蛇に花房、石に飴玉   作:鳥市

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6. 爆豪瞳巳・オリジン

 爆豪瞳巳は、原点(オリジン)を見つける。

 

 

「喧嘩をしましょう」と、ミッドナイトは言った。私は彼女に促されるまま靴を脱ぎ、のろのろと廊下を歩いてトレーニングルームに向かう。

 ヒーローは日々体を鍛える必要がある。多くの有力ヒーローがそうであるように、彼女もまた鍛練用の機器を揃えた部屋を持っていた。

 

 手を引かれて大人しく室内に入るが、急によくわからないことを言われて私は困惑していた。普段面倒をかけているミッドナイトの言うことなら、極力従いたい。けれど朝昼の虐めと深夜までの自主特訓(自罰)で疲れきり、今は何の気力もわかない。

 話なら、また今度にして欲しい。そう伝えようと、陰鬱に俯きながらもごもごと口を開きかけた時だった。

 

「い……っ!?」

「ずうっと、こうしたかったのよね」

 

 何が起きたか、わからなかった。───ミッドナイトが、私の頬を叩いた?秋の夕暮れの冷えきった床に転がり、信じられない思いで彼女を見上げる。

 彼女は艶めく唇を冷淡に歪め、言った。「ずっとこうしたかった」と。「うじうじと俯くあなたが、大嫌いだ」と。

 

 ああ、そうか。私は納得し、笑みを浮かべてよろめきながら立ち上がる。

 私は、これからミッドナイトのサンドバッグになるのだろう。でも、これでいい。これが正しい。彼女はこんな陰気な化物相手に数ヵ月も温かい料理を作り、懸命に励まし、寄り添おうとしてくれた。彼女は誰より優しく、強い。

 しかし彼女だって、人間だ。我慢の限界だったのだろう。だから今、こうして私でストレスを発散している。

 

「やっと、私もあなたの役に立てる!」

 

 私は彼女に向かって両腕を開き、全てを受け入れる体制を取った。そんな私の頬を再び強く打ち付け、彼女は嘲笑した。

 

「不気味な笑みね。まるでヴィランだわ」

「はい。ごめんなさい」

「殴られて笑うなんて、おかしいんじゃないの?」

「そうだね。学校でも言われたよ」

「あんなに必死に鍛えたのに、無抵抗なの?つまらないわね」

「うん。つまらなくて、ごめんなさい」

 

 散々罵倒され、殴られた。これでいい。私はミッドナイトの役にたっていると、幸福すら感じていた。

 "私"は、最低の屑だ。殺人者だ。"私"をいくら罵倒されようが、構わない。瞳巳ちゃんや家族でないなら、私については何を言ったって───。

 

「弱いわね。あなたの馬鹿な姉とそっくり」

 

 ───今、なんと言った?

 床に叩きつけられた耳が、幻聴を拾い上げたのか?

 

「床にうずくまっちゃって、死にかけの蛇みたいね。惨めね。あなたの狂った両親とお揃いじゃない」

「……ねむり、さん?」

 

 信じられない思いで彼女を見上げる。室内灯の逆行を背負い、ミッドナイトは端正な顔を加虐の喜びに染め、舌なめずりをしていた。放心する私に、彼女はなおも言い募る。

 

「弱いくせにしゃしゃり出て、ヒーローの真似事をして。あなたのお姉さんたち、馬鹿だったんじゃないの?最初からヒーローの素質、なかったんじゃない?」

「公安から映像を見せてもらったわ。妹は目の前に居るっていうのに、『すぐそばの家で待ってる妹には、指一本触れさせない!』なーんて格好つけて!っふふ、やだ、感動させないでよ!愚か過ぎて笑っちゃう!」

「娘が娘なら、親も親ね。この程度で狂うなんて、弱い人たち!ねえ見たでしょう?あのケダモノみたいにうるさく吼える姿!気持ち悪かったわよねぇ!?今もあんなふうに精神病院で鳴いているのかしら!」

「そうだ、今度見に行ってみない?あなたの親族の……あなたを守れなかった弱虫の……ええと、なんだっけ?カツキくん?ともう一人の幼馴染みも一緒に!きっと楽しいツアーになるわ!」

 

 うるさい。うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい。そんな汚い言葉で私の大切な家族を罵るな。お姉ちゃんたちを、パパを、ママを、幼馴染みを侮辱するな。はやくその口を閉じろ。閉じろ閉じろ閉じろ。はやくしないと、私はまた───!

 

「お願い、黙って……!」

 

 私はミッドナイトの薄い腹に、鋭く拳を打ち込んだ。これ以上、何も聞きたくなかった。家族でお揃いの金色が、たしかな殺意を持ってつり上がり、輝く。長い黒髪がうねり、踊り、無数の蛇の形を成す。

 撤回しろ。今すぐ、彼らに謝れ。ありったけの怒りを込めて、一撃で彼女の意識を奪うつもりで殴り付けた。

 だが長身の彼女は呻き声ひとつ漏らさない。私の肩を平然と掴み上げ、投げ飛ばし、床に叩きつけた。痩せ細り浮き出た背骨が悲鳴を上げ、痛みを訴える。呼吸がつかえて、喉を押さえて咳き込む。

 

「……っはぁ、あっ、ぐ」

「ほら、やっぱり弱い。あなた、本当にお姉さんに似てる」

「!!……ぁぁああああああ!!!」

 

 姉への侮辱に痛みも忘れて立ち上がり、また殴りかかる。それを真正面から受け止め、「弱い」と嘲笑うミッドナイト。

 何度も殴られ、蹴り飛ばされ、転がされた。その度に彼女は吐き捨てる。両親や姉たち、幼馴染みの尊厳を奪う言葉を、私に浴びせかける。

 

「やめて」

 

 何回、何十回、そんな暴力の応酬を繰り返しただろう。やがて私は温度のない床にうずくまり、両手で強く耳を塞いだ。彼女に背を向け、痛む膝を折り畳み、これ以上ないくらい小さくなった。けれどそれでは足りないように思えて、更にぎゅうっと力を込め、私は私の存在を小さくする。

 

「そんなふうに縮こまったって、何の意味もないわよ。そんなうじうじした態度だから、虐められる。こうやって虐げられる」

 

 彼女は傷付き無抵抗になった私の背を、一切の容赦なく蹴り飛ばした。踏み潰した。

 

「俯いてばかりの奴を見ると、蹴り飛ばしたくなる。口を開くたび謝る奴を見ると、苛々して頬を殴りつけて黙らせたくなる。他人の顔色ばかり窺って怯えた目をした奴は、もっと追い詰めてやりたくなる。それが人間よ」

「それでいいの。放っておいて。これは私の罰なの」

「なんて素敵な精神!で、その罰とやらを受けたら、許されるの?両親は正気に戻るの?お姉さんは帰ってくるの?怖い思いをした幼馴染みは、あの体験を忘れられるの?」

「……うるさい」

「結局、それはあなたの自己満足」

 

 彼女はうつ伏せに倒れる私の背に素足を乗せ、力を込め、女王の如く踏みつける。胃袋を圧迫される気持ちの悪さに、呻き声をあげて吐瀉物を吐き散らした。

 昼に何も食べていなかったので、不快な酸味のある胃液しか出て来なかった。給食はいつも、クラスの子にすべて取り上げられていた。当然の罰として受け入れていた。

 

 ミッドナイトはなおも言い募る。彼女は、最前線で活躍するヒーローだ。凶悪なヴィラン相手に、命をかけて戦う人だ。

 そんな彼女を相手に、少し鍛えただけの小学一年生が勝てる道理はない。背を踏みつけられた私に、最早抵抗手段はない。

 だが、一刻も早く彼女の言葉を奪わなければ。私の家族への暴言を、止めなければ。耳を塞いでも聞こえる姉たちの絶叫を、両親の慟哭を、止めなければ。

 

 嵐のような声に黒髪をざわめかせ、瞳を閉じた。今、目を合わせれば、私はミッドナイトも殺してしまう。だから私は───。

 

 うねる黒髪を彼女の素足に絡み付かせ、払いのける。体勢を崩した彼女の一瞬の隙を突き、鳩尾目掛けて全体重を乗せた体当たりを食らわせる。

 ミッドナイトの胴体に馬乗りになった私は、髪から伸びる黒い蛇と共に彼女を見下ろした。両目を固く閉じながら、無数の蛇の瞳を通して見下ろした。

 

「謝れ。あたしの、私の家族に謝れ」

「ふーん、夜中にこそこそトレーニングしてると思ったら……髪を蛇にして、腕や目の代わりにする、か。そんなことも出来るようになったのね。まあ、見たところ完璧に制御できてるとは思えないけど」

「話を逸らすな。私はいつでもあなたを殺せる」

「へえ、出来るの?弱い姉そっくりなあなたが。意気地無しの両親に似、」

 

 ミッドナイトは、人殺しに命を握られているとは思えない冷静さでまっすぐに私の閉じた目蓋を見つめていた。私はそれを、金色の目を咲かせた蛇ごしに見た。

 続く彼女の言葉を拒絶したくて、私は再び両手で耳を塞いだ。抑えきれない怒りは髪を大きく波立たせ、彼女の細く生白い首筋にどす黒く絡み付く。

 

「え?」

 

 違う。殺したいなんて思っていない。ただ、侮辱した大切な人たちに謝ってほしいだけだ。それだけなのに、どうして。

 ずるり、ずるりと髪から伸びた蛇たちが、彼女の体を拘束する。容赦なく巻き付き、首を締めていく。制御しきれない新たな個性に戸惑い、「やめて」と自分自身に何度も懇願する。

 

「あ、ああ、違う。やめて。私は、ただ謝って欲しいだけ。やめ、やめてよ。殺さないで」

 

 あの夏の悲劇の後発現した、新しい能力。目蓋を開かなくても、蛇の形をとって私の目となり周囲を見渡せる髪。自らの腕のように自在に動かせる、黒髪の蛇。

 姉たちと同じく、体の一部を蛇にし、操る個性だった。姉妹の死後備わった、新しい個性。こんなもの、いらなかった。私はずっと、瞳を閉じて生きていたかった。それなのに、目を閉じていても視えてしまう。首を絞められ苦悶に歪むミッドナイトの、宝石の瞳が見えてしまう。

 

「いやだ。もう殺したくないの」

 

 制御できない個性を呪い、必死で自らの髪を引きちぎろうともがいた。しかし、蛇は嘲笑うようにぬるりと手のひらをすり抜け、何もできない。

 姉たちの、死を悟り恐怖に歪む双眸を思い返す。両親の、輝きを失った盲目を思う。

 

 ミッドナイトの、苦痛のなかでも凛と澄みきった青を見つめる。その瞳がもう二度と見えなくなる。私は今度こそ、化物になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───たすけて、睡さん」

 

 馬鹿だ。

 何を言っているんだろう。

 今まさに彼女の首を絞めている(ヴィラン)が、彼女に助けを求め、すすり泣く。なんて滑稽な。なんて救いようのない。それでも。

 

「ええ。絶っ対、た、すける、わ」

 

 それでもミッドナイトは救ってしまう。

 彼女は素肌から『眠り香』を放ち、私の髪から伸びた蛇を眠らせた。黒蛇はだらりと力を失い、ただの髪束に戻っていく。

 消えていく蛇の視界を通し、彼女の首筋に赤紫の痛々しい痣が見えた。あと数秒遅ければ窒息し、死んでいたかもしれない。私の蛇が首を絞め、骨を折って殺していたかもしれない。

 

 ミッドナイトは、強い。その気になれば体を拘束する蛇ごと幼い私を振り払い、抵抗できたはずだ。今のように『眠り香』を放ち無力化することは、もっと容易かったはずだ。

 でも、それをしなかった。私が「たすけて」と叫ぶまで、呼吸ができないという極限の苦痛を堪え忍んだ。

 

「ひどいよ」「どうして?」

 

 私は彼女が重症であることも忘れ、馬乗りになって身体中を殴り付けた。

 何が「ひどい」のか、何に対しての「どうして」なのか。何もわからず、怒りをぶつけた。渾身の力で彼女の体に拳をうずめる度、涙が溢れた。姉の死にも流せなかった涙が、壊れた蛇口のようにとめどなく零れ落ちる。

 熱くなる眼窩に堪えきれず、私は閉じていた目蓋を開いた。久方ぶりの光と熱で視界が霞み、何も見えない。

 

「ひどい、ひどい。死なないでよ。殺させないでよ。もうひとりぼっちにしないでよ」

「どうしてあんなひどいこと言ったの?」

「どうして」

 

 どうして私ばっかり!

 

 私は誰にも言えなかった、化物には言う資格のなかった言葉を吼え立てる。

 

「死にたい。生きたい」

「ええ、そうね」

「でも、怖い。夢にみんなが出てきて、石になってしまうの。お前は化け物だって、私を責めるの。眠るのが怖い。起きているのも怖い。悲鳴が焼き付いて離れないの」

「大丈夫。私がいる」

「何もわからないくせに」

「わからないわ。だから教えて」

「やだ。やだ。やだよぉ……!」

「大丈夫。ここにいるわ、瞳巳」

 

 何も見えず、闇雲に彼女の顔面を殴る。こんな醜い私を見ないでくれと、祈りを込めて拳を振り下ろし続ける。

 ミッドナイトは一切の抵抗をしなかった。うわごとのように「大丈夫よ」と繰り返すだけだった。涙で曇る視界では、何も見えない。しかし私の怒りを受け止めるように、彼女が腫れ上がった唇で微笑んだ、気がする。

 

「どうして?どうしてそんなに私に構うの?どうして私を捨てないの?」

「……あなたに、救われたから」

「そんなの嘘だよ。だって私、あなたに迷惑しかかけてない」

「嘘じゃない。あのとき、私は……!」

 

 香山睡は語る。とある春の日、私が彼女の名刺を頼りに会いに来た時のことを。

 

「あなたに出会う前、本当に駆け出しのヒーローだった去年。ヴィランに襲われた幼い女の子を助けられなかった。あの生温かい血は、遺族が私を睨むあの目は、今でも憶えてる。……もし、私の個性が『抹消』だったら。『空中を自在に移動できる』ものだったら。『遠くまで響く声』だったら。もしもそうならきっと救えたのに。……馬鹿よね。今さら、そんな十代の学生みたいなことを思った。ヒーローの資格がないんじゃないかって、引退まで考えてた。けど、そんな時あなたが電話をかけてきた。今年の春のことよ。なんだか、ずっと昔のことに思えるわね」

 

 ぼやけた視界に、ミッドナイトの戦慄く唇が映る。彼女の声は震えていた。きっと脳裏に焼き付いた少女の叫びに、苛まれていた。

 

「『私、ヒーローにならなくちゃいけないんです』って。あなたは可愛らしい声で言ったわね。どんなに他のヒーローを薦めても、『師匠にするならミッドナイトがいいです。あなたは私を助けてくれたヒーローだから』って譲らなかったわよね。それだけと言えば、それだけのこと。でも、でも……!そんなたった一言が、どんなに私を」

 

 続く言葉は形にならなかった。ミッドナイトは、声を詰まらせて唇を噛んだ。切り傷と痣で腫れ上がった無惨な顔は、それでも凛と美しかった。

 

 ミッドナイトは、何度も謝った。私の感情を引き出すため、家族を侮辱してしまってごめんなさいと謝ってくれた。彼女の体の上に馬乗りになって放心する私を、痛いくらいに抱き締めてくれた。

 こんなに温かいのは、本当に久しぶりだった。だから私は彼女の背中に爪を立て、思い切り泣き叫び、哀しみに怒り狂うことしか出来なかった。

 彼女は言葉を紡ぐ。自分の涙は気にしないくせに、私の涙だけを指先で柔らかに拭う。私の開かれた金色の瞳をまっすぐに見つめて、青痣だらけの頬で不器用に笑う。

 

「瞳巳、こっちを見て。元気が出るおまじないをしてあげる。大丈夫、私は絶対に死なない。あなたを独りぼっちになんて、させないわ。あなたは」

 

 香山睡は私の長い前髪をすくい、花の髪留めを差した。あの蒸し暑い夏の日、なくしたと思っていた宝物だった。彼女はその花を丁寧に拾い上げ、ずっと大切に持っていてくれた。

 

「あなたは、化物なんかじゃない。だってこんなに綺麗な瞳をしてる!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「次は、ありませんからね」

「次にこんなことがあれば、瞳巳ちゃんは僕たち一家が預かります」

 

 静寂を裂く乾いた音に、目を覚ます。

 

 あの後二人揃って深夜の病院に向かい、治療を受けた。深夜の急患だというのに妙に手際のいい対応。多忙なはずのリカバリーガールが待機していた、小さな地方病院。

 何かおかしいな、と首を傾げながら治療を受ける私に、リカバリーガールが呆れのため息をつく。

 

「ミッドナイトははじめからあんたと喧嘩をする予定だったんだよ。だからあらかじめ病院に連絡してたのさ。わざわざ私まで呼んで、全く器用なんだか不器用なんだか……」

 

 打撲と青アザだらけの私たちに治療を施し、ヒーローに護衛され、雄英の屋台骨たる老女は去っていった。

 そしてミッドナイトに抱き締められてベッドで微睡んでいる間に、破裂音。驚いて飛び上がる私の隣に、彼女はいなかった。

 彼女は室内の入り口あたりに立ち、誰かと向き合っていた。

 

「次に何かあれば、瞳巳ちゃんはこちらで引き取ります。どんな手を使っても。肝に銘じてください」

「……返す言葉もございません。申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げたミッドナイトの横顔は、治療を施した後だというのに赤く腫れ上がっていた。驚愕に薄く口を開くと、彼女の向かい側には、見知った金髪の女性と茶髪の男性が立っていた。揃って拳を握っていたその夫婦は、私の視線に気が付くと険しい表情を和らげ、笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 

「あら、気がついたのね瞳巳ちゃん!」

「瞳巳ちゃん!もう痛くないかい?」

 

 彼ら───爆豪夫妻はミッドナイトを雑に押し退けてベッド脇に近付き、労るように私の頭を撫でた。

 久しぶりに会う彼らに、私は目を白黒させた。今は早朝だし、彼らに私が入院したことはしらせていないはずだ。

 

「おじさん、おばさん、どうしてここに?」

「ミッドナイトさんから連絡があったのよ。プロヒーローに暴力を振るわれるなんて、怖かったわねぇ瞳巳ちゃん」

「ええっと……ミッドナイトさんの家が嫌になったら、いつでも僕らの家に来ていいからね。僕たちは家族なんだから」

 

 私の髪を優しく撫で、爆豪夫妻は気遣うように言った。ふと、視線を感じて彼らの背後、病室の入り口を見やる。

 

「勝己くん」

 

 爆豪勝己が幼い目を赤く腫らして、こちらを睨んでいる。

 

 

 

 

「私たちはまだミッドナイトさんと"お話"があるから!」と額に青筋を立てた爆豪夫妻が、ミッドナイトを連れて病室を出ていく。

 彼女はまだ傷の残る体だったので心配だったが、「これも覚悟の上で呼んだのは私よ」と苦笑して、後についていった。

 

「…………」

 

 残された私と勝己は、川で話した時以来久しく言葉を交わしていない。

 勝己は私を見据えながら、だまってベッド脇に立っている。気まずさに堪え兼ね、口を開いたのは私のほうだった。

 

「あの、カツキーヌ?折り畳みの椅子あるけど、座る?」

「いい」

「あ、そう……えっとカッチャマン、喉渇かない?水とか飲む?」

「いい」

「あ、そう……」

 

 いつもは瞬間湯沸し器のように怒るあだ名にも、何の反応も示さない。何を言ってもろくに反応しない。

 気まずさが頂点に達し、「ちょっとミッドナイトのところに用事が」と言い訳をしてベッドから立ち上がろうとした。途端、背骨が鈍い音を立てて軋み、私はシーツの上で痛みに悶える。手術着の広い袖口が捲れ上がり、今日出来た痣と、虐めによってついた無数の傷跡が晒される。

 私は彼の顔を見ず、俯いていた。しかしその傷に勝己が目を見開き息を飲んだのが、気配でわかった。

 

「瞳巳」

 

 今までの無反応が嘘のように、勝己が声をあげた。顔中を歪め、ぼろぼろと大粒の涙を零し、しゃくりあげた。

 

「瞳巳」

 

 彼は嗚咽を漏らしながら、私の名を何度も呼んだ。オールマイトがプリントされたシャツをぐしゃぐしゃに握り締め、過呼吸みたいに肩を激しく上下させ、泣いた。

 

 驚きのあまり、ベッドに上半身を起こしたまま声も出せなかった。そんな私の間抜けに固まった膝上に、たくさんの金色が降り注ぐ。

 

 勝己は膨らんだポケットから幾つもの個包装の飴玉を取りだした。彼は泣きじゃくりながら、それを投げるように乱暴に押し付ける。金色の包み紙が彼の赤い陽炎の瞳に反射し、煌めいた。

 

「ヴェリタース・オリジナル……?」

 

 つい最近オールマイトがイメージキャラクターになった、昔ながらの飴玉だった。

 彼はCMでやっていたオールマイトの真似事をするように、私にその飴玉を差し出した。押し付けがましく手に握らせた。汗ばんだ、温かいてのひらだった。

 横隔膜を痙攣させ、喉を詰まらせながら、勝己は懸命に言葉を紡ぐ。

 

「俺は、オールマイトよりずっと強いヒーローになる。お前の目なんか怖くねーよ」

 

 飴玉を包む金の包装が、俯く私の瞳を映し出す。家族でお揃いの黄金が、私を見つめていた。

 

「お前はいつもみたいにヘラヘラ笑いながら、飴でも舐めときゃいいんだよ」

「俺はヒーローになる。『爆豪勝己の家族だ』って言っただけでヴィランが逃げ帰るような、超つえーヒーローになる」

「だからお前はもう、大丈夫だ」

 

 命が燃える音を聞いた。

 

 爆豪勝己の、ヒーローへの歩みを見届けたい。私の家族の挫折と成長を、隣で見ていたい。

 香山睡を死の運命から救いたい。近くて遠い未来、私がヒーローになる瞬間を見ていて欲しい。

 彼らが助けを求めたとき、笑って救える私でありたい。

 

 もう二度と会えない私の親友、瞳巳ちゃん、お姉ちゃんたち。殺めてしまった、水の個性を持つ人。目を閉じてしまった優しいパパ、ママ。けれど私は彼らの手を取れない。私は、前に進みたい。

 

 あの夏の終わりを告げる、遠雷が聞こえた。開け放った病室の窓を、そよ風がなぞる。白いカーテンが舞い、私の長い髪が揺れる。秋の柔らかな朝焼けが射し込み、病室を照らした。

 黒髪を飾る一輪の花に触れた。長い前髪を払い除け、明瞭になった視界で勝己を見つめた。陽炎(かげろう)の双眸がまっすぐに私を見据え、射抜く。彼はもうずっと、私を見ていたのだろう。

 

 私の家族が、「怖くない」「大丈夫」と言ってくれたから。お節介で図々しいヒーローたちが、私から目を逸らしてくれないから。だから爆豪瞳巳は───!

 

「ずっと見てるね。───カツキーヌ」

「て、てめェ……空気読めよ」

「えへへ」

「あっ!待てコラ瞳巳!」

「待たないよ〜!」

「待てや……って足はえーよ!」

「ふふん、当然!私だってちょーカッコいいヒーローになるんだから!」

 

 病室から廊下へ飛び出してきた私を、驚いたように見つめるミッドナイトと爆豪夫妻。遅れてお見舞いに来てくれた、緑谷親子。眉をつり上げ私を追う勝己。

 呆れたような見守るような、色彩に満ちたその目、眼、瞳!

 

 だから爆豪瞳巳は、目を逸らさない!両腕いっぱいの罪と花束を抱えて、生きていく!前を向いて、不格好に走る!

 私は、あなたたちが大大大大好きだ!

 

 

 

『爆豪瞳巳・オリジン』

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