蛇に花房、石に飴玉   作:鳥市

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【戦闘訓練~USJ襲撃】
11. 爆豪瞳巳と雄英ご飯


「───ヘイガイズ!んじゃ、次の英文のうち間違っているのは?そこの目隠し女子リスナー、答えてみな!」

「はい!関係詞の場所が違っているので、四番です!」

「ン~正解!サンキューヘビガール!」

 

 個性把握テストから、一夜が明けた。

 A組の教室では昨日とは打って変わって、英語、歴史など、普通の授業が行われている。それに対し、一部の生徒たちは「なんか……普通だな」と拍子抜けした様子で呟きつつ、真面目にノートをとっていた。

 

 私はといえば、久しぶりにミッドナイトの手料理を食べ、精神的にも肉体的にも絶好調だった。気だるいはずの午前の授業も、髪の先端に顔を出した蛇くんと共にゆらゆら揺れながらご機嫌に過ごした。心なしか、蛇くんたちの鱗も艶々だ。

 

「瞳巳ちゃん、機嫌いいね。何かいいことあった?」

「あー、やっぱり出久にはわかる?さすが幼なじみ、鋭いね」

「う、うーん、僕以外にも丸わかりだと思うんだけど……」

 

 休み時間になり、すぐ後ろの席の出久が声をかけてきた。彼は幼なじみなので、今さら格好つけて取り繕う必要はない。ミッドナイトを真似た口調や振る舞いをすることもない。

 私は「実はね……」とだらしない顔もそのままに、昨日久しぶりにミッドナイトと話せたのだと報告した。出久は丸く大きな両目を細め、まるで我がことのように喜んでくれる。

 

「そっかぁ!『ミッドナイトに迷惑かけないようにする!』って言って、受験シーズン前からずっと会わずに我慢してたもんね」

「うん!でもこれからは時間さえ作れたら病院にも付き合ってくれるって。あとね、『今度の日曜は一緒にドライブにいきましょう』って誘ってくれたの!出久も来る?」

「えっ僕!?い、いやそんなの悪いって!せっかくの二人の時間なんだから僕が邪魔しちゃ、」

「俺は行かねぇからな」

 

 出久の言葉を遮り、前の席から柄悪く私たちを睨み付け、勝己は低く言った。なぜか自分が誘われること前提である。思春期特有のアレだろうか。「お母さ……ババアと出かけるとか、嫌に決まってんだろ!クラスで噂されんだろ!(本当は一緒に出掛けたい)(無理にでも誘ってほしいと思っている)(でも恥ずかしくて自分から言い出せない)」的なアレだろうか。

 二十数年を生き、どちらかといえば相澤先生ら教師陣のほうに年齢が近い私には、もはやよくわからない感覚だ。若干の哀愁を感じつつ、勝己のほうに体を向けた。

 

「えっと……カツキーヌは誘ってない、よ?だってミッドナイトのこと露出狂クソババアって呼び方するから。……も、もしかして本当はみんなで一緒にドライブに行きたかったのかな……?思春期だから素直に言えなかったのかな?大丈夫、素直なのはいいことだよ。恥ずかしくなんかないよ。お姉ちゃんと一緒に出掛けよう?クラスの皆には秘密にしてあげるから。ね?」

「あああ瞳巳ちゃん!またかっちゃんに油を注ぐようなことを……!」

 

 怒りのあまり人語を失った勝己に頭をわし掴まれ、無言のチョーク・スリーパー・ホールドをお見舞いされたのは言うまでもない。

 見かねた砂藤くん、障子くんら力自慢が引き離してくれなければ、危なかった。あとで相澤先生に言いつけてやろうと思う。

 

 

 

 

 チャイムとともに午前の授業は終わりを告げ、時刻は12:30になった。これから13:20までのおおよそ一時間は、昼休みだ。

 早足で廊下を歩いて食堂『LUNCH LUSHのメシ処』に行くと、そこはすでにたくさんの生徒でごったがえしていた。雄英の食堂は有名シェフ『ランチラッシュ』が切り盛りしている。彼は一流料理人として著名なだけでなくプロヒーローの免許も持つ、実は凄い人だ。

 

 漫画でも、彼が作る定食はどれも美味しそうだった。入学してはじめての昼時を密かに楽しみにしていた私は、チャイムと共に早足で食堂へと向かった。いわゆる聖地巡礼である。

 列にならび、注文を済ませ、目にも止まらぬ速さで調理をするランチラッシュから出来立ての料理が乗ったプレートを受けとる。しかし、私が注文を間違えてしまったのだろうか。頼んでいないはずの小さなアイスが可愛らしいガラス皿に盛られ、スープの隣にちょこんと乗っていた。

 相変わらず忙しく働く彼に話しかけるのは忍びないが───「ラッキー!」とただでデザートを頂いてしまうのは、もっと申し訳ない。私はガラスの小皿をカウンターに戻し、調理場の彼に向かって声をあげた。

 

「あの!このデザート、あたしのじゃないです。ここに返しておくので、」

「んー?……あっ、ごめんごめん言ってなかったね!それキミのだよ!」

「え?でもあたし、デザートなんて頼んでないわ」

「あはは、いいんだよ。それは一年生に向けた、僕なりのサービスだからね。『雄英にようこそ!』って感じのささやかなお祝いさ!遠慮せず食べなよー!」

「……!っはい、ありがとうございます!大事にいただきます!」

 

 カウンターに戻されたアイスを再び私に手渡し、彼は親しげに親指を立てる。顔全体を覆う大きな管で表情は見えないが、きっと見守るような、朗らかな笑みを浮かべていた。

 私は一瞬にして、ランチラッシュの“フォロワー(ファン)”になった。一生食堂に通おうと決意した。ランチラッシュ、恐ろしいヒーローである。

 

 深く頭を下げ、その場を後にする。

 今日は素敵なヒーローと知り合えた。デザートをおまけしてもらえた。午前の授業もうまくこなせた。そして何より昨日は、ミッドナイトと久しぶりに話が出来た。病院にも付き添ってもらえた。

 昨日も今日も、いいこと尽くしだ。───今この瞬間も、そう。

 

「こんにちは、塩崎さん。この席、座ってもいいかしら?」

「楽園の蛇……」

「何度聞いてもすごいあだ名」

 

 偶然出くわしたB組の塩崎茨の許可をとり、向かい側の席に腰を落ちつける。

 ここは食堂のすぐ外にあるテラス席だ。真夏や真冬以外であれば、穏やかな木漏れ日のなか、庭の花々を楽しみながらゆったりと食事を摂ることができる。

 私は【蛇】という特性上、【蛙】の個性をもつ梅雨ちゃんと同じく暖かな場所を好む。塩崎さんもまた、似たようなものらしい。食事前に手持ちのウェットシートで念入りに指を拭き取りながら、彼女は伏し目がちに言った。

 

「雄英にこのようなテラス席があるのは、幸運でした。……真昼の日光浴は、好きです。主の加護を強く感じられますし、何より私の髪───ツルは、日の光と水で再生しますから」

「そうなのね。あたしも日向ぼっこは好きよ。花とか、植物も好き」

「……そうですか」

「ええ」

「珍しい、ですね。多くの人は『日に焼ける』と言って、日差しを嫌いますから」

「ふふ、あたしは気にしないわ。爬虫類系個性だからかしら?少しくらい焼けちゃっても、皮膚の表面はすぐに生まれ変わるの」

 

 塩崎さんが目蓋を閉じて祈りを捧げた後、私たちは同時に食事に手をつける。

 食堂で生徒たちが食べる定食はどれも美味しそうだった。だがそれらを注文することはできないので、目で楽しむにとどめた。私の昼食はベーコンや野菜が入ったスープと、ランチラッシュがつけてくれた小さなアイスだ。

 

 かつては、食べることが好きだった。母と姉たちが金曜日に作るカレーが、何よりの好物だった。しかし今の私の胃袋や味覚は、正常ではない。

 

 “あの”七歳の夏から秋の終わりまで、ろくに固形物を食べていなかった。何とか咀嚼したとしても、すぐ吐き戻してしまっていた。ミッドナイトとの大喧嘩を経て生きる気力を取り戻し、どうにか人並みに食べようと試みたが───無理だった。

 成長期に異常な頻度の吐き戻し、異常な精神的負荷を経験したことで、胃袋と腸は荒れきっていたらしい。味覚の機能も、その殆どがおかしくなった。今では、飴玉やマフィンなどの甘さを僅かに感じるのがやっとだ。

 もっとも味覚の変調に関しては、誰にも知られないよう隠し通している。彼らにはこれ以上、要らぬ心配をかけられない。

 

 他のクラスメイトのように、一人前の定食を平らげることは出来ない。調子が良くて三割、悪ければ二割も食べられない。ろくに味もしない固形物を咀嚼する虚しさに、時折何とも言いがたい薄ら寒さを覚えて箸を置いてしまう。“おいしい”という感覚を、そのよろこびを知っているからこそ、殊更に。

 勝己やその母親の光己さん、ミッドナイトが作る料理なら、どんな食べ物も“あたたかい”と感じる。特に出来立ての料理は、好きだ。立ち上る香りを胸いっぱいに吸い込んで、鈍い味覚を補える。舌を刺す熱で、“おいしい”という錯覚を味わえる。

 

 だから私はよく、これでもかと沸騰させた湯を入れたミニカップラーメンを食べる。あるいは炊きたての、火傷しそうなほど熱い白米をほんの少しよそい、香料にまみれたふりかけをまぶす。

 ……決して、私が壊滅的料理下手なわけではない。これは“舌を刺激する熱・強い香りによって味を楽しもう”という合理的判断のもと選択した結果である。私だって頑張れば多分おそらく、お粥くらい作れる。ちなみに作ったことはない。どうせ細かい味はわからないので、作る意味もない。栄養素は……ウィダーとビタミン剤を飲んでいるので大丈夫だと思う。それに、週に二度は勝己もしくは光己さんのまともな手料理を食べさせていただいている。

 

「……あつい」

 

 恐る恐る、スープを一掬い口元に運ぶ。舌に嬉しい温度と感触だ。これなら、少し無理をすればデザートまで食べられそう、と息をつく。せっかくのランチラッシュの優しさだ。無駄になんて、とてもできない。

 潔癖な塩崎さんは、食事を前にして不必要な会話をしないタイプなのだろう。体が資本のヒーロー科としては異様に少ない目の前の昼食を見ても、何も言わなかった。

 そして今は対岸の私の様子になど一瞥もくれず、淡々とナイフとフォークを動かし、白身魚のソテーを切り分けている。植物のように静かな呼吸に、私はほっと胸を撫で下ろした。

 

 今日は、透ちゃんと芦戸さんから「一緒にお昼を食べよう」と声をかけられていた。クラスメイトとして存在を認められているようで、嬉しかった。しかし、せっかくの誘いは断った。

 彼女たちはきっと、私に気を遣ってしまう。時折箸を止めて固く目蓋を閉じる私を見て、「大丈夫?」と心配してしまう。私がその場にいては、せっかくの美味しいご飯も冷めきって、まずくなってしまう。それは、とても悲しいことだ。よくないことだ。

 

 他者と賑やかに食卓を囲むのは、神経をつかう。かといってひとりきりの食事は心細く、いよいよ以て無味乾燥。本当に、弱く歪な化物だ。いつかまた大切な人を殺める可能性に怯えながら、孤独は堪えられない。こんな私を許し続けるミッドナイトが、時折ひどく憎らしくなる。

 

 テラス席の賑やかな喧騒と、庭木にとまるヒヨドリのさえずりを聞きながら、頬を撫でる風に目蓋を閉じた。ろくに鳴らぬ心臓に手をあてた。

 あの夏から、鼓動は年々弱まるばかりだった。これが私の罪への罰なら、両腕を広げて受けいれよう。

 だが───私にはまだ、やるべきことがある。取り戻したい家族がいる。守りたい人がいる。何もかも放り出して息絶え、身勝手に楽になるのは、親友への侮辱だ。そんな結末では、命を賭して私を救おうとしたあの子が救われない。

 

「ごちそうさまでした」

「主よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら」

 

 時間をかけてスープとアイスを食べ終え、私は手を合わせる。塩崎さんは木漏れ日のなか、長い睫毛を伏せて目蓋を閉じ、いるかどうかもわからない誰かに祈りを捧げた。

 緑谷出久の物語は、きっとあと一年もしないうちに幕を閉じる。せめてそれまでは生きて、ミッドナイトや出久、勝己の盾にならなくては。

 爆豪瞳巳には、時間がない。

 

 

 

 

 残り五分で、昼休みが終わる。私と塩崎さんはA組とB組の境目に立ち、「じゃあまた」とひらり手を振った。……真面目な彼女は手を振るなんてくだけた仕草はせず、丁寧な会釈のみだったが。

 

「塩崎さん、今日はありがとう」

「……?私の記憶では、お礼を言われるようなことは特に何もなかったと思うのですが」

「えあっうん、何もなかったといえばそうなんだけど。……えっと、でもあなたが一緒にいてくれたから普段より穏やかに食べられたっていうか……居心地がよかったっていうかあの……美人セラピー……?」

「何か物申したいことがあるなら、はっきりとした言葉で述べるべきです」

「蛇だから日本語わかんないわ!予鈴鳴ったからまた明日ね!」

「あ、」

 

 にじり寄る塩崎さんの追求に背を向け、逃げるようにA組の開け放たれた扉を潜った。頬杖をついてむくれ顔でこちらを見つめる透ちゃんからは、極力目を逸らした。ごめんなさい透ちゃん、でもあなたには何の気兼ねもなく、お腹いっぱい食べてほしい。どうか私のことは気にせず、芦戸さんたちと楽しいお昼を過ごしてほしい。

 

 

 

 

 クラス全員大人しく席について、『ヒーロー基礎学』の開始を待つ。はじめての実践的な授業、しかもあの憧れのヒーローが先生としてやってくるという。

「一体どんな授業になるんだろう?」とお隣の瀬呂くん、その前後の耳郎さん、常闇くんと噂話をする。

 

「オールマイトだろ?やっぱこう……必殺のスマッシュとか近接戦闘とかそーゆーのを教えてくれるんじゃね?」

「ウチは……初回はヒーローの心構えとかの授業かなって。オールマイトなら為になる話とかいっぱい知ってるでしょ」

「偉大なる伝説、光臨の“刻”来たれり、か。……フッ」

「いずれにせよ、No.1ヒーローの授業なんて贅沢よね。楽しみだわ!」

 

 オールマイトに対しては、私も特別な思いを抱いている。何といったって、前の世界でも憧れのキャラクターだったのだ。神野編でのAFOとの対決は、何度読み返しても涙が溢れた。

 

「──、聞いて。私決めた。オールマイトみたいなアメコミ風おじさんを見つけて結婚する!」

「やめな」

「結婚式のスピーチはよろしくね!」

「わかった。結婚式に殴り込んででも阻止するわ」

 

 親友と交わした会話を思い返し、思わず笑みが零れた。ちなみに、そんな親友はエンデヴァー派だった。息子が在籍する1-Aにいる以上、彼とも会う機会があるだろう。彼女はきっと大人びた頬を年相応に膨らませ、羨ましがるに違いない。

 

 クラスのほぼ全員が緊張と期待にざわめく中、その人はやって来た。正しくは“数秒後にやってくる”、か。

 蛇に備わったピット器官───赤外線探知能力で彼の様子を探る。中学時代の『ヘドロ事件』で会ったときも圧倒されたが、どこに在ってもわかりやすい鮮烈な赤色、桁外れの膨大な熱反応だ。

 彼が小走りで……いやスキップしながら廊下を進み、やがてスライド式の扉に手をかける。そして。

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!」

「オ、オールマイトだ……!すげえやホントに先生やってんだな!」

「銀時代のコスチューム!画風違いすぎて鳥肌が……」

 

 たしかに一人だけ画風や作画が違いすぎる、とは漫画の時点で思っていた。だが驚いたことに、この現実世界でも彼はなんというか……画風が違うとしか言いようがない。

 

「早速だが今日の授業はコレ!“戦闘訓練”!」

「おお〜……!」

 

「それから……」とオールマイトが窓際に体を向けると、意思を持ったようにひとりでに壁が動きだす。先程までただの壁だったそこには、一から二十までの出席番号が刻まれた頑丈な衣装ケースが、ずらりと収納されていた。

 中身は、それぞれの戦闘服。それも、体操着のような全学生共通のものではない。ひとつひとつが私たち“ヒーローの卵”の要望と個性情報に沿ってあつらえられた、完全オーダーメイドである。

 

 配られた十七番のケースを開け、中身を確認する。……よかった。幼い瞳巳ちゃんが夢見て描いたヒーロー衣装は、ほとんど彼女のノートそのままのシルエットだ。

 ここまでずいぶんと遠かったけれど。やっと、瞳巳ちゃんの理想の“ドレス”を纏える。ほんの少しずつでも、彼女の自我を殺した罪を償っていかなければ。

 

「うん、可愛い。でもね」

 

 実際着てみたら、思ったよりヒラッッヒラのフリルスカートだった。闇のプリキュア感すごい。これで……戦うの?今から?マ?

 

 

 

 

【次回:戦闘訓練】

 

「瞳巳ちゃんが爬虫類系美少女でよかった」

「完膚なきまでに惨敗しろ爬虫類系ブス。そして速やかに自主退学手続きをとれ」

「相澤センセ~!爆豪①くんが②の髪を引っ張りました」

「うーん☆野蛮」




食堂にテラス席は……ないです。

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