蛇に花房、石に飴玉   作:鳥市

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前半はミッドナイト視点で今までの振り返り


14. 爆豪瞳巳は唐揚げを食べたかった(USJ編①)

 少女に手を差し伸べたのは、無償の愛からではなかった。憐れみでも、英雄の奉仕精神でもない。そんな尊く美しいものではなかった。

 あの子が私をヒーローと呼んでくれたから。だから私はどこまでも走れると思った。ただそれだけのことだ。何ともくだらない、命を懸けるにはあまりにささやかな理由だった。

 目蓋の裏ではいつだって、一輪の白い花が揺れている。

 

 

 はじめに目を焼いたのは、大型トラックに飛び込む小さな背中だった。

 けたたましく警告音(クラクション)を鳴らす車を背景に、桜色の晴れ着を乱した少女は笑っている。必死に手を伸ばし、絶叫する少年を見据え、場違いに柔らかく微笑んでいる。

 

 私は───香山(ねむり)は、瞬き一つたりとも迷わなかった。緑色のネギが飛び出た買い物袋と洒落たロゴが刻まれた小箱を放り出し、少女の元へ駆けた。

 アスファルトに叩きつけられる衝撃に、袋に詰めたパックの玉子が潰れる音がする。「デザートに」と洋菓子屋で買ったミルフィーユのクリームが飛び散り、甘ったるい香りが周囲に拡散する。

 

「怖かったわね。でももう大丈夫よ!」

「───……」

 

 火花を散らしながら急ブレーキを踏むタイヤに滑り込み、すんでのところで棒立ちの少女を救出した。

 救いだした少女は先程の穏やかな笑みから一転、一切の感情をなくした能面のような顔で私を見つめた。「なぜ死なせてくれなかった」と言わんばかりの、伽藍堂の金色だった。

 愛娘の突然の豹変、自殺未遂に錯乱する彼女の姉たちと両親と共に、病院へと急ぐ。検査の結果、彼女は『原因不明の記憶喪失』との診断を下された。

 無情な診断書を握りしめ、家族は泣き崩れた。可愛い末娘の“死”とも言える現実に、双子の姉たちは抱き締めあって幼児のように声を枯らして泣いた。

 当人である少女は虚ろな目で、それを他人事のように見つめていた。……いや、何も見てはいなかった。泥に沈む彼女の金色には何も、誰も映ってはいなかった。

 

「瞳巳ちゃん。これは元気の出るおまじないよ!……うん!思った通り、とっても似合ってるわ」

 

 私は病院の売店で、幼稚園児くらいの女の子が喜びそうな可愛らしい白い花のピン留めを買った。

 脱け殻になった少女の黒髪を一房すくい、「おまじない」なんて勿体ぶった言葉をつけてそれを贈った。

 苦し紛れの、薄っぺらい言葉と慰めだった。乾ききった彼女の心には、雨粒一滴分も響かなかっただろう。

 私は二十一歳で、まだまだ駆け出しのヒーローだった。おまけに、つい数日前は彼女と同じ年頃の少女を救えず、目の前で失った。

 

 何もかも上手くいかない日々だった。自分に自信がなかった。

 学生の頃はあんなにも輝いて見えた『ヒーロー』という言葉も、今は鉛色に褪せて重苦しいだけだ。遺族の、世間の非難の眼差しが、網膜に焼き付いて消えてくれない。「一生懸命やりました。でも駄目でした」では許されない。それがヒーローの世界だった。

 もし、自分に【抹消】の両目があったら。大勢を圧倒する【声】があったら。自在に【雲】を操り、しなやかに戦えたなら。きっと何も取り零さずに済んだ。

 らしくもなくそんな馬鹿なことを考えるくらいには、疲弊しきっていた。頭の中で鳴り止まない少女の断末魔に、追い詰められていた。

 

「私は」

 

 本当に、ヒーローを続けていけるだろうか。ヒーローを名乗ることは、許されるだろうか。

 

 

 彼女と再会したのは、ちょうど一年ほど後だった。

「私を弟子にしてほしい」と、瞳巳は言った。どんなに他のヒーローをすすめても、彼女は頑として首を縦に振らなかった。

 

「師匠にするなら、ミッドナイトがいいです。あなたは私を助けてくれたヒーローだから」

 

 少女は媚びるでもなく声を荒げるでもなく、「ただ事実を述べただけ」とばかりに言った。あなた“が”いいのだと、私を真っ直ぐに見据えた。

 ただ、それだけ。だが、そのたったひとことがどんなに私を救ったか。嬉しかったか。凪いだ黄金の瞳に、どれ程心震えたか。彼女は知る由もないだろう。

 

「今さらだけど、改めて自己紹介をしましょうか。私は香山睡!華の二十二歳よ。これからよろしくね」

 

 今にも俯いてしまいそうな背筋を無理矢理に伸ばし、胸を張り、高らかに言ってみせる。この少女の前では、自信に満ちた、輝かしいヒーローでありたかった。彼女は、私を選んでくれたのだから。

 

 

 春から季節は移ろい、梅雨は早足で通り過ぎ、夏になった。

 楽しい数ヶ月だった。「あなたを弟子にはしない。教えるのは護身術とこの世界での常識だけよ」と宣言し、瞳巳を鍛えた。放課後、ぶつくさ文句を言いつつトレーニングをこなす彼女は、素直で可愛らしかった。最近の瞳巳は出会った頃と比べると、見違える程に明るい。彼女の幼なじみと家族たちが見守り、支えてくれているお陰だろう。

 ずっとこんな日々が続いていくと思っていた。穏やかな暮らしのなか、瞳巳はやがて罪の意識を忘れて生きていく。「ヒーローにならなくては」という盲執───“瞳巳ちゃん”の夢も忘れ、幸せになれる。そう思っていた。

 

 七月二十日、静岡某所で発生した事件からの帰り道、私は鼻歌を口ずさみながら家路を歩いた。夕食時の薄暗がり、風にのってどこかから香ばしいカレーの匂いがする。そういえば、瞳巳が「うちのママとお姉ちゃんたちが作るカレーは銀河イチ!」と胸を張っていたのを思い出した。

 

「……ふふ」

 

 彼女はきっと今ごろ、家族と賑やかな食卓を囲んでいる。……ああ、幼なじみと従兄妹も招き、“賑やかを通り越してうるさい”くらいのひとときを過ごしているのだろう。温かく幸せな光景を思い浮かべ、私は眦を緩めた。

 瞳巳の家のそばを、ゆったりと機嫌よく歩く。通りかかった公園の前には、人だかりが出来ていた。

 

 

 

 

「あ、あ───!!ぁああ、ひと、み?瞳巳なの……!?」

 

 “異形”となった瞳巳を眠らせ、元の姿に戻し、公園から病院へと走る。そうして彼女が病床で目覚めたとき、全ては失われていた。

 姉たちは石になり、どの医者も「()()はもう死んでいる」「心臓まで石化が及んでは、蘇生も何もない」と言った。公安は彼女を化物(メドゥーサ)だと吐き捨て、監視対象とした。両親は“最愛の末娘が最愛の双子を殺めた”現実を受け止められなかった。

 

 三姉妹の悲劇がヴィランによって齎されたものなら、そのヴィランを憎めばいい。そして残された瞳巳と共に悲しみを乗り越え、生きていけばいい。

 だが、個性の暴走とはいえ───悲劇を引き起こしたのは、目に入れても痛くない末娘だった。両親は彼女の瞳を見る度思い出すだろう。「この目が二人を奪ったのか」と。毎日、毎日、その繰り返し。何度も生傷に爪を立てられ、喪失の痛みは永遠に癒えない。

 

 瞳巳を心から愛している。だからこそ、憎みきれない。しかしこのままではいずれ、残された娘を嫌悪し、遠ざけ、傷付けてしまう。

 では、この煮え滾る憎悪はどこにぶつければいい?胸を裂く悲しみは一体どこに?答えなどあるはずもない。

 

 

 生きる気力を失った両親は精神病院で寝たきりになり、私と瞳巳のぎこちない二人暮らしが始まった。彼女は自分を痛めつけるように、刑罰じみた自主訓練を始めた。

 

 陰鬱な夏は終わり、十一月。私は震える足を叱咤し、身も心も衰弱しきった瞳巳とようやく向き合った。

 

「放っておいて。これは私への罰なんだから。化物の私が幸せになっていいわけないんだから」

「なんて素敵な精神!で、その罰を受けたらあなたの両親は元に戻るの?お姉さんたちは生き返るの?」

「……うるさい」

「結局、それはあなたの自己満足。現実と向き合えないあなたの弱さでしかない」

「黙って……!!」

 

 彼女の髪から伸びた無数の蛇が牙を剥き出し、私の首に絡み付く。瞳巳は制御の利かない新しい個性に錯乱し、「ち、違う、やめて!殺したくなんかない!もう殺さないで……!」と泣き叫んだ。そんな姿のどこが“化物”だというのか。おかしくてたまらなかった。

 喉を締め上げられ、声がでない。呼吸すらままならない。それでも私は待った。朦朧とする意識のなか、彼女の本心からの叫びを待った。

 

「───たすけて、睡さん」

 

 ええ。絶対たすけるわ。あなたは私をヒーローと呼んでくれたから。私を見つめてくれたから。

 

 

 それからの数年、私は瞳巳を正式な弟子として育て上げた。姉と同じく、爆豪瞳巳の身体能力は優れている。元々は高校生だったからか、同年代より飲み込みも格段に速い。将来はきっといいヒーローになれるだろう。

 だが私は瞳巳にヒーローになってほしくはなかった。いつまでも白い花の髪飾りが似合う、可憐な女の子でいてほしかった。「睡さんみたいになりたいの」なんて言葉、聞きたくなかった。

 十年近く前のいかにも幼いデザインのピンを、瞳巳は今もずっと大切に、誇らしげに髪に飾っている。寝る時はお守りみたいに枕元に置いている。

 そんな彼女をいとおしく思わない筈がなかった。

 

 ヒーローはいつだって命懸けだ。私だっていつ死んでもおかしくない。私は彼女に何を遺してやれるだろうか。

 瞳巳と暮らすこの家と、使い道がなく貯まるばかりだったお金。遺せるのはそれくらいだろうか。

 改まってテーブルにつき、瞳巳と向き合って“私の死後”について話し合おうとした。けれど彼女は私の不慮の死を仮定することすら拒絶した。

 

「お金も家もいらない。私なんにもいらない。睡さんが生きてればなんにもいらない。睡さんがし……し、死んじゃったら、家に火をつけて私もすぐ死んでやるから」

 

「ひとりにしないでよ」と、瞳巳は机に突っ伏して泣きじゃくった。いつものようにその艶やかな髪を撫でて慰めることはできなかった。

 大喧嘩をしたあの日、「絶対に死なない」と約束した。その約束を自ら破る気は毛頭ない。だが私はヒーローだ。いつかヴィランと戦い、市民を守り、命を落とすかもしれない。そんなことはとうの昔に覚悟している。

 それでも、瞳巳にだけは生きていてほしかった。私の死などに囚われず、少年みたいなあの無邪気な笑みで、どこまでもどこまでも生きてほしい。

 

「瞳巳。堂々と立ちなさい、笑いなさい。そしていつかあなたは、“あなた”のために走るのよ」

 

 

 ***

 

 

 その日の休み時間、爆豪瞳巳はいつにも増して念入りに身だしなみを整えていた。

 

「ネイル、キラキラ!唇、ツヤツヤ!蛇くん、テカテカ!よし!」

「瞳巳ちゃん、気合い入っとるねぇ……」

「なになに、瞳巳も蛇くん達も嬉しそうじゃん!気になる人でも出来た!?恋か?恋なの!?」

「え~っ誰!?ヒーロー科?同い年?それともセンパイ!?ねぇ瞳巳ちゃん、ねぇってば~!!」

 

 女子トイレの大きな鏡を前に、自身の体をひとつひとつ指差し確認する。そんな私を鏡越しに覗き込み、麗日さん、芦戸さん、透ちゃんの三人は鈴を転がすような声ではしゃいでいた。

 A組女子は顔も良ければ声もいい。彼女らはアニメ通りの声───つまり有名声優の声帯そのまま。録音して安眠用BGMにしたいほどの、耳に心地よい美声揃いだ。

 

「そんなに気合い入れてどうしたの?」「好きな人でも出来たの!?」という彼女らの好奇の目を受け流し、私は抑えきれない楽しみに頬を緩ませた。

 

「残念、好きな人なんかじゃないわ。大好きな人よ」

 

 

 短い休み時間を終え、女子勢から質問攻めされつつ席につく。そうして、楽しみにしていた『近代ヒーロー美術史』の初授業が始まった。

 担当する教員は───ミッドナイト。そう、大好きな睡さんだ。プロヒーロー、教師、ブランドアンバサダーとして多忙な彼女と合法的(?)に会えるこの一時間は、非常に貴重だ。

 ぼさぼさの髪で対面するなんて、あり得ない。唇がかさかさに荒れているなんて、以ての他。憧れの人の前では、最高の姿でありたい。満点をとって、質問には完璧に答えて、少しでも良いところを見せたい。

 

 私は飯田くん並みに背筋を真っ直ぐに伸ばし、「この問題わかる人いるかしら?」というミッドナイトの問いに、音速で挙手した。あまりの速度に、前に座る勝己の後ろ髪がぶわりと舞い上がった。

 

「ハイ!設問①の答えは1987年に緩和された『ヒーローコスチューム国際規格』です!これにより多くの芸術家がデザイナーや技術者と協力して戦闘服製作に携われるようになりました!」

「正解!いい子ね爆豪さん。きちんと予習をしてきて偉いわ!」

「……!うん!……じゃない、ありがとうございます。これくらい答えられて当然です」

 

 前髪をささっと指で直しながら取り繕う私を見て、ミッドナイトは悪戯っぽく片目を瞑って微笑んでみせた。

 目玉をカッとペルソナみたいに見開いた峰田くんは、「エロとエロ……黒髪巨乳の共鳴現象、だと……!?」「ドスケベとドスケベは惹かれ合う運命……ってコト!?」などと呟いて、ノートを涎まみれにしていた。

 

 

 午後の授業は、相澤先生や13号先生による『人命救助訓練』だった。USJの、あの“イベント”だ。

 委員長として張り切ってクラスメイトをバスに誘導する飯田くんに従い、車内に乗り込む。戦闘訓練でやり過ぎてクラスをドン引きさせた勝己の隣は、当然のように空いている。私がそこに座ると、勝己はこちらを一瞥し、ひとりごとじみた呟きを洩らした。

 

「今日、オールマイトも来るんか」

「うん、遅れて来るらしいね」

「───……そーかよ」

 

 勝己は窓枠に肘をつき、静かな横顔で考え込んでいる。意外にも繊細な彼のことだ。おそらく、先週の戦闘訓練で憧れの人に醜態を晒してしまったことを未だに引き摺っているのだろう。

 なまじ賢いが故に、色々な“最悪”を想定できてしまう。そして人には理解し難い独自の理屈で苛立ち、包み隠さず他人にぶつけて遠ざけてしまうのだ。今だって小難しい理屈を捏ね回し、崩れかけのプライドと戦わせているのだろう。大乱闘SMASHバクゴーズなのだろう。プレイアブルキャラクターは幼少爆豪、中学生爆豪、現在の爆豪、未来のプロヒ爆豪。全員が小うるさいお小言を言ってきそうで、考えただけでノイローゼになりかけた。

 

「オールマイト、かぁ……でも勝己が悩むほど、あの人は気にしてないと思うけどね。出久が考えてることだって、あと何ヶ月かしたら……」

「あ゛?」

「何でもないよ。ねぇそれよりさ、この訓練が終わったらまたあの唐揚げ作ってよ。あのアレ……レモン?のかかったやつ」

「……レモンだぁ?全っ然違ぇわ、アレはすだちだボケ。頭だけじゃなく味覚まで狂ったンかクソ蛇」

「はいはい、じゃあ夕飯はそれでよろしく。あ、私寝るから着いたら起こして」

「はあ゛ぁ~~!!?ふっざけんなカス何でてめェのメシの世話までしなきゃなんねーんだクソ蛇!!オイ寝てんなやナマケモノか蛇かハッキリし$!§§ヴぁ※k!!」

「ハウンドドッグ先生の物真似?」

 

 わざとらしかったかもしれないが───これでもう勝己の頭には、理不尽で我が儘ないとこへの怒りしかないはずだ。ついでにすだちの唐揚げのレシピと、帰りに買うべき材料も考えてくれているだろう。

 少なくとも今だけは、余計なことを思い詰めずに済む。……作って貰ったところで味がよく分からないのは、申し訳ないけれど。

 

「……てめェマジでなんっもできねーな」と、騒ぎすぎて相澤先生に睨まれた勝己が小声で言う。最早怒りを通り越した呆れ顔だった。しかしその複雑につり上がった口の端は彼なりの“安堵”の発露だと、知っている。

 何も知らない馬鹿だと、自分の遥か後方を行く存在だと思っていてくれていい。無能な私を見下して爆豪勝己の崩れかけの矜持が保てるなら、それでいい。

 

 

「すっげ──!!USJかよ!?」

「はい。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……U(嘘の)S(災害や)J(事故ルーム)!」

「ホントにUSJだった……!」

 

 施設に到着し、A組は揃ってバスを降りる。噴水広場前のゲートには既に、宇宙服のようなヘルメットと防護服を厳重に着込んだ教師が待ち構えていた。

 辺りをぐるりと見回すと、実際のUSJと同等の敷地面積なのでは?と面食らう程の、広大な施設だった。ここを隅まで駆けずりまわって、内通者───怪しい行動をとるクラスメイトを見つけるのは、相当に骨が折れるだろう。

 

 原作では、主人公の出久が飛ばされた『水難ゾーン』や脳無と交戦した目の前のセントラル広場が主に描かれていた。

 出久と共に戦った梅雨ちゃんは積極的にヴィランを攻撃し、危うく死柄木に殺されかけもした。よって、彼女が内通者という線はまずあり得ない。一方峰田くんは結果的に活躍したものの、出久の作戦に従うがままだった。自発的にヴィランを妨害した……というわけではない。内通者の疑いはかなり薄いが完全に白とは言いきれない、グレーゾーンだ。

 

 どこで誰が、どんな敵と交戦したか。どんなふうに切り抜けたか。序盤のイベントということもあり、記憶が曖昧だ。

「あの子だったらきっと憶えてたのにな。あの子は私なんかよりずっと記憶力が良かったし」と思わず卑屈になりかけるが、かぶりを振って気持ちを切り替える。

 

 13号先生の背後、広大な敷地を見渡した。USJには、大きくわけて六つの災害ゾーンがある。そのうち四つでは各生徒が団結して戦うシーンがあったが、『火災ゾーン』『暴風・大雨ゾーン』は、たしか……生徒たちがどんな風に戦ったかの描写がなかった、気がする。

 裏切り者とは人目につかない場所に隠れ、密かに行動するものだ。ならば私が最優先で確認すべきは、原作でも謎だった『火災ゾーン』と『暴風・大雨ゾーン』だろう。『山岳ゾーン』『倒壊ゾーン』など他の場所も気になる点はあるが、まずはその二箇所を隈無く見てまわろう。各エリアで誰がどう動いたかは、内通者白判定(瞳巳ちゃん調べ)で信頼できる入試F組───葉隠、障子、常闇、尾白、上鳴に後で聞けばいい。

 

「えー、皆さん揃いましたね。では授業を始める前に、僕からお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

「増える……」

 

 増えていく数字に、隣の透ちゃんが唇を引き攣らせる。私は彼女の顔から下を絶対に見ないよう努めながら、「多いわね」とぎこちなく同調した。

 私は、蛇の視界を通して彼女の素顔や体をはっきりと視認できている。透ちゃんには、戦闘服というものがない。基本、ブーツに手袋だけだ。ある意味、全裸よりアウトだ。マニアックすぎる。

 同性といえど、そんな全裸より刺激的な格好をした彼女を直視する勇気はない。だから私は今のところ、ヒーロースーツ(スーツ?)姿の透ちゃんとは一定の距離を保ち、身体的な接触もなるべく避けている。そのせいか、透ちゃんが何か言いたげなジト目でこちらを見つめてくる頻度が日に日に多くなってきている、気がする。

 早急にサポート科に行き、着用しても透明でいられる戦闘服を開発してもらおうと決意した。

 

 ずらりと並んだA組の二十人を前に、13号先生は自己紹介を始めた。

 一人称が僕であることと身長で、私はてっきり“彼女”を男性だと思い込んでいた。だが、蛇のピット器官───赤外線探知能力を介して見たヘルメットのガラスの内側には、丸みを帯びたショートヘアの美女がいる。雄英のメイン女性キャラクターとヒーロー科には、美女か美少女しか居ないのだろうか。やはり顔採用なのだろうか。

 

「僕の個性は、ご存知の通り【ブラックホール】です。どんなものでも吸い込んで、塵にしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」

 

 彼女の大ファンを公言する麗日さんは、出久の言葉にヘドバン並みの激しさで何度も頷いた。13号先生がそれに小さく苦笑したのが、私にだけ見えた。

 

「ええ。しかし、裏を返せば僕の個性は簡単に───」

 

 人を殺せる“力”です。

 

 彼女は「皆の中にもそういった個性の人がいるでしょう」と静かな口調で言った。

 ああそうか、この台詞は13号先生のものだったと思い出した。何故だかその言葉は、ずっと昔から私の胸に印象深く刻まれていた。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく制限することで、一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えれば人を容易に殺められる個性を各々が持っている……ということを忘れないで下さい」

「相澤さんの体力テストで自身の秘めた“可能性”を知り、オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける“危うさ”を体験したかと思います」

 

 彼女は相澤先生に視線をやり、まだ到着していないオールマイトの影をなぞるよう、両目を細めた。

 13号先生は、“人を殺せる個性”などの重い話題で神妙な面持ちになってしまった生徒たちをひとりひとり順番に見つめた。そして空気を変えるよう、笑みを含んだ明るい声音で私たちに語りかける。

 

「この授業では、心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう!……君たちの力は、人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるんだと、心得て帰って下さいな!」

 

「以上、ご静聴ありがとうございました」と丁寧に腰を折り、13号先生は話を結んだ。

 ファンの麗日さんはもちろん、飯田くんや切島くん、出久まで、声を揃えて「カッコいい!」「ブラボー!……おお、ブラボー!」と口々に言い、拍手喝采だった。

 

「13号先生、アツいね!テレビでたまに見るくらいだったけど、私ファンになっちゃったかも!」

「……あたしも!先生みたいにたくさんの人を救けられるヒーローになりたいわ」

「ねー!」

「ねー」

 

 熱のこもった演説に興奮した様子の透ちゃんに、微笑み返す。

「個性は人を傷つけるためにあるのではない。人を救うために使え」と、13号先生が言った。彼女の個性は素晴らしい。災害救助の場で、彼女は一体どれ程の命を救い上げたのだろう。

 私はこの場にいる十九名を見渡した。彼らの個性もまた、世のため人のために活かせる素敵なものばかりだ。将来はきっと、多くの人々を幸せにできるだろう。人を殺すしか能がない、不幸を撒き散らす呪われた瞳とはまるで違う。

 

「相澤センセー、13号先生、質問です。【化物(メドゥーサ)】の個性は、どうやったら人を救えますか?何度も私から目を逸らした人間たちを、どうして救わなきゃいけないんですか?どうして睡さんと出久と勝己以外をたすけなくちゃいけないの?どうして?どうして?」

 

 喉まで出かけた言葉を飲み込み、煌びやかな戦闘服のスカートを握りしめた。

 いけない。ミッドナイトや出久、勝己はこんな酷いことを思わない。身も心も化物の“私”では、誰にも愛してもらえない。

 

 

 

 

 そしていよいよ、その“イベント”は始まった。

 

「───初めまして、我々はヴィラン連合」

平和の象徴(オールマイト)、いないじゃん。……ああ、そうだ」

 

 子どもを殺せば来るのかな?

 

 掌に覆われた顔から、死柄木弔の濁りきった片目が覗いた。その血走った眼球は生徒全員を順繰りに舐めあげ、最後に私の隠された両目を見つめた。

 破壊しか生まない私たちは、思わず笑みが零れてしまうほどよく似ていた。

 

「は?何にやけてんだコイツ、キモ……黒霧、コイツは一番過酷なエリアに飛ばせ。単独で」

「エ〜〜ッッ」

 

 前言撤回、全然似ていない。出久アパート(OFA)の中にいる志村菜奈さん、見ていますか?あなたのお孫さんについてどう思いますか?

 

 底冷えのする黒に飲み込まれる直前、何事かを叫ぶ勝己がこちらに手を伸ばすのが見えた。

 彼はオールマイトの危機に駆けつけ、黒霧を拘束するという重要な役目を負っている。勝己がいなければ、オールマイトはあの場で本当に息絶えていた可能性すらある。

 

「大丈夫だよ、勝己!私は一人でも戦えるから!」

 

 どうか“私が一足先に飛ばされた”程度のことで冷静さを失わないよう、原作の大幅な改編が起こらないよう、暗く冷たい霧の底から祈った。

 

 

 ***

 

 

「クソッ、クソ!!クソがぁぁぁ!!」

 

 あかい爆炎が網膜を焼く。最大火力を放出し続ける掌が、痙攣している。絶えず上げ続ける憤怒の咆哮で、己の鼓膜すら痛みを訴えている。

 それでも、彼は敵の蹂躙をやめなかった。名前も記憶にない男子生徒の制止を振り切り、加減無し、見境無しの爆撃の手を休めない。

 

「は、話が違うぞ死柄木……!」

「こんなバケモノ生徒がいるなんて聞いてねぇよ!」

「───黙れ。死ね」

 

 十数人対二人。大人対十五歳の子ども。『倒壊ゾーン』の入り組んだ、死角を突きやすい造り。圧倒的に有利なのは、ヴィラン側の筈だった。こんな子どもたち数分もかからず地に這いつくばらせて、自分達も“平和の象徴殺し”を楽しむ筈だった。

 だが、ヴィランの目論見は悉く外れた。この場で行われているのは、もはや戦いとも言えない。一人の少年による、一方的な蹂躙だった。

 共に飛ばされたのが【硬化】の個性を持つ切島でなければ、見境ない攻撃の巻き添えを食らってただでは済まなかっただろう。

 

「オイ爆豪!待てって!どこ行くんだよ!?」

「どけ、邪魔だクソ髪!時間がねぇんだよ……!!」

 

 爆豪勝己は一瞬にして十数人ものヴィランを屠り、行動不能に追い込んだ。

 こういった非常事態、普段の彼であれば、思考を巡らせて“事態の元凶”を真っ先に叩こうと考える。今回の場合は黒霧を抑えて、敵の出入口を塞ごうと考える。実際、原作でも彼はそう行動してオールマイトたちの命を救った。

 

 だが、顔面蒼白で唇を噛み締める今の勝己にそんな冷静さは微塵もない。出会って日が浅い切島ですら「普通ではない」とわかる、錯乱状態だった。

 何も言わず倒壊ゾーンを飛び出そうとする勝己の肩を、切島が掴む。

 

「待て、一旦落ち着けって!周りよく見ろ!!外の……ほら、そこのセントラル広場だって敵だらけだろ!!」

「ぁぁああああ!うるっせェ!!黙れ黙れ黙れ!!離せ!!マジで半殺しにすンぞ!!早く、早くアイツを探さねぇと……!!」

「さっきからそればっかじゃねーか!何をそんな焦って、」

 

 言いかけて、地面に落ちた金色に目を奪われる。

 散々暴れてぼろぼろになった彼の戦闘服から、金色の包み紙が零れ落ちていた。爆豪瞳巳がよく持ち歩いている、ヴェリタースオリジナルだった。

 ああ、そうか。瞳巳と勝己は、一緒に育った家族だった。

 

「離せ、離せよ……!あのクソ共はアイツを単独で飛ばすとか抜かしやがった!早く見つけねぇと、瞳巳がまた死んじまう……!!アイツ電車も一人で乗れねぇ弱虫だから、一人じゃなんも出来ねぇ馬鹿だから……!ああああクソっクソが!!なんで、なんっでいつもいつも!届かねぇんだよ……!!」

 

 枯れた喉で絶叫した勝己はとうとう個性を使って切島を思い切り殴り飛ばし、頑強な拘束を振りほどいた。彼は掌から爆風を生み出し、半ば飛ぶように駆けていく。

 陽炎(かげろう)の虹彩は、今にも泣き出しそうに揺らめいていた。その横顔を彼の家族が見たら、「泣き虫」と言って少年のように笑うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

【閑話】

 

 切島は殴打された頭を押さえ、硬化を解いて立ち上がる。遠ざかっていく背中を見つめる。

 二人の過去に何があったか、切島にはわからない。訊いたところで、二人とも教えてはくれないだろう。

 だが、これだけはわかる。「死んだら殺す」と今にも死にそうな顔で飛び出した少年を、たった一人でヴィランと戦っているであろう蛇の少女を、放っておいていいはずがない。そんなのは、自分が憧れたヒーローではない。

 

 先程のバスでは彼らの席に近かったので、偶然会話が聞こえてしまっていた。

「今日の夕食は唐揚げが食べたい」と、瞳巳は言った。そんなささやかな希望が、永遠に叶えられなくなってしまったとしたら。

 

「他人のピンチに飛び出せもしねぇ」「俺が行かなきゃって思うのに、震えて足も動かなかった」

 

 中学の頃の、弱く惨めな自分を思う。ヘドロ事件で友を助けようと飛び出した、名もない少年のような漢になろうと決意した日を思い返す。

 またあの頃のように立ち竦んで、芦戸───勇気ある誰かがどうにかしてくれるのを待つのか?「どうせ自分の地味な個性なんかで人は助けられない」と、悟ったふりで俯いて目を逸らすのか?冷静さを欠いて飛び出したクラスメイトとその家族がヴィランにやられるのを、「俺にはどうしようもなかった」と後でみっともなく言い訳するのか?

 

「っ違ぇ……!“誰”かじゃねえ、“俺が”、今、救けなきゃだろうが!!」

 

 切島は、勝己の背を追って駆け出した。お節介でも大きなお世話でも、何だっていい。また殴られたって構わない。

 地味だって泥臭くたっていい。オールマイトのような、拳ひとつで千人を助ける華々しいヒーローでなくていい。切島の始まりは、憧れは、何があろうと背中を見せない英雄───漢気ヒーロー・紅頼雄斗(クリムゾンライオット)だった。

 切島鋭児郎は、目の前の人間を救えるヒーローになりたい。

 

「待ってろ爆豪ズ!この戦いが終わったら、レモン?すだち?の唐揚げを腹いっぱい食えよ……!」

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