︎可愛いマックちゃんのウキウキ画像争奪杯inアルティメットサンクチュアリ(ゴルシ命名)』左回りダート3600mで大差2着になったり……ん?神社の境内??
「———あ」
間抜けな声を上げたマックイーンは思い出す、神社の境内で自分が何をしたか。
最初は通学鞄を持ったまま走っていたが嵩張るからと自ら放り投げたことを…。
——ヒィッ、まだ追ってきやがるのかマックイーン!くっ、こうなったらァー。夢の金星木星超同盟発動ォッ!北海道のアルゼンチンで育てたサトイモを墓地に送ってサターン走法にシフトォーッ!この不利な戦況を立て直すしかねぇ!奇跡のセーガー34の夢はアタシが必ずこの手でザ・昼時お茶の間にウキウキ文化ウォッチンセンターしてやるぜぇ!!
——なに意味不明なこと仰ってますの!逃しませんわよゴールドシップさんッ!先ほどの画像を消すまでは逃しませんわよ!?
——お、おい見てみろマックイーン!空に金星圏銘菓の「ゴルゴル☆リョテイモンブラン(試作段階)」が浮いてるぞ!?
——本当ですのッ!?…何処にもありませんわよ?……って、なんなんですのその逃げ脚はーっ!?
この後やっぱり滅茶苦茶逃げ切られた。
あと、後日昼頃じいやから「『セーガー34』?という映画DVDが届きましたぞ」と連絡がきたのでとりあえずゴルシをダートに埋めた。ふと後ろを見たらやっぱなんか居た(?)。その後はよく憶えていなかった。
その夜は眠れなかった。
……
日没前
神社
夕暮れの神社は独特の雰囲気に包まれていた。先ほどまでの喧騒は周りの木々に阻まれて遠くのものとなり、境内は神秘的なオーラに満たされているという言葉が当てはまる。
石段を駆け上がってきたため行きがやや荒いマックイーンも、鳥居をくぐってからは息を整えるように歩きはじめる。
(確か裏手の方で投げた筈)
そして記憶を辿って其方に向かうと先客が居た。
「オイ兄貴ぃ!なんか落ちてるぜぇ!」
「金になりそうか?中身は…スポーツ用品屋の袋か、大したモンじゃなさそうだな」
不良、というよりはチンピラという言葉が似合う2人組がマックイーンの落としたユニフォームを見つけたようだ。
できることなら面倒事には巻き込まれたくはないが、兄貴と呼ばれた男の『大したモノではない』という言葉にムッとしたマックイーンは我慢できなかった。
「もし、其方のお二方。それは私が落としたものなのです、返していただいてもよろしいでしょうか?」
彼女の言葉に2人は振り返り一瞬驚くもすぐにニヤニヤと下衆な笑みを浮かべる。
「オイオイこれはびっくり、べっぴんのウマ娘ちゃんじゃねぇか。見た感じどこぞのお嬢様みてーだ!」
「ッ…」
子分の言葉に僅かに肩を震えさせるマックイーン。兄貴は子分を嗜めつつも強かに『交渉』してきた。
「中身が何かは知らねぇが別に返してやってもいいぞ。だがよ、ちとばかし『お礼』、欲しいんだわ」
「お礼、ですか…?もちろん拾っていただいたことに感謝してますわ。私に渡していただけます?」
「へへっ、モチロンいいぜ。だがよぉ、もう少し『お礼』してくれてもいいんじゃねえか?折角の美人さんなんだしよぉ?」
「俺たちは拾ってやったんだぜ。もし他の悪い奴が拾ってたら大変なことになってたかもしれないぜ。物騒な世の中だしよ、そのままユーカイされたりあんなことやこんなことされても文句は言えねぇぜ?グヘヘ…」
「なあお茶でも行こうぜぇ??」
(…くっ、気色悪い方たちですこと)
子分が手に持つ袋をグルグル回したり乱雑に扱うのを見てマックイーンは眉間に皺を寄せた。当然気分が良いものではない。
それと同時にこの場を改めて把握する。
夕暮れの神社、辺りには人影もない。
背筋に流れる冷たいものを感じつつ、マックイーンはあくまでも冷静に応える。
「申し訳ありませんが、そのご期待には添いかねます。もし拾得物として警察に届けた上で謝礼をご要望であれば我が家もそれに見合った対応をいたします。それと…袋を乱雑に扱わないでくださいまし、仮にも他人のものでしてよ?」
前半は淡々と言葉を並べ、後半は苛つきを若干隠せていない口調で。頭の悪そうな男たちも流石に理解したようだ。
「は?ナニ?脅してんのかそれ。こっちが優しくしてりゃ突き上がりやがってよォ!」
警察とか対応という単語が拙かったのか、それともマックイーンの言葉の意味が理解できなかったのかはわからない。
「ウマ娘だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
兄貴がずかずかと近寄ってきて、そのまま彼女に掴みかかるかと思ったが、ニタリと再び笑うと子分に向かって告げた。
「おい、袋を手放すなよ。中が何か知らんがどうやらどうやらソイツが大切みてぇだ。…そうだろ?」
図星。
マックイーンの表情が肯定と告げていた。
男が彼女の手首を掴む。
「くっ…卑劣な!」
「ウマ娘は人間には手出しできねぇもんな。法律でちゃーんと決まってるんだぜ」
「悪いようにはしねぇって、お互い楽しもうぜ!」
男の言葉は正しくもあるしまちがいでもある。
確かに現代の地球上において『ウマ娘は、人間に危害を加えてはならない』という認識は常識だ。しかしそれを明記する法律は無い。
所謂『プロボクサーが喧嘩で殴ったは逮捕される。だからプロの拳は凶器扱いになる』という迷信を準用しているだけだ。
プロボクサーのウマ娘が喧嘩をして逮捕されたという事件のニュースを知る者もいるかと思う。
しかし事実は異なり、過剰防衛と判断されれば犯罪行為になるものの、正当防衛であれば罪に問われないのである。事実、上記の事件では過剰防衛による逮捕であった。
つまり、マックイーンはボコボコにしない程度に手加減さえすれば問題ないのだ。
いかにメジロ家といえども英才教育で「人間相手の傷害はほどほどならOK」などとは教育しないし、それはどこの家庭も同じだ。
子どもの内は「人間には危害を加えない」と教えるのは当然といえるだろう。
(どうしてこんなことに…ッ!)
林檎の実の花言葉は二つ。
『誘惑』、そして———『後悔』である。
◆ ◆
午前中 メジロ家屋敷
「ふーん、見たくれは立派だけど新しさがない。伝統に縋るを地でいくとは総帥も相当おカタイ性格してると見た」
屋敷の前で青年は見上げながら呟く。
メジロ関係者が聞いたら卒倒か詰問するであろうことを口にするのは勇敢か傲慢か。
「菊池様ですね、お待ちしておりました」
出迎えたじいやは若い来訪者へ丁寧に頭を下げる。
青年は先ほどの口調とは真逆のビジネスなそれで話し始める。
「本日はお招きくださりありがとうございます。つきましては本題に入りたいので大奥様にお取次ぎを願いたく」
じいやは青年を優しい眼をしていた。
「かしこまりました、ご案内します」
(若造だからってだけでナメられてるな)
青年はじいやのエスコートに続く。
孫を見るかのような眼であることに気付く筈もない。
……
「ようこそ、メジログループ総帥をしていますメジロアサマと申します。まずは『競走指導員』免許取得及び日本トレセン学園への採用おめでとうございます。新生活前の唐突な連絡になってしまいましたが内定の件、検討していただけましたか?」
まるでホールのような広い応接間に総帥の声が響く。
政財界に多大な影響力を持ち、優秀な人材を抱えるメジロ家の総帥。その声からは重厚さを強く感じる。
それに応える声は冷淡で事務的なもの。
「初めまして。この度はお声を掛けていただきありがとうございます。かのメジログループの総帥にお目にかかり光栄です。しかしながら辞退いたします。他の優秀な人材が見つかりますことをお祈り申し上げます」
必要最低限の社交辞令を矢継ぎ早に述べつつも青年は結論を告げる。
「…もしよろしければ理由をお聞かせ願いますか?」
問われた青年はそれまでの畏まった態度を改め、人が変わったように答え始めた。
「一つ、俺はアンタが思うほど優秀じゃない。もっと出来のいい奴は腐るほどいる。
二つ、相手の了承も得ずに内定させるのが気に食わない。お見合い結婚だってもっとマシな段取り取りをするだろう。
三つ、俺は自分の人生を勝手に決められるのが大っ嫌いだ。俺は好きなように生きて好きな人と結婚して好きなように過ごすという予定がある。つまりはそういうコトだ。
ついでに言わせてもらうと俺は自分の実力でこの世界でやっていくつもりだ。余計なお世話もいいところ、むしろ迷惑だ」
淡々と、だが若干の怒りを隠すことなく述べていく。
「…そもそも新人、しかも見ず知らずのトレーナーを自分のところの大切な孫娘と組ませるとか正気の沙汰じゃない。メジロ家の流儀は知らないけど根本から考え直した方がいい。駄々捏ねる若造に頭下げてまで頼むことになんのメリットがあるのか?」
後半は煽るように青年。
だが総帥はそれに怒りを見せることもなく、少し残念そうに言った。
「そうですか…。無理を言ってすみませんでした。トレーナーとしてのご活躍、お祈りしています」
「では俺はこれで。御家のご健勝と益々のご活躍をお祈り申し上げます」
クルリと見事な回れ右をして退室していく青年。
そして立ち止まり背を見せたまま告げた。
「ああ、すみません総帥。一つ言い忘れてました、
———俺は祖母を見殺しにしたアンタを絶対に許さない。せいぜい自分の孫と幸せに過ごせばいい。誰かの命を犠牲にしてまで生きながらえた大切な命なんだろ?」
「……」
青年が出ていった応接間にアサマ一人が残される。
祖母と孫ほど年が離れた青年に言いたい放題言われた彼女は胸元のロケットペンダントを取り出す。セピア掛かった写真には高校生ぐらいのウマ娘が二人写っている。
アサマはそれを懐かしそうに見ながらぽつりと呟いた。
「やはり頑固なところ、若い頃の貴方にそっくりね、アキ…」
それが誰なのか。知るものは少ない。