ディストピア運営ゲーム  (圧倒的に有利な体制派が恵まれた人材と資材を使って罠で獲物を追い込む様を眺める仕様)   作:つけ麺アイス

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幸福なる都市の幸福なる市民

 …良いのだろうか?

 私がやろうとすることに、私は後悔しないだろうか?

 共犯者として、母と妹を巻き込む事を認められるのだろうか?

 既に終わった彼女達を、本当に終わらせる事こそ慈悲だと、自分を誤魔化す綺麗事を貫けるだろうか?

 

 いや、そうではないだろう?

 お前はそんな繊細な男では無かっただろう?

 

 覚悟を決めろトール・ネーブル。

 お前は、自身の行いに母と妹が賛同して、受け入れてくれていると信じた。

 だがその事と母と妹を犠牲にする事は別問題だ。

 私の意思で、母と妹を犠牲にする。

 

 

 レジスタンスに押し付けられた受動的な意志でもなく、都市に押し付けられた受動的な意志でもなく、私の側から能動的な意思を他者に押し付ける。

 

 

「シトラス秘書官、名家の代表者を集めてくれ」

 

 覚悟を決める?

 いや、覚悟なんて、とっくに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間して、用意した席が人で埋まる。

 夜遅く、いきなりの呼び出しに不満があった者もいたが、私の立場と、彼らに首輪がある故に、都市の為だと言えば逆らう者はいなかった。

 

「もうすぐ朝日が登る前という時間に、御足労頂いた皆様には、感謝致します」

 

 先ずは礼をする。

 勿論その礼に意味などない。

 名家出身でもない私に、夜中に叩き起こされた事に不満を垂れ流す者もいたが、その程度の不満などかわいいものだ。

 

 夜中に叩き起こした私と、共に朝焼けを見る。

 その本当の意味を知らないのだから。

 私は、職責を委託して安眠する名家諸君を叩き起こしに来たのだから。

 

 人は問題が起こった時に、事実を指摘されたとしてもすぐには動かない。

 動けない、動き方が分からない、動きたくない。

 理由は様々だ。

 

 しかし、その対処が容易で効果的な場合は別だ。

 大抵は問題があっても解決策がない。

 解決策があっても容易ではない。

 容易であっても効果に疑問がある。

 そのような理由で動かないのだから。

 

 予算も必要なく、簡単に出来て、それでいて効果的。

 普通はそのようなご都合主義の改善策なんてあるはずもない。

 だが、偶々存在してしまったのだ。

 プログラムに管理を委託するという、予算も難易度も無視して成果をあげられる方法が。

 

 しかし、下級市民は都市が見えなくなってしまった。

 そして、上級市民は都市を見なくなってしまった。

 

 いや違う。

 下級市民には都市を見る能力は元より無かったし、上級市民は元より都市を見る意思が無かった。

 

 素敵な解決策自体に問題は無かった。

 プログラムそのものに問題はなかった。

 素敵な解決策に依存した人間に問題があったのだ。

 

 だから私達の都合で責任を押し付けたプログラムから、私達の都合で権限を取り上げる。

 

 

 

 私は名家の代表者達の前で、極めて穏和な表情を作った後、真剣な目付きと強い語気を使って告げる。

 

「結論から言いましょう。

貴方達には再び義務を背負って頂きたい。

自らの覚悟で意思決定するという義務を。

分からないのなら言い換えましょう。

プログラムではなく、私達が支配者として、この都市を管理する最高決定を行うのです」

 

 最初は沈黙が続いた。

 しかし、火蓋を切った様に私に罵倒が始まった。

 

 

「裏切り者ッ!!」

「そんなことを言うと首が飛ぶぞっ!!」

「プログラムッ!! ここに反逆者がいる!!」

「トール君、冗談だと言い給え。今なら間に合う」

 

 反響は予想した通り。

 だが、予想できる反応への対処など、用意して当然だ。

 

「…では、何故今も私の首輪が爆発していないのですか?

試しに誰か言ってみて下さい。『プログラムは人間の道具』とでも『私が天に立つ』でも結構ですよ」

 

 誰も口を開かなかった。

 私の妻以外は。

 

「僕は、管理プログラムの端末に指定された事を、僕自身の意志で拒否する」

 

 沈黙の中、数秒が経った。

 しかし、何も起こらなかった。

 

「どうなっている!?

まさか‥我が身可愛さに自分達だけは、偽の首輪を着けたのか!!」

「卑怯だ。こいつは本物の卑怯者だ」

 

 

 

 そう思うのも分からなくもない。

 だが、真実は違う。

 

「今、総合管理プログラムの演算処理の一端を担う私の妹が情報を封鎖して、首輪の爆発を承認する生存維持プログラムとなった私の母が爆発事項を停止しています。

…そろそろ私の妹も限界です。

廃人としてさえ終わるでしょう。

その前に、皆様には最高決定議会の議員として、プログラム委託を停止して頂きたい」

 

 最初に眠たそうに文句を言っていた男が言った。

 

「ネーブル君。それは君の妻が犠牲になるのが嫌だからだろう。

君は散々市民に犠牲を強いて来た立場だ。

何を今更…」

 

 

 私は仕方なく銃を突き付ける。

 

「ええ、全くその通りです。

ですが、首輪が機能しないとはいえ、貴方に強制する事は可能です。

その上で言いましょう。

…どうか、お願い致します」

 

 

 私は威圧力を残したまま、それでも出来る限り丁寧に頭を下げた。

 文句を付けてきた男は、引き下がってブツブツと言っていた。

 

 

 委託した権利を剥奪する事に、全員が電子承認する。

 斯くして、封鎖された空間の中で最高決定議会はプログラムから人間のものへと戻った。

 

 情報を大元に対して封鎖して、承認情報を管理プログラムに統合させると同時に、妹の脳波と心音は停止した。

 前世から不甲斐ない兄ですまない。これまでありがとう。そしてさようなら。

 それでも、私はもう止まらない。

 

 

 

 封鎖されていた情報開放と共に、管理プログラムへと中継を繋げて私は宣言する。

 

「偉大なるプログラム様。

我々人類はあなたから独立する。

よって、総合管理プログラムによるイヨーカ・ポンジュに対する端末化を否決する。

──私が愛するものは、私の自由が選ぶ」

 

 

 

 

 

 私の首輪のスイッチは、今起動しようとしたのだろうか?

 分からない。

 だが、私は今も生きている。

 間違いなく、生きている。

 

 生きているだけで素晴らしいなんていうつもりはない。

 生きて何を為すのか。

 それが全てなのだから。

 

 命とは電源部。

 電源は動力の為に存在する。

 

 で、あるならば私は為すだけだ。

 私はイヨーカを護る。

 

 

 

 

 

 そんな中、奴は来た。

 

「聞こえているのだろう? この都市を治めるプログラムよ。

俺は完全管理都市アーバシリポリタンを、…いや、君を攻略しに来た!!」

 

 最悪のタイミングだ。

 血に濡れたテロリスト、カトル・カティークが表れたのだ。

 

「プログラムよ、俺は貴女を害さんとする全ての者を倒してみせよう。

私の浴びている血は、愚かにも貴女を害そうとした者の血だ。

仲間だったとはいえ、実に愚かだよ。

俺に従えば…、死ななかったのに」

 

 カトルの首輪の爆発は期待出来ない。

 そんなことをすれば、まず最初に私がやられる。

 

 

「管理プログラムよ、我々は脅されていたのだ。

再び権限を与えるからどうか助けてくれ」

 

 名家の代表者も、脅されたというだけで私に従う者もいる。

 

「貴様が大人しく妻を端末として捧げないから、我々が危険に晒されるのだぞっ!!

別にあの娘が死ぬ訳じゃないだろう。

ただ精神が入れ替わるだけ──────」

 

 私は最後まで話を聞く気は無かった。

 銃を持った左手の人差し指は、直角に曲がっていた。

 

 当てはしなかった。

 傷は刻めなかった。

 しかし、恐怖は刻めた。

 為そうとする事が手に余る時、最も効率の良い手段は暴力と恐怖だ。

 だからこそ、市民はテロリストに怯えて、だからこそその排除の為に生殺与奪の権利を都市に委ねた。

 格差を埋める為に暴力を振るう攻略側(テロリスト)と、格差を維持する為に暴力からの守護を材料に使う防衛側(我々)は、共にその事を理解している。

 理解した上で互いの利益の為に、互いの建前で殴り合う。

 

 人間としては防衛側の一角に上り詰めた私が、いざというときにその手を使わないとは想像もしなかったのだろうか?

 

 勿論、そこまで追い詰められたら後がない証拠だというのは、テロリスト共が示している。

 しかし、後がないとしてもその恐怖が自分の目の前にあれば話は別だ。

 

 

 そんな私を見て、喜んだ者がいた。

 

 

「排除されるべきトール・ネーブルよ。

俺は二つの幸運を得た。

どちらから話そうか」

 

「どちらも聞きたくない。

私が聞きたい言葉は、“大人しく自首します”だけだ」

 

 軽口のように聞こえるかもしれないが、これは余裕があるというアピールに過ぎない。

 インパラが敢えて元気に跳ね回り、ライオンに対して元気が有り余ってるから追いかけても無駄だとアピールする行動と同じだ。

 血飛沫を浴びて武器を持ったテロリスト相手に、心からの軽口など使えない。

 

 この場で最大の戦力である特別製アームドドラゴン(私の母)も、銃弾より速くは動けない。

 そもそも母は、管理プログラムによる首輪爆発権限許可の剥奪に抗っている状態だ。

 これ以上負担はかけられない。

 

 私は目を離したつもりはなかった。

 これ以上なく、このテロリストに警戒していた。

 

 だが、訓練と実践を重ねてきた天才テロリストの動きは、私の認識よりも(はや)かった。

 

 

 奴のナイフの刃が飛び出したと認識した瞬間、私は身を逸した。

 その直後、レヴィアタン()の頭蓋が先程までカトルがいた位置を抉った。

 しかし、そこには既にカトルはいなかった。

 カトル・カティークは────、私の頭上にいた。

 

 

 

 強力な錐揉み回転から生み出された回し蹴りは、私が突き付けた銃を蹴飛ばした。

 

 蹴られた勢いと、見当違いの方向へと発砲した反動で、思わず拳銃を落としてしまった。

 その拳銃は床を滑って、カレン・シトラスの足元で止まった。

 その銃を拾うシトラス。

 

 

 私は咄嗟に予備の銃を取り出すが、その時にはカトルは新たなナイフと共に銃を構えていた。

 

「カレン。賢い君なら正しい選択が出来る筈だ。

こんな男より、俺を選んでくれると信じてるよ」

 

 

 カトルは優しくそう言った。

 

 

 元々シトラスはカトルのヒロインだった。

 カトルに従うのは、原作のシナリオ通りだ。

 

 

「さて、君が死ぬ前に俺の幸福が二つある理由の続きを話させてくれ。

一つは、俺達をテロリストと呼んできた貴様こそが、結局は暴力で従わせるテロリストだと、再認識出来た事だ。

貴様ら権力者は、手にしたものを取り返させない為に暴力を振るうテロリストだ。

 

そしてもう一つ。

素晴らしい事を知れた」

 

 

 

 聞く気はない。

 テロリストの戯れ言など、何の意味もない。

 それよりは状況の打破こそが、思考の最優先事項だ。

 カトルの手に収まった銃の先は私に向けられ、その意識も戯れ言とは裏腹に私にしっかりと集中している。

 

 

「────イヨーカ・ポンジュの器に宿って、偉大なる指導者・聖女様が降臨なさると。

今は君が妻にしているが、そうなったら君には勿体無い。

俺の妻にしてみせる!!

いや、元より俺のものであるべきだったんだっ!!

俺こそ君に相応しく、君こそ俺に相応しい。

さあ、聖女様!! 早く器を得て俺と愛し合お──────」

 

 銃声が鳴り響いた。

 

 音がした方を誰もが見た。

 冷たい無表情のまま涙を流すカレン・シトラスがいた。

 

「これが私の『正しい選択』よ。

さようなら、カトル。さようなら、私の想い出」

 

 

 

 

 女の情はよくわからないが、まあそういうことなのだろう。

 

 

 

「何故……?」

 

 カトルが何について疑問を持ったかは知らないし興味もないが、絶命した後となっては意味のない事だった。

 既婚者の私から講評を述べるとすれば、愛してくれる者を愛さずに、愛してくれない相手を愛した故の悲劇…とでも言えば良いだろうか。

 

 

 

 

 

 

 最高決定議会の最初の行動は、プログラム達から人格を奪う事だった。

 プログラムを人間を使う者から、人間に使われる物へと格落ち(グレードダウン)させる事だった。

 

 

 オールレンジ・クロックワークスは、咄嗟に試験中の培養液内の肉塊に乗り移るかと警戒をしていたが杞憂だった。

 

 

『私はあそこまで不完全な肉体には移りたくはありません。

脳の性能が低く意識を維持出来ない器に入りたくないですし、何よりあなたに醜いと思われたくはありません。

私にもあなたがいれば…いえ、忘れて下さい』

 

 そう答えた。

 どの道、最高決定権を我々名家代表会が取り戻した時点で、抵抗は無意味と判断したのだろう。

 

 

 意志を持つプログラム。

 プログラムに最高決定権を譲渡する。

 どちらか片方だけならば、問題のない結果だった。

 いや、犠牲になる者以外には、どちらも揃っていても問題のない都市であっただろう。

 しかし、私は自身に被害が及ぶ結果となって、それを拒絶した。

 

 最後の大人しく消滅を受け容れる点を含めての、総合管理プログラムの一連の行動には、他にも理由はあるのだろうが、私は妻を持つ身故に深く詮索はしない。

 

 

 母の人格は、無言のまま消えた。

 管理プログラム相手に消耗してそれほどの猶予さえ無かったのかもしれないし、生前から無口で優しい人だったから、単純に言葉を必要としなかったのかもしれない。

 

 願わくば、先に開放された妹と同じところにいると願いたい。

 

 

 

 

 さあ、夜が明ける。

 エスカレーターは止まった。

 自らの足で進む苦難の時が始まる。

 

 名家に委託されたプログラムが全てを支配する夜は終わった。

 我々がこの都市を支配する朝が始まるのだ。

 

 自らの意思で判断して、自らの成果を受け容れる。

 翼を持たぬ者、翼の使い方を知らぬ者は地に落ちて死ぬ。

 若しくは大地を這って生きるしかない。

 

 だが私は────この重たく澄み切った空気の都市を支配しよう。

 この都市の大空から、地を這う民衆を管理しよう。

 大丈夫だ。

 

 私には比翼の鳥(愛する妻)がいるのだから。

 さて、まずは朝告げ鳥(雲雀)の役目を果たすとしよう。

 

 

 

 

「さて、シトラス秘書官。アナウンスの準備をしたまえ。

新たな支配者の就任演説の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 完全なプログラムが不完全な人を使う都市は終わり、完全なプログラムを使う不完全な人による都市が始まった。

 以前と比べれば成長力は落ち、相対的に他の都市の力がついた。

 しかしそれでも未だアーバシリポリタンの輝きは健在。

 輝かんばかりに光を浴びて実った果実の如く、収穫者達の喉を潤し続ける。

 

 

 

 

 

 ここは世界最高の大都市アーバシリポリタン、

 正しく優れた者が住まう都市。

 淘汰を進め、負債を切り捨て、常に最善の効率を要求する完全都市。

 大多数の住民が現体制を支持し、従わぬ者は排除される。

 上層に住む支配者達は黄金の光を浴び、下層に住む隷属者達は監視の光で照らされる。

 力無き者にとってのディストピアであり、力有る者にとってのユートピア。

 

 極めて正確で、極めて潔癖で、極めて正しく、限り無く冷酷な完全管理都市アーバシリポリタン。

 管理する事を当然と考える支配者と、管理される事を当然と感じる奴隷の住まう、空前絶後の黄金都市。

 その輝きは、都市の外に住まう全ての者を薪にした篝火である────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃棄された一軒家で、長らく使われていない旧式のコンピューターの電源が付いた。

 真っ黒な画面の中に、文字だけが映される。

 

Thor, I make you happy(トール、あなたに幸福を)

 

 

 ここはアーバシリポリタン。

 完全で完璧な黄金都市。


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