「着替えてはきたけど……入学式も出ないで何するんだろうね、尾白くん?」
「うーん、わざわざ体操着に着替えさせたってことは、体を動かすオリエンテーション?クラスの親睦会的なレク?とか?」
「えっ楽しそうじゃん!」
「なるほど。しかしグラウンドにはA組以外いないようだが」
「……深遠なる謎、か。漆黒の蛇よ、お前はどう見る?」
「さあ?あの相澤って先生、いまいち考えが読めないわ。一体何を始めるつもりかしら」
私たちA組は入学式開始の鐘を聞き流しながら、広大なグラウンドに向かっていた。更衣室を出て、葉隠、尾白、上鳴、障子、常闇と連れ立って、担任の指示通り名前順に整列する。
担任を名乗る男は、死んだ魚も黙って首を横に振る生気の欠落した目をしていた。
伸びっぱなしで、櫛も通らなそうなボサボサ髪。何日前に剃ったのか?毎朝鏡は見ているのか?と心配になる、まばらな髭も生えている。第一印象をひとことで言うと、『ファミレスのバイトに応募したら履歴書写真の時点で名前すら読まれず落とされる』タイプの人。
原作での“小汚い”といった表現は些か言い過ぎだと思うが、天下の雄英教師としてこれはどうなのか。彼の活躍と、何だかんだ身を挺して教え子を守る勇姿を知る私ですらそう思うのだから、生徒の不安はもっともだろう。
1-A担任、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。本名は相澤消太。彼はメディア嫌いのいわゆるアングラ系ヒーローで、あの出久ですらすぐには名前が出てこなかったようだ。
そんなくたびれた担任教師は、グラウンドに集まった生徒たちを無感情に見渡し、平坦な声色で告げる。
「これより、個性把握テストを始める」
唐突すぎる展開に、クラス中がどよめきの声をあげた。
「個性把握……テストォ!?」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」
麗日の問いを一蹴した相澤先生は、ふいに「爆豪①」と名字を呼ぶ。何の脈絡もなく名指しされた爆豪二人は声には出さず、互いに目配せをして意思疎通をはかった。目隠し越しに、黄金と陽炎の瞳が交差する。
『え、ばくごう……いち?今呼ばれたのどっち?勝己っぽい?』
『俺の方見て言ったんだから、そーだろ』
ポケットに手を突っ込みながら前に進み出た勝己に、相澤先生がボールを投げ渡した。
「爆豪①、中学のときソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ。そこの円から出なきゃ何してもいい」
「はよしろ」と顎で促され額に青筋を浮かべた勝己だったが、彼は変なところでみみっちい。初日から担任に噛み付くことはせず、大人しく従った。
「死ね!!」というあまりにもヴィランらしい掛け声と共に、勢いよくボールが投げられる。爆風によって砂埃が激しく舞った。ちょうど近くに居た耳郎が目を瞑り、腕で顔を庇う。可愛いお顔とお耳に傷がついたら大変なので、さりげなく彼女の前に移動し、風が当たらないようにした。あくまでも気取られないようスマートに、さり気なく。視野が広くて思慮深いミッドナイトなら、きっとそうするだろうから。
個性によって球威を増したそれは、光線のように一直線に飛び、肉眼では捉えきれない彼方に消えて行った。
測定器を持った相澤先生が、淡々と数値を読み上げる。
「705.2m」
「マジかよ……!」
「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!」
「すげー面白そう!」
「面白そう、か……」
「アチャー」
「……瞳巳ちゃん?」
「何でもないわ」
誰かが発した「面白そう」発言は案の定、相澤先生の耳に拾われた。彼は原作通り「最下位の者は除籍処分」と宣告し、生徒たちを焚き付けた。
蛇の目を通して、出久の様子を窺う。幼なじみは大汗をかき、蒼白な表情で拳を握りしめていた。
出久は、年の離れた弟のようにかわいい存在だ。今すぐにでも「大丈夫?」と駆け寄り、助けてやりたい。この後、彼はボール投げでワンフォーオールを使い、指の一本を骨折する。さらにその痛みを堪え、持久走や後半の種目をこなすことになる。そんな姿、とても直視できない。
だがこれは、緑谷出久が主役の物語だ。私は、彼の背中を見守ることしかできない。我が物顔で彼の前に飛び出し、原作のレールを逸脱し、先の見えない暗闇を歩むことはできない。内通者を炙り出し、睡さん、家族、勝己、出久を守りきるまで。私は台本を手放せない。
そうして、個性把握テストは始まった。項目は全部で八つ。
①50m走
②握力
③立ち幅跳び
④反復横跳び
⑤ボール投げ
⑥持久走
⑦上体起こし
⑧長座体前屈
まず第一種目の50m走、続いて握力測定を軽くこなす。
50mは個性を使わず普通に走って約7秒、握力は測定器に2匹の蛇を巻き付けて締め上げ、60kgだった。本当はもっと多くの蛇を操れるが、それはもしもの為の保険として秘すことにした。周囲を観察し、「まあ、だいたいこの辺りがクラス平均でしょ」という数値を計算し、悪目立ちせず前半種目をやり過ごす。
クラス3位以内など、上位に食い込み過ぎれば内通者に警戒されるおそれがある。かといってこの個性で19位でも、わざとらしい。今後の“爆豪瞳巳”の立ち位置として都合がいいのは、10~15位くらいか。 突出して強くも弱くもない、気のいいクラスメイト。それが当たり障りないポジションだろう。
「540kgて!あんたゴリラ!?タコ!?すげーな!」
「………」
「よし、300kg。けっこういい線いったんじゃないかな」
「120kgか。良くやったぞダークシャドウ」
「褒メラレタ!フミカゲニ褒メラレター!」
「くっ、56kg……!このままじゃ最下位だ……!」
ふいに聞こえた瀬呂の歓声に、そちらへ視線をやる。すぐ近くでは障子、常闇、尾白、緑谷が握力を測定し、相澤先生に記録を申告していた。
正確な順位は憶えていないが、たしか障子と常闇、尾白は個性把握テストでも総合で好成績を収めていた。尾白に至っては、USJでのヴィラン襲撃をたった一人で戦い抜くだけの安定した戦闘力がある。原作では勝己や出久、轟などの影に隠れがちだが、彼らの戦闘センスと実力はかなりのものだ。
入試の様子を観察した限り、会場Fに居た面々に内通者の疑いはない。おそらく、彼らから私への印象も悪くない。自らの点数よりも負傷者の救助等を優先する、“いかにもヒーロー向きのお人好し”だと思っているだろう。
ならばこの実力者たちは、駒として抱えておくべきだ。不測の事態に備え、A組、もしくはB組の実力者の信頼を勝ち取り、恩を売り、私の味方としておく必要がある。いざという時に動かせる、都合のいい“お友だち”が必要だ。すべてはミッドナイト、そして大切な人たちの未来の為に。
「その為にも。そこそこの成績はとっておかなくちゃね」
彼らから視線を外し、次の種目に臨む。私はいかにも「冴えない個性ですが、精一杯やってます!」と言わんばかりに真剣な顔つきで、軽く息切れさえしてみせた。すぐ側に潜む内通者、そして相澤先生へのパフォーマンスは完璧のはずだった。
「おい、爆豪②。ふざけるのも大概にしろよ」
「……あたし……ですか?」
相澤先生に呼び止められたのは、第三種目の立ち幅跳びで15mの記録を出した直後だった。
……なぜ、呼び止められた?何かが不自然だったか?15mは、クラス平均より少し下くらいの記録だ。私は前方の砂場目掛けて踏み込む瞬間に髪を伸ばし、蛇に変化させた。その二匹の蛇を鞭状にしならせ、地面を打ち付け、その反動で跳躍した。何もおかしなことはしていない筈だ。
ちなみに、「あなたのその呼び名のほうがふざけてません?」という疑問は飲み込んだ。
A組に爆豪は二人いる。名字+①、②呼びはおそらく、一部の生徒を下の名前で呼ぶとPTAやらにセクハラ扱いされると案じてのことだろう。
私は内心の動揺と焦りを押し隠し、恐ろしい担任に声を掛けられ怯える生徒を装った。
「あ、あの、先生。あたしふざけてなんかないです。これでも全力で頑張って、ます……」
「はは、『全力で頑張ってます』か。その舐め腐った態度で?余程、除籍処分にされたいらしい」
「……そんな、あたしは本当に」
「では訊くが。お前今、飛ぶ瞬間に蛇を使ったな?髪から伸ばした蛇をしならせ、地面を叩きつけ、その力で飛んだ。人間一人の体重を高く浮かせ、尚且つ助走なく15m飛んだ。つまり一匹一匹の蛇に相当な力があるワケだ。そんな蛇たちを使った握力測定で、たったの60kg?“息を切らす程全力でやって”?……不自然なんだよ、お前の記録は。その個性ならそうだな、軽く200kgは狙えたはずだ」
「握力……ですか?あれは全力での50m走直後だったのと『除籍になったらどうしよう?』というプレッシャーで、うまく力が出せなかったのかもしれません。未熟者でお恥ずかしい限りです」
どうやら私は予想以上に観察されていたようだ。彼の目は出久や、各種目最上位、もしくは最下位の生徒たちに集中して注がれていると思っていた。
覚悟してはいたが、彼の視野は非常に広く、厄介だ。その上、初見である私の個性への理解も速い。この個性で出来る限界値まで、素早く計算してきた。やはり相澤先生の前では、一瞬たりとも気が抜けない。
何とか平静を装ってそれらしい弁明を紡ぐ私に、「ほう」と黒目を剣呑にぎらつかせた相澤先生が畳みかける。やめてそっとしておいて、爆豪瞳巳は静かに裏切り者を探して始末したいだけの、普通の良い子なんです。信じて下さい。
「50m走で疲れた、と言ったな?それがもう既におかしいんだよ。お前は髪の蛇を伸ばして自在に操れる。さっきの立ち幅跳びでの跳躍速度は、相当な物だった。“本気”を出し、かつ素の身体能力を駆使すれば5秒台───飯田や爆豪①に次ぐ記録を出せたはずだ。だというのにお前は、個性を一切使わずに普通に走った。……舐められたもんだよ、雄英も」
「たしかにそんな風に蛇を使えば、わざわざ走らずに飛ぶように移動できますね。そんな活用方法、全く思いつきませんでした。でも、クラス上位なんてとても狙えません。相澤先生の買いかぶりですよ」
「こんな単純な個性の使い方を、思いつかなかっただと?プロヒーローの元で何年も指導を受けた、お前が?本気で言っているのか?」
「……ええ。あたしは索敵は得意ですが、戦闘は苦手でしたので。ですから今後は相澤先生に学ばせていただき、今以上に全力で───」
光のない双眸で、淡々と責め立てる担任教師。対峙し、同じく淡々と弁明する私。次第に「何だ?」「どうしたの?」とクラス中の視線が集まってくる。
出久の心配をしている場合ではなかった。今最も除籍に近いのは、他ならぬ私だ。「カツエモン助けて。ここ数分間の黒ずくめの男……もとい、相澤先生の記憶を爆破する道具出して」と視線だけを勝己に向けるが、彼はほくそ笑んで私の除籍危機一髪を楽しんでいた。
そうだ彼は私のヒーロー志望を認めていないのだった。明日カツオの上履きの中に大量のワサビを仕込んでおくので、覚悟の準備をしておいて下さい。
追求と言い訳の応酬を二往復ほどした後。やがて彼は髪をくしゃりと無造作にかき上げながら、とある言葉を口にした。
「はは。舐め腐った態度でヒーローを目指す上、口だけは達者と来た。教え子がこの有様とは、あの人───ミッドナイトも見る目がないな」
「……は?」
爆豪瞳巳は激怒した。我ながら沸点が低い。
瞳巳に内通者はわからぬ。瞳巳は普通の転生者である。睡さんの手料理を食べて暮らし、時に吐くほど厳しい訓練をこなしながら生きてきた。しかし、何より大切な恩師に関しては人一倍敏感な蛇であった。瞳巳は、必ずやこの邪智暴虐の教師を見返さねばならぬと決意した。上等よやったるわ万年ドライアイ野郎、爆豪の名にかけて。
「あたしが片手で数えられる順位になったら、その言葉撤回してください。あと、一週間語尾に“にゃん”を付けて喋ってください」
「いいだろう、やってみろ。
啖呵を切って全種目をやり直す私を遠巻きに、クラスメイトたちは「怒った顔があの金髪男子と似てる……?」「きょうだいかしら?」「にゃん……」と呟いた。
***
師であるミッドナイトと爆豪家の名誉にかけて、やり直した結果。
50m走は4秒台でクラス5位。3kmの持久走は4位。握力は350kgでクラス3位。長座体前屈は蛙吹梅雨に次ぐ2位。他種目も好成績───など、おとな気なく真剣になり、晴れて私の総合順位は5位となった。
煽られてついうっかりやってしまったが、結果的にはどの種目でもトップはとらずに済んだ。3位の勝己より上に行って睨まれ、ライバル視されることもなかった。
この程度なら原作の展開に大きな影響はない。薄ら寒いことに、私が何をしようがしまいが、全ての流れは台本通りに収束していく。その事実は、中学時代までに実証済みである。
現に出久は物語通り、オールマイトに出会った。ボール投げで勝己の記録を超え、諍いを起こした。口田甲司不在、私という異物が介入した、原作とは全く違うこの世界で。
本来の流れは崩れなかった。ただ、今後の懸念はある。予想外にクラス上位に名を連ねたことで、内通者から私への警戒レベルは上がってしまっただろう。
次の行事である戦闘訓練ではもう少し行動を慎み、【蛇っぽいことができる】だけの取るに足らない個性、索敵が取り柄の生徒として振舞おう。“明るくて裏表のない、無害なクラスメイト”を心掛けなければ。ミッドナイトのような、誰にでも好かれる人間にならなくては。
「除籍はウソ。君らの最大限を引き出すための合理的虚偽」などと言って、出久に『保健室利用許可証』を手渡して去っていく相澤先生。
私は「これ以上の長居は時間のムダ」とばかりに去っていく彼の背を追い、二匹の黒蛇を鞭状にしならせて鋭く飛んだ。助走をつけて高く宙を舞い、その頭上を追い越した。相澤先生の真正面に躍り出た私は、これみよがしに五本の指を立てて『5位入賞アピール』を決め、唇を持ち上げた。
「なぁにカッコよく退散しようとしてるんです?あたしが本当に5位になっちゃったからって、焦ってるんですか?」
「なるほど5位か。緑谷と同じく、“見込みゼロ”ではないな。ま、今後はやれば出来るなら最初からやれ。時間の無駄、不合理の極みだ」
「ふふん。睡さ……ミッドナイトを崇め、褒め称える準備は出来てますか?これから一週間語尾に“にゃん”を付けて学校中の笑いものになる覚悟はOK?」
「褒め称えるかはともかく。あの人が凄いヒーローだってのは、もうずっと前から知ってるよ。……にしても、“片手で”数えられる順位、ねぇ。おい爆豪②、根津校長の指は何本だと思う?」
「は?根津校長?話逸らさないでくださいよ。……ちょっと何ニヤついてるんですか?片手の、5本の指で数えられる順位になったら言うこと聞くって約束したじゃないですか!片手………………アレ?」
唐突な話題転換に眉を寄せ、薄く唇を吊り上げる相澤先生に詰め寄ったが───はたと気付いた。
私、「5位以内に入ったら」なんて言ってない、気がする。たしか「片手で数えられる順位」って言った。いやだって、言う必要もないから。“指が5本”なんて、当たり前の常識だと思ったから。
「それは人間本意の、固定観念というヤツさ!」
「校長先生……!?」
脳内の根津校長が、朗らかに笑みながら手を振る。幻覚のその指先を注視する。可愛らしい桃色の肉球がついたぷにぷにの指は、1、2、3、───4本!
私の順位は、5位。校長基準で言うなら、“片手”で数えられる順位では、ない。
「圧倒的屁理屈……!」
「失礼だな。ただの事実だよ」
「『純愛だよ』みたいに言わないでください」
「わからん。何言ってるんだお前」
相澤先生は崩れ落ちる私を見下ろし、一呼吸置いた後、再び言葉を紡いだ。
「爆豪②、良いことを教えてやろう」
「いいです。教えなくていいです。大事なことは全部ミッドナイトから教わってますから」
「この超人社会に於いて、“これこそが普通である”なんて古臭い固定観念は、早々に捨てたほうがいい。ヒーローとしても、人間としてもな。……その偏見はいずれ、お前自身をも苦しめる枷になるぞ」
「教えなくていいって言ったじゃないですか」
気を取り直して更衣室でブレザーに着替え、教室に戻る。そこでは高校生らしく賑やかに、LINEでの連絡先交換会が行われていた。私の姿を認めた葉隠が、輪の中心から両手を振る。
「瞳巳ちゃんおっかえり〜!」
「ただいま。なんだか楽しそうね」
「今ね、皆で順番に自己紹介しあってA組LINEグループ作ったところなの!瞳巳ちゃんもはやくはやく!」
「はわ(もう、仕方ないわね葉隠さんは)」
教壇近くの席には女子一同と、一部を除いた男子が集まっていた。葉隠の隣に並んで人の輪に加わると、鮮やかなピンク色の肌をした女の子、そして個性豊かな面々が矢継ぎ早に声をかけてきた。
「爆豪瞳巳ちゃんだよね?個握テスト、ちょー頑張ってたじゃん!あっ、私は芦戸三奈。個性は【酸】だよ、カッコイイでしょ?……よし次、麗日行ってみよ!」
「えーっと、じゃあ時計周りで紹介してこか?えっとね、私は麗日お茶子。何でも好きに呼んでやってね!ハイ、お次は梅雨ちゃん!」
「ケロ。私は蛙水梅雨よ。カエルっぽいことなら大体できるわ。あなたは見たところ【蛇っぽいことができる】個性よね?何だか親近感が湧くわ。どうぞ気軽に梅雨ちゃんと呼んで。……次は耳郎ちゃんね」
「ん。ウチは耳郎響香。あー、もしかしてだけどボール投げで爆風が来たとき、前に出て庇ってくれた?だとしたらありがと。次は八百万、で合ってるよね?」
「ええ。ご紹介に預かりました、八百万百と申します。個性は【創造】。どうかよろしくお願い致しますわ。お次は峰田さ……きゃっ、」
「ハイハイハイ!オイラは峰田実!つーか黒の目隠しに蛇女ってエロ過ぎだろォ!瀬呂もそう思───もがッ」
「ちょ、ストップ!初対面で攻めすぎだろお前……あ、俺は瀬呂範太。よろしくな〜。次は砂藤か」
「おー、砂藤力道だ。個性は【シュガードープ】。えーと、趣味は実益も兼ねて菓子作り。こんなとこか?……次は青山だな」
「ウィ☆僕は青山優雅さ。テストでの君、なかなかキラめいてたよ。まあ僕ほどじゃないけどね☆
「おう!俺は切島鋭児郎。さっきのテスト、鬼気迫る感じでアツかったぜ!」
「……本物のA組だ……」
「偽物のA組とは?」
「何かのテツガク?」
頬をおさえる私に、障子、常闇、上鳴らが苦笑する。時計回りに自己紹介を済ませ、ひととおり連絡先を交換していく。轟は個性把握テストが終わって帰宅許可が出るなり、すぐに教室を出たらしい。初期の轟にあるのはエンデヴァーへの対抗心だけで、クラスとの協調など頭の片隅にもないのだろう。
保健室に行った出久、帰宅した轟以外が揃う教室で、深呼吸をした。新鮮なA組の香りがする。一方的に見知ったキャラクターしかいない空間に、いつまで経っても慣れる気がしない。私だけが彼らの辛い過去や葛藤、過酷な未来を知っているという事実に、息を飲んだ。紙面の世界の彼らと言葉を交わす現実に、携帯を操作する指先が震えた。
私はミッドナイトみたいに、皆に好かれるよう振る舞えるだろうか?うまく“
葉隠たちと笑い合いながらそんなことを考えていると、窓際席で爆発音が一つ鳴った。
「……うるっせェな。俺は今ガイダンスと入学資料読んでンだよ。キショい馴れ合いなら他所でやれや、気が散る」
「真面目だねカツエモン」
「新しいバリエーション増やすな、すり潰すぞ」
妙なところで真面目な従兄妹は、先生の指示に従ってガイダンスなどを隅から隅まで読み合わせていた。個性の【爆破】で威嚇する勝己に一瞬静まり返る教室だが、そこは天下の雄英生。臆することなく彼を囲み、遠慮なく質問攻めにする。
一番槍は、切島だった。
「ずっと訊こうと思ってたんだけどさ。お前も爆豪なんだよな?もしかして姉弟か何か?」
「それ、実は私も気になっていたのよ」
「相澤先生の爆豪①と爆豪②はウケたわ。雑かよ」
「姉弟?で雄英入学とは素晴らしいな。君たちの家も代々ヒーロー家系なのか?」
「でもどっちも爆豪だと、呼ぶ時不便かも?」
「だよなー。爆豪さんちの勝己くんと瞳巳ちゃんは、『こう呼ばれたい』とかある?」
「あ゛!?ピーチクパーチクうっせェんだよ!『飛沫感染』『エアロゾル感染』て言葉を知らねぇのかボケ共!だいたいてめェらみてーなザコ共が気安く」
私と勝己を囲み、口々に話す彼ら。せっかく友好的に声をかけてくれているのに、いちいち癇癪を起こされては話が進まない。私は蛇で再び彼の口を塞ぎ、改めて紹介をした。
「ええっとね。あたし───爆豪瞳巳と爆豪勝己は、きょうだいじゃなくて従兄妹同士よ。同じ爆豪で紛らわしいから、あたしのことは下の名前……瞳巳か、好きなあだ名とか名字にさん付けとか……あ、勝己のあだ名はカツキーヌよ。そう呼ぶと喜ぶから、ぜひそうして」
「ン゛ガンン────!!!!」
「これ絶対嫌がっとるわぁ……瞳巳ちゃんやりおる」
「それ程でもないわ、麗日さん」
「女子を名前で呼ぶのもなぁ……俺はフツーに“爆豪”と“爆豪さん”で呼び分けるかな」
「フツーの男子って感じね、尾白くん」
「故郷では友人と言える存在がいなかったので、あだ名などは呼び慣れない……瞳巳、爆豪呼びで問題ないか?」
「大歓迎よ障子くん」
「わ、私も……クラスの方と連絡先を交換したりは初めてですので、どうしましょう。爆豪さん、瞳巳さんで大丈夫かしら……?」
「可愛いわ八百万さん!」
「私は今まで通り瞳巳ちゃんで。瞳巳ちゃんも“透”呼びでいいからね!」
「と、トオルチャン……!」
「僕は爆豪くん、ヒトミーヌかな☆フランスを感じる響きだよね」
「わぁ、ありがとう青山くん!」
「なるほど、従兄妹同士だったのか。丁寧な説明をありがとう爆豪くん、瞳巳ちゃんくん!」
「なにそれ新しい」
***
入学初日は慌ただしく過ぎ去り、時刻は昼と夕暮れの境目に差し掛かった。
教室で黙々と資料を読んでいた勝己も賑やかなA組生徒もとうに家路につき、教室には私以外誰もいない。入学初日は部活もなく、食堂も開いていないため、誰もが早々に自宅に帰っていった。
「……つかれた、なぁ」
蛇を解き、波打つ黒髪に戻す。今日はずっと個性を使い、気を張り続けていた。雄英という原作の舞台に緊張しきりで、個性での気配感知を絶えず続けていた。
だが、今日は。少なくとも今日はもう、その必要が無い。物語にとって重要なイベントはやり過ごし、主要人物はみな家族の元へ帰ったのだから。
私は口田甲司を蹴落として勝ち取った机に突っ伏し、行き場のない独白を零した。
「パパ、ママ、お姉ちゃん。私、雄英に来たよ。お姉ちゃんたちが憧れてた、あのヒーロー科だよ。……ねえ、制服似合ってるかな?お姉ちゃんたちみたいに可愛い?ママみたいに綺麗?パパみたいにすらっとして見える?」
答えは返らない。ここにあるのは窓から差す淡い西日と、耳をつんざく静寂だけだ。それでいい。この痛みこそが、私の背負うべき罰だ。
重苦しい目隠しを外し、両の目を開いた。プリーツスカートのポケットから、個包装の飴玉を取り出す。誰もいない教室でひとり口をつぐみ、金色の包みを夕陽に透かして眺めた。ちらりちらりと瞬く光が、あの尊い人のまなざしと重なった。青と金など似ても似つかない筈なのに、どうしてだろう。
「……睡さん」
呼応するように、教室の大きな扉が開いた。反射的に、目隠しもない両目でその人を見つめてしまう。
「……あ、」
「見つけた。やっぱりここに残って居たのね、瞳巳」
「久し振り、また大きくなったかしら?友だちは出来た?」とミッドナイトが窓際に歩み寄り、私の髪を撫でる。本当に、久しぶりだった。それぞれに教師、生徒の立場で受験と入学準備に忙しく、三ヶ月は会えていなかった。教師としてひたむきに走る彼女の邪魔をしないよう、電話すらかけなかった。
「身内に試験内容を教えた」「不正だ」と彼女が責められないよう、自ら一人暮らしを選んだ。あのアパートでじっと日々をやり過ごした。
ミッドナイトは、私の頭の形ごと慈しむよう柔らかに髪をかきまぜた。今までは、それが生活の一部だった。今はたったそれだけのことが、かけがえのない奇跡に思える。
瞼を閉じて温かなてのひらに擦り寄る私に、彼女がくすりと声を洩らした。
「もう、甘えん坊は相変わらずね。……さて、今日は私、もう定時なの。久し振りにあなたのパパとママ、お姉さんたちの病院に行って、それから帰りましょうか。おやつには遅すぎるけど……久し振りに、マフィン作ってあげる。スーパーに寄って行かなくちゃね」
「……でも、知ってるでしょ?私、電車乗れない。バスで帰ると、二倍くらい時間かかっちゃうよ。睡さん忙しいのに、そんな無駄なこと……。あと、『教師が特定の生徒と仲良くした』とか言われちゃうかも」
「そのあたりに関しては、校長先生の許可済み。『保護者として、卒業まで義務を果たしなよ』ですって。だいたいもう受験はとっくに終わったし、私はあなたの担任でもない。雄英は身内贔屓や不正でやっていける程甘くないって、誰だって知ってるわ。言いたい奴には言わせておけばいいのよ。……全く、変なところで気を遣うのも相変わらずだわ。あなたとの時間を無駄だなんて思うわけないじゃない。瞳巳と一緒にバスに揺られるの、私は大好きよ。それとも、あなたは違うの?」
私の片想いだったかしら?と彼女がわざとらしく頬に片手をあて、ため息をつく。嗚咽が喉に張りついて、何も言えない。私は「たくさん大好き」の代わりに、握りしめていた飴玉を差し出した。彼女はそれを受けとり、包みを剥がし、ころりと口のなかに放った。
ポケットの中身も鞄の中にしまった飴も全部、ありったけの金色を彼女に差し出し、頭上に降らせてやりたい。「こんなに持ちきれないわ」と笑いながら、きらきらに囲まれて困り果ててしまえばいい。
そんなおかしなことを夢想しながら、私は自らの座席から立ち上がった。今日はこれから、私の家族が入院する病院に行く。そして姉たちの石化を解除するため、ありとあらゆる方法で“個性解除実験”を行う。一月に一度の、私の決まりごとだ。
自らの罪と向き合う時間の後には、睡さんの手作りマフィンが待っている。バスに揺られ睡さんの肩に凭れながら、たくさんお話をした。「あのね聞いて、今日はね…」と個性把握テストのことや、クラスメイトとのやり取りを話して聞かせた。眠り香ではない彼女自身の肌の香りは、私にとって安らぎの象徴だった。
私には、香山睡という“絶対的な味方”がいる。心優しい幼なじみがいる。私から目を逸らさないでいてくれる家族がいる。A組は、物語で見たとおりの優しい人ばかりだった。
爆豪瞳巳は、柔らかな慈しみのなかにいる。時折、瞳の奥がひどく痛むくらいに。
最近、よく同じ夢を見る。誰かの心臓───得体の知れない異物が私の体に入り込み、やがてたしかな意志を持って、不規則に胎動する。そんな奇妙な夢だ。