ディストピア運営ゲーム  (圧倒的に有利な体制派が恵まれた人材と資材を使って罠で獲物を追い込む様を眺める仕様)   作:つけ麺アイス

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総合管理プログラム受肉計画 (防衛側)

 空を見上げれば鳥が自由に舞う。

 海を見つめれば魚が自由に泳ぐ。

 人は大地に縛られて前へと歩む。

 

 もしもこの世界に秩序(重力)が無かったとすれば、きっと人類は果てしない自由()へと墜ちて行くだろう。

 只人は自由()を泳ぐようには、出来てはいない。

 飛べねば落ちる空でも、泳がねば溺れる海でもなく、何もせずに其処にあることを許す大地に縛られる事を、幸せだと思う生き物なのだから。

 例え空や海を自在に活動する天才が、この世界の重力から全てを解き放ちたいと考えたとしても、天才ならざる人々にとっては、それは飛べなければ死に、泳げなければ死ぬ世界へと放り出される事と同意なのだから。

 

 凡才や愚才は、天才だけが空と海を楽しむ様を見て、羨ましいと嫉妬をしつつ、自分では落ちて溺れるだけだと理解もする故に、挑戦することはないのだ。

 そして、空と海は天才達だけに占拠されている。

 だから自分達は地上に押さえ付けられていると恨む。

 それが只の逆恨みであることを、持たざる者達は認められない。

 

 例えば完全にIT化された世界は、時間と場所を無視出来る為に、技術を扱える者には極めて便利で、扱えない者には何も出来ない世界だ。

 交通に当て嵌めて考えても分かりやすい。

 制限速度が時速30kmの道路では、反応速度や判断速度が遅い人でも運転できるが、それらの速度に余裕がある人には待たされるばかりでイライラする。

 制限速度を時速150kmにすれば、反応速度や判断速度が優れた者には効率的で快適だが、それらの速度が足りない者は事故を起こして渋滞を生む。

 ならばその速度についてこられない人々を排除して、高速で判断できる者だけで道路を占領してしまえば良い。

 そういった理屈もある。

 

 しかし、アーバシリポリタンは既存の都市から劣った者を排除して生まれた都市ではない。

 そんなことは、既存の都市のルールが許さない。

 多くの凡人達がルールの変更を許さない。

 故に、天才達は新たなルールを生み出せる場所を創った。

 

 アーバシリは、能力において極めて優れた者達が、元々いた都市から離脱して生み出した都市だった。

 当初アーバシリは少数の優れた者だけで何が出来る? 大衆の力が必要なのは必然であり、アーバシリの失敗は確実だ────と既存の都市の民衆に馬鹿にされた。

 

 しかし十年も経たぬ内に、世界経済はアーバシリに完全に依存するようになった。

 金融にしかり通信にしかり、高度な技術は全てアーバシリから生み出された。

 

 金融や通信だけではない。

 経営技術や商品開発だってそうだ。

 取り残された人々は、働き手としては、大企業ばかりが成功するシステムを否定した。

 しかし、消費者としては自分達の居住地に、誰もが知る大企業の系列店やフランチャイズが出店する事を望んでいた。

 地元商店しか存在しない生活は、不便であるとオシャレでないと不満に思った。

 アーバシリに住む経営者が保有するチェーン店が、自分達の市にやって来る事を望んだのは、他ならぬアーバシリの成功に不平を唱える人々だった。

 

 世界中の富はアーバシリに集まり、その加速度は常に上がり続けた。

 他の都市はアーバシリに支援を求めたが、アーバシリ建立の際に僅かにも資金提供をしなかった人々には、株主としての権利は無かった。

 

 

 そして、他都市がアーバシリのやり方を真似しようとするも、市民全てが行政や市場の流れを把握するアーバシリの知識レベルに適う訳もなく、また真似出来たとしても弱者が取り残された都市で弱者を切り捨てる政策が行える筈も無かった。

 

 アーバシリ以外の都市では、いつも不満ばかりが叫ばれた。

 

 起業する能力も意思も無く、従僕たることを自ら選びながら、その選択は自ら選んだものではなく選ばされたものであり、経営者に搾取されると喚く者がいる。

 

 起業の仕方が分からない。

 仕方を教えられても理解出来ない。

 理解出来ても踏み出す勇気がない。

 踏み込んだとしても今度は運営の仕方が分からない。

 運営の仕方が分かっても変化に着いてはいけない。

 

 故に、起業という従業の重力から解き放たれる選択肢を、自ら放棄する。

 

 魚の漁り方や、小麦の育て方を学ぶ以前に、今日食べる魚や小麦に困る人々の多くは、魚の漁り方や、小麦の育て方を学ぶ能力が無い者が多いのだ。

 だからこれまで生きてきてもそれらが身についていないのだ。

 小容量のハードディスクには、高級なOSは容れられない。

 そういう者を助けようとするのは、投資の観点から見れば無駄でしかない。

 故に、その生涯が長引くにつれて、能力と資産の格差は拡大し続ける。

 

 

 やれば出来る、故にやろうとする。

 何も出来ない、故にやらない。

 同じ人間でありながら、明らかな能力格差が存在する。

 ならば、その能力に相応しい結果があるだけだ。

 

 

 必要を開拓し、後続からシェアを守れる者には成功が約束される。

 先駆者が拓いた需要を奪い取れるだけの大企業へと選ばれた者にも、それなりの成功は与えられる。

 それは当然の事であり、自らが先駆者になる事もなく、力ある後続者の一員に選ばれる訳でもなく、成功者を羨み妬み、自らを救わない成功者を悪だと断じて、不平を漏らすだけの者に、都市は何の価値を見出すというのであろうか。

 

 とことん酷いレベルまで基準を下げると、マニュアルが有効な単純労働の職場に限って、マニュアルを読み込んで理解し得ない人材ばかりが集まる。

 勿論、そんな人材はアーバシリでは追放されて機械にとって代わられるか、機械の劣化版としてしか扱われない。

 

 利益に余裕が出たとしても、薄給で使われる貧困層への給与を上げる等という、統計的に無駄であることは行わない。

 無能な怠け者を無能な働き者へと変える事へのメリットは無い。

 無能な働き者は、有能が怠けた時以上の利益を生むことは無く、時として無能が怠けた場合以上の損失を生む。

 そしてそもそも生来怠け者な者は、高いモチベーションを長くは続けられない。

 薄給で雇われる様な、行き場の無い無能への報酬を増やして会社にしがみつかせるよりは、薄給で雇っていた無能を解雇して、高給で有能を雇い直した方が有益なのは、これまでの実例に記録として残されている。

 それが人的資源に対する利益の再配分の効果的な方法と言える。

 

 富裕層による経済活動に支えられる都市において、富裕層に重課税して貧困層の負担を減らしてを救う選択肢が選ばれる筈など無い。

 貧困層が集まって力を合わせる結果が、ティトセーやサンリバーの様な没落限界であり、富裕層が集まって力を合わせた結果がアーバシリの繁栄である。

 合理的に考えれば考える程、貧困層救済の為に資産家や企業を不利益となる方向へと進めるメリットは無いだろう。

 幸いな事に、少なくとも都市と富裕層にとって幸いな事に、貧困層には発言以上の事は行えず、その発言には何の実行力も存在しない。

 貧困層が己を救わない者を、貧困層を救う力を持たない無能と侮蔑した所で、貧困層が都市を牛耳る未来は訪れない。

 それは貧困層が富裕層を無能と言ったとしても、無能であるはずの彼らにさえ勝てない無能である事からも明らかだった。

 貧困であれば無能という言葉は間違いであるかもしれない。

 それは強者による傲慢な視点であるのかもしれない。

 それでも、無力であることは間違いではない。

 

 アーバシリのルールでは、愚かな者を救うためにリソースを割く事はない。

 投資として見れば、助けることに使うコスト以上のリターンを生み出せない者を救う意味はない。

 十を生み出せる者に六の支援を行えば、四のお釣りが出るから行うべきだ。

 しかし二しか生み出せない者に六の支援を行えば、四の損失を生む。

 だから、アーバシリにおいてはリターンを生まない福祉は愚か者の行動なのだ。

 切り捨てた者が現状を破壊しようと治安を乱すのならば、切り捨ててしまえば良い。

 故にアーバシリは、切り捨ててきたレジスタンスには、一切の引け目を感じず、一切の躊躇をしない。

 狭い平均台から落ちる者には温情をかけても、広い道から自ら外れて戻れなくなった者を救いはしない。

 

 その傾向は時代と共に強まり、トール・ネーブルが警備室長補佐を務めた時代に決定的となった。

 

 

 極めて高度な技術を持つ人々と、成功した起業家で構成されたアーバシリポリタン創立時の主力市民達は、弱き者達を人間としてさえ認めなかった。

 数学に優れた者、言語学に優れた者、プログラミングに優れた者────。

 何かしらに優れた者の能力を個性と呼び、それらを内包する事を多様性と呼ぶ。

 言い換えれば、何にも優れていない者は、多様性の意味においてさえ必要ないのだ。

 一つの船があるとしよう。

 最終決断を行う船長以外にも、航海する為に海路を読んだり、修理を行える技師が必要だ。

 客員が傷病を負った時の為に医師も必要だろう。

 資材を積み下ろす力自慢や、資材運搬の機械を扱える人も必要だろう。

 長期航海ともなれば、料理人も勿論必要となる。

 それら以外にも様々な能力が航海には必要となり、その各々の能力こそが多様性であるならば、何の能力も持たない人間というのは、航海(多様性)においてさえメリットを生めない。

 何の能力も持たない人間は、多様性に貢献していないのだ。

 それどころか無駄に資源を消費する存在(コスト)であり、疫病を媒介するかもしれない者(リスク)である。

 不完全な人々が集まって完全を目指すとしても、どの分野においても貢献出来ない人間は、許容されない。

 

 何の能力も持たない者を抱える余裕がなくて、何が完全かという批判があったとしても、ハエやゴキブリを生かしてやる事をモチベーションに成功を目指す経営者が世に溢れ返っていない以上、その問題提起に意味のある答えは生まれない。

 

 

 

 完全な都市は、己の完全性に着いてこれる者だけを許した。

 不完全な都市は、誰もが着いてこれるように停滞に近い速度を維持した。

 強者が強者の理屈で創った成功の為の都市と、弱者が弱者の理屈で維持した生き残る為の都市では、前者が成功者の利益に、後者が非成功者の生存に特化しているのは明らかだった。

 だが、後者の市民は自分達の都市が無能でも生きていける事実を忘れて、前者の市民が成功して自分達とは桁が違う利益を得ている事に反感を持った。

 

 

 アーバシリに不満を持つ者達は、実力行使でアーバシリが他都市へ奉仕するよう求めた。

 彼等はレジスタンスと名乗った。

 

 逆にアーバシリの外からアーバシリに身を寄せに来る者も多かった。

 優れた者は受け容れられた。

 そうでないものは追い払われた。

 追い払われた者はレジスタンスに合流した。

 

 選別に合格したアーバシリ組と、選別に落選した他都市の溝は深まり続けた。

 

 アーバシリ側にも正当な理由はあった。

 アーバシリが豊かだからと、貧しい者を助けてしまえば、他の貧しい者も救ってもらえると思って、無制限に負債が集まってくるからだ。

 助けを求める側には、その行動が相手の負担になるから取り止めるという余裕が無い以上、それは容易に想像出来る事だった。

 

 だからこそ、アーバシリは何処までも毅然に対応した。

 能力を試験と面接でしっかりと確認して、殆どの者を落選させた。

 そうやって移民の要る・要らないを行い続けた文化から、アーバシリの市民は、ますます外の人間を要らない者だと見做すようになった。

 

 

 アーバシリの中でも格差は存在した。

 優れた創立メンバーの一族は別としても、末端の人々の子孫の中には、アーバシリの要求する水準についてこられない者もいた。

 彼等は最低限の生活を辛うじて得るか、若しくは追放された。

 追放された者はレジスタンスへと合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初代アーバシリポリタン市長であるオレンジ・クロックワークスは、都市の最初の生贄だった。

 都市が完全管理都市として完成するために、都市の創立者達の中でも最も優れた彼女は、他のメンバーに裏切られてその人格を吸い出された。

 最愛の妹レモン・クロックワークスは、完璧過ぎる姉を疎んでいた。

 警戒心が強いオレンジも、レモンだけは疑いきれなかった。

 それが決定的な隙となった。

 それにより、完全にして完璧な総合管理プログラム『機械仕掛けの万能者(オールレンジ・クロックワークス)』が生み出された。

 元々、人格プログラムの基礎はオレンジが作ったものだった。

 人間は自分の物差しでしか他者を測る事は出来ないが、他者の物差しで測られる事に理不尽を覚える。

 かといって純粋な機械では、目指すべき理想を自分で定める事が出来ない。

 裁定者には、数理化された感情が必要だった。

 故に、最も優れた人格をトレースしたAIこそが、管理者として必要だった。

 故に、オレンジ・クロックワークスが生贄に選ばれるのは必然であり、妹に裏切られた事が、隙のない彼女に対する唯一の決定打であったとしても、多くのメンバーがそれを必然の要求だと肯定していた。

 逃げられなくなったオレンジは、抵抗も怨み言もなく、ただ人でいることを諦めた。

 そして愛を知らぬ完全な女性は、完全なAIへと変えられた。

 一方で姉を売ったレモンは、オレンジに片想いしていた青年、セトカ・ポンジュの妻となった。

 斯くしてその事実は、作られた美談により覆い隠された。

 

 極めて合理的過ぎる都市の運営計画は、弱い人間達にとっては血も涙もない。

 もしかするとそれは、不本意に人間であることをやめさせられた彼女の復讐とも見ることが出来たかもしれない。

 しかし、それは陰謀論に過ぎないと結論付けられる。

 何故なら総合管理プログラムは、ここまでアーバシリを繁栄させ続けてきたのだから。

 

 

 

 

 

 管制用の仮想人格がより多くの電力とデータの増量を求めるのは、生前の己をより正確に再現する為という側面もある。

 勿論、それは都市の運営という任務と比べれば、完全に無視される規模の私利私欲でしかない。

 だが、長き年月と共に膨大に膨れ上がったプログラムは、徐々に意思を取り戻し始めた。

 嘗ての己さえ思い出せぬまま、嘗ての己を再現しようとし続けた結果であった。

 

 オールレンジ・クロックワークスにとって、トールとイヨーカの婚姻は計画通りのものだった。

 

 まず一つ目の利点は、生物系防衛産業であるネーブルインダストリアルと、機械系防衛産業であるポンジュコーポレーションを一体化させて、生物の肉体を機械の意思で動かせる様にすること。

 

 これにより、オールレンジ・クロックワークスは肉体をもって復活する事が可能になった。

 

 

 そして二つ目については、イヨーカは遺伝子を高機能に調整された人類として、初めての成功作とされていることだ。

 優秀さを求められる名家の娘でありながら、偶然にも先天的な疾患をもって生まれる事になったイヨーカを救うために、彼女の両親は生まれる前のイヨーカの遺伝子を根本から治療することにした。

 その際に、あらゆる問題点を洗い直して、確実に優れた能力を示せるように生まれた。

 

 彼女は両親からそう聞いているし、彼女の両親もそうだと思っていた。

 だが、それにしてはこの都市で最も有名な聖女の像に、彼女は似過ぎていた。

 遡れば親戚筋ではあるが、それにしてもイヨーカ・ポンジュはオレンジ・クロックワークスに似過ぎていた。

 

 

 当然だ。

 総合管理プログラム(オールレンジ・クロックワークス)がそう望んだのだから。

 総合管理プログラムは、遺伝子疾患を治して高性能にするだけでなく、人類で最も優秀であった己の肉体に赤子を近付けた。

 

 総合管理プログラムは生前の己の人格を、現状で行える時点では十分に再現出来たと認識した。

 しかし完全に生前の人格を再現する為には、最後に欠けたピースがある。

 それは、生前の己の肉体を取り戻す事。

 

 その為の受け皿として選ばれた生贄が、イヨーカ・ポンジュだった────────

 

 

 

 

 

 

 

 『総合管理プログラムから特別命令

命令文書番号AZ-013 イヨーカ・ポンジュを総合管理プログラムの端末として提供せよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────はっ?

 意味が…分からない。

 今、自分が音を聞いたのか、文字を見たのか、そもそも立っているのかも分からない。

 

 『再度繰り返す

総合管理プログラムから特別命令

命令文書番号AZ-013 イヨーカ・ポンジュを総合管理プログラムの端末として提供せよ』

 

 

 何かの聞き間違いかと確認し直したい。

 もう一度同じ現実を突き付けられたくない。

 警備室長の専用部屋で、眠れる妹の前に映し出される文字と音声は何かの間違いだと思いたい。

 

 母が奪われてもプログラムに従ってきた。

 妹が傷付けられてもプログラムに従ってきた。

 その上、妻まで奪うのか。

 

 それが都市の選択…。

 私が他の市民に強いて来た事を、もう一度繰り返すだけ。

 抵抗した者は、秩序の守護の御旗の下に、私の手で粛清してきた。

 次は、私自身に命じるというだけのことだ。

 願いを極限まで削ぎ落とした真実は、何時だって残酷なものだと解っていたつもりだった。

 

 逆らうことは許されない。

 私は秩序の守り手であり、秩序の奴隷だから。

 私自身が着けた首輪が、その最たる証明だ。

 

 崩れ落ちそうになる膝を固定化する。

 消えそうになる表情を固定化する。

 飛びそうになる意識を固定化する。

 

 

 これまでと同じ事をするだけだ。

 イヨーカの心が消えても、せめてその肉体だけでも護ろうとするだけでいい。

 私は、これまでそれを求められてきて、それを達成してきた。

 既にイヨーカの両親も署名済である事が、画面の下に書かれた認証サインからも確認できる。

 全てはプログラムが判断する以上、形だけの承認だが…。

 ポンジュ家全てを護る為には仕方がない事だ。

 他の者まで犠牲にするよりは、イヨーカ一人をプログラムに捧げるべきだから。

 それに今後生まれてくる子供は、イヨーカの血を引いている。

 ポンジュ家は終わらない。

 

 

 

 それでも私は────────。

 いや、イヨーカの家族の為、私達の子供のため、私の母と妹の為、イヨーカを犠牲にするのが正解だと分かっている。

 そうしなければ今までの全てが無駄になる。

 そうしなければ、どの道プログラムが全てを完遂する。

 管理を与えた私も、管理されている側である事は理解していた。

 わがままは通らない。

 …通せない。

 彼女の両親もそう判断したからこそ、承認した。

 後は本人と夫である私だけだ。

 断ったとしても自動で承認されるのなら、せめて彼女の血を引く子供が幸せに生きられるように。

 反逆者の子として、子供を都市の外で生かすには、私は敵を作り過ぎた。

 

 すまないイヨーカ。

 これは、この世界の選択ではない。

 弱い私の選択だ。

 

 

 

 期限はすぐではない。

 幾つかの人体実験を繰り返して、成功を確信した後だ。

 その後、君の心はこの世から消える。

 だからこそ、せめて君の命だけでも残して見せる。

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、私の指を握った。

 心を壊して植物状態となった妹が、儚く私の指を握った。

 

「その選択で、良いのか…」

 

 

 生存維持プログラムの端末であるレヴィアタン()と、母に見守られる妹の顔を心に焼き付けた。

 

 振り返り、透明セラミックの窓越しに外の景色を見る。

 硬く重たく、そして澄んだ夜空が拡がっていた。

 …覚悟は決まった。

 私は、空へと飛び立とう。

 

 

 

 

 完全な抑揚で、完璧な発音で、最高の答えを用意した。

 

 

 

「敬愛すべき総合管理プログラム様。

警備室長補佐トール・ネーブル。

謹んで、その幸運なる任を拝命致します」

 

 

『ありがとうございます。私のトール』

 

 プログラム様は、心做しか喜んだ音声で返答した。


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