楽羅來ららの作り物   作:不可思議可思議

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超能力者と魔術師 002


 

 

 

 楽羅來ららがうちに来てから数日が経ち。

 超能力者らしからぬ語りたがりは、この事務所じゃ良い方向に働いたらしい。

 

「あられくーん? まぁたご飯適当に済ませたろぉ!」

 

 うっせぇ……。寝起きの頭にお前の声は嫌に響くんだよ。

 キャンキャンと騒ぎ立ててるのは、大学時代の後輩であり、チームの一因、水上( みなかみ )夕空( くれあ )。今は事務所(うち)でバイトしつつ、彼氏の家か事務所か、そこらのホテルかに寝泊まりして暮らしてる。ぶっちゃけ、俺以上の社会不適合者だ。

 

「栄養偏らすなっつったよね? 忘れた? 殴れば思い出す?」

 

 それが雇い主への態度かよ。給料減らすぞ。

 

「死なれちゃ困るから言ってんでしょうが。ぶん殴るぞ」

 

 ……悪かったよ。

 ららにも悪影響だしな。俺はともかく、子供に無茶な生活をさせるわけにもいかないか。

 

「ともかくじゃねーよ。米食え肉食え野菜食え! カロリーメイトを主食にすんな!」

 

 わかったから、うるせぇよ。ボリューム下げろ。

 

「ららちゃんも起きろー。いつから私は家政婦になったのかなー?」

 

 俺が経営している探偵事務所、魔術探偵八ツ星は、埼玉県川越市にある三階建てのビルである。一階が事務所兼、客室。ソファが二つあり、ららと夕空はその辺でよく寝ている。

 二階は倉庫。仕事に使う魔術道具やら、外に出せない危険物、他にも処分に困ったものを適当に並べてる。

 三階が自宅というか、自室というか。とはいえ、風呂とベッドくらいしかないがな。

 

「……おはようございます」

 

 夕空に起こされたららは、眠そうな目を擦りながら身を起こした。

 

「ベッドくらい買えばいいのに。っていうか、ららちゃんが作ればいいのに。場所なら有り余ってんでしょ?」

 

「いいんですよ。快適なベッドほど虚しい目覚めもありませんから」

 

 ららはそう言って、フフフと、心底愉快そうに笑う。

 

「理想は吸血鬼のように棺桶なんですが、それを自前で用意するのもそれはそれで味気ないですからね」

 

 うちに棺桶なんて置かせるわけないだろ。

 ベッドの方が万倍ましだ。

 

「でも上になかったっけ? ほら、真祖の吸血鬼の眠る棺桶……、だっけ?」

 

 真祖と添い寝なんてさせるわけないだろ。馬鹿の悪趣味に拍車をかけさすなよ。

 

「私も死体と添い寝は流石に嫌ですよ。汗臭そうですし」

 

 そういう問題じゃねぇよ。吸血鬼が起きたときが面倒すぎる。

 やっぱこの後ベッド買いに行くぞ。いつまでもそこで寝られちゃ困る。

 

「そりゃいいねー。でも明日にしなよ? 今日は依頼があったでしょ」

 

 ……そうだったな。

 

 

 


 

 

 

 朝食の後、夕空に引き摺り出される形で俺とららは事務所を出た。夕空は夕空で別件の仕事がある。

 ららは比較的安全で健全な夕空の方に預けるつもりだったんだが、内容を加味した本人たっての希望で、俺が連れ歩くことになる。

 

 行き先は病院。恐らくオカルト関係ってことで、魔術探偵を名乗ってる俺に医者から依頼があったわけだ。

 

 病院だの警察だの役所だのから依頼を受けることはまぁまぁあるんだが、まぁその大概がろくなことにならねぇ。

 

「それはまた、災難なお仕事ですね」

 

 カルト馬鹿こそが原因なんだろうが、どうしようもねぇ奴しかいねぇもんなぁ。

 

「まあ、まあ。しっかり見初めさせていただきますよ」

 

 意味わかってて言ってんなら置いてくぞ。

 

「さて、どうでしょうねぇ。これでも私、十一歳ですから」

 

 そんな奴を連れて行っていい場所かも微妙なんだがな。

 

 

 


 

 

 

 前もって言われていたままに、病院の裏口から入ると、すぐ近くに看護婦が待ち受けていた。

 

「……お待ちしておりました。すぐにご案内します」

 

 その目に宿る色は、疑い。

 まぁそりゃ、魔術探偵八ツ星なんて胡散臭さの極みとは俺も思うさ。

 

 

 

 エレベーターで二階に上がり、診察室へと通された。

 そこにいたのは、白髪で好々爺然とした爺――顔見知りの老医者と、何やら焦った表情の女性――見知らぬ病人。

 

「おっと、ご無沙汰しております。探偵殿」

 

 進められるままに、椅子がわりの小さなベッドに腰掛ける。

 

「ああ、久しいな」

 

 看護婦はさっさと部屋を出て、ピタリと扉を閉めて行った。

 病人の方も、俺とららに訝しむような目を向け、そして口を開いた。

 

「スライムラーメン?」

 

 ……あ?

 

「ワッコトドリンガ、ハンカチスプレー」

 

 ……あー、そういう。

 

「まぁ、こういうわけでさ。保険証に薬手帳もしっかり日本語で、文字を読むことはできてるっぽいんだが、書いたり喋ったりするとこの調子で」

 

「コンピュータライター。スプリングロッド」

 

「脳障害の類かとも思ったのですが、如何せん、こうもコミュニケーションをとる術がなくってはな」

 

 口止めの呪い。比較的最近に開発された呪術だな。

 

「呪術、ですかな? いやはや、今更驚きはしませんが、もう少し詳細に説明が欲しいものです」

 

 医者も患者も、さっぱり聞く姿勢に入った。仕方ないか。

 

 対魔法使い用に呪術師が開発した呪いだ。魔法使いは戦闘の際、詠唱が必要不可欠だからな。ついでに魔法陣も書けなくなるし、完全に無力化できちまう。

 一般人に理由もなく使うとは思えないが、まぁ差し詰め、儀式か何か、都合の悪いものを見ちまったんだろうさ。殺されなかっただけ幸運だな。

 

「トランプコミック?」

 

 患者は、何か尋ねるような声音で言った。

 

「それで、その呪いとやらは治せるものなのでしょうか」

 

 俺には無理だ。専門外だからな。

 

「ブックポーチペン!?」

 

 だが俺に依頼を寄越したのは正解とも言えるな。この手の専門家を紹介してやれる。

 

「では、おまかせしてしまってもよろしいのですかな?」

 

 ああ、カルテもいらん。さっさと行くぞ。あんたも喋れないままじゃ不便だろ。

 

「ボックスメダル!」

 

 報酬なら気にするな。うちはどんな依頼も一律十万、支払いは余裕が出来てからで構わない。

 行くぞ、らら。昼までに片付ける。

 

「はーい」

 

 何を考えていたのか、黙っていたららはすぐに席を立ち、出る支度を済ませた。

 

「そういえば、そちらは? まさか娘さんというわけでもないでしょう?」

 

 医者はもうひと段落ついたような顔で、ららについて問うてくる。

 

「私は楽羅來らら。しがない超能力者ですよ」

 

 別件の拾い物だ。

 じゃあな。お互い、用が無いなら無い方がいい仕事だが、またがあったらまた会おう。

 

 

 


 

 

 

 依頼人を乗せて、俺たちは病院を出た。

 

「それで、何処に行くんですか?」

 

 助手席を譲り後ろに座ったららは、まともに口の聞けぬ依頼人に代わって俺に尋ねた。

 

 前にも話したろ。呪いの女神、神刺(かんざし)裂那(れつな)だ。そこらの呪術師と違って、話の通じない相手じゃない。

 

「はー、呪術師ですか。そういえば聞き逃してましたが、魔術師とは違うんですか?」

 

 知らん。そもそも、魔術師は百年前にはもう廃れてるんだ。俺も死んだ親も、残った魔術道具を使える程度の素人。その魔術道具も、魔女の館の魔法使いに頼りっきりだしな。

 

「魔女の館とはなんでしょう? あまりいいイメージは湧かない名称ですが」

 

 そのイメージに砂糖と蜂蜜をぶっかけろ。魔女以外に、魔法使いと魔法少女がいる。魔女、魔法使い、魔法少女。その三つ総称が魔道士で、過ぎた面々の保護をしてる。

 

「魔術師はハブられちゃったわけですか」

 

 いや、そもそもが別物らしいぞ。行きゃわかる。

 今日行くのは魔女の巣窟じゃなくて、神の溜まり場だがな。

 

「ではその、神刺裂那さんとはどのような人で? 確か、日本神話の神々、その八百万に喧嘩を売ったとか?」

 

 平和主義者だ。世界を平和にするためならあらゆる敵を討ち滅ぼさんとする、暴力的で兵器趣味な平和主義。付けられた異名が黄金の国、ハートフル・ピースフル。

 

「ハートフル・ピースフル。痛みの先に平和あり、ですか」

 

 流石、海外に居ただけのことはあるな。

 ハートフルの意味は、痛ましいとか、心が傷つくとか。心温まるような平和を望む女ではないのは確かだな。

 

「ペペロンチーノ、バラエティ?」

 

 隣から聞こえる言葉の意味はわからんが、今のは声音から何となくわかったぞ。

 

 安心しろ。呪いに傾倒こそしてるが、神刺裂那の本質は病的なまでのお人好し。供物でもあればついでに神性のおまけ付きだ。

 

 

 


 

 

 

 途中、事務所に寄り車を停めて、神刺裂那の住処である、草臥れた神社へと到着した。

 焦茶色の鳥居は腐りかけていて、社と賽銭箱も無数の風穴が空いている。神社というより、これはもう廃墟と呼ぶべきだ。地震の多いこの国で未だに壊れていないのは、それこそ神の奇跡だろう。

 その隣に建つ木造の小屋。そこが、神刺裂那の居住地。インターホンも無い小屋の扉を叩けば、木の鈍い音と共に、微かな金属の軋む音まで聞こえてくる。

 三度叩けば、「おぅ、はいれー」という、中性的な女の声が返ってくる。

 

 鍵のついていないドアノブを回して、扉を開ける。

 

「久しいな、探偵」

 

 そう言って出迎えたのは、金髪を前も後ろも真っ直ぐに切り揃え、こけしのような髪型にした、金色の瞳の少女。座布団に胡坐をかいて座っており、服装は近所の高校の学生服。

 

 一つ頼みがあって来た。俺の依頼に一枚噛め。

 

「ああ、知ってるさ。でもタダ働きはゴメンだな」

 

 裂那はそう言いながら、穢れの無い綺麗な手を、物欲しげにこっちへと。持ち込んだレジ袋へと伸ばす。

 どうせいつか渡すために、買っておいたものだ。いい加減、指が痛くなってきたしさっさとくれてやる。

 

 中身はコンビニで買える程度に上等な日本酒と、一箱数百円程度のクッキーを二箱。

 

「さーきゅー。身長のせいか、一人じゃ酒が買えなくてな。ストックももう切れるところだったんだ」

 

 裂那は受け取るために立ち上がるも、背丈は中学生か、下手すれば小学生のように低く、ららと大差ないくらいに華奢。これでも歳は十六か十七で、もう高校生だったはずだ。

 酒の買えない原因は身長じゃなくて歳だろ、未成年。

 

「はっ、別になんだっていいさ。それより……」

 

 床を軋ませて、ららをチラリと見た後、依頼人をキッと睨みつけた。裂那の目に怯む依頼人は後退り、「マクドナルドチュールウィンタ、ショッキングビール」と、口を開けども相変わらず意味のわからぬ言葉を羅列する。

 

「理由も無く一般人にちょっかいを出さない。それはクソッタレの呪術師だろうと、バカな魔法少女だろうと、気まぐれな魔女だろうとかわらねぇ。……テメェ、何したんだ?」

 

「クロックオーダー、コミカルテールッ!」

 

 顔色を悪くさせて何かを言うも、やはりその真意は誰にも伝わらない。伝えられない。口封じの呪いは、神前であろうとどうしようもなく作用し続けていた。

 

「ちっ、まぁいいさ。どうせ話はその呪いを解いてからなんだ」

 

「コーラ?」

 

 コーラではなく、裂那は俺がくれてやった酒を開けた。

 

「手順に則った正攻法で解いてやってもいいんだが、生憎と蜂蜜を切らしててな。あられに買いに行かせんのも面倒だし、仕方ねぇから分けてやる。帰りに運転とかすんじゃねぇぞ」

 

 裂那は慣れた動きで戸棚からコップを一つ取り出し、テーブルに置いた。別に猪口のように小さいわけでもない容器いっぱいに、麦茶でも注ぐように日本酒を注ぐ。そして躊躇いなく、「警察にチクんじゃねぇぞ」と言いながら半分ほど一気に飲み干した。

 今更未成年飲酒にどうこう言う気も湧かないが、それでも日本酒をそんな飲み方するなよ。アルコール中毒でそのうち死ぬぞ。

 

「はっ、別に毒じゃねえんだ、問題ねぇよ。ほら」

 

「ロシアガッツ?」

 

 裂那は平然とした様子で、飲み掛けのコップを依頼人に手渡す。

 

「御神酒上がらぬ神はなし、だ。神と同じものを口にすることで、一時的に神と同じところまで上がる。その程度の若い呪いならこれだけで簡単に剥がれる。ほら、飲め。全部じゃなくていいから」

 

 きっと飲み慣れていないんだろう。依頼人は恐る恐る受け取理、熱いお茶でも飲むような所作で一息に飲み込んだ。それなりのアルコール度数にやられたのか、気管に入ったのか、勢いよく咳き込む。

 

「けっ、けほっけほっ――、ご、ごめんなさい、私、お酒はあまり……」

 

「水かお茶かいるか?」

 

「い、いえ、大丈夫です――?」

 

 依頼人は断りながら、不思議そうな顔で口元を押さえた。

 

「もしかして私の言葉、通じてます?」

 

 呪いが解けたのだろう。さっきまでの横文字をシャッフルしたような奇天烈な言葉ではなく、一言一句に意味を持ち、文脈の通じた台詞を思うがままに話せていた。

 

「そんじゃあ、あんたに呪いをかけた奴の話を聞かせてもらうぜ」

 

 俺でも、ららでも、依頼人でもなく、それ以外の誰かに向けて敵意を放つ裂那は、コップを奪い取り、二杯目を注ぎながらシニカルに微笑んだ。

 

 

 


 

 

 

 依頼人――三藤(みとう)さん曰く、彼女を呪ったのは大学の同級生――田中、という男らしい。恐らく。多分。きっと。そんな保険じみた言葉を何重にも重ねていたが、俺と裂那にはそれでも十分に、犯人はその田中という男だと確信できた。

 

 三藤さんは、田中に随分と熱烈な告白を受け、そして断ったのだと。かろうじて苗字を覚えている程度の認識だったらしい。

 

「ま、昔っからよくある話だわな。恋愛とお(まじな)いは百年前から繋がり絡む」

 

 納得したような表情で裂那は言うが、しかし待て。

 それで口封じはおかしくないか? 木端呪術師でも一般人相手なら魅了なり洗脳なりできるだろ?

 

「いんや。そもそも、目的が違ぇのさ」

 

 口封じに口封じ以外の理由があるかよ?

 

「もうちっと頭使えよ、探偵。もっとあるだろ。嫌がらせとか、八つ当たりとか、……その田中っつーやつは確かにそいつを呪ったが、呪術師じゃねぇんだよ。多分な」

 

 呪術師じゃないなら呪うもクソもないだろ。口を封じる理由も、(すべ)もないんだから。

 

「その術をばら撒いてる、さいっこうの馬鹿がいると私は踏んでる。お前らも見たろ?」

 

 

 ――自殺者から一般人まで無差別にゾンビ化させたクソ野郎。そいつも他の呪いなんて知らねぇ一般人だった。

 

 裂那は酒で頬を赤らめて、明らかに酔った様子ではあるものの、あからさまに苛ついていた。

 

「今日の午後は暇だな、探偵? ついでに超能力者。……ららっつったな。ちょっと手伝え」

 

 不敵な笑みを浮かべ、見透かすような目で、裂那は俺とららの肩に手を伸ばし、言った。

 

「呪いをばら撒くクソ野郎をぶん殴るぞ」

 

「いいですね。ベッドを買いに行くより、ずっと目覚めのいい一日になりそうです」

 

 大人しく黙っていたららもフフフと愉快そうに笑い返し、肯定的なことを言う。

 

 勘弁してくれ。そういうのこそ現川の領分だろうに。

 

 

 

 

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